希望
私は、どうしたらサミエル様を元気にして差し上げることが出来るのかいろいろ考えました。公爵家に行っては、お茶を一緒に飲んだりしました。ですがサミエル様は心を閉じてしまわれておりました。
公爵家からは、もうこれ以上サミエルにかかるのはやめてもいいと言われました。父に言われたようなことを言われてしまったのです。
「アミエ嬢、あなたの時間をこれ以上息子に使わせるわけにはいかない。どうかアミエ嬢はアミエ嬢で幸せになってほしい。我が公爵家としても、今までの息子がしでかした行為について出来る限り何かお詫びがしたい」
公爵様に頭を下げられてしまいました。
そんな時です。ある日弟が、かごの中に入った二匹の子犬を持ってきました。かごの中では、黒い毛の色と白い毛の色をした二匹の子犬がくっつきあって眠っています。
「姉さん、この一方をサミエル様にあげたらどう?」
「えっ。子犬を?」
「動物は癒しになるらしいよ」
「この子犬はどうしたの?」
「クロエのうちに生まれたんだ」
「まあ、そうなの」
弟が言ったクロエとは、弟の幼馴染です。私も小さい時からかわいがっている妹のような存在です。
私はその一方である黒い毛の子犬をこわごわ抱っこしてみました。子犬は小さくて震えておりましたが、ふわふわしていてとても温かく感じました。その温かさが私の心に沁みいってきました。私の心も疲れていたのでしょう。子犬に癒される自分がいました。弟に何度も言われたせいか、私も次第にその気になってきました。
今は藁にもすがりたい気持ちだったのです。
私は公爵家へと急ぎました。執事の方は、私の慌てた様子に急いで公爵様の元へ連れて行ってくれました。
「突然申し訳ございません。公爵様にお願いがございます」
「なんだね」
「前に公爵様がおっしゃったこと覚えておられますか?私にお詫びをしたいとおっしゃられたこと」
「ああ、もちろん。本当にアミエ嬢には申し訳ないことをした」
公爵様は、そういってまた私に詫びようとなさいました。
「違うのです。今日はご提案に参りました。実は...」
私は、今我が家に犬が二匹いること。サミエル様にその犬の一匹を飼ってもらいたい旨をお伝えしました。
「犬を?」
「はい。犬は癒しになります。まだ子犬なので、お世話は大変ですがきっとサミエル様の心をお慰めすると思うのです」
先ほど弟が私に言った言葉をそのままいえば、公爵様はしばらく考え込んでおられました。しかしやはり公爵様としても、あんなにふさぎ込んでいるサミエルが心配だったのでしょう。私と同じように藁にもすがりたい気持ちだったのかもしれません。
「では我が屋敷でその子犬を一匹引き取ろう。よろしく頼む」
「では子犬に必要なものを手配してから子犬を連れてまいります。よろしくお願いいたします。これがお詫びで結構です。サミエル様には、もう私との婚約の事はおっしゃられないでください。またサミエル様の心が落ち着くまで、せめて一年だけでもサミエル様の事はそっとしてあげていただきたいのです。侯爵家には私から伝えます。だからお願いします」
私は、公爵様に深く頭を下げました。
「頭をあげてほしい。でもいいのかね。それではこちらにずいぶんと都合が良すぎる提案じゃないか。それにサミエルの事はもういいのかい?」
公爵様は、私のサミエル様の思いを知っておいでです。
「いいのです。サミエル様には、サミエル様が好きになったお方と結ばれていただきたいと思っております。サミエル様には幸せになっていただきたいのです。私はもう諦めました。でも私は私でこれから頑張りますわ。幸せになるために」
公爵様は、私が無理やり作った笑顔を見て、少しほっとなさいました。
「アミエ嬢、本当にありがとう」
「いえ、あとこの事もサミエル様には内緒でお願いします」
「わかった」
私はまたすぐさま屋敷に戻り、今度は父に説明をしました。
「アミエ、本当にいいのか?」
「はい、後悔しておりませんわ」
父はしばらく複雑そうなお顔でしたが、とりあえず父からも了承を取りました。
それからは、子犬たちに必要なものを準備していきました。子犬が遊ぶおもちゃなどは、手作りしました。子犬は、元気いっぱいで遊びまわっております。これならサミエル様も忙しくて、とてもモリッシュ様のことを考える暇はなさそうです。
よく観察してみると、やはり同じ犬種でもずいぶん個性が違います。黒い色のほうが大人しめで、白い色の方が元気いっぱいです。名前も毛の色通り黒いほうをブラック、白いほうをホワイトと私が名付けました。ただサミエル様に飼っていただいたあかつきには、サミエル様自身にお名前を付けていただきたいと思っておりました。
「少しやんちゃなほうが、いいんじゃない?」
「あら、どうして?」
「世話が大変なほうが忙しくて、いろいろ考える暇もないだろう?」
子犬はどちらをサミエル様に飼ってもらおうかと、家族でいろいろ意見を出し合いました。
結局弟の意見で、サミエル様に飼ってもらうのは白い犬の方になりました。
その頃には、二匹ともずいぶん我が家にも慣れ私にも懐いておりましたので、まるで嫁にでも出す気分になっておりました。
ある日ホワイトを連れた私は、サミエル様の元を訪れました。サミエル様にホワイトを抱かせます。サミエル様は、突然の事にはじめ戸惑っておられました。しかしよく見ると、サミエル様はホワイトと目があったとたん少し微笑まれました。子犬がサミエル様の手をなめ始めると、その笑顔がより深くなったのです。
私は、びっくりしてその様子を眺めてしまっておりました。私の視線に気が付いたのでしょう。サミエル様がこちらをご覧になりました。
私がつい驚いたことを話すと、サミエル様は自虐的なお顔をされました。
「あなたにはいつも笑っていただろう」
そうなのです。サミエル様は、婚約破棄される前パーティーではいつも私には微笑まれておりました。でも先ほどされていた笑顔とは程遠いものでした。私がそのことを話すと、サミエル様は謝ってくださいました。申し訳なかったと。
私もつい胸の内を言ってしまいましたが、サミエル様にこれ以上謝罪させるわけにはいきません。今日はそんなことで来たのではないのですから。
私は、サミエル様に犬の名前を伝えて、すぐにサミエル様のもとを離れました。つい自分の胸の内を明かしてしまい、自分でも知らず知らずのうちにずいぶん動揺していたのでしょう。サミエル様には改めてご自分で犬の名前を付けていただくはずが、言い忘れてしまいました。でもこれでずっとあの子犬の名前はホワイトです。これだけのつながりですが、私にはそれさえ嬉しく感じました。
帰るときちらりとサミエル様を見ると、サミエル様は腕の中の子犬をいとおしそうに眺めていました。
きっとこれで大丈夫。私は、そう確信したのでした。




