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九話 ラビと一緒にそらを飛び

 翌日。


「ご主人さま朝なのです」


「んあー?」


 ゆさゆさと体を揺すられ、堪らず目を開くとオレンジを少しローストしたような色したウサギの耳が飛び込んできた。


 なんだこれ? しゃべる耳……。


 寝ぼけまなこで視線を落とすと、健康的な薄茶の肌が、“元気なのです!”とアピールしてくる。もう少し視線を落とすと、好奇心の強そうな真ん丸お目めが姿を現す。


 女の子……。女の子が俺を起こしに来る? そんな夢みたいな話……。ああ、なんだ夢か。いや……。ウサギの獣人の女の子を拾ったんだっけか。でもまだ起きたくない。すまんなラビ。


「ぐぅ……」


「起きないのです……」


「ツバサは寝起きが悪いのかな? ボクが起こしてみよう」


 何やら話し声が聞こえる。でも、聞こえなかった事にした。もっと寝たい。そんなわけで、二度寝を決め込んだのだが。


 ぬらーん……。


 突如、生ぬるいクリームを体に塗りつける様な感触が全身を駆ける。


「ぎゃあああああああ!? なに? なにが起きたんだ? この生温かいのなに?」


「おはようツバサ。君が起きないから舐めてみた」


「あっ、ああ。パタパタの舌か……。舐めてみただけでこれかよ」


 ふつうのワンコなら可愛いげがあるんだが、パタパタの舌はデカ過ぎる。寝ぼけているところに、正体不明の未知の感触が襲ってきたものだから心底驚いた。


「あんまり、脅かすとショックで死んでしまう。もう少し穏やかに起こしてておくれ」


 犬に舐められてショック死するなんてのは、残念すぎるので勘弁願いたい。


 しかし、寝覚めはいいな。しつこく付きまとう気だるさが無いのは良い。まあ、ヨダレはしつこく体に付きまとうが。


 さて、起きて顔を洗うか。


 パタパタが簡易テントを破壊してしまったので、今日も毛だまりの中を掻き分けて脱出する。


「ご主人さまおはようなのです!」


「ああ、おはよう。良く眠れたか?」


「はいなのです」


 それは良かった。環境が変わったりすると調子崩したりするからな。顔色もいいし、心配無さそうだ。


 城なしがトイレを作った時に、水源からトイレに向かって一本川が走った。ついでに、水源の一部が小さな滝の様になったので、そこで顔を洗った。


「あーさっぱりした。キレイな水がいくらでも使えるのは良いな」


「はい。それに冷たくて美味しいのです!」


「そうだな。それじゃあサッパリしたところで、朝ごはんにしようか」


「また焼き芋するのです?」


「うーん。焼きいもは夕ごはんかなぁ」


 朝っぱらから焼きいもは違うよな。お日さま傾き空が色づいたところで煙をあげる。そんなイメージがある。


 じゃあ、朝っぱらから魔物の肉を焼いただけの物を食べるのはどうなんだって話だが、現在の食料事情だと魔物の肉ばかり在庫があるし、他に選択肢がない。


 同列に考えてはいけない。さつま芋は大事に食べるのだ。


「朝は、魔物のお肉を頂こう。焼いただけの肉だから口に合うかわからんが今は我慢しておくれ」


「はー。お肉が食べられるのです? 贅沢すぎるのです!」


「ん? 地上には魔物がそこら中にいるから、いくらでも魔物の肉なら手に入っただろう?」


「ラビが魔物をやっつけるなんて無理なのです」


「いや、ラビじゃなくても……」


 他の大人の人たちがやっつけられるだろう? と聞き返そうとしてやめた。


 あぶない。また、ラビの過去に触れそうになった。相当酷い環境で育ったみたいだし、両親は既にいなくて、一人で生きていたのかも知れん。


「ご主人さま?」


「ん? いや、何を言おうとしたのかド忘れしちゃってな。さあ、肉を焼こう」


「はい。楽しみなのです!」


 そうかそうか。ならばたくさん腹に詰めてやろう。


 そう心に決め、ラビのために張り切って肉を焼こうとかまどに向かう。


 かまどまだあるかな。城なしが食べちゃたりしてそうな気がしないでもない。


 そんな心配もあったのだが、予想外の形で裏切られた。


「なんじゃこりゃあ!? かまどがえらいことになっとる!」


 かまどのあった所には、俺の作った貧相極まりないかまどではなく、石を切り出して磨いたような高級感溢れるかまどが鎮座していた。


 えっ? なにが起きたんだ? 俺の貧相なかまどはどこへいった。


「ご主人さま? 突然大声をあげてどうしたのです? ラビはびっくりしたのです。それにかまどってなんなのです? この穴のあいた四角い石と関係あるのです?」


「あ、ああ……。ラビはお耳がいいもんな。大声を出してすまなかった。この石がかまどなんだが俺の作ったかまどと違ってて驚いたんだ」


「えーっと、どういうことなのです?」


 どういう事なんだろう。俺が聞きたい。


「ツバサ、ツバサ。それも城なしが作ったんだよ」


「城なしが? 城なしはこんな事まで出来るのか?」


「うん。城なしは人々に安全を提供するだけでなく、生活もサポートするように作れたからね。石を食べてこうやって生活に必要な物を作り出せるんだ」


 なんと。そういえば昨日トイレを作っていたな。石を食べたのは腹を満たすだけじゃなかったのか。


「それは助かるな。俺はお世辞にも器用とは言えないから、こうやって色々作ってくれるのはありがたい」


 俺だけじゃ、お空の上でテント生活がせいぜいだ。それでも暮らしていけない事はない。しかし、今はラビがいる。


 少しでも生活が良くなるならそれに越したことはない。


「んー。あんまり期待しない方がいいと思うよ?」


「ああ、頼りすぎないように作られてそうだもんな」


 城なしやパタパタは、人がいなくなって哀しそうだけれど、神さまはずっと人がここで暮らすことを望んで無かったようにも思う。


「違う違う。そうじゃなくてね。城なしがちゃんとしてれば、とっくに必要な物を作り出してたハズなんだ」


「ん? それはどういうことだ?」


「昔は城なしにたくさんの人が暮らしていた。そして、その人たちが暮らすためにたくさんの家や施設があった。それらの大半は城なしが作ったんだ。でも今はなにも無いよね?」


「ああ、それだ。何か忘れていると思ってたんだ。廃墟や瓦礫が無いのはなんで何だろうって気になってた」


「作り出したものも石だからね。また食べたんだ。だから、十分蓄えがあるハズなんだけど……」


 リサイクルか。良くできているな。


「ボクが思っているより城なしは、ずっと多くの事を忘れてしまってるのかなあ」


 目を細めて遠くを見詰めるパタパタは哀しげで、そして寂しげだ。


「石でできた物が無くなったのは食べたからだとしても、石以外のものはどうなったんだ? 他にも色々あったんだろう?」


「風化して塵になって飛んでったんじゃない?」


 そうか……。途方もない年月はあらゆる物を塵に変えてしまうのか。そうすると、城なしも少しずつ塵になっていきそうなもんだが。


「ご主人さま。お肉……」


 おっと、パタパタと話し込み過ぎた。 遠慮がちに訴えかけるラビのお耳がしょんぼりしている。


「ごめん。今焼くからね。でも、もう少しだけ待っておくれ」


 ラビに断りをいれると、少し離れたところまで行き、ウエストポーチから石を出して積み上げた。これは城なしのごはんだ。


 期待するなと言われても、ちょっぴり期待はしてしまう。石を持ってくるぐらい大した手間にならないし、石を城なしに持ってきてあげよう。


 なんて考えながら、お腹をすかせたラビの待つかまどのところに戻った。


 しかし、良くできているな。正面の穴に薪を入れて、上に釜を置くのか。魔物の肉を刺して焼くだけに使うのは贅沢だ。


「よーし、焼けたぞ。そらおたべ」


「じゅわじゅわしてて美味しそうなのです!」


「そうだな」


 あんまり美味しく無いけどね。とは言うまい。あっ、期待しているみたいだから、食べてから落胆しないように言った方が良いのだろうか。


 なんて心配してみたりもした。


 しかし、お肉を口にしたラビの反応は予想とは違うものだった。


「んー。脂がのってておいひいのれふ!」


「そ、そうか?」


 とても、美味しそうにお肉をほお張っている。


 美味いだと?


 そんなバカな。俺の知らない間に料理の腕が上がったんだろうか。どれ……。うん。変わらんわ。変わらんよな?


「美味しい? 本当に美味しいのか?」


「はい。いくらでも食べられちゃうのです!」


「ふむ……」


 味覚が違うんだろうか。


 前世とは違い、この世界に転生してからは、あまり塩分や油分を取らなくなった。もちろん最初はもの寂しく感じたが、体が変わったせいかすぐになれた。


 濃い味付けを知らないラビにはこの位がふつうなのかも知れない。


 しかし、塩分が足りなければ問題が起きそうだ。汗かく時に一緒に出ていくからな。海に降りられる様なら塩を作りたい。


 いや、鍋も入れ物もないわ。まあ、おいおい考えよう。


「あれ、パタパタは食べないのです?」


「ボク魔物のお肉は苦手なんだ。それに少食だから気にしないで」


「美味しいのに残念なのです」


 美味しい美味しいと言って食べるラビを見ていたらなんだか美味しい気がしてきた。雰囲気も大事か。俺も美味そうに食べよう。


「さて、お腹いっぱいになったし、今日も地上に降りてみようかな」


「ラビも一緒に行くのです!」


「うーん。一緒にかあ……」


 果たして地上にラビを連れていって良いものか。


 地上は危険で溢れかえっている。魔物や動物。人間だって危険になりうる。それに前世とは違って、石の道で埋め尽くされているわけじゃない。


 人類がまだ自然を征服しきれていない。だから、地上その物が危険にだってなる。昨日だってラビは崖から落っこちていたし。


 そんな風に頭を悩ませていると、パタパタがぬっと顔を寄せてきた。


「連れていってあげなよ。城なしに縛り付けたら可愛そうだよ」


「うーん。怪我したらそれこそ可哀想だし、怪我だけじゃすまないかも知れない」


「心配し過ぎだと思うよ? ラビは君が連れてくるまでずっと地上にいたんだよね? 過保護すぎるんじゃない?」


 それも……。そうか?


「でも、良いのか? 俺がひとりで地上に行けば、その間ラビとずっと一緒にいられるんだぞ?」


「それは魅力的だね。でも君は、帰って来てくれるから。ね?」


 おおう。相変わらず信頼と期待がちょっと重い。そりゃ帰って来ますともさ。


「よし、じゃあ一緒に行こうか!」


「へへっ、出発なのです!」


 連れていってもらえないのかと不安だったのか、ほんの少しだけ声が掠れてる。


 お留守番はイヤなのか。


「いってらっしゃい。気を付けてね!」


 今日もまた、しっぽ振ってお見送りするパタパタを背に空の上へと舞い上がった。


「ご主人さま。ラビの鎖をしっかり握っていて欲しいのです」


「うん。絶対に離したりしないから心配いらないよ」


「絶対なのです!」


 一緒に付いて行きたいと言ったわりには、まだ空の上へは怖いらしい。


 俺もラビを落としたらと考えると怖い。だから、鎖をしっかりと握る。首輪と鎖は命綱。鎖は腕に巻き付けた上で握った。


 首輪も鎖もやめて欲しいけれど。ラビにとっては王冠だ。いや、女の子だからティアラかな。だから、外させてくれない。


 でも、空を飛ぶには丁度良い。


 これはラビの自由を縛るものじゃない。命を縛りつけるものだ。もっともこれだと首を吊ってしまうけど、落としてしまうよりは良い。


「あ、海なのです! 空の上から見る海は、下から見るより、ずっとずっと大きいのです!」


「ああ、海だな」


 相変わらず、海ってやつは眩しいもんだ。


 海か……。塩は無理でも、海産物は期待できる。魚に蟹にワカメに貝。近くにはバナナやヤシの実もあるかも知れない。


 しかし、これは──。


「海しかない!」


 海岸、砂浜通り越し、辺り一面海だった。


「これじゃあ、今日はおやすみだな」


「もう帰るのです?」


「うん。俺は海の上には降りられないからね」


 さすがに水上から飛び上がることは出来ないし、そもそも俺は泳げない。


 地上に降りられないとなるとやる事が無いしな。空の上をお散歩なんてのも悪くはない。だが、お散歩するには寒すぎる。


「帰ったらパタパタに一言文句言ってやろう」


「パタパタが悪いのです?」


「いや、パタパタのせいで海に出たわけじゃあないけど、アイツには地上の様子が見えるハズだからね」


 まあ、空を飛ぶ前に聞けって話だが、八つ当たりな気分なのだ。


 それにしても、城なしはちょっと海に出すぎじゃ無いだろうか。

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