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面倒くさい

「はーあ、今日は取られずにいけると思ったのになぁ」


 えらく落ち込んだ様子の同期、名前はリーリと言って、シャオルにとっては数少ない仲の良い友人の一人である。特別に優秀というわけではないが、決して腕が悪いわけでもない、それくらいのポジションの子だ。


「あら、あれで隠れてたの? 見つけてほしいようにみえた」

「えー、なにそれー! やなかんじー!」

「うふふ、冗談だよ」


 ぷんぷん言いながら、リーリは色水に濡れたポケットから目印石を取り出し、シャオルは笑顔でそれを受け取る。

 この訓練では、仕留められたら相手に目印石を渡すのが決まりだ。

 シャオルはリーリと話をしながらも、周囲への警戒は怠らなかった。何かが近くに潜んでいるような気配はあったが、全く敵意を感じず、結局いつの間にかその気配も消えてしまった。


「ねぇー、そういえばさっき変な声しなかった? ぎゃーって」

「うん、それなんだけど」


 シャオルは完全にノびているトビザルをリーリに見せようとしたが、いつの間にか目を覚ましたらしくすでにその場にはいなかった。


「ここにトビザルが居たの?」

「うん、私が気付いた時には気を失っていたの」

「うーん、きっと飛び掛かる場所を間違って木にぶつかったおまぬけさんじゃない?」

「それならいいんだけど」

「あ、見て」


 変わりに、リーリが近くに落ちていた石を拾い上げて見せてくれた。

 目印石だ。


「誰か落したのかな?」

「ちょっと番号見せて」


 目印石には通し番号が刻まれていて、誰のものかは一目瞭然である。20人程度の訓練なので誰がどの番号かも把握はしているが、話したこともないようなパッとしない同期の番号だった。


「ねぇ、貰っていいと思う?」

「いいんじゃない? 私はあなたのと自分のがあるし」

「いえーい☆ ラッキー☆」


 目印石は自分の管理が原則だ。落として無くせば自分の責任、それを誰が拾って自分の得点にしようがルール上問題はない。

 はしゃぐリーリを横目に、シャオルはここまでの不自然さを整理していた。


(トビザルが木にぶつかる? そんなわけない。幼体だったら時々あるみたいだけど、あれは立派な成体だった。それに、声の聞こえた位置からしても、木にぶつかったとは考えられない。誰かが撃ち落としたんだ、あの目印石を使って。だれ? この目印石の持ち主じゃない。気配を消す技術が高すぎる……まさか)


「あ、シャオル、誰か来るよ!」

「……もう少し声抑えよっか」

「はーい☆」


 まとまりかけた思考をリーリにかき乱されてしまった。今は訓練に集中しよう。

 リーリと別れたシャオルは、再び森の中へと姿を消した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 さーて、困った。

 俺は自分の姿を隠すこともやめて、雑に森の中を歩いた。わざと足跡をつけ、枝を折り、苔を剥がした。隠れている奴を見つけるのが面倒くさいので、逆に自分を見つけてもらおうという作戦だ。

それにしても時間がない。いつ訓練の終了を宣告されてもおかしくはない。自分の目印石を取られていないのでまだ余裕はあるが、今日はもう一つ取っておきたい。


 養成所に入ってもう半年になる。

 この養成所を卒業することが狩人になるための近道なのだが、どうにもこの集団生活は面倒ごとが多くてすでに嫌になってきている。

 いや、しかし己の最終目的の為には多少のことは我慢しなければならない。

 それはわかっているのだが、グダグダと手を抜いているうちに、俺はこの養成所の同期の中でぶっちぎりの落ちこぼれと呼ばれるようになっていた。

 いや、まあ、それ自体は別にどうってことはない。成績が良かろうが悪かろうが、最後に笑っていられる状況になればよい。


 だが、問題はそこだけではない。

 養成所と名を打つからには、見習いにノウハウを教え込む教師陣がいる。

 ここ半年の傾向として、もう一つ石を取っておかないと今日あたりにあの冷血女教師(・・・・・)からの特別講習をぶち込まれてしまうはずなのだ。

 頑張って成績上位になるつもりはさらさらないが、あの面倒くさい特別講習の餌食になるのは嫌だ。


 そんなわけで、わざと痕跡を残して移動していたのだが、最悪な獲物がかかってしまった。


「はーはっはっは、見ろ、どんな間抜けがいるかと思えば、やっぱり間抜けだったな」


 静かな森の中に、無遠慮な高笑いが響いた。訓練中に笑うなアホ。ただでさえ謎の症状で重い体が、鉛を流し込まれたかの如くずっしりと感じる。

こんな馬鹿でもこの養成所の中では主席だというのだから、何とも世の理不尽を垣間見る。

 貴族特有のサラリとしたド金髪、自信と傲慢が張り付いた強気の表情、背後には何故かいつも取り巻きを従え(今日は2名のようだ)、人の胴体よりも太い木の枝の上から俺を見下してきていた。


「シュアン、そんなに追いかけてほしかったのか? 寂しがり屋だなぁ?」

「なんだ、ゴーラスか。お前はいらん、帰れ」

「はっ、なんだその態度は。実にけしからん奴だ、立場が分かっていないな」


 何かと突っかかってくるこのゴーラスという男は、一度絡むと実にしつこい。自分の思い通りに事が進まないと不機嫌になる、一番関わり合いに成りたくないタイプだ。

 そんな奴にこの半年間つきまとわれて、正直うんざりしていた。


「まあいい、お前でも俺の役に立つことはある。さぁ、石を寄こせ」

「寄こせと言われてやる馬鹿がいるか」

「だったら、こうだな!」


 問答無用。

 ゴーラスが腰の木剣を引き抜くと、木の枝を蹴りつけ跳躍する。放物線を描いて跳んだゴーラスの身体が俺の目前に迫ると、避けた俺の脇を木剣がかすめ、地面に刺さる。


「ちぇぇい!」


 刺さった剣を強引に引き抜き、腐葉土を巻き上げて二撃、三撃が追随する。背後に跳びながら避けるも、もたもたと付いて来ない足が木の根に取られて後方へ体が倒れる。勢いを殺さずそのまま手をついて後転し、ゴーラスとの距離を取った。


「ちょこまかとぉ」


 面倒くさいが、隙を作ってやらねば逃げることも――

 思考を遮って、ひゅん、という音が聞こえた瞬間、俺は腰の木剣を引き抜いてそのまま振りぬいた。

 がっ、という手応えと共に矢が空中に踊った。当たってくれてよかった。

 取り巻き連中に弓で狙われたのだ。当然のことなのだが、ゴーラスだけに注意を払うわけには行かない。三人相手に無事で済むとはとても思えなかった。のだが。


「邪魔をするな馬鹿者!」

「も、申し訳ありません!」


 ゴーラスの叱責は取り巻きに向けられたものだった。どういうつもりか、ゴーラスはサシでの勝負にこだわりたいようだ。まあ、俺としては逃げやすくなってちょうどいい。


「お前たちは逃げられないように囲んでおけ」


 その命令に即座に取り巻きが反応、俺の背後に回り込まれた。

 前言撤回、全然逃げやすくねぇ。

 くっそめんどくさい。バカでもアホでも主席、実力は折り紙付きだ。真正面からまともになんてやり合いたくない。

 しかしそんな都合は向こうにとっちゃお構いなしだ。ゴーラスは俺を叩きのめしてすっきりしたい、ただその目的を達成するために、再び腰を深く落とした。

 仕方ない、と俺は覚悟を決めた。何の覚悟かといえば、時間いっぱいまで粘り切ってせめて俺の目印石だけは守り切ろうという覚悟だ。


「いくぞっ!」

「お手柔らかになっ!」


 ゴーラスが身体をゆらりと傾がせたと思えば、独特の歩法で一気に距離を詰めて来た。慎重さの欠片も無いのは相手が俺だと舐めきっているからである。

 ゴーラスの振るう木剣が空を切り、俺の木剣とぶつかり合って鈍い音をたてる。

 訓練で使用する木剣、刃が無いから殺傷能力は低いとはいえ、鈍器だ。まともに受ければ骨は折れるし、下手すれば死ぬ。

 

「いでで」


手が痺れやがる。腕の動きが鈍いのだ、だから上手く捌ききれずに変な角度、変な箇所で剣を受け、衝撃が腕を突き抜ける。致命傷を避けているのは、俺が防戦に徹底しているから。もはやこの妙な脱力感の前には中途半端が一番の悪だと、この半年で嫌というほど理解させられている。


「はっ、すこーしは腕を上げたんじゃないか落ちこぼれぇ?」


 その成果は貰いたくもない賞賛をもって認められた。

 何度かの打ち合いの末、ゴーラスは剣先をこちらにまっすぐと向け、柄を腰だめに構えた。お得意の刺突技の構えだ。何故か間合いが測りづらく、避けるのがとても難しい。

何でも、幼少から習っている剣の師匠にならっとかなんとか。まあそれはいいのだが、流石に得意な剣技なだけあって厄介極まりない。ちなみに、ここ半年で一度もこの技を避けられていない。


「しゃぁっ!」


 ゴーラスが気合一閃、地面に出た木の根を足場にして突貫する。

 とはいえ、この半年で流石に何度もこの技を身をもって体験しているのだ、流石に対処の一つも思いつく。


 だというのに、その策を満足に実行できるほど体が動かない(・・・・・・)


(なんなんだよこれは!)


我が身を苛むこの症状はここへ入所して一か月ごろから明確に自覚するようになっていた。

とかく、身体が重い。感覚が鈍い。まるで見えない手枷足枷をはめられ、薬でも飲まされたかと思うほど思考が鈍る。

かつては村の子供たちの憧れとされた時期もあったが、その幼少の頃よりもはるかに衰えていた。

そして、戦いが長引けば長引くほどその症状は悪化し、良い的となった剣先が俺の胸元へと吸い込まれて行き――

俺は敗北を覚悟した。


 だが、その一撃が決まることはなかった。遠くで訓練終了を告げる笛音が聞こえたのと同時に、薄皮一枚でビタリと剣先が止まったのだ。

 ゴーラスが止めたわけではない。止めさせられた。

 突如として現れた、一人の女によって。


「そこまで。時間です」


氷のように冷たく、針のように鋭い言葉によって、この戦いは制された。

 対峙する俺と男の横には、美しくも怖ろしい女が一人。細身の剣を思わせる長身、およそ感情の読み取れない瞳の上で眼鏡がきらめき、声だけでなく纏う雰囲気すら冬の極寒を思わせる。

腰まである真っ黒い髪を鞭のように結い、冷徹さを湛えた瞳を細めの眼鏡が際立たせている。髪と同じ全身真っ黒のワンピースドレスを身に纏った女教師は、この場にいる見習いの誰も知覚できないうちに二人の間に割って入り、ゴーラスの木剣をまるで小枝でもつまむように止めて見せたのだ。

 ベルジャナス、それがこの女教師の名だ。またの呼び名をマザーという。

俺が最も毛嫌いする人間の一人である。せっかくの美人だと言うのに、中身が最悪だと全く魅力を感じないものなんだな。


「マザー……」

「ゴーラス、剣を下げなさい」


 ベルジャナスの冷たい言葉に促され、力が入りっぱなしだったことに気が付いたゴーラスは即座に剣を引いた。

 いつの間にか訓練の終了時間が来ていたようだ。ベルジャナスはこういうところに細かい。訓練時間外での戦闘行為は例外を除いてご法度だ。


「次はないぞ、落ちこぼれ!」


 ゴーラスはそう捨て台詞を吐くと、取り巻きを連れてそそくさとその場を去った。あいつもベルジャナスのこと苦手なんだなぁ、と妙な親近感を感じていると、そのベルジャナスが俺を見下ろしているのに気づく。


「あ、えーっと、俺も行きますね」

「また、負けましたね、あなたは」

「う」


 ゴーラスとの戦い、予定通りの時間切れとはいえ、ベルジャナスが止めていなければ間違いなく俺の負けだった。

 いや、言い訳をさせてもらえれば、このところ体が思うように動かなくなる謎の症状のせいだ、と言いたいのだが、シャオルに相談した時に「精神的なものじゃない? あんたでも緊張したりすんのね」って言われてからというもの、誰にもそのことを話せずにいる。


「石は?」


 黙ってベルジャナスに自分の目印石を一つだけ見せると、ふぅと小さくため息をつかれる。おいおい、そういうのが一番精神的にくるだからやめてよね!


「シュアン。何をやってもダメなのは一体どうしたことでしょうかね」

「すみません、マザー」


 この態度に悪びれた様子が少しも含まれていないのは、俺がマザーの言う指摘を悪いことだとは思っていないからだ。面倒くさいことは頑張らない。最後に狩人に成れればいい、それが俺のモットーである。

 この女も馬鹿ではない、反省しない態度を即座に見抜き、もう一度ため息をもらす。


「本当に懲りませんね。お前はまた居残りです。いつも通りの時間に。いいですね?」

「……はーい」


 心底嫌そうに言ったつもりだったが、嫌そうなのを理解できても、何故嫌なのかをこの女が理解できるか……

 目が合った。

 氷のような、鋼のような、何を考えているか全く分からない感情だ。まるでこちらを虫けらのようにしか捉えていない目だ。

 この鋼鉄氷女に、この人間の感情理解を期待するだけ可哀そうか。


 こちらの返事を聞いて、無言で立ち去るベルジャナスの背中に向かって、俺は舌を出す。


「あー、めんどくさ」


 何がめんどくさいかと言えば、何かと突っかかってくる同級生、何故か俺にだけ厳しい女教師、そして何よりこの生活が数年は続くであろうことに、俺は心の底からめんどくささを感じていた。


「楽して生きたいだけだっつーのにな」


 その呟きは誰に聞かれることもなく、森は相変わらずざわざわと鳴いていた。


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