食堂での一幕
「聞いたわよ、シュアン。あんたまたなんかやったんだって?」
ここは食堂の一角。いつもの最安値定食におまけの焼き魚が付いてきて喜んでいたのだが、その喜びもお節介女のせいで台無しである。
シャオル。昼の訓練でトビザルの脅威から守ってやったあの女だ。
こいつとの関係性は腐れ縁、いわゆる幼馴染というやつである。俺の生まれた村は小さな村で、同い年の子供は俺とシャオルの二人だけ、あとは年上年下ばかりだった。
こう見えて同期の中での成績は上位陣。常に次席や三席に収まっている。ご立派なことである。
顔立ちもまあ、美人と言えば美人だし、可愛いと言えば可愛いのだろう。ちらほらと周りの男どもがこちらに視線を送ってきていることからも人気のほどは知れる。が、こいつのめんどくさい性格を知らないからそんな感情が抱けるのだ。
昔っから何かと俺の世話を焼きたがり、有難い時も確かにあるのだが、概ね大きなお世話であることの方が多い。大きいのは胸だけにしておけ。
「連勝記録更新、養成所始まって以来の落ちこぼれシュアン君の退所は近い! ってゴーラスが吹聴してたわ」
「言わせとけそんなもん。せっかくの飯がまずくなるからその話はそこまでだ」
口いっぱいに米を頬張って、この嫌な気分を払しょくする。ただでさえこの後に面倒ごとが控えているのだ。これ以上あいつの顔を思い出して暗い気持ちになりたくはない。
「ねぇ、それはそうとさ、昼の森林訓練の時、どこにいた?」
極力動揺を隠しながらチラリとシャオルの目を見た。
こ、こいつ、疑ってやがる。
別に隠し立てするようなことでもない、と思うだろうが、そうではない。俺にとって「こいつを助けた」という事実は隠すべき事態なのだ。
そうでなければとても面倒くさいことになりかねない。
「どこにって、そりゃ森の中だろうよ」
「なんか、トビザルに襲われそうになったところを助けてもらったみたいなんだよね」
「はぁん、そりゃぁ妖精だ、妖精。紳士的な妖精がいたもんだな」
「……ふぅん? まあいいわ」
シャオルはそれ以上何も言わなかった。ただ意味ありげにニヤッと笑っていたのが少し気にかかる。
何故かそのまま俺の目の前に座ると、器にたっぷりはいった麺料理をすすり始めた。ちょっと美味そうだが、俺には縁のないものだ。
「それにしても、あんたまたその定食? よく飽きないわね」
「馬鹿を言え、安い、安い、安い。この三拍子そろったこの完璧定食を食わない方が阿保だ」
「クズ野菜炒めただけじゃない、それ食べてるのあんたくらいしか見たことない」
「この定食を食うことで、未来の俺が一食多く食えるんだぞ」
「どんだけケチよ……っていうかどうせ、何食べるか考えるのが面倒くさいからってだけでしょ」
図星を突かれつつ、俺は真っ先夕食を済ませた。シャオルはもたもたと麺を手繰りながら、合間合間に話題を振ってくる。
「そういえば、おばさまから手紙来てたわよ? 調子はどうかって」
「またかよ、何度目だ……まだこっち来て半年じゃねぇか。心配性が過ぎるんだよ。あと、なんで俺じゃなくてお前に手紙が行くんだ」
「あら、まさかあんたが手紙なんて見るわけないからでしょ。どうせ読むのも面倒くさいって捨てちゃうくせに」
「そうだとしてもだな……まあいい」
確かに俺の性分を考えれば、俺よりもシャオルに送った方が確実だ。
「ほら、これ、また御守よ。私とお揃いだって」
「げぇ……子供の頃から変わらねぇなおい。もう何個目だ、いらねぇよ」
「そう言わないの。ほら、首出して」
「やっ、やめろこら、飯時だぞ!」
わたわたと、母親が作ったらしい木製のお守りを首元からぶら下げられる。すでに一つ、首元からぶら下がっているから何とも服の下がゴワゴワして気持ちが悪い。
「お、私があげたやつ、ちゃんとつけてるじゃん、感心感心」
「お前これ付けてねぇとうるせぇじゃねぇか」
「なによ、私が怒ると面倒くさいって?」
「わかってるなら聞くな」
黙々と食いたいのだが、シャオルは食べながら話すのが好きなのだ。俺が黙りたくても、向こうはお構いなしに話しかけてくる。
「生粋の、根っからの、身体の隅から隅まで面倒くさがりのあんたが、まさか『狩人』になりたいだなんてねぇ。未だに信じられないわ。神様もこんなやつに適性を与えるなんて、ほんとどうかしてる」
「はっ、つまり神様が言ってるってこった。この力で、心行くまで楽な生活をしなさいってな」
『狩人』
文字通り、狩りを生業とする職業であるが、この国において今一番危険な職業の一つである。適性が無ければ狩人の養成所にすら入所することは出来ず、狩人を目指すことは世界でも有数の狭き門の一つである。
何故かと言えば、その狩りの対象が……いや、今重要なのはそこではない。
狩人は、『儲かる』。
死と隣り合わせの危険な職業であるためか、莫大な報奨が約束されているのである。それこそ、1年も狩人でいれば、農村の大家族が10年は楽に食えるほどである。
つまり、ちょーっと頑張れば俺一人一生食うに困らないくらいは稼げるのである。
そして、俺にはその狩人になるための適性があった!
何たる行幸、何たる天恵。
この幸運を活かさぬ手はないだろう。
俺は楽に生きたい。
働かず、何もせず、日がな一日好きなことをして生きる。
これが俺の夢ならば、その最短経路である狩人を目指す!
「俺の明るい未来は、狩人になることに掛かっている!」
「……まーた、変なこと言い出したわね」
拳を握りしめる俺に対し、シャオルは呆れ顔である。
そこへ、思い出したくもないイヤーな笑い声が聞こえて来た。
「おいおいシュアン……いや、落ちこぼれくぅん。お前まさか本気で狩人になれるとでも思ってんのかぁ?」
ゴーラス。本当に面倒くさい奴だ。
その声を聴くだけで面倒くさい。その発言を頭で理解することすらめんどくさい。聞いた言葉がそのまま右から左へと通り過ぎてくれればいいものを、残念ながら俺の頭はそこまで高性能には出来ていなかった。頭がそのように出来ていないのなら仕方ない。理性をもって「シカト」を決め込むこととする。
ゴーラスが視界の端でニタニタしているのがわかる。カモの子供のように奴の後ろを着いて回る取り巻き共からも、何やら熱い視線を感じる。暇人どもめ。
どうもこのゴーラスという馬鹿は、俺が何も言わないのを「俺様の威光の前にこの落ちこぼれ野郎は委縮している」と思い込んでいるようだが、そうではない。心底関わりたくないだけだ。
「いいか落ちこぼれ君。狩人ってのはなぁ? まさしく人類の希望の光なんだよぉ。お前みたいな、お・ち・こ・ぼ・れ、なんぞが目指していいものじゃないんだ。わかるか? 俺達も入所してそろそろ半年になるが、お前が馬鹿じゃないならそろそろわかっても……あっ、馬鹿だったか! あーこりゃ失敬!」
周りの取り巻きが一斉に大笑いを始める。ひぃふぅみぃ……六人か。今日は多いな。おかげで食堂中の視線を一斉に集めることになった。
やめろやめろ、なんだその憐みとも嘲りともわからん目は。こっち見るな。
「やめてゴーラス。シュアンだってちゃんと神様に選ばれた素質があるのよ。狩人になってはならない理由はないわ」
これもやはりいつも通りだが、反論したのは俺ではなくシャオルの方である。心底火に油を注ぐのはやめてほしかったが、ヒートアップする二人に割って入るのも面倒だった。
ゴーラスはシャオルに話しかけられたのが嬉しかったらしく、いつものニタニタではなく、いくらか爽やかな笑顔でそれに答えた。
「やあシャオル。いくら素質があったとしても、それを活かせないようじゃあ、狩人になるのは無理だと思わないかい?」
こいつがシャオルと話す時の、なんというかねちっこい感じの喋り方はどうにも慣れない。背骨に纏わりつくような嫌悪感を覚えてしまう。っていうかこいつ、もしかしなくてもシャオルのこと……まあいいか、シャオルの奴、全然気にしてないみたいだし。
「シュアンの腕前は村でも一番だったのよ。ちょっと……いやとっても面倒くさがりなところがあるだけで、実力はあるんだから」
「ははは、シャオルは優しいなぁ。でもね、そんな田舎村を基準に出されても……おっと、そんな怖い顔しないで、別に馬鹿にしてるわけじゃない。言葉のあやってやつさ。それに仮にも神から選ばれた者なら、そこらの村人と比べてはいけないさ、そうだろう?」
ぐぬぬ、と唇を固く結んでゴーラスを睨むシャオルに、俺は内心でため息をつく。
シャオル、そんな奴に構っていないでさっさとその晩飯を食い終わってくれ。帰れないだろ。……え、そんなの待たずして去ればいいって? せっかく食卓を一緒にした奴を置き去りには出来んだろ。
「シャオル、君にも忠告だよ。いかに幼馴染とはいえそんな奴と関わるのはやめた方がいい。ここまで言われて何も言い返さないような玉無し野郎にはね」
下品な言葉にシャオルが思わず顔を赤くするのを尻目に、取り巻き連中の大きな笑い声と共にゴーラスは去っていった。今日は幾分か手ぬるかったな。っていうかマジで何しに来たんだあいつは。暇人の極みだな。
「おい、さっさと食っちまえよそれ。俺はやく部屋に行き――」
「馬鹿ッ!」
およそ理不尽(?)にシャオルに睨まれ怒鳴られ、俺がぽかんとしているうちにシャオルは麺をかき込むとそのまま食堂を飛び出してしまった。
何怒ってんだよ……ずっと一緒にいるはずだが、時々よくわからん。
これだけの騒ぎ、食堂中の好奇の視線を一身に集めるのに耐えられなくなった俺は、そそくさと食堂を後にしたのだった……ってかシャオルの奴、食器ぐらい片付けて行けよ……
ゴーラスはわかりやすいキャラなので書くのが楽で好きです。