【4】2020年の月面基地
ここは月なのか?
窓の外には、街があった。
けど、ウチの窓から見る景色とは、全然違う。
建物らしき物は角張っていて、
明らかに人工物だということは分かるが、
色は全てグレーで、月面の色と同化している。
整然とはしているが、殺風景というのは、
こういうものだろう。
ある程度、遠くには、半円形のドーム状の建造物もあるようだ。
印象的なのは、地表と空との明暗がハッキリしていることだ。地表、すなわち月面は全てグレー一色といってよく、それに対し、空は黒一色で、ウチから見える星の数とは比べ物にならない数の星が輝いている。
月面基地からの景色、と言われれば疑いようもなく、
映画用のセットだ、と言われれば、そうとも思える。
つまり、今は、確かめようが無い。
「今は、2020年なんだよな?」
俺は、HDに再確認した。
「あなたは、2020年に生きています」
HDの答えは、以前と変わらない。
俺にはこの答えの意味が分からないらしいが。
「2020年現在に、月面にこんな基地があるなんて、
今まで聞いたことがなかったんだけど?」
「2020年に、月面にこんな基地はありません」
「もう一度聞くけど、ここは月なんだよね?」
「はい」
「で、地球の人間が作った基地なんだよね?」
「はい」
聞き方が違うのだろうか。
「君のようなHDがあるなんてことも、
今まで知らなかったんだけど、いつ作られたの?」
「私は、7258年製造です」
「西暦7258年?」
「西暦という表現は、現在は用いられません」
「じゃ、キリストが生まれたのは、いつ?」
「西暦元年とされていますが、根拠は薄弱です」
「根拠が無いのに、使ってるの?」
「はい。便宜上、そうです」
未来というのは、かなり適当なようだ。
「俺には理解できない部分が多いことは、君に教えてもらったんで、よく分かった。んだけど、その中で理解できそうなとこだけ、簡単に説明してもらえないかな?
どうして俺は、ここにいるのか。とか」
「あなたがたは、軍から士官候補として選択され、第一段階として、ここに召集されました」
んー、まー、だいたい想像してた答えだ。
まだまだ、まるで信じられないが。
「じゃー、その軍ていうのは?」
「宇宙軍です」
「あー、分かるけど、なんか大雑把だね?」
「それ以外の名称はありません。組織的には、その下に各方面軍が設置されています」
なるほど、なるほど。よくある感じだ。
「宇宙軍の本部は、どこにあるの?」
「機密事項です」
そうなんだねー。俺には教えられないってか。
「地球の人間は、みんな無事なの?」
「2020年現在では、無事です」
「その後は、どうなる?」
「無事も危機も、多くの事を経験します」
んー。あ、そうか。
「月へも移住しはじめたとか?」
「はい」
「この基地にも、たくさんの人が住んでるんだ?」
「たくさんの基準が分かりませんが、住んでいます」
あー、はい、はい。
「他の星にも移住してるとか?」
「はい」
「どこへ?火星とか、金星とか?」
「火星には移住しています。金星は不適正です」
「火星にも、人が住んでいるのか!」
「はい。まだ多くの疑問がおありでしょうが、追ってご質問ください」
あ、質問切り上げ?面倒くなったのか?
「ベッドから下りて、立てますか?」
珍しくHDから言ってきた。
そう言えば、ベッドに座りっきりだ。
「どうかな?」
体を回して足を垂らすと、ベッドは静かに下がり、
靴が床に付くと止まった。
HDが手を伸ばして、俺を支えようとした。
案外、優しいやつだ。
HDの手を借りて立ってみると、普通に立てた。
別に、なんの違和感もない。
いたって普通だ。
「めまいやふらつき、痛みはありませんか?」
HDが心配してる。
「全然、大丈夫そうだよ」
「生体機能モニターで異常なしは分かっていましたが、一応、口頭で聞いておきました」
こいつ、突き飛ばしたら、転ぶかな?
つうか、靴が、俺のじゃないんだけど。
「この靴…?」
「GCSです」
「は?」
「グラビティ・コントロール・シューズです。宇宙での様々な重力状態の場所に対応するための靴です」
おー!映画でも、こんな靴が出てきたな!
宇宙旅客機で、CAさんが履いてたやつだ!
「月面での重力は地球上の60%ですので、ご注意ください」
なるほど。だから体は軽く感じて、足だけ床に吸いつけられているみたいなんだ。
「基地の外へは出れないの?」
「装備を着ければ、可能です」
ここで、こいつと話してるだけじゃ、
ここが月面基地なのか、映画のセットなのか、
本当のことが分からない。
「外に出てみたいんだけど?」
「いずれ許可が出たら、可能です。その前に、司令官がお呼びですので、別室までご案内いたします」