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勝利の後

 ひどい目にあった、としか言いようがない。

 俺が立会人のリーリと一緒に勝利者の宣告を受けていたのだが、大物狩りの結果に熱く吠える者、贔屓の敗北に号泣する者、賭けの結果に驚喜するものと悲憤するもの、決闘に当てられて喧嘩を始める者、一度猛った若者たちの荒々しさは野火の如く広まり、ついに宣告と同時に弾け、決壊した堤防のように観客席からアリーナへと流れ込んだ。

 まさしく決闘場は大混乱に陥った。

 よくやった、感動した、と屈強な男たちにバシバシと叩かれ、肺の空気を全部外へと吐き出させられる。

 一か月の小遣いが無くなったと嘆く奴から弁当の空き箱で叩かれたが、知らねぇ自己責任でやれ、としか感想が出てこない。

 押すな押すなと各所から怒号が飛び交い、下がれ下がれと決闘管理人たちが叫ぶ。

 このままでは押しつぶされてしまうと、俺とリーリは混乱の隙間を縫って何とか外に出ることが出来たのだ。


 大荒れの決闘場から這う這うの体で逃げ出した俺は、深い深いため息を吐いた。

 俺は今、決闘場から少し離れた研究施設群の近くにいる。

 横にはリーリが、俺と同じように深いため息を吐いていた。


「いや、もう、本当にシュー君と一緒だと人生飽きないね、きっと」

「そうか、俺はもう人生に飽き飽きだ」


 自分で選んだ道とはいえ、面倒くさいことになって非常に遺憾である。

 そういえば、特等席にシャオルがいたようだが、あの混乱の中で見失った。まあ、仮にも狩人見習だ、あれしきで怪我をするようなことはないだろうが、なんというか、またも話すタイミングを逃してしまったように思う。


「あ、今シャオのこと考えてたでしょー?☆」

「馬鹿言え、此処を辞め損ねちまったって後悔しているところだ」

「素直じゃなーい☆」


 話を切り替えようと、周囲を見渡してみるが、あいにく研究施設に俺が興味を抱きそうなものは即座に思いつかない。


研究施設の詰まったここで何が研究されているかと言えば、当然対鎧獣に関することである。

 鎧獣に関する学問は様々ある。鎧獣生態、新人類生態、神器、戦術、組織運営、政治、経済、教育などなど。王都の大学が最も権威ある研究機関だが、ここで研究される内容も神器や戦術、教育に関してなら引けを取らない。

木造で統一された居住区とは一線を画し、強固なレンガで高く高く築かれた『研究棟』と呼ばれるその建物は、異様な威圧感があってあまり好きじゃない。別に立ち入りを禁じられてはいないのだが、ウロウロすることが少し後ろめたくなる。

研究とか、同じことをひたすら繰り返し、起こるかもわからない現象をひたすら待ち続けるらしいじゃないか。そんな面倒くさいことをひたすらやり続ける研究者ってのは、本当に頭がおかしい。

俺に合わない人間がここには沢山いるのだから、居心地悪いのも当然か。


 ああ、そういえば、アレもこの辺りに来てるんだったな。

 どうせこの辺りに来ることはそうそうないだろうし、折角だから見て行ってやろう。


「おい、折角だから俺は例のあいつを見に行くが、どうする?」

「え? 例のあいつって……あ、あー、うーん、あれか」


珍しく歯切れが悪い。てっきり即答で着いてくるものと思ったが、興味がないなら仕方ない。「じゃあな」と応えて踵を返すと、「あ、ま、待ってよ!」と結局追いかけて来た。引かれると負いたくなる、単純で扱いが楽だな。


急に浮かない顔をし出したリーリを背後に連れしばらく歩いていると、俺と同じ目的だろう見習いたちがキャッキャと騒ぎながら歩いてきたのが見えた。彼らが来た方に歩みを進めれば、すぐさまにも目的のものが見つかる。


「うぉ、さすがにでかい」

「う……ぁ」


 巨大な檻に収められた、赤黒い塊、鎧獣だ。

 夕日に照らされたその鎧と呼ばれる外殻は燃える炭のように赤々と輝いている。

 あの脱走の夜に見たものと同じもののはずなのに、やはり間近で見ると迫力が違う。

 犬型の鎧獣は、そこらの野良犬が日向で寝ているように体を丸ませて寝ているようだった。が、すでに鎮静剤は切れているようで、目を閉じながらもこちらに注意を払っており、時々尻尾がパタリパタリと音を立て、時折身を震わせると硬い外殻同士がこすれて耳障りな音が響く。

 敵地のど真ん中だと言うのに、随分とふてぶてしい態度である。


 捕まりながらも人間を恐れず、かといって媚びず、侮らないその様子は、まさしく人類の敵である。

今大人しいのは、自分の力では檻を破ることは出来ない事を理解し、体力の温存と人間たちの警戒心が上がらないようにこの態度をとっている、と思われる(一応落第しないように鎧獣生態学なんかの講義も聞いているのだ……一応な)

 この檻の封印が無くなった瞬間、こいつは再び人間を殺しつくすつもりなのだろう。その証拠に、今も殺気は萎えていない。

 人を殺すこと以外はどうでもいい、人を殺すために己の考え得る最善をとり、そこには自分の命すらどうでもよく、死すら恐れない。鎧獣たちにもう少しの知能があれば、人は本当に一人残らず息絶えていただろう、というのだから何ともまあ怖ろしい話である。


「おい、すげぇな! ……リーリ?」


 横にいるリーリの様子がおかしい。

 苦し気に胸を抑えて、俯き、息が荒い。顔は青ざめ、今にも倒れてしまいそうにも見える。


「おい、大丈夫か!?」

「……ご、ごめん、ちょっと厳しい、かな」


 珍しく弱音を吐くリーリを連れて、即座に研究所区域を後にする。

 近くの小さな広場まで戻って来た俺たちは、一先ずリーリを広場の長椅子に座らせると、近くの売店で買ってきた飲み物を飲ませる。ひとしきり飲み終わるころにはリーリも随分と落ち着いていた。


「ごめんね」

「いや、俺が誘ったのが悪かった、すまん」

「勝手についてったのは僕だよぉ」


 いつもの明るさも半減しているが、わずかながらにも笑顔が戻ったのは良かった。


「鎧獣、ちょっと、苦手でね。自分を抑えられなくなっちゃうんだ」


 鎧獣の被害が多い地域の人間は家族や恋人を殺されたものは、何かしら鎧獣にトラウマを抱えてしまっていることがある。

 リーリも確か、絶対防衛境界線にほど近い北方の村の出身だと聞いたことが……あったような無かったような。他人のことを覚えるのは面倒くさいのだ。


 どうにも、自分の迂闊さで他人に辛い思いをさせてしまうと言うのは、心にくる。例え相手が気にしていようがいなかろうが、である。

 そもそも、リーリは相変わらず余計な発言が多いが、俺とクソ貴族の諍いに巻き込まれた被害者でもあるのだ。諸々の詫びはせねばなるまい。


「悪かったな、今度飯でも奢ってやるよ」

「……えっ? ……き、きみが……ごはん、を? おご……る? 面倒くさがりかつケチで有名な君が? 嘘だろ……き、君、疲れてるんだよ。うん、そうだよ、きっとそう。初めての決闘だったし、錯乱することもあるよ!」

「気が変わった、今度飯を奢れ」


 急に元気になりやがって。なんだその化け物でも見たかのような、信じられないって顔は。青ざめるな。俺だって飯くらい奢ることはある。いつもの定食だけどな。


「なーんて、冗談冗談☆ あ、でもご飯くらい奢ってあげても良いかな! 宣言通り頑張ったしね! ちょーっとだけ見直したよ面倒くさがり君☆」

「そうかい、そりゃぁ何よりだ」


 宣言通り……なんか宣言したっけ。


「ふふーん☆ 楽しみにしていたまえ! ……あ、そうだった、早速だけど、そんな頑張った君に一つご褒美があるんだよ☆」

「お? ……お前がそういう笑顔で言ってくる時って大概ろくでもねぇことじゃねぇか」

「マザーがね、勝った方は夜に部屋に来いって☆ いやーん、勝利者へのご褒美かしらん?☆」

「……本当にろくでもねぇな!」

「がんばってー☆ あ、僕はやることあるからここで失礼するよ☆」


 もう日は落ちかけている。夜だ。って言うことは、もう行かなきゃいけないではないか。

リーリと別れた後、俺はしぶしぶベルジャナスの元へと向かうことにした。

……っていうかリーリの奴、研究棟の方に戻ってったけど何するつもりだ。まあいいか。


リーリは男だから面倒くさくない。

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