スターティング 前編
変わらないはずの世界が変わった、よくない方向に。
変わらなければいけないはずの、閉ざされた偽りの楽園は変わらなかった。
しかし、その箱庭は狙われた。
無理に定められた役割をこなすよう、変わった世界が隠すことなく求めはじめたのだ。
* * *
「『イーグル』! 状況は!?」
ユリアが端末に叫ぶ。
返答は途切れ途切れではっきりとした返答は聞こえない。
地下施設の奥深く、思いもよらない危機が迫っていた。
「『ドクター』! 『ミリオン』をロストした!」
唯一聞こえたその返答が、状況が悪いことを示している。
イーグルと呼ばれたクルミは必死に応戦している。
「まだファントムがこんなに残っているなんて! なんとかしないとまずいよ!」
クルミの横に、戦闘服を着たフヂナが油断なく周囲を警戒しているのが映っていた。
成長したとはいえ、まだ細身のフヂナはどことなく頼りない。
「『スペシャル』、あなたはなんとか脱出なさい。ワタシはなんとか『ミリオン』を見つけ出すわ」
ユリアはそれが無理のある指示だとわかっていた。しかし、状況はもう撤退しか許してくれなかったのだ。
「僕だってまだ戦えるよ!」
フヂナがライフルを構える。
移動しなければ。なんとかはぐれた仲間を見つけなければ。この状況を打破しなければ。
自分の周囲に気をめぐらせとき、ユリアはようやく気づいた。もう脱出すらが困難だった。
自身の周囲にも無数と言えるファントムの眼が輝いていたのだ。その奥には逆上もなく、焦りもない、ただ冷淡なのみである。
ファントムは十分な計算と余裕を持ってユリアを囲んでいる。大きな戦力差を盾にして。
「ふう……」
ユリアの張り詰めていた表情が、ふっと緩んだ。
ずいぶんと無理をしてきた。ずいぶんと肩肘をはってきた。それもここまでかもしれない。ここまででいいのかもしれない。
やるだけはやった。なにかを忘れようと必死だったのかもしれない。でも、それも、思えば逃避だ。
逃避にしては前進できた方だろう。上出来だ。
ネクタイを緩めつつユリアは端末をいじる。細かくはわからないが、どうやら、遠くになる区画にはぐれた仲間がいるようだ。
覆せない。
影を越えて飛翔するファントムの姿が、その現実を雄弁に語っていた。
覆せない。そう。人には。
ユリアが息をついた次の瞬間、何者かが現実を突き破った。
耳をつんざく火薬の音と連続する火線が飛び掛るファントムを空中でミンチに変えたのだ。
爆薬をしこたま詰め込んだ小型のミサイルが群れに飛び込み、瓦礫と埃を舞い上がらせ、周囲を真っ赤に染め上げる。
覆せないはずの状況は、あっさりと覆った。何者かの手によって。