我が侯爵家の実情
私アミエ・ナダタルは、侯爵家の長女に生まれました。下には少し歳の離れた弟がおります。我が侯爵家は、ぶどう畑を広く所有しておりワインの生産でも有名です。数年前までは、裕福な貴族に入るほどでした。
それが、ここ数年のぶどうの凶作により、収穫量も減りそれによってできるワインの量も激減してしまいました。そのため今では、侯爵家としての維持も大変厳しいものになってしまいました。我が侯爵家は家族一丸となってとにかく節約に努めてまいりましたが、もうこれ以上切り詰めるところはありません。でもそうかといって領民に負担をかけるわけもいきません。ただ侯爵家として最低限は維持しないと、これから侯爵家を継ぐ弟があまりにかわいそうです。もう八方ふさがり状態でした。
そんな状態でしたので、父は毎日のように頭を悩ませておりました。そんな時です。お客様がやってきました。見たことのない方ですが、乗っていらした馬車やちらりと見かけた洋服を見る限り、ずいぶん羽振りがよさそうです。
正直、今のわが侯爵家に来るようなお客様ではありません。
私は窓からずっと眺めておりましたが、その方が帰るときにちらりとこちらを振り返りました。私はびっくりして思わず窓から後ずさりましたが、きっとばっちり見えていたに違いありません。
その方が帰ったのを確認して、私はすぐに父のもとに向かいました。先ほどの方が気になって仕方なかったのです。
父のいる書斎に向かうと、父は窓の方をじっと見ていました。そして私の顔を見るなり、何やら泣きたいような笑いたいような変な顔をしたのです。
「お父様、先ほどのお客様はどなたでしたの?」
「ああ、あの方は...」
「あの方?」
父は途中でやめてしまいました。私が先を促してもそれ以上言ってくれません。ただ父は私の方を見て何か言いたそうです。
私が首をかしげた時でした。
「アミエ、お前はサミエル・コールマス次期公爵を知っているな」
「ええ、有名ですもの」
そうなのです。サミエル様は、社交界では有名な方です。まさに『貴公子の中の貴公子』と呼ぶにふさわしいお方だともっぱらの評判です。コールマス公爵夫人は、我がナダタル侯爵家の親戚筋になります。ただ惜しむらくは、サミエル様は、もう婚約者がいるのです。しかもご自分で選ばれたお方が。
「そのサミエル様と婚約者の仲がよくないのだそうだ。さっき来られた方は、その婚約者の方に近い方でな。できれば婚約破棄をしてもらいたいのだが、お相手の方が爵位が高いのでつらいとおっしゃられていた」
「でも婚約破棄などしたら、その婚約者の方に傷がついてしまいません?」
私も貴族のはしくれです。婚約破棄などしたら、された女性の方が傷が深いことはよくわかっております。でもどうしてそんなことをわが侯爵家に言ってきたのでしょう?
私の顔に表れていたのでしょうか。
「アミエが考えていることは、なぜうちにそんな話をしてきたのかだろう?」
「ええ」
「実は、その婚約者の方をすごく心配されている方がおられてな。婚約破棄をしてもその婚約者の方に傷がつくことのないようにしたいのだそうだ。それでわが侯爵家に話があったのだよ」
「話?どんなお話ですの?」
「まずサミエル様に近づいてほしいそうだ。できれば仲良くなってサミエル様の心を射止めてほしいとおっしゃっていたよ。そうしてサミエル様の心変わりでという形に話を持ってきたいのだそうだ」
「まあ~。でも婚約者のいる方に近づくなんて皆さんどうお思いになるでしょう」
「そうだな。そこで我が侯爵家に話が来たんだ。アミエ、お前ならきっとサミエル様の心を射止めることが出来るとおっしゃっていた」
「えっ?いやですわ。そんなこと」
「そうだな。私もそう言っておいたよ」
父は私に話してから、また窓の方を見ました。
「お父様、そのお話まだ続きがあるのでしょう?」
「そうだな、アミエにはわかってしまうな」
父は苦笑ながらも話してくれました。サミエル様に私が近づき、もしサミエル様の心を射止めることが出来たのなら、いえ出来なくても、我が侯爵家に援助をしたいとおっしゃってくれたようです。しかもその金額は、財政を立て直しても余りあるものでした。
「ねえ、お父様。私サミエル様とお近づきになるわ。決して心を射止めなくてもいいんでしょ。たぶんそれは無理だと思うの。でも近づくだけなら、私頑張るわ。今のままではこの侯爵家はそのうち立ち行かなくなるもの。その婚約者の方は本当に心配いらないのね。私も同じ女性として婚約破棄されたらつらいわ」
「その婚約者の方は大丈夫だ。あの方が付いておられるから。それより私は、アミエお前が心配だ。婚約者のいる方に近づくんだぞ。社交界で何言われるか」
「あの方?まあいいわ。社交界の事は、大丈夫よ。だって我が侯爵が実は火の車なんて知られた日には、貴族社会すべてからつまはじきにあってしまうわよ。社交界で言われたぐらいなんてことないわ。それに運よくうちは、サミエル様のコールマス公爵家とは縁続きだし。まあそのこともあって家に話が来たのかしら」
「そうだな。それに我が侯爵家の実情を知られているしな。話を通しやすかったのだな。それにアミエ、お前は社交界でとても目立つらしいぞ」
「まあ、それは嬉しいことですわ」
私は、父が言ったことに否定はしませんでした。自分でも努力をしてきたつもりです。特にここ数年は、少しでも高位貴族とご縁があったらと思っておりました。それで我が侯爵家に少しでも援助してもらえたらどんなにいいだろうと思っていたのです。
私は、それからパーティーでサミエル様をお見かけすればすかさずサミエル様の元へ飛んでいきました。ほかに近づいてくる者たちを蹴散らしながら。お金のために。