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14/29

訳あり

 リーリは建物の影から、シュアンの背中が研究棟から居住区の方へ立ち去るのを確認し、少しだけ安堵の息を漏らす。

 危ない、もう少しで我を忘れてしまうところだった。

 どうにもアレを見ると、心がどす黒く塗りつぶされて――いや、今それは良い。


 研究棟は複数の建物を連絡橋で繋いだ巨大な建物だ。その不格好な造りの弊害として、人も寄り付かない死角になる部分が多くある。

 誰にも見られないように、だけど不自然な動きにならないように、誰も寄り付かない建物の隅にある物置へと向かう。

 もう日もすっかり暮れた。僅かな月明かりも研究棟に遮られ、物置の影に誰かが息を殺して潜んでいたとしても、よほどの狩人で無ければ気付くまい。


「り、り、リーリ」


 その物置の影に潜んでいた影が、リーリの名を呼びつつ、もそりと動いた。よくそんなところに隠れられていたものだと感心するほどの巨躯が、闇夜にぼんやりと浮かぶ。

 2メートルを優に超える身長に、大木を思わせる胴回り、腕などリーリの太腿よりも太いのではないか。太い首の上にはこれまた大きい顔が鎮座しており、風貌の割りに人懐こい笑顔をリーリに向けている。

 が、すぐさまその笑顔も曇り、リーリの顔を覗き込んで心配そうな顔をつくる。


「か、顔色悪い、だだ大丈夫?」

「別に大丈夫だよ☆ って、こんな暗闇でよく顔色がわかるよね……あれ、ガスロフだけ? お姉さまは?」


 今日は定期連絡のはずだ。

 リーリがきょろきょろと周囲を見渡しても、自分の探し人の気配すらつかめない。あの規格外の狩人ならこの至近距離でも気付けないだけの力量の差があるかもしれないが、そもそもこの場にいないようだ。


「だんちょ、ず、ずっといな、い。ガスロフ、ずぅっと、一人、でここ、待ってた」

「まさか、一昨日の晩から?」


 こくり、とうなずく大男に、リーリは半ば呆れ、半ば感心した。

 この男が歩き回ると非常に目立つので、なるべく大人しくしておくように言っておいたのだが、まさか2日間もじっとしているとは思わなんだ。忠犬でもなかなか出来ない芸当だろう。

 それにしても、あの人は一体何をしているのだろう。昼間にあまり出歩くのは危ないと言っていたはずなのだが。

 と、心配していた時に、建物に囲まれたその闇の奥底に、ふわりと気配を感じた。常人なればとても感じ取れないほどの気配はみるみる大きくなり、暗闇から人影となって生まれ出る。


「ふふ、ガスロフはいい子だね」


 束ねた銀髪、獣を思わせる鍛えられた四肢、この人にならば全てを捧げても良いと思える風格、まさしくリーリの憧れの人である。


「お姉さま!」

「遅くなった、ごめんよ。どうにも、此処にいると体が上手く動かなくてね。リーリ、脚はもう大丈夫かい?」

「はい! あの……おとといは本当に……」

「もう言いっこなしだよ。私も悪かった」


 くしゃりと頭を撫でられ、リーリは恍惚とする。狩人特有のタコが多いこの手のひらで頭を撫でられるのがたまらなく好きだ。


「さて、急な話になるよ」


 すっと頭から手が離れると、急に空気がピリッとひりつく。自然と、リーリの背筋も伸びる。


「作戦を変更だ。今夜、最後の獲物を……私の神器をベルジャナスから取り戻す」

「えっ、今夜?!」

「近々、防衛境界線で動きがある。少し急がなきゃならない。もう必要な情報はあらかた収集し終えたし、長居は危険だ」

「そんな――」

「これは団長命令だよ。……ごめんね、リーリ、君をここに置いておく余裕はないんだ」


 リーリは天を仰いだ。と、同時に、頭が猛烈に回転して、様々な事情を頭に思い浮かべてはを急速に呑み込んでいく。

本来の計画なら、神器奪還まで後ひと月は猶予があったはずなのに、随分と急ぐことになってしまったようだ。

 まだ、お別れも言えていない友人が多数いる。例え、仮初の関係だったとしても、ぶつんと断ち切られるのは、少しだけ耐え難いものがある。

 だけど、そんな甘いことは言っていられない。自分には自分の立場がある。


 逡巡は一瞬。

再び視線を戻した時には、リーリの顔はすでに少女のものでは無かった。己の目的の為に冷徹になれる狩人の顔であった。


「わかりました。でも、あの運搬物がお姉さまの神器とは限りませんよ?」

「その時はその時さ、ガセネタを掴ませてきた花売りをシコタマ痛い目見せるだけだよ」

「……獲物は、まだマザーのところにあるはずです。到着したものはマザーの手元へ行くようになっていますから」

「やっぱりか……最悪だね。まあいい、そっちは私が行く。二人は陽動をお願いね。無理せず、ヤバいと思ったら逃げる事。この施設、出るのは楽だから」

「わかってます。じゃあガスロフ、行くよ。あの檻を破れるの、あなただけなんだから気合い入れてよね」

「う……リーリ、怒って、る?」

「怒ってない! いいから行くよ!」


 二人は物陰から飛び出し、目指すはかの黒き獣の捉えられし場所へ闇夜に紛れて疾走する。

 一人残された美女もまた、即座に闇に姿を溶け込ませた。


ガスロフは癒し系。

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