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雪のプラハ  作者: 高田昭一
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はじまり

  世の中には納得できるものも多いけれど、今のところ、僕には納得できないものの方が多い。どうして大学の授業はこうも退屈なのか、どうして朝みんな同じ時間に電車に乗りたがるのか、どうして母親は毎日美味しくもない卵焼きを朝食に出すのか。でも僕が考えたところで明快な理由が見つかる訳でもないから、「まあ、こういう仕組みになっているなら仕方がない」と思って、それ以上考えることはしない。やる気のないヤツだという人がいるかも知れないけれど(実際にそう言われることも多い)、これまで僕はこうやって生きてきて特段問題が生じることはなかったし、心の平静を保つためには、ある種健全な心構えだとすら思っている。


  でもこれまでの時間の中で、おおよそ一年間もの長い間、僕にはどうしても考えることを止められないもの、常に頭の中のエンプティスペースの一角を占領し続けているものがあった。そのことで本当に多くの悩み事を抱えることになったし、それは僕の生活ポリシーにおいてはとても不健全なことだった。一方で、僕はそのことから非常に重要でインプレッシブなことを学んだし、今後の(恐らく退屈になるであろう)人生においても、一つの参考とするべき尺度として存在し続けるのだろうと感じている。そのことを話そうと思う。


  人との出会いのストーリーを他の人に伝えるのは、いつも僕にとって難しいことだ。僕はいつも記憶を上から塗り重ねる。だからその最新の記憶の下に隠れている「かつての記憶」は、外から見たら一体何であったのかなんて見えないし、見えたとしても表面の凹凸に若干現れるくらいのものだ。ダ・ヴィンチの絵画のキャンバスの、塗り重ねる前の下書きを研究して解読している人がいるというニュースを見たことがある。そんなものが重要なのは、ダ・ヴィンチほどの高名かつ偉大な人だからであって、僕自身や僕が日常で出会う「ごく普通の人々」に関して言えば、塗り重ねる前の過去なんて大した意味を持たないし、事実誰もそんなことは覚えていない。

  それでも彼女との出会いは、僕に強烈な印象を残している。太陽を目視した後にまぶたの裏に映る残像のように、面積の限られた記憶のキャンバスの中に今も焼き付いている。


  彼女の第一印象は、その胸だった。取り立ててサイズが大きかったり、逆に小さかったりするのではない。サイズはごく普通だったと思う。でも、彼女は高校の制服のブラウスのボタンを大きく開け、いつも胸の谷間が少し見えるように着ていた。それまで女の子と個人的にデートしたり、(高校1年生には早い話だけれど)セックスをしたりしたことがなかった僕にとっては、とても刺激が強いビジュアルだったと思う。


  高校の入学式のその日から、彼女はその特徴的な着こなしをしていた。九州の田舎のありふれた県立高校だったので、彼女の存在は周囲からとても浮いていた。入学式の前に講堂の入り口に並んでいるとき、僕は彼女を見つけた。空港のバゲージドロップの中で、代わり映えしない地味なスーツケースの連続の中に、ルイ・ヴィトンのピンクのモノグラムのバッグが流れてきたようだった。僕はすぐさま彼女に目を奪われ、同時に何か強い衝動が心に湧き上がるのを感じた。

  入学式の間、僕は絶えず彼女を見ていた。彼女は派手めな服装とは違って少し緊張している様子で、祝辞に耳を傾けながら、神経質そうに頻繁に髪を掻き分けていた。式の席順から考えて、どうやら彼女と僕は同じクラスになるようで、僕は漠然とした期待と高揚感で頭がいっぱいになった。その時から僕は彼女に好意を抱いていたのだと思う。


  クラスに移動すると、彼女の席は僕の右斜め前だった。よく見てみると、彼女の顔は取り立てて美人という訳ではなかった。顎が少し出ているので顔が大きく見えたし、短めのスカートから伸びる色白な足も、他の女の子と比べるとしっかりとしていた。シャツのボタンを開けている以外にも、ファッションに独特なものがあった。髪はショートボブで(顔の大きさが強調されてしまっている)、右手の薬指にゴールドの指輪をしていた。他の女の子はボストンバックといったかわいいバッグで来ているのに、彼女はネイビーの古びたノースフェイスのバックパックを使っていた。僕は彼女を見れば見るほど、他の女の子とは違う、彼女のパーソナルな背景を知りたくなっていった。

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