神様の人違い
夜空が放り込まれるときのお話です。
「はぁ~……」
口を開けばため息。息をするようにため息。あ、息なんだから当たり前か。
ここは教室。私、早乙女夜空の通う高校は、現在帰りのホームルームも終え、放課後を迎えている。部活動へ行く人、友達と喋ってる人、残って勉強に勤しむ人の中、私は誰と何をするでもなく、自分の席でボケーッとしていた。
「……このままいつまで生きてくんだろ、私」
そんな独り言が夕日の差し込む窓に消えていく。3年になり、受験シーズンを迎えた。幸い成績はそれなりに良くて、高望みしなければ問題なく大学進学も叶うだろう、とは担任の弁。でも面談の度に言われるんだよね、「友達も作ろうな」って。これがまー良い笑顔で言ってくるんですよ。
作れたら苦労しないんだって。誰と誰が付き合っただとか、告白したとか、どこそこに新しいお店ができたとか新しいドラマがどうとか……私には興味がないし、私の興味に周囲も同じ反応をする。教室で誰かと話すことなんて滅多にない。お昼も1人、自分の席で食べる。名は体を表す、夜空のように暗い……いわゆる陰キャぼっちというやつです、私。
「……まあ、良いか」
そしてこれが私の口癖だ。大抵のことはこれで受け流してきた。立ち上がって、人のまばらになった教室を出る。家に帰る前に本屋に寄ろう。沈んだ時に癒してくれるのは人ではなく本、小さい頃からずっとそうだった。本に囲まれた空間に思いを馳せつつ足取りは軽く、下駄箱へ続く階段、その最後の3段を飛ばして床へ――――
「――――あれっ」
床がない。
え? え? ……と思っている間に、私の足は黒々と空いた丸い穴に吸い込まれる。悲鳴を上げる間もなく、私の体は学校の床から消えていった。部活動の始まりを告げる鐘を遠くに聞きながら、私は暗い穴の中を、どこまでもどこまでも落ちていく。
「えっうそ――――なにこれぇぇええええ!!」
底の見えない、というか何も見えない穴の内側で。私は恐怖と焦りで絶叫した。いやいやいやどういうこと!? パニックになりかける私に、ぼんやりとした声が語り掛けてくる。
「聞……ます……聞こえますか……」
もう幻聴でも何でも良い、安心させてほしくて私はその声に縋りついた。
「聞こえるっ聞こえるよ! 誰!?」
「あなたは、どちら様ですか……?」
それはこっちのセリフだよ。でも言葉が通じるのは良かった、大人しく名乗る。
「私は――――夜空! 早乙女夜空!」
「それは知っています……」
キレそう。
「何なの? まずそっちが名乗りなさいよ!」
「私は、異世界の女神です……故あって、あなたの世界とこちら側を繋ぎました……」
「?? はぁ……」
異世界転移ってやつかな? 昨今、本屋でよく見る題材だよね。あんまり好んでは読まないけど、まさか現実に起こるとは。あり得ないことが起こりすぎて、逆に冷静になってくる。
「で、何で私を連れ去ったの?」
「……分かりません。私の召喚したかったのは、『希望の巫女』。もっと美人な……」
WEAK HIT!!
「異性にモテそうで……」
CRITICAL!!
「明るい……」
OVER KILL!!
「一言での表現は、難しいですね……」
「……考えた挙句、どんどん私を傷つけてることに、気づいてくれるかな?」
泣きそうだよ。何でいきなり落とし穴にはめられた挙句こんな仕打ちを受けなきゃいけないの? ここまでの言動、どう見ても女神じゃない。優しくないし、邪神だよね。
「邪神ではありません」
そこだけはきっちり否定してくる。……まあ、良いか。
「人違いとは、はた迷惑な話だけど……それならさっさと元の世界に戻してもらえる?」
誰にでもミスはある。それは神様だって、例外じゃないらしい。まあミスは仕方ないから、さっさと元の世界の学校……はちょっと騒動になりそうだから、私の部屋に戻してもらおう。
「……申し訳ありません。私の力を以てしても、世界を繋げるのは1度きりなのです」
でも、女神(邪)の返事は無情だった。え、1度きりってことは……さっき私が落ちたあの穴が最初で最後?
「そうです……。あなたにこの世界を救っていただければ、私の力も回復し、もう1度世界を繋ぐことができるでしょう……」
「何それ――――」
帰れないという変えれない事実。言葉を失う。でも女神はもうそれに構うことなく、言葉を続ける。
「あなたには……この世界で、人類と竜族の戦争を止めていただきたいのです……」
「いや、無茶苦茶言わないでよ……」
「いいえ、あなたの力を……『乙女座』の力を以てすれば可能です……そろそろ、境界を抜けますね」
ヴァルゴ……乙女座? 確かに私は乙女座だけど、それが何かあるのかな……と思っていると、足元から光を感じる。暗闇から抜け出せるという安堵と、全く何も知らない世界に放り出されるという不安。
「えー、キタイシテイマス、ガンバッテクダサイ……」
「何で急に棒読みになったの!?」
「世界に着いたら、『星獣憑依』と唱えてみてください……それで何とかなりますから……後は、流れでお願いします……」
「いやいやそんな無責任な――――」
神様は思ったより無能だった。そりゃ世界から戦争もなくならないよね……。そんなことを最後に思い、私は暗いトンネルを抜ける。視界が一気にホワイトアウトし、瞬くこと数秒。
私が着いたのは……何もない空中。着いたというか、普通に落ち続けてる。
「あのクソ女神ぃぃいいい!!」
人選も無能なら開始位置も無能かよ! 悪態を叫びながら、それでも死にたくないから、私はあの女神の言葉に縋る。腹立つけど向こうは神様だからね。
「え、えっと……『星獣憑依』――――!」
その途端、私の頭に何かが響く。半分無意識に、響きのまま口を動かす。
「叡智の泉に咲け、『処女』!」
私の体が光に包まれる。初めは燃えたのかと思ったけど、全然熱くない。あと何これ、ぼっさぼさだった黒い髪の毛がサラッサラになってる。肌もすべっすべ、これだけでも異世界に来た甲斐はあったかもしれない――――って今はそれどころじゃない!
「地面に落ちたら、流石に死ぬよね……!」
この光が何なのかは分からないけど、わざわざ地面にぶつかって確かめるのはとてもじゃないけど無理。何か、何かないかな……!
「何あれ……戦ってるの?」
必死に探した私の視線の先に、ぶつかり合う2つの影がある。1つは……人間。もう1つは、おとぎ話から飛び出したようなドラゴン。とりあえず、あのどちらかに受けてもらえれば死ぬことはない……ような気がする!
「助けて下さーーーい!!」
2人……? は戦いに夢中で、全く私の声は気づかれてないけど、私は全力でもがき、大きい方の的、ドラゴンに向かった。大きすぎて抱き着くのは無理、なら狙うは……翼! 洗濯物みたいに引っかかるイメージっ!
みるみる大きくなるドラゴンの姿に、恐怖がせり上がってくる。でも地面よりマシ、地面よりはずっとマシ……! 必死に自分にそう言い聞かせて、私は腕で顔を覆う。そして肩から、ドラゴンの翼の付け根にぶつかった。
金属が凹むような、すんごい大きな音がして、私に激痛が来た。いったぁ!? 骨の折れる音はしなかったけど、もうちょっと優しい感触を期待してたんだけどなあ……! そして響く、名状しがたい叫び。これは、ドラゴンのかな――――そりゃ痛いよね、ごめんね……というところで、私は意識を手放した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「んっ……?」
気が付くと、私は地上にいた。何かに寝かされているらしい。ドラゴンにぶつかって、それから……気を失って、どうなったんだろう? と思っていると、隣から声がする。
「! 目が覚めたか」
首を回すと、そこにはオレンジに輝く髪の毛をした超絶イケメンが、私を至近距離で覗き込んでいた。
「うっ……!」
視線が私の心臓に突き刺さる。はぁ、幸せ……。
「おいどうした! 大丈夫か!?」
彼の心配してくれる声は誠実で、読んでいた漫画の登場人物のようで……女神様ありがとう。邪神とか呼んでごめんなさい。私は命を懸けてこの人お守りします……!
「何やら分からんが、苦しそうではないしな……」
にやけたままの私。その不審な行動にも、彼はひとまず何も言わないでおいてくれた。
「城に着いたら起こす。ゆっくり休んでくれ」
耳元でそう囁かれ、私の意識は天空へとフライハイ。こうして私の異世界生活が始まった。めでたし、めでたし。
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