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争いの果て

 異世界転移に初挑戦。

 灼熱の太陽が真上から照りつける。熱砂吹きすさぶ荒野を舞台に、混沌が口を開けている。怒号、雄叫び、斬撃、断末魔……あまり聞きたくない音が響き続けている。敵は精鋭揃い。対する俺達は数こそやや勝るものの、敵1体を相手に味方2人がかりでどうにか倒せるかどうか、というところ。


 戦線は……まあギリギリ互角と言えるか。押されてはいるが隊列を乱すことなく、兵士たちは懸命に、勇敢に敵に立ち向かう。俺が王ならば全員に勲章を授けたい、真剣にそう思うほどの奮戦ぶりだ。そんな俺は最前線から一歩引いた場所から、その様子を観察していた。苦戦を強いられる部下のため、前線で大暴れしたいのはヤマヤマだが……今はできない。



「いけませんぞ、坊ちゃま! 坊ちゃまに万一のことがあれば――――」



 やかましい目付け役がいるからな、理由はそれだけではないが。小言を言っているのはヤークス・メニークレイム。家名の示す通り、本当に口うるさい男だ。俺の家に古くから仕える忠臣で、齢60になろうというのに戦場にまで付いてくる。まあ腕は立つ。並の兵士3人を相手にし、問題なく制せる程度には。



「分かっている。毎度毎度同じことを言わんでも良い、壊れた蓄音機かお前は。坊ちゃまと呼ぶのもやめろ」



 ヤークスの小言はもう親の声より聞いている。……冗談でも何でもなく。鬱陶しそうに遮り、俺は戦場に視線を戻した。


 敵の姿は……もう見慣れたが、初陣で見たときは度肝を抜かれたものだ。


 爬虫類の顔を持ち、体は鱗に覆われている。その色は褐色だったり、黒だったり、鮮やかな緑色だったりと色彩豊かだ。背中に亀のような甲羅を持っていたり、ワニのように顎が長く発達していたりと個体差はあるが、概ね「二足歩行のトカゲ」と言えばしっくりくるか。そこらを這っている爬虫類よりも手足は長く、指も人間のように器用に発達している。


 だが最大の衝撃だったのは、その知能。奴ら――――「竜族(ドラゴニュート)」は俺達と同じ言葉を操る。そして時に陣を組み、時に伏兵を忍ばせ、俺達を陥れようと策を練っている。



「将軍閣下! 至急ご報告がございます!」



 息を切らせて、1人の兵が俺へと駆け寄ってきた。偵察を任せていたのだが、この暑さの中跪く彼の肩は何と震えている。ただならぬ様子に、俺は半ば確信を持って問いを投げた。



「『奴』が動いたか?」


「その通りでございます。この目でしかと――――」



 と、その時。


 天が割れた。


 いや違う。そう錯覚するほどの音量が、天から聞こえてきたのだ。雷鳴すら生ぬるい、まるでこの星全体に己が存在を誇示するような咆哮。ああ、奴だ。間違いない。俺は音のした方へ歩き出す。



「俺が出る。ヤークス。ここの指揮は任せるぞ」


「ご武運を、『獅子座(ザ・レオ)』。ブライト・レオンハート様」



 先ほどの小言とは打って変わって恭しく礼をし、ヤークスは兵に指示を飛ばし始める。滞りなく陣形が変わっていくことを確認すると俺は足を速め、やがて人の身を超えて疾走する。そして、俺のみに許される詠唱を紡ぐ。



「『星獣憑依ゾディアック・ポゼッション』――――全天を駆けよ、獅子(レオ)!」



 俺の身に着けている甲冑が、陽光の反射を遥か超えて明るさを増す。元々襟足が肩に届くほどだった髪は不可思議な『力』の奔流に、鬣のように逆立つ。

 次の瞬間、俺は大地を蹴って空中へと舞い上がる。全身を光に覆われ、彗星のごとく高速で先ほどの咆哮の主へと突っ込んだ。こちらを向いたそいつは、獰猛な顔に2本の大きな角、それだけで俺の身長ほどありそうな爪、雄大な1対の翼を持つ……全身を赤い鱗で固めた(ドラゴン)だった。頭から尻尾の先まで約30メートル。地上に群れているトカゲの進化系とはわけが違う、真に力ある血統の持ち主。そいつが腹に響く声で唸る。



「来たか……忌々しき星座の輩。今ここで、我が炎で焼き尽くしてくれる」


「俺が忌々しいのなら、自分たちの土地で大人しくしていろ。竜族が侵攻をやめれば、俺達も手は出さない」


「ほざけ! 貴様ら人間こそ、我ら竜族の住んでいた土地を片っ端から奪っていった元凶であろうよ。多少ならば目も瞑ってやったが――――人間は飽くことを知らぬようだ、滅ぼすしかあるまい」


「で? その結果生まれたのは何だ、人も竜も住めない、不毛の大地だろう?」



 俺の眼下に広がる荒野――――エベルガルド大平原は、元々は緑豊かな草原地帯だった。数百年にも及ぶ戦いで踏みつけられ、燃やされ、今や草の一本すら生えていない。こんな土地が、この世界にはあちこち広がっている。……生存を賭けた戦いで生きる場所を破壊するなど、何とも本末転倒な話だ。



「ただただ広く平らに均されただけの土地で、いつまで戦うんだ?」


「――――無論、貴様ら人間を滅ぼすまでだが? 人間とて、貴様以外は同じ考えであろうよ」



 ならば、戦いを止めれば良いと思うかもしれない。しかし悲しいことに、戦いは人類も竜族も、もう後には退けないところまで来てしまっている。この数百年、互いに夥しい犠牲を払った。星の数ほど死者を出し、その血を大河のごとく大地に刻んできた。人類側の首都・オリュンポスにある慰霊碑も、もういくつ建てられていることか。今更払った犠牲を無視し、ほどほどで妥協などできるはずもない。例え俺1人が声を上げても、民衆の怒りを恐れる王は絶対に聞き入れないだろう。


 だから、俺はこうするしかない。俺の価値観による良い悪いで、もはや世界は変わらない。



「……お前を仕留めれば、今戦っている竜族共も大人しくなるな」


「笑わせる。貴様こそ、倒れれば間違いなく人類は瓦解する。今日が貴様の命日だ。ブライト・レオンハート」



 龍の口に炎がくゆる。俺も腰に提げていた剣を抜き放ち、その切先を巨大な金色の(まなこ)にピタリと据えた。地上の戦況は竜族優位に傾き始めている。急ぎ決着をつけねばならない。これ以上、死者を増やさぬために。



「――――行くぞ!」



 俺は虚空を蹴り、一条の閃光となる。龍が息吹(ブレス)を吐き出す前にその鼻面へと到達、右上から左下、袈裟に振り下ろす。いかに強大な龍といえど、鼻先の装甲は比較的薄い。刃が鱗の継ぎ目に滑り込み、その下の肉に食い込む感覚が伝わる。


 先手は取った。のけ反った龍の喉元めがけ、剣に渾身の『力』を込める。



「黒を焦がせ、闇を燃やせ――――『獅子王の激昂(レグルス・アンカー)』!!」



 振り上げた切先から光が迸り、獅子の顔を象って、龍の力の象徴である翼に齧り付いた。頑強な骨組みが軋みを上げ、浮力を失った龍はもがきながら地へと墜ちていく。



「ぐっ――――人間風情がぁ!」



 だがこのまま終わるようなら、戦争はとっくに人類の勝利で幕を閉じている。龍は獅子の咢を振りほどき、地面スレスレで体勢を立て直す。翼を打ち振るった風圧で大量の砂粒が地上を走り抜け、敵味方問わず混乱を呼ぶ。



「誇り高き龍を地へ落そうとしたこと。後悔するぞ」


「悪いが、俺は反省はしても後悔はしない主義でな」



 龍が空へと舞い戻り、俺と相対する。鼻先の傷は不意を衝かれこそすれ、龍にすれば蚊に刺された程度。翼を噛まれたダメージは……流石にあるらしいな。俺は今度は側面から攻撃を仕掛ける。先ほど痛めつけた右の翼をさらに斬りつけ、飛べぬように。そうはさせじと龍の


 そうして何度もぶつかり、光と鱗がこすれ合い、爪と剣が火花を散らす。これが、俺が地上で後方にいた理由だ。全力で竜族の幹部、(ドラゴン)を討つ……それは神の祝福を受け、星獣の力を操る俺にしかできないことだ。


 一瞬の隙も見せられない――――だから、目の前に没頭する俺達は頭上で起こる異変に気が付かなかった。


 以下は、地上から一部始終を見ていたヤークスの言葉を要約したものだ。


 蒼い空、その一点に大きな穴が空き……何かが零れ落ちた。それは空中で輝きを増し……切り結ぶ俺達に衝突した――――


 ということらしい。何せ、俺が知っているのは衝突の結果だけだ。


 突然龍が姿勢を崩し、悲鳴を上げた。見れば、1人の少女が翼の根元にぶち当たり、めり込んでいた。彼女は、衝突のショックで気を失っているようだ。龍と共に地上へと墜落していく。



「まずい!」



 俺は重力にも勝る速度で急降下し、龍の背に追いついた。少女を抱き上げ、龍の背中から引きはがす。龍の装甲を凹ませるほどの勢いで衝突しながら、彼女に目立つ外傷はなかった。幸いではあるが……鎧も身に着けず、一体何者なのか。目覚めたら事情を詳しく聞く必要があるだろう。

 地上では龍の巨体が地面へと激突し、敵が大混乱を起こしていた。逆に味方は息を吹き返し、雄たけびを上げて反撃を始める。もはや此度の勝利は確実、そう考えた俺はヤークスの許へ降り立つ。



「帰ったぞ、ヤークス。良く持ち堪えた」


「坊ちゃま! よくぞご無事で――――その少女は?」


「分からん。だが俺が無傷なのは、この少女のおかげだ。ひとまず、敵は退いていくようだな」


「そのようですな。追いますか?」


「いや、深追いは無用だ。龍が墜ちたといえど、こちらの消耗も大きいだろう……帰還するぞ!」



 俺は撤退の合図を出す。追撃を止め、引き返す兵たち。その顔は勝利の高揚に満ちていた。



 ここまでお読みいただきありがとうございます。


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