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苦しい言い訳

「なんだぁ? ガキじゃねぇか」

「ガキでもなんでも見られたんなら見逃せねぇだろ」

「だからってよぉ、こんなひょろっこいのが襲い掛かってくると思うかぁ?」

「どっちにしろ、こんな時間にこんな所を歩いているようじゃ怪しいことに変わりはねぇ」

「おい、ガキ! ここで何してやがった!」


 あっという間に十数人に囲まれ、俺は成すすべなく拘束される。

 即座に殺されることは無いだろうが、うまく切り抜ける方法は少なそうだ。


「あーっと俺……僕はその、狩人養成所の狩人見習いでして」

「見習いぃ?」

「え、ええ。教師に頼まれた任務の最中なんですぅ」


 こんなやつらは無視して充分逃げられるが、今は俺にだけ意識を集中させておきたい。幸い、背後の藪に隠れている二人に気付く人間は誰一人いなさそうだ。


「で、見習いさんよ、それを証明できるものはあんのかい?」


 少し困る。証明できるものなんてあるわけがない。養成所は基本的に一度入れば外部に出ることはほとんどできないので、身分証のようなものはない。仮に外出する時は許可証が出るが、今は脱走最中、そんなもの持ち合わせているわけがないのだ。


 さて困ったぞと頭を悩ませていると、思わぬところから助け船が飛んで来た。


「あぁー? おいおいてめぇ、こんなところで何してやがる落ちこぼれぇ」


 まあ、出来る事ならあまり欲しくない助け舟だったが。

 取り囲む集団をどけながら、一人の男が現れた。

真っ先に特徴を上げるとすれば、その手に携えた女性の腕程の黒い強弓だろう。緑と白を基調とした服に身を纏い、腰に細剣、見るからに狩人の容貌だ。

一発で女性を虜にする野性味あふれた美貌を不機嫌そうにしかめ、俺をにらみつけるその顔はよく見おぼえがある。


「ラクタール……先生」


 ラクタール。養成所の教師の一人にして、教師陣一の弓の名手である。その腕前はおそらく世界でも五本の指に入ると言われている。

 俺はこいつが苦手だった。ベルジャナスも苦手だが、こいつは完全に人を見下し、それを隠そうともしない。

 まさか教師が出てくるとは予想外だった。これでは嘘でごまかすのも限度がある。


「だぁれの頼まれごとでここにいるってぇ?」

「…………」

「そうじゃねぇよなぁ。あ? 今日の外出許可は一切許されてねぇんだぜ? はっ、脱走かお前」


 あっさり嘘が暴かれたー! っていうか今日そんな日だったのかよー!

 どうするどうすると再びのピンチに狼狽える俺を、神は見捨てていなかった。


「ラクタール、見つかったの? ……って、あらら、あなたシュアンじゃない? こんなところでどうしたのよ?」


 野太い声の男が頑張って高い声を出そうとした時の声が森の中から聞こえて来た。

 ラクタールの背後から、もう一人の教師がやってきたのだ。

 ぴちっとと体に張り付くような服の下には、筋骨隆々な『男』の身体が詰まっているのに、太い首の上に乗った顔は『女』の顔に近づけるべく化粧が施されている。

 レオナルド。ラクタールと同じく養成所の教師にして、狩人界でも有名な女装家である。見た目はキワモノであっても、腕前は一流。また、その人当たりの良さと面倒見の良さ、人生経験の抱負さから、数多くの見習いたちがレオナルドを慕っており、現役狩人の中には女装を嗜む会も存在すると言う。


「レオナルド、こいつ脱走だぜ」

「ちょっと、リオって呼んでって言ってるでしょ! って脱走ねぇ、なんとまぁ……随分と大胆なことをしたわねぇ、シュアン」

「おい、落ちこぼれぇ、脱走は重罪だぜぇ? もう日はおがめねぇな」


 思わず顔が引きつる。

 狩人養成所に入る際の説明では脱走についての説明は……面倒くさくて聞いてなかった。本当なのかそれは。まずい、まずいぞ。狩人二人を相手取って逃げることは不可能だし、そもそも背後に人を隠した状態では逃げることすらできない。


「こら、ラクタール、うそを言って怖がらせないの。シュアン、安心なさい。お咎めなしとはいかないけど、死ぬようなことはないわよ。かくいうこの男だって昔――」

「それ以上は殺す」


 冗談か、ビビらせるなよ本当に。こいつは性格が悪いから嫌いだ。

 さて、少しばかり緊張した雰囲気が和らいだが、それでもピンチに変わりはない。どうやって背後の二人をごまかしながらこの場を後にするか。


「で、だ。おい、落ちこぼれぇ。こっちに誰か来ただろう? レオナルドが脚を射抜いたはずだ、そうだろ?」

「の、はずだけどねぇ。私あなたほど目が良くないから自信ないわぁ?」

「はっ、呑気なこった」


 いきなり隠し事の核心を突かれ、心臓が跳ね上がる。が、ぎりぎりのところで表情に出さずに済んだ。

 そりゃそうだ、彼らが捜しているのは俺ではなく後ろの二人なのだから。狩人二人がきて、俺の素性が知れたあたりから何人かの警備兵が再度捜索に向かっている。

 幸いにも背後の2人は、存在を知っている俺ですらまだそこにいるのかと疑うほど気配を殺しきっている。相手が常人程度なら隠れられるだろう。

だが、目の前の狩人二人は違う。今は俺に注意をひきつけ切れているが、それもいつまでもつか変わらない。

 どうする、どうすればいい。


「それとも何か、輸送隊を襲ったのはお前か? ん?」


 その言葉にハッと気づく。

苦しい、正直苦しいが、もはやイチかバチかにかけるしかない!


「あら、いくらなんでも――」

「そ、そうです! それ、俺です!」


 レオナルドの笑い声に割り行って、大きな声を出す。


「……はぁ?」


 ラクタールよ、自分でその話を振っておいて、その間抜けな返答は何だ、と思いながら、やけくそ気味にまくしたてる。

 一気に二人の視線が集中して緊張感が増す。二人の侮りや憐憫といった感情の中に、懐疑の感情が含まれた。後戻りはできない、誤魔化しきるしかない。


「お、おれ、山の中を歩いてたらあなた達を見つけて、見てたらその、急に何かが吠えたからパニックになっちゃって、でかい獣のように見えたから、鎧獣かと思って倒さなきゃ!って……でも反撃が来たら恐くなって、その……あ、矢は、ギリギリ当たらなかったんですけど、ほら、ケガしちゃってますし」


 そういってちらっと脚の怪我を見せると、教師二人は互いに目を合わせた。


 我ながら苦しい。非常に苦しい言い訳だが、何とか言葉を紡いだ。

 後ろの少女と美女の様子と、先ほどの輸送隊の騒ぎから推測するに、二人はこの輸送隊を何らかの理由で襲い、返り討ちにあったと見るのが自然である。輸送隊に捉えられていて逃げ出したなら「襲撃者」とは騒がないし、襲撃者は一人だの二人だのと騒いでいたところからも、的外れではないだろう。

 であれば、襲撃者は俺だと言い張れば何とか誤魔化せないかと考えたのだ。

 落ちこぼれとはいえ、仮にも『狩人』の見習いである。鎧獣の実物は初めて見たが、鎧獣倒すべしと教えられている俺達が、勇気を奮って鎧獣に立ち向かったというのは、まあ無くはない判断だ。

 必死な感じを出すために、言い訳の中には多少の演技もいれた(緊張のあまり半分は声が震えていたが)

 最悪のパターンとしては、実は女のどちらかが輸送隊に捉えられていて、どちらかがそれを救出したというものだが、こればかりは神に祈るしかない。

 

 かくして、意外にも、なんとかなってしまった。

 突然レオナルドが笑い始めたのだ。


「あーっはっはっは、おっかしぃー。まあ、そういうことなら、そういうことにしておきましょうかね」

「!? おい、レオナルド、まさか」

「ラクタール、リオよ、リオ。それにね、荷物は無事、輸送隊にも大きな被害はなかった。であれば、これ以上の遅れのほうが問題よ。次にアレが目を覚ませば、薬も効かない可能性が高いでしょ。暴れれば皆が怯え、運べなくなる……ベルは死体を望んじゃいないわ」

「う、む……」


 難しい顔して黙りこくったラクタールを尻目に、レオナルドは周囲の輸送隊の面々に声をかける。


「聞いての通りよ、この者の身分は保証します。騒ぎの分の補填もするから、各自持ち場に戻って頂戴! ラクタール、指揮をお願いね!」


 やれやれ人騒がせな、というような愚痴を残して、数名の輸送隊員たちは山の方へ行った仲間たちに声を掛けながら街道へと戻っていった。ラクタールもぶつくさと言いながらも、輸送隊についていった。

二人きりになったレオナルドは俺に優しい笑顔を向ける。今はその笑顔が怖ろしく感じるのだが。

背後の気配は、相変わらずない。もしかすれば、もうすでにどこかへ行ってしまったのかもしれない。

一先ず切り抜けられたことに、心の中で安堵しておく。

が、俺の方の問題は、解決どころか炎上真っ盛りである。


「さて、えらいことしたわねぇ、あなた。まあ、一先ず一件落着ってことにしておくけど……あなたの場合これからが大変ね」

「あ、あの……やっぱり大変なことになっちゃいます?」

「ええ、そりゃあもう、大変なことになるわよぉ?」


 笑顔でそんなこと言うのはやめてくれー!!

 そりゃそうだ、脱走した上に輸送隊を襲って、あげくには鎧獣を見てしまったのだ。

 生徒たちには秘密にされているようだし(こんなものが運び込まれるとは聞いていない)、襲撃者が出るような物騒なものだからきっと見たらまずい奴だ。


「あ、あの、見たことは誰にも言いませんのでどうにか」

「ん? あはは、鎧獣を見たことじゃないわよ。これは明日には生徒にも公表される事実だ。あなたが心配するのは別のこと」


 え、違うのか。なんだよてっきり見たからには重罰があるかと思っちゃった……って、そっちじゃないなら、まさか。


「……と、言うと?」

「ベル……あー、ベルジャナスは『脱走者』が出ると大層喜ぶからねぇ……あなたのこと、随分とお気に入りのようだし、そりゃぁもう」


 にこぉっと笑うレオナルドに、俺はある一つの核心を得た。

 こいつ、実は性格が悪いんじゃないか?!


「大変なことになるでしょうね?」


 うおおおおお、面倒くせぇぇぇぇぇぇ!!!


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