幸せ
まず私がしたのは、モリーにあのイヤリングを返してもらう事だった。ただモリーが思ったより嫌がったことが、私にはすごくうれしかった。しかしモリーには申し訳ないが、どうしてもサミエルと婚約を破棄してもらわなくてはならない。私がもっと早く察知していれば婚約などさせなかったのに。モリーを悲しませてしまう事だけがつらかった。本当なら『支配』の能力は、モリーにだけは使いたくなかった。しかし二人がこれ以上仲良くなることだけは、断じて阻止しなくてはいけない。
「モリー、お気に入りのクッキーを持ってきたよ」
「ありがとう、エド」
私はクッキーを持っていきながら、会うたびにモリーに『支配』をかけた。持っていくクッキーにも『支配』をかける。私の能力は、物にもかけることが出来るのだ。そばにいなくても物を介してかけることが出来る。
私がモリーにかけたのは、サミエルが嫌っている性格になってもらう事だ。そしてモリーに、サミエルを好きだと思わせること。そのためには、モリーが私にわずかでも抱いてくれていた好意を心の奥底に沈めなくてはいけなかった。その時には本当につらかった。モリーの私を見る目が、好意を寄せるものから友人としての親愛の情しかなくなっていくのを見るのは本当につらかった。
また私は、サミエルにも『支配』をかけた。サミエルには直接会うことができないので、影を使い日ごろ彼が飲むお茶や食べ物に『支配』をかけた食材を混ぜてもらった。その『支配』とは、モリーへの愛情をなくすこと、そして彼を狙っていた中で一番高位の令嬢である、アミエ侯爵令嬢が好きであると思わせること。
それだけでは足りないので、私は精力的に動いた。持てる力をフルに使い、公爵家をしのぐほどの財力とコネを手に入れた。我が領地である小麦を使った製品を次々に王都に流した。人気商品を次々と世に出し、我が領地の小麦の価値を上げた。こうしてこの国に出回っている小麦は、ほぼ我が領地で作られている小麦だといわれるまでになった。
これで子爵位といえども、皆簡単には無下にできない。何しろ食の中枢を担っているのだから。前々から思っていたが、もしかしたら私の父や祖父はたまた先祖なども、少しは私の持っているような力を使えるのかもしれない。でなければただの子爵家が、国一番の肥沃で広大な土地を持つことなんて不可能に近いのだから。しかもちょっと考えればおかしいことを、誰一人として疑問にも感じていない。
父や祖父そしてその先祖たちは、無意識に自分の利益になるように力を使っているのだろう。すべては愛しい家族が幸せに暮らせるようにと。
私がかけた『支配』は、面白いぐらいにうまくいった。
モリーは、サミエルの嫌いな胡散臭い笑顔を振りまく、とてももの静かな貴族らしい子女になっていった。モリーの家族や周りの者たちは、ウィシュカム公爵家の教育の賜物だと思っており、誰も疑うものなどいなかった。サミエルはそんなモリーを見るのが嫌になり、次第にほおっておくようになった。そして自分の近くにいたアミエ嬢とばかりいっしょにいるようになった。社交界では、いつモリーとサミエルが婚約破棄をするか賭けるものまで現れる始末だった。
唯一事情を知っている私の両親や影だけが、時々私を恨めしそうに見るときがあった。特にモリーについている影の無言の抗議にはびっくりした。それほど主人である私より、モリーに傾倒しているのだと思わされた。しかしそれをうれしく思う私もいた。影は、モリーをこれ以上ないほど見守ってくれているのだ。これほど安心できることはない。
仕方なく恨めしそうに見る影には、あと少しの我慢だからと言っておいた。
それからすぐのことだった。私のもとに吉報が届いたのは。とうとうモリーとサミエルが婚約破棄をしたのだ。あらかじめモリーの家族にも『支配』をかけておいた。モリーを領地にいかせるようにと。
「モリー大丈夫?」
私はすべてを整えて、勇んでモリーのもとへと乗り込んだ。もちろん今までの『支配』を解くために。モリーの好きなクッキーに『支配』を解く力を込めた。そして会って、直接モリーにも『支配』を解いた。
「モリー様は、もう三日間ずっと泣き暮らしております」
影からは、三日間泣き暮らしていたと半分怒りながら報告を受けたが、それも今日で終わりだ。
モリーの目にやっと私が映った。その眼には確かに私への好意がある。私はこの目でそれを確認して、前に取り上げたあのイヤリングを渡した。
それからモリーに告白した。モリーははじめイエスと言ってくれなかったので、私はついあの能力を使いそうになってしまった。私が怒りのあまりに本気を出したら、たぶんモリーの耳についているイヤリングも効き目はないだろう。しかしモリーは、私を受け入れてくれた。心から嬉しかった。
ただ誤算だったのは、あのサミエルにかけた『支配』が解けたことだ。モリーと婚約したことで、私はもう影に食材を渡さなかった。しかしそんなに簡単に解けるとは思わなかった。モリーと私の婚約を知って、心の中に眠っていた本当の想いがあふれ出てきたのだろう。やはりサミエルは、本当にモリーが好きだったようだ。
コールマス公爵家は、当主自ら動いてきた。公爵家の力を使って、再びモリーと息子を婚約させようと思ったらしい。サミエルが泣きついたようだ。やはり自分の子供はかわいいのだろう。ましてやあまり愛情を注いでこなかった息子だ。しかし親から見ても立派に成長した。そんな息子が、初めて自分に泣きついてきたのだ。
あの公明正大な当主でも、わが子爵家を侮っていたようだ。爵位が低いから簡単だと思っていたのだろう。しかし残念だ。私は隣国の王族やほかの国の高位貴族である一族すべてを使って、コールマス公爵家に圧力をかけた。もちろんこの国で私が作ったつながりも、大いに利用させてもらった。ついにコールマス公爵家は、手を引いた。これで二度と変な気を起こすことはないだろう。
ただあの後婚約を披露するために参加したパーティーに、サミエルが来ていたのにはびっくりした。来ないよう圧力をかけたつもりだったが、アミエ嬢を隠れ蓑にしてやってきた。私はモリーから絶対に目を離さなかったが、私が少し席を外したのをいいことに、あいつはモリーに近づいたばかりかモリーに触れたのだ。
もう少しで力を使うところだった。しかしモリーの私を見る優しいまなざしで、すんでのところで力を抑えることが出来た。
帰りの馬車の中では、モリーがかわいいことを言ってくれて、私は別の意味で暴走を止めるのに大変だった。
「モリー愛しているよ」
君が幸せなら僕も幸せだよ。ずっと一緒にいようね。