また婚約しました
「ねえモリー。僕と婚約してくれないか?」
「えっ」
私は、驚きで言葉も出ませんでした。それはそうです。三日前まで婚約していたのですから。
「びっくりするのは当然だけど、僕はモリーの事がずっと好きだったよ。モリーが婚約してからもずっと好きだった。僕はモリーだけだよ。モリーだけが好きなんだ」
エドのその言葉に、私の中に隠れてきたエドへの思いがあふれ出してきました。そうなのです。私もエドが好きでした。イヤリングを泣きながら返さなくてはいけなかったほどに。どうして今まで忘れていたのでしょう。ついさっきまで私は、サミエルの事が好きだったはずです。サミエルが好きなタイプの女の子になりたかったのです。そのために頑張ったつもりです。サミエルが好きなタイプの女の子と私は正反対だったのですから。
でもサミエルの好きなタイプの女の子って、誰から聞いたんでしょう?もしかしたら勝手に私がそう思い込んでいただけなのでしょうか?
冷静になって考えると、わたしが目指していたものは、とてもサミエルの好きな女の子のタイプとは思えません。だって昔の私を見初めたくらいなのです。あの頃の私は、よく言えばとても活発。悪く言えばただの野生児だったのですから。貴族としてのマナーは全然。貴族子女らしからぬ外で遊んでばかりのおてんばな女の子だったのです。
「モリー、返事して。といってもノーはなしだよ」
「エド、私婚約破棄されたばかりよ。世間の評判も良くないわ。そんな私と婚約するより、エドならもっといい子がいっぱいいるわ」
自分で言って悲しくなりますが、本当の事です。やはり婚約破棄されたことは、貴族社会では大きな汚点です。モテるエドなら汚点のついた私と婚約するなんてもってのほかです。
「どうして僕が、今まで誰とも婚約をしていなかったと思う?ずっとモリーをモリーだけを見ていたからだよ。うんと言って」
私の心がうんと返事をしたがっています。ここまで言ってくれるエドが好きです。私が迷っていると、不意に耳に冷たい感触がありました。
エドが、イヤリングを私の耳につけています。私ははっとして耳を手で押さえようとしましたが、エドに抱き込まれました。
「モリー愛してる。愛してるよ。ずっとずっと愛してる」
「ありがとう」
私も心に嘘はつけませんでした。エドの言葉がうれしくて気が付けば返事をしていました。私の返事を聞いて、エドが私の背中に回した腕の力が強くなりました。
二人で屋敷に戻ると、思いがけない人たちがいました。私の両親、兄、そしてエドの両親です。
「やったな、エド」
私の耳についているイヤリングを見て、兄のマーカムがエドにガッツポーズをしました。私の両親もエドの両親も喜んでくれています。
「「「「おめでとう」」」」
私はエドの両親とも小さい頃から親交があり、まるで第二の両親の様に慕っていました。皆に囲まれて、幸せです。
私とエドは婚約をしました。来年には結婚します。今日は王宮のパーティーです。エドとの婚約のお披露目を兼ねて二人で出席します。
今日のドレスは、エドが特注で作ってくれたものです。よく似合っていると家族から褒められました。
「モリーきれいだよ」
エドもほめてくれました。今日のドレスは、エドの瞳と同じ青いドレスです。いたるところに宝石がちりばめられています。初めてこのドレスを見た時には、嬉しいというより先にお金の心配をしてしまいました。あまりに高価なドレスなのです。エドの家は子爵家。いくら後継ぎだといっても、そんなにお金があるのでしょうか?
エドについ聞いてしまいましたが、エドは心配しなくても大丈夫!としか言ってくれませんでした。心配で兄のマーカムにも聞いてしまいましたが、微妙な顔をされました。
「エドのやつ、モリーに何も言っていないのか...」
しばらく一人ぶつぶつ言っていましたが、「モリーは心配しなくていいよ」としか言ってくれませんでした。ただ兄が全く心配していないので、私はずいぶん安心しました。
会場に着くと、好奇の目にさらされましたが、エドがずっとそばにいて守ってくれました。すごく安心でした。
エドと踊ったり、知っている方々にご挨拶しました。
「飲み物を取ってくるよ。何がいい?」
「お酒じゃないほうがいいわ」
「わかった。ちゃんとここで待っていてね」
私を壁の隅に立たせて、エドは飲み物を取りにいってくれました。そんなに心配することはないのです。私はエドほどモテないのですから。エドは、私と婚約をしましたが、いろいろなところからいまだに秋波を送られています。
「久しぶり」
聞き覚えのある声がしました。声の主は、元婚約者のサミエルでした。
「お久しぶりにございます。公爵様」
「もう名前で呼んではくれないのだね」
サミエルは不思議なことを言いました。もう婚約者ではないのですから、名前で呼べるわけがないのです。すぐに立ち去るかと思っていましたが、全然立ち去る様子がありません。
「聞いたよ。ウィシュカム子爵子息と婚約したんだってね」
「はい」
「どうして私は、婚約破棄をしてしまったのだろう」
目の前にいるサミエルがそうつぶやきました。あまりに悲しい声を出したので、思いっきり彼の顔を見てしまいました。サミエルは寂しそうな顔で、私の顔をじっと見ています。
「あのう?」
私がそう彼に聞いた時です。サミエルの手が伸びてきました。私の頬に当たります。冷たい感触が頬に伝わりました。私が、びっくりして後ろに下がろうとした時です。
不意に私の腕が強く引かれ、誰かに抱き込まれました。
「これはこれは、サミエル様。私の婚約者に何か」
後ろから聞こえてきたのは、エドの声でした。でもいつもの優しい声ではなく、固くとがった声でした。