投石はだれの仕業?
シュアンと別れてしばらく、森の中でぐだぐだとサボりをかまそうとする見習いたちの尻を叩くために、ベルジャナスは森の中を移動していた。
ワンピースドレスでよくそこまで動けるものだ、と同僚からも感心されることはあるが、慣れてしまえばどうということはない。
森の中からあらかた見習いたちの気配が無くなった辺りで、別の気配を感じ取った。
「まぁぁざぁぁぁ!!」
下卑た気配と共に飛び掛かって来たテナガトビザルを身を捻ってよけ、地面に叩きつけられた無様な背中を踏みつけて動きを制する。
「あだだだだ、マザー! ワシや! かわいいあなたのデルネンコちゃんやで!? ……あれ? なんや踏む力つよなって……あぎゃぎゃぎゃ!!」
「ああ、嫌だわ、毛皮の絨毯がものを喋っているように見えるだなんて」
「あ、ああー、あかん……ええわぁ、やっぱこれ……ええわぁ!」
気持ちが悪くなってきたベルジャナスはその靴先でふわりとテナガトビザルのデルネンコを蹴り上げた。
二度三度と地面を転がって変な声を上げていたが、声は喜ばしさが見えていたしまあ大丈夫だろう。
このデルネンコ、実は狩人養成所で飼いならしているテナガトビザルの長である。
数十頭のテナガトビザルたちは普段森の中に棲み、野外訓練の檻には教師陣の代わりに見習いたちを監視し、隙があれば嫌がらせをして基礎的な周辺警戒の仕方を実技で学ばせる、そういう役割がある。
トビザルもいくらか知能があるとはいえ、このデルネンコは特別だ。人のように話す獣など、世界広しと言えどこのデルネンコくらいだろう。
だというのに、このデルネンコの手癖の悪さには困ったものだ。今は確かに発情期でもあるので多少のお痛には目をつぶっていたが、この前も見習い女子を泣かせたのはこのどうしようもない破廉恥トビザルの仕業である。
「あなたに与えた仕事はなんでしたか? 女の胸を触るしか能のない腕ならば切り落としてあげましょうか?」
「じょじょじょ、冗談、冗談きっついわぁ……え? 冗談よね?」
「途中から連絡が途絶えた理由をお聞きしましょうか」
「いっやぁ、それがなマザー、ほら、あのかわいこちゃんおるやろ。あの、シャオルちゃんって言ったか。あれは逸材やな! ほんますごいで! 特にあのお胸が……あ、いやいや、ちゃうねんて!」
「次軽口を叩けば容赦しませんよ」
「ほんまにこっわいわぁ。まあきいてぇな。今日も今日とてシャオルちゃんの気張っとるところを見取ったんやけど、どうにもやっぱ辛抱たまらんくなってな? 思わず飛びつこーと飛び上がってしもたんよっひょい!!」
デルネンコが奇声を上げて真横の木へと飛び上がった。数週前まで彼のいた場所には、鈍く光る投擲ナイフが突き刺さっていた。ナイフの尻に結んだ糸を引いて手元に戻す。
「いや、未遂、未遂やから! なんならシャオルちゃんに聞いて貰ってもかまへんよぉ?」
「未遂?」
「せや! もうちょっとであのやっこぉいお胸を堪能できるところやったんけどねぇ、どっかの誰かさんがワイに石投げてきよったんよ! これが見事にずがぁんて顔面に命中してん。ほんま腹立つわぁ! ちょっと気ぃ失ってしもたわ!」
「……あなたの隠密を見破ったものがいると?」
テナガトビザルたちが森のいたずら者として嫌われるのは、その隠れ方の上手さにある。特殊な手のひらが移動する際の音を消すらしく、気付いた時にはいたずらをされた後ということが多い。中には枝や葉っぱを服のように着込んで擬態する個体もいるほどで、熟練の狩人でなければ隠れているトビザルを見つけるのは困難だろう。
「侵入の気配は?」
「そらないわ。一族の誇りにかけても、入ること許されざるもんはガキンチョ一人入り込んでへんよ」
100年以上昔からこの『狩人の森』を見守る密約を誇りとするテナガトビザルの一族の長が言うのだから、外部からの侵入者ということは無さそうだ。
教師陣がトビザル達に手を出すことはない。ということは、見習いの誰かということになる。
隠れたデルネンコを見つけ、よしんば空中で飛び掛かる状態の彼の顔面を石で撃ち抜くほどの腕前を持つ者など、限られてくる。
「今日の連中、今年入ったひよっこどもやろ? いやぁ、末恐ろしいのが混ざっとんな」
「ええほんと。あとはもう少しやる気を出してくれればいいのだけど」
「ま、一番末恐ろしいのはシャオルちゃんのお胸やけどなだだだだだだ、堪忍してぇな! 冗談やがな! ああもう、自慢のお毛毛がちょん切れてもうた」
デルネンコの毛を刈り取った投擲ナイフを再び手元に戻して、ベルジャナスは冷たく笑った。思い浮かべるは、最も出来の悪く、最もかわいい見習いの顔だ。
「今日の夜が愉しみね」
1話ごとの長さがまちまちで申し訳ないです。