告白
サミエルは、アミエの屋敷であるナダタル侯爵家を訪れた。執事が出てきて怪訝な顔をした。目の前のサミエルは、馬に乗ってきたせいか息を切らし髪も少し乱れている。前もって行くと先ぶれも出していないサミエルに困惑しているのだ。
「アミエ嬢にお会いしたいのですが」
サミエルのあまりの切羽詰まった表情に、執事は思わずといった風で一歩後ずさりそうになっていたが、瞬時に平静を装いこちらでお待ちくださいといって部屋に通された。やはり爵位が高いのが功を奏した。
部屋で落ち着きなく待っていると、アミエが慌てた風でやってきた。後ろには犬のブラックがちょこちょことついてきている。ただサミエルの緊張がブラックにも伝わったのだろうか。いつもならすぐに抱っこをせがむブラックが、アミエの横に並んでいる。
「どうしましたの?サミエル様?」
「ああ、急に押しかけて申し訳ない」
サミエルの緊張した様子にアミエは、びっくりしていた。
「ああ、もしかしてホワイトに何かありましたの?」
サミエルのこわばった顔にアミエは、そう解釈したようで今度はアミエの顔に緊張感が走った。
「いや、ホワイトは元気だ。ホワイトの事ではないんだ」
サミエルの言葉にアミエはほっと胸をなでおろしたが、今だサミエルの緊張した様子にアミエも怪訝な表情を浮かべ始めた。
「実は...」
サミエルはなかなか切り出せなかった。ただアミエの顔を見つめることしかできない。アミエもはじめこそサミエルの言葉を黙って待っていたが、そのうちにそわそわしてきた。
「あのう、サミエル様...」
アミエがサミエルに話しかけた時だ。ドアがノックされて声がした。
「姉さん、そろそろ行く時間だよ」
サミエルがはっとアミエを見れば、アミエは外出するような服装をしている。
「すまない。これからどこか用事でも?」
サミエルがそういうと、アミエが答える前に部屋に入ってきたアミエの弟がいった。
「姉さんは、これから劇を見に行く予定なんです」
「劇?」
「はい。お誘いを受けておりますので」
アミエが答える。
「誰と?」
サミエルが思わずアミエに問いかけた。
「姉さんに好意を持ってくれている方で、姉さんを大切にしてくれそうな方です」
アミエの弟は、そういって目の前のサミエルを厳しい表情でにらんだ。サミエルのほうが爵位も歳も上にもかかわらず、決してひるむことなくにらみつけてきた。
その様子から本当に姉であるアミエを大切に思っているのが見て取れた。
サミエルはそんな弟を気にすることもなく、アミエをじっと見た。そしてアミエに頭を下げた。
「アミエ嬢、今までほんとにすまなかった。許してくれとは言わない。それぐらいひどいことをしていた。ただ自分の気持ちを伝えたくて今日やってきた。
私は、君のことが好きだ。この気持ちは偽りないと誓える。本当に今更なのはわかっている。今更自分の気持ちを伝えたところで、君には迷惑しかないだろう。でも自分本位なのはわかってはいるが伝えたかったんだ。君を好きなことを。いや愛しているんだ。
確かに私は、モリッシュを愛していた。確かに愛していたという自覚はある。しかし今は君のことを愛している。君だけだ。いつからかと言われれば正直なところよくわからない。いつの間にか好きになっていたんだ。君が男とパーティーに出席していた時には、もう君のことが好きだったんだと思う。君のことしか見ていなかった。
こんな今になって言われても迷惑だというのはわかっているんだ。自分でも。だけど言いたかった。君に知ってもらいたかったんだ。すまない。言わないで後悔したくなかった。本当に今までありがとう」
サミエルは、そこまで言うと再びアミエに頭を下げた。そしてアミエを見つめた。アミエはサミエルの告白に言葉も出ないようだった。
しかしアミエの目から涙があふれてきたのをサミエルは見た。サミエル自身も泣いているのだろう。アミエが涙でにじんで見える。
「まいったなあ。こんなところで、告白ですか。どうするの姉さん」
アミエの弟が心底参ったという声を出してアミエを見た。アミエはただ涙を流し続けている。自分でもどうしていいのかわからないようだ。サミエルもそんなアミエを見て抱きしめてやりたいが、もしかしたら拒否されるのではと弱い自分がいる。
「もう~。いい大人が二人して仕方がないなあ。僕から伯爵には言っておくよ。今日の劇はいかないんだろう?」
アミエの弟がそう言って、部屋を出て行ってしまった。
サミエルは、アミエのもとにいってアミエを抱きしめた。
「本当にすまなかった。今からでも間に合うだろうか。君も私を少しでも愛してくれる気はあるかい?」
「ワン!」
サミエルがそういうと、今までおとなしかった犬のブラックが急に声を出した。まるでアミエの代わりに返事をするかのように。アミエはずっとサミエルの胸の中で、ただ抱かれているだけだったが小さい声を出した。
「私...私こそ、サミエル様のおそばにいてもいいのですか?」
「私はアミエ嬢にずっとそばにいてもらいたい」
「嬉しい」
サミエルとアミエは、弟から話を聞いた両親が部屋になだれ込んでくるまでずっと抱き合っていたのだった。




