私は元気です
「いや、すまない」
サミエルが私に謝ってきました。エドの方ではなく私にです。婚約者だった時でさえ、一度も私に触れたこともなかったのに、さきほどのことはいったい何だったのでしょう。
「サミエル様、あなたのお相手であるアミエ嬢が待っておいででしたよ。はやく行って差し上げたほうがいいのでは」
サミエルは、私に触れた手を下ろさず上げたまま、私をまだじっと見ています。エドに言われても、立ち去ろうとしません。
「サミエル様!」
声がしました。アミエ侯爵令嬢がサミエルを見つけて、飛んできたようです。
「では、私たちはこれで」
私はエドに手を引かれてその場を後にしました。ただずっとサミエルの視線を背中に感じる気がしました。今日のパーティーでサミエルが来ることは、エドから事前に聞いていました。
「コールマス次期公爵が来るけど、モリー大丈夫?」
エドが心配してくれました。私が動揺しないようにと。今の私は全然平気で元気なのですが、実際に彼と会ったらどうなのだろう?と少しだけ心配でした。今はサミエル様への未練など砂の粒ほどもないのですが、三日間泣き暮らしたほどです。もし会えばその気持ちが蘇るのでしょうか。
しかし実際に会ってみましたが、恋しかった気持ちが蘇ることはありませんでした。どうしてあんなにも好きだったのだろうかという気持ちの方が強かったのです。サミエルと婚約してからは、サミエルにふさわしくならなくてはと、本当の自分を押し隠していました。今考えればどうしてあんなにもそう思い込んだのか、不思議なぐらいです。
久しぶりに会ったサミエルは、やはり素敵な方でした。まるで本当の王子様のようです。しかし私の心は少しも動きませんでした。
「エド。さっきサミエル様に会ったけど、自分でもびっくりするぐらい何ともなかったわ」
「そうか、よかった」
エドが嬉しそうに私を見て言いました。私にはその笑顔のほうが胸がきゅんとしました。
「私、エドが好きよ」
「僕は愛しているよ」
パーティーの帰りの馬車の中で、私は心からエドに思いを告げました。私もエドを愛しています。ただ愛しているという言葉は、今は恥ずかしすぎて言えないけれど。
私は、婚約破棄されたけど今は元気です。これからも元気です。エドと一緒なら。
おわり