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俺の人生が狂っていなかった頃

細々と書いていた新作です。

投稿しようかどうしようか悩んでいましたが、せっかく1章書き上げたのでそこまではせめて公開します。

 

 ジワジワ、と虫の泣く声がこだまする。

 容赦なく照り付ける真白な太陽、遠くの山の上には巨大な入道雲、だれがどう見ても夏真っ盛りの情景だ。


 生まれ育った村は、本当に何もないところだった。

 奥深い森の中のわずかに開けた土地に、わずかな村人がほんのわずかな畑を耕し、細々と暮らす、そんなどこにでもある貧乏な村だった。

 そんな小さな村で、元気よく育つ子供というのはある種の希望である。

 俺はそんなやんちゃなガキどもを纏めるガキ大将的な立場にあった。とはいえ、この村じゃ成人前の子供が男女合わせても10人くらいである。年下はもちろん、年上の子供すら皆が俺を慕ってくれて、毎日騒いでは大人に怒られる日々であった。


 その日は確か、隣村との力自慢祭の翌日だった。

 村の外れの大岩の上にみんなで乗っかって、俺が祭でくすねてきた菓子をみんなに振舞っていた。


「えー、すごーい! シュアン、大人に勝ったの!?」

「まあな!」


 俺がにやり、と笑って見せると、年下どもが一斉に目を輝かせた。


「俺見たぜ、シュアンに投げられたおっさんが空中で一回転したんだ!」

「「「やべぇぇぇ!!」」」


 一緒に祭りへ行った年上の子供が俺の活躍を少し大仰に話し始めれば、やいのやいのと話が弾み、ぼりぼりと菓子がすすむ。

 褒められて持ち上げられるのはこそばゆかったが、悪い気はしなかった。


「やっぱり、シュアンとシャオルがいなくなると寂しいよなぁ」

「ねぇねぇ、お兄ちゃん達はいつ『狩人』になるの?」

「さぁてな。養成所ってところで世話になるけど、俺もよくわからんよ」

「シュアンお兄ちゃんが狩人になれば、この村で初めてのことなんでしょ? すごいすごい!」

「じいちゃんとばあちゃんが言ってたよ、二人が狩人に成れば、ここの暮らしも楽になるって」

「いっぱい稼げるらしいもんなぁ」

「シュアンお兄ちゃぁん、わたしねぇ、甘いお菓子が食べたぁいの!」

「あ、ずるい、ぼくもぼくも!」

「わーかったわかった、俺が狩人になったら毎月甘いお菓子送ってやるよ」

「「「やったー!!」」」


 随分と子供らしい、なんと夢にあふれた会話であろう。

 ここには確かに平和があったのだ。

 あったはずなのだ。

 この辺りで、俺はこの状況に何か違和感を覚えていた。一体それがなんだというのか、わからない。


「あれ、そういえばシャオルは?」


 子供の一人が、周囲を見渡す。いつもならいるはずのその娘の姿はどこにも見えない。

 シャオル、その名を聞くと、ぬぐえぬ違和感はやがて根拠のない焦燥へと変わり、不安を募らせる。


「さぁ?」

「あ、おばさんに頼まれて、西の森へ行くって言ってた」

「ああ、なんか狼の遠吠えが聞こえるとか大人たちが騒いでたし、それかな?」

「大人たちに連れてかれたんだね。シャオルは弓が上手だからなぁ」

「あれ、じゃあなんでシュアンは――」


 子供たちが続ける会話が全く頭に入って来ない。

 焦燥はやがて限界まで高まり、俺の身体は弾かれたように大岩を一息に飛び降りた。

 着地と同時に大地を蹴るが、いつものように上手く走れない。


「シュアン!?」

「まってよ、シュア――」


 それでも、あっという間に子供たちを置き去りにして、西にある深い森へと疾走する。

 どれほど走っただろうか、言うことを聞かない体を無我夢中で動かして、ついに辿り着いた。


「う……」


 凄惨だった。

 人であっただろうモノが、いくつもいくつも、木からぶら下がり、草を赤く染め、鉄臭い臭いを辺りにふりまく。

 その中心には、血だまりに倒れる小柄な少女の身体と――


「う、うわああああああ!!」


 真っ暗な木々の奥に、真っ黒い憎悪が形作って、俺を睨みつけていた。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 新暦152年。

 これは人類が、かつて弱かった自分達と決別してからの歴史でもある。


 今からおよそ200年前。もはや正確な記録は消えてしまったが、今もなお人々の間で恐怖をもって語り継がれる厄災がある。


 『天炎』降臨。


 空の果てから巨大な炎が、轟音と共にこの大地へと飛来したのだ。

 それは夜のことだったと言うが、まさに昼の如く大地は照らされ、遠くの地からその光を見た者ですら目がつぶれたという。

 『天炎』は大陸の北側に堕ち、ゴルドバという一つの都市を呑み込んだ。大地は大きくえぐれ、今なお人はその地に戻れていない。

 今の人類が誰一人確かめに行くことが出来ないその地は、獣どころか虫一匹、いやいや草の一本も生えやしない、地獄の入り口が開いているのだと、噂話に尾ひれがついて、寝ない子供の枕元でまことしやかに語り継がれている。

 

 天炎が200年経っても薄れることなく恐れられるのは、もう一つ理由がある。

 奴らを連れて来たのだ。


 天炎が飛来してしばらく後、人類は大陸の北方からやって来た見たこともない生物と遭遇することになる。

 その生物たちはこの土地の生き物に似てはいた。

 似てはいたのだが、全くもって似てはいなかった。


 彼らは、人に敵意を持っていた。

 恐るべき能力と、恐るべき人への悪意を持って、たちまち人類に牙を剥いたのだ。

 その侵攻速度たるや、僅か10年の内に大陸北部から全土へと生息圏域を拡大し、50年の内に人類を滅亡の淵に追いやった。


 人を害する獣、そしてその身体的特徴から、人類は奴らに怨嗟を込め、『ガイジュウ』と名付けた。

 人類に成す術はなく、かつての10分の1にまで人口を減らし、まさに神に祈りながら絶滅の瞬間を待つのみであった。


 神、神はいるのだろうか。

 今、この問いを投げかければ、人々はこう答える。


『神は私たちと共にある』


 今まさに絶滅を迎えようとしていた人類から、対抗手段(カウンター)が生まれたのだ。

 人を害する獣を狩る者、すなわち『狩人』。

 狩人はまさに人類の希望の象徴である。

 狩人が誕生してから人類は一転、ガイジュウから生存圏を取り戻すことに成功。かくして新暦を制定し、ガイジュウとの闘争の歴史を歩み始める。


 これは、人類の存亡をかけた『ガイジュウ』と『狩人』の闘争の物語である。


 では、あるのだが。


「……うごっ…………………夢か」


 この少し面倒くさがりなシュアン少年の物語でもある。


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