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少女の決意

 馬鹿! 


 バカバカバカ!


 どうして一言も言い返さないのよっ!


「ぅううーー!!」


 思い切り叫びたくも、どこにもぶちまけられない感情を、シャオルは自室のベッドの上で枕を叩くことで解消を図っていた。もちろん、それだけでは消え去る感情ではないのだが。


 シャオルの幼馴染であるシュアンとのつながりは、かれこれ15年。つまり、生まれてからずーっと一緒に育ってきた、ほとんど兄妹――いや、例えシャオルの生まれが後だとしても姉弟の方がしっくりくる――と言っても差し支えない関係である。

 おしめがとれた時、食の好み、初恋の相手、シュアンのことはおおよそ何でも知っている、という自負はある。


 シュアンは、本当はもっと強くて、落ちこぼれになんてならないはずだってことは、シャオルが一番よく知っていた。

 あの父親に朝早くから夜遅くまで鍛錬で追い込まれていたこともよく覚えている。

 山の獣を獲らせれば大人を凌いで村一番だったし、隣村の力自慢たちとの力比べにも勝っていた。シャオルが山深くに迷い込んでしまった時も、シュアンは真っ先に飛んできてくれた。

そしてなにより、あの日、悪魔のようなあいつから、他の何を犠牲にしてもシャオルを護ってくれた。残念なことに、シュアンはそのことをすっかり忘れてしまっているようだが、それでもシャオルにとってシュアンはまさしく英雄的存在である。

だからこそ、シュアンの普段の腑抜けぶりも、言い放題に言わせている態度も、気に入らなかった。悔しくて悔しくて仕方なかった。


 二人して狩人になる素質があると知った時には、跳びあがって喜んだ。

 何しろシュアンは英雄になる男なのだから。

 神様はその素質を見抜いたからこそ、チャンスを与えてくださったのだと。


 全ては『あの日』からだ。あの地獄のような日を忘れるために、自分が壊れてしまわないように、彼の心は全てを閉ざし、記憶を薄め、英雄性を手放した。

結果、全てに対し自暴自棄、自堕落な態度を取るようになったのだ。

 変わった、いや、変えられてしまった。

 楽な道があればより楽な方へ飛びつき、面倒だと少しでも感じれば徹底的に手を抜く。そんな彼の変わりように、幾度涙を流したか知れない。


 彼を騙し、唆し、狩人養成所へと連れて来たのは他でもないシャオルだ。シュアンの鐘への執着を利用してでも入所させた理由は、ここならばシュアンは変わってくれる、という期待を込めてのことだった。


 しかし、その希望ももろくも崩れる。

 狩人養成所に入ったシュアンの堕落っぷりは目も覆いたくなるものだった。前よりひどい。

まるで鉛の剣を握っているかのような速度で木剣を振るい、目隠しでもして射っているかのように矢は的に当たらず、酔っぱらっているのかと疑うほど相手の動きに翻弄される。


 そこに、かつて見た憧れの存在の欠片も見いだせなかった。

 まさしく落ちこぼれと笑われても仕方のない有様だったのだ。

 悔しさの余り涙がこぼれるが、それもすぐさま枕に吸われていく。


 幾度目かの涙が枕に吸われた時、少女の心には嘆きではない感情が生まれていた。


「やっぱり、このままじゃダメだ」


 恩を返すのならば、シャオルが正しくシュアンを導かねばならない。

 例え彼に疎まれようと、例え彼を騙そうと、自分にはその責務があると、シャオルは信じて疑わない。

 自分が最も敬愛するあの頃のシュアンは、きっとまた戻ってくる。

 いや、自分が戻さなければならない。

 幼少よりずーっと傍にいた時分だからこそ、シュアンのことは一番よくわかっている。

 だからこそ、自分がやらねばならないという、お節介精神が極致に達したシャオルは、強く強く拳を握りしめた。


「絶対に、なんとかしてみせる。シュアンには私がいなきゃダメなんだから……!」


 少女の決意もまた、小さく、枕へと吸い込まれていった。


ヒロインの雲行きが…

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