プロローグ
初投稿です。未熟者ですが、ご一読いただけますと幸いです。
物心がついたときには、すでに俺という人間はそこに存在していた。
昼でも暗く、明かりがないため夜は出歩けないほどに真っ暗なその街。国に見捨てられ、真っ当な人間はどこにもいないクズばかりが集まった街、”ゴースト”。薬物が横行し、どこからか犯罪者も住み着いてくる。幼い頃は常に生きた心地がしなかった場所だ。
どうして自分がこんな場所にいるのかとか、5歳の俺を捨てた親は誰なんだ、とかそんなことはどうでもよくなっていた。
今となっては慣れたものだが、そんな街で俺、武塔社は10年間過ごしてきた。
しかし、"ゴースト"での生活も今日で終えようとしていた。住み慣れた2階建のアパートの扉を開けると、太陽は完全に沈む間近で、既に街は闇に溶けかけていた。
「さてと……行くか」
この街へと向けた決別の意思とともに、一言呟き階段を降りる。一歩足を踏み出すたびに悲鳴をあげるボロボロの階段とも今日でお別れだ。
寂しさが無い訳ではなかった。こんな場所にでも友人はいるし、親代わりもいた。それに外の世界に頼れる人間なんてほとんどいない。決して楽な生活でないことは容易に想像がついた。
それでも行かなければならない。ここにもいても死ぬだけだし、俺には生きてなさなければならないことがある。
明日はとうとう政府による”ゴースト”への介入が極秘裏に始まる。極秘裏に、というだけあって碌でもないことが起きるのは間違いない。現にここ数年で街がいくつか消されている上、生存者はいないと聞いている。きっと口封じのためだろう、クズとはいえ政府が進んで人を殺すことが表沙汰になると批判を浴びるからだ。
ちなみに”ゴースト”の住人は戸籍を持っているわけがなく、表社会にも関わらないため死んでも誰も気にも留めない。誰からも見捨てられた人間ばかりだからだ。それでも表沙汰になると、非人道的だのと、可哀想だのと騒ぎ出すのは人間の偽善と言ってもいい部分だろう。
あれこれ考えても仕方がない。今更何ができるわけでもないし、とうに友人への別れは済ませたからだ。
頭を切り替えて顔を上げると、迎えの車が見えてくる。ここでは場違いな装甲車両であり一般車両ではない。俺に政府の街への介入を密告し、かつ交渉の末に俺を雇うと言う変わった人物の車だ。
車は目の前で止まり、後部座席から1人の女性が降りてくる。暗くてもわかる美しい黒髪に、整った顔立ちをした美女。年齢は聞いていないがおそらく20代後半だと推測している。
そんな美女が怪しく微笑み、告げる。
「さあ、乗りなさい、ボディーガードさん」
そう、明日から俺は全うな職に就くことになる。本当に全うかどうかは怪しいところだが、今は信じるしかない。
ここから出るには、外界の人間の協力が必要不可欠だからだ。
格差の拡大により切り捨てられた街の一つ”ゴースト”。そこから外に出たのは物心がついて初めてのことだった。
***
装甲車両の後部座席で俺はゆったりと腰掛けていた。
どうやら俺は日本という国の人間だったらしい。
俺たちは運転席の裏側、6人掛けスペースで向かい合わせで座っていた。目の前で心底呆れた表情をしている女、八坂雅がため息混じりに言う。
「あなた、そんなことも知らなかったの?ゴーストにいたとしても少し調べればわかったでしょうに……」
「しかたいないだろう、生きることが"ゴースト"では最優先事項だった。それ以外のことは些事だったんだよ」
それに、あそこに集まるのは国を捨ててきた、もしくは捨てられた人間ばかりだ。俺が知る限り、自身のルーツを語ろうとする輩は一人としていなかった。
「社、そんな名前でかつ黒髪の黄色人種。日本人以外考えられないわ。まあ、そんなことはどうでもいいの。話は変わるけど私があたなに目をつけた理由、気づいているのでしょう?」
雅がいきなり核心に踏み込む。確かに疑問には思っていたことは多い。俺とこの女は初対面だと思っていたが、この女は俺のことを探し当てたような発言を初めて会ったときにしていた。
今俺が持っている情報では推測程度の答えしか浮かんでこないが、考えられるケースは3つ。
1つ目は俺の実の親と繋がりがあること。
2つ目は"ゴースト"で世話になった育ての親と繋がりがあること。
そして最後に最悪のケースだが、1つ目と2つ目の理由の両方が該当する場合だ。
後者について相手が知らなかった場合、詮索されると何かと面倒だ。前者が理由であることを前提に話を進めることに決めた。今更俺を捨てた親のことなどどうとも思わないし、話題に上がっても気にする心は持ち合わせていない。
「俺を捨てた親と繋がりがあるのか?あんたは最初に会ったとき、明確に誰か特定の人物を探しているような発言、行動を取っていた。外界の人間で俺の存在を知っている者はほとんどいないだろう、なにせ故郷にいた時間は3歳くらいまでだ。そう考えると、自然と答えは絞られてくる」
そう言うと、雅は感心したように頷く。
「へえ、意外と冷静なのね。ちゃんとした分析ができるのは頭が回っている証拠よ、素晴らしいわ。確かにあなたの言う通り、あなたの血縁の者に頼まれて捜索していたわ。2年間もあなたの捜索のために労力をかけたのよ?」
2年間の苦労を思い出したのだろう、雅は少しだけ疲れた表情を見せる。
「それは苦労かけたな。で、俺の親とあんたはどう言う関係なんだ?話す必要があるからあんたの方から切り出してきたんだろう。今更興味のない話題だ、申し訳ないが手短にしてほしい」
ただ淡々と感情を挟まず事実だけを告げる。俺の言葉を聞いた雅は一瞬表情を悲しげに歪めたが、すぐに何事もなかったかのような表情に顔を戻す。
その反応から雅が俺の実親とそれなり近い仲であることが推測されたが、おそらくその答えはこれから本人が話してくれるのだろう。
「では、事実だけを説明…、何事!」
説明を始めようとした雅だが、最後まで続けることはできなかった。装甲車両から響く金属同士の衝突が突如として響く。それとともに急ブレーキがかかり、車体が大きく揺れる。
何者かから襲撃を受けたことは明らかだった。
「のんびり話す暇は無くなったな。初仕事と考えても良いかな?雇い主殿」
この程度では装甲が破られないと判断し、少し落ち着きを取り戻した雅に話しかける。
「ええ、そうね。まったく…状況の確認からね。白戸!報告を」
運転席へ繋がる窓を開けて、雅は強面の運転手に報告を求める。
「奥方様、すみません。ゴロツキに囲まれてしまいました。人数は10人いかない程度、数人が銃を持ってます」
「了解したわ。この車の装甲が破られる程ではないのね?」
「ええ、もちろんです。窓ガラスにもヒビ一つ入ってませんよ」
得意げに話す白戸と呼ばれた運転手に、雅は待機を命じてこちらを振り返る。
無理矢理突破することは避けるらしい。となると、ここからは俺の仕事のようだ。
「さて、社くん。わかっていると思うけど、契約通り今日から仕事は始まっています。あなたの腕前、さっそく見せてもらうわ」
雅はそう言った後、深呼吸を挟み俺に命じる。
「手段は問いません。周囲の敵を無力化しなさい」
試すような目線。しかし、そこには不思議と何かを信じるかのような視線を感じる。
「了解した、相手によったら一瞬で片がつく。せいぜいよく見ておくことだ」
そう言いながら、少し気分が高揚していることに気づく。生きるための泥臭い戦いは幾度となく経験したが、今回のような護衛という戦い方が初めてだからだろうか。それとも、自分以外に守る対象がいるというのがなかなかなかった経験だからか。
昂る気持ちを抑えつつ、車内から周囲を見渡して状況を確認する。報告通り、ゴーストの街によくいるゴロツキだった。ただし、しっかりと武装はしているようだ。
こちらが丸腰だからというわけではないが、内心厄介な敵じゃないことに安堵しつつ扉を開く。
「さて、"ゴースト"で最後になるかもしれない戦いだ。雇い主の前で恥をかくわけにもいかない、悪いが手加減はできないぞ」
扉を閉めた後ゴロツキにそう宣言し、俺は目の前で武器を構える男たちと対峙するのだった。
お読みいただきありがとうございました。