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人類最高峰の戦い

 どうしてこうなってしまったんだろうか。

 首元に押し当てられている刃に、現実味を感じない。

 というか、いろいろと事態が急速に動き過ぎて、頭の回転が追い付かない。

 そんな俺を置き去りにして、二人の女は会話を始めてしまう。


「あら、随分と大きなネズミが入りこんだものね」

「ええ、とびきりのチーズの臭いを感じ取ったものですから。私の神器を返してもらいに来ましたよ」

「世界最強と名高かったあなたが、コソ泥の真似事とは、嘆かわしいことです。ねぇ、マクライア?」

「きっと、師がよかったのでしょうねぇ、マザー?」


 俺の纏まらない思考を、一つの単語が引き締める。

 マクライア。

 今、マクライアと言ったか?


 マクライアといえば、流石の俺でも知っている超絶有名人じゃないか。

 世界最強の女狩人と呼ばれ、史上最年少で剣聖の称号を得た稀代の天才、マクライア=ヴィネガルズ。同姓同名の別人で無ければだが、マクライアなんて珍しい名前はそうそういないだろう。


 いや、だが、本当に本人だとすれば、これは大変なことだ。

 何故って、マクライアの栄光はすでに過去のものだ。

 今となっては、『人類の裏切り者』として絶賛指名手配がされている最悪の大罪人の一人である。

 いやまあ、この美貌の前にそんなことも霞むといえば霞むが。


「その子を人質に私に言うことを聞かせようと? 随分と可愛らしい手段ですね」

「使えるものは何でも使いますよ。それに、こういう手段、あなたには効く。随分とお気に入りのようですしね」


 ベルジャナスが手に持っていた機械を机に戻し、くるりとこちらへ振り向く。

 俺の横で、マクライアの身体がわずかながらに強張るのを感じる。

 これは、緊張? 恐れ? この感じ、俺に似ている気がするな。


「動かないで、マザー、私がヤる女だってよく知っているでしょう」

「随分と囀りますこと。私はあなたに構っている暇はないと言うのに……いいでしょう。動くなというなら、動かないでいてあげましょう。一歩もね?」


 ベルジャナスは、まるで幼子の反抗を嗜めるように、随分と余裕に振舞う。実際、何一つ焦る要素は無いのだろう。ここは自分の縄張りであり、この異常を察知した仲間の狩人で取り囲めば、いかに世界最強とはいえ侵入者の一人を捉えるのにそう時間はかからないだろう。

 だが、俺の推測は見当はずれであり、自信は別のところからきているのだとすぐさまに思い知らされることになる。仲間がすぐに来るから、ではない。自分で何とか出来てしまうから、焦る必要は無かったのだ。


 ベルジャナスの右腕がちょうど肩と水平にまで持ち上げられる。その背後の壁には、先ほど手に取ろうとしていた黒い渦巻き状のもの――よく見れば、『鞭』だ――が、不気味に張り付いている。


「やりなさい、『紅華』」


 ただの一言、ベルジャナスがそう呟いた瞬間、その鞭が張り付いていた壁が弾け飛んだ。文字通り、木っ端みじんに飛び散った破片が、俺の頬をかすめて僅かな傷をつくる。

 次いで、二度目の衝撃が部屋の空気を打ち、目の前のソファが吹き飛んでこちらへと飛んで来た。後ろの美女が飛び上がってそれを回避したのを感じた瞬間、「ぐえぇ」俺は避ける術なくソファと一緒に後方へとぶっ飛ばされる。


 壁際まで押しやられた俺は、必死にソファを押しのけ、状況を確認する。

 マクライアが天井に張り付き、ベルジャナスがそれを見上げ、睨みあっているところだ。まっとうな見方をすれば美女二人、だが俺からすれば怪獣同士が睨みあっているようにしか見えない。

 ソファを跳躍で天井まで回避したマクライアは、そのまま天井から動かない。だが、すぐにも移動が出来るように力をためているのがわかる。天井に張り付く程度は狩人ならお手の物だが、戦闘の最中にやってのけるのだから何ともまあ器用なものだ。

 一方、ベルジャナスは宣言通り一歩たりと先ほどの場所から動いていないようである。しかし、その手元にはあの壁に飾られていた黒い大ぶりな鞭の柄が握られていた。地面に横たわる鞭の本体はまるで獲物を待ち構える蛇のようである。


「化け物ね、触れずに神器を扱うだなんて」

「あら、『扱う』などと言っているようでは、底が知れますよ?」


 そういうと、ベルジャナスはおもむろに右手を振りかぶり、ただ地面に振り下ろした。

 ビシャン!!!!

 空気の破裂する音と共に空中へ黒い筋が無数に現れ、床や天井とあらゆる部分に文字通りの穴が開く。

鞭だ。持ち主の意思に応じてか、暴れまわる鞭の先端が打ち据えたものを尽く破壊していく。あの黒い筋は残像に過ぎず、先端は俺如きでは視認は出来ていないだけだろう。


 だが、マクライアは即座に反応し、天井を蹴ってそれを交わす。続けざまに襲い来る鞭を、その手の剣ではじいていく。マクライアの周囲で壁や床が爆ぜる。あの超速度の鞭を捌くのだから、仮にも剣聖と呼ばれただけはある。その凄まじい技量には舌を巻くしかない。

 巻き添えを食らうのはごめんなので、俺は転がって来た家具類を盾に(とはいっても気休めだが)、必死に室内を逃げ惑った。

 やがて行きついたのは大机の上である。ベルジャナスの鞭は、不思議とこの大机の周りに被害を及ぼさないので、安全地帯と決め込んで机の裏から二人の激闘を見守ることにする。

 それにしてもめんどくさいことになった。これは完全にとばっちりで、巻き込まれた俺は哀れな被害者だ。え、だったらこの部屋を出てけばいいって? うっかり扉の反対側に来ちまったんだから無理に決まってんだろ! あの災害現場の爆心地に特攻するほうがめどくさいわ!

 早いところ、二人の勝負に決着がついてほしい。まあ、おそらくもうすぐ終わる、気がするが。


「随分と動きが悪いですね、剣聖の名が泣きますよ」

「…………っ」


 二人の実力はほぼ互角……に見えていたとしたら、とんだ節穴だろう。

 ベルジャナスには相変わらずの余裕が見て取れ、現にあれから一歩たりとて動いていない。対するマクライアの動きは見る見るうちに精彩を欠いていく。まるで、戦うにつれ見えない重しが彼女の全身を覆っていくようだ。

 長引けば、まずマクライアに勝ちの目はない。現に、捌き切れずに鞭が体をかすめる回数が増えている。

 だから俺は、すぐにも決着はつくと予想していた……のだが。

 一向に、致命的な一撃は入らない。


 マクライアの顔にわずかな焦燥はあれど、目は死んでいない。全く、あきらめた様子も、悲観した感情も読み取れない。

 身を躍らせ、壁を蹴り、天井を走り、瞬時に数度の斬撃を放ち、剥がれた自身の軽装甲すら投擲武器として、あらゆる手段で猛攻をかいくぐる。

 

「諦めの悪い」


 ベルジャナスの嘲りとわずかに苛立ちの混じった呟きと共に、激しさを増した鞭が徐々に安全地帯であった俺の隠れる大机周辺にも被害を及ぼし始めた。そのうちの一つが俺の頭上を音もなく通り過ぎる。その後、必死に追いつかんとした風切り音が耳を震わす。おいおい、あんなのまともに当たったら痛いどころじゃねぇだろ、首が飛ぶぞ。


 そしてついに、マクライアが避けた鞭が大机を真っ二つに叩き割った。


「あだぁっ」


卓上のあらゆるものが部屋に飛散し、俺の頭上にも舞い散る紙片と一緒に大ぶりな布の塊が落ちて、頭蓋骨に強烈な一撃を食らわせて来た。さっきから情けない悲鳴しか上げていない気がするぞ。

頭から滑り落ちて、へたり込む俺の脚の間に収まったその塊は、先ほどベルジャナスが見せて来たあの『神器』であった。


再び、動悸が激しくなる。鏡のように反射する鈍色の刀身から目が離れない。自分が映りこんでいるはずなのに、まるで別の怖ろしい何かがそこにいるような不思議な感覚だ。

『握れ』

まるでそう神器が促しているかのように、握らねばという焦燥に駆られる。しかし、本当に握ってしまっていいものか、やばいのではないか、という葛藤が、俺の行動を制止する。


「あら、こちらは随分と手癖の悪いこと」


神器に呑まれかけたのは一瞬である。ベルジャナスの呟きと、体の右側で床が弾けたのを切っ掛けに、俺が危険地域の真っただ中にいることを思い出す。

そして、目を前に向けた瞬間、全身に危険信号が走った。


「取り込み中ですから、少しお眠りなさい」


 来る。

 まともに視認も出来ず、避けられず、受けも出来ないあの一撃が、間違いなく俺を狙って放たれようとしている。

 身の危険を感じた俺は、咄嗟の判断で手元の神器剣の柄を握った。先ほどまでの葛藤など関係ない、己が身を護るためだけに体が反応してしまったのだ。


 それと同時にベルジャナスの手首が捻られると、より鞭の動きが苛烈になる。手数に限界はないのかと嘆き叩くなるほど、マクライアに向けた攻撃が少しも緩まないのに、俺に向けて黒い蛇がその図太い胴体を振るう。

 目の前に確かな重圧を感じながら、俺は無我夢中で神器剣を振りぬく。破れかぶれ、タイミングなどほぼ勘だ。

 だが、幸運の矢は確かに突き立った。


やっと戦闘描写。

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