八話 一緒にお芋食べて遊んだ
さて日が暮れて来たしそろそろ夕食にしようか。ご主人さまはお腹いっぱいラビに食べさせてあげないといけない。
しかし、初めてのごはんが、ただ魔物の肉を焼いただけのものだったら、さぞガッカリさせてしまう事だろう。さつま芋があるから焼きいもにしようか。
俺はこれを一度やってみたかった。落ち葉で焚き火して焼き芋するの。
前世は世知辛い世の中で、焚き火なんぞしようものなら、赤い鉄の塊が勢いよく飛んで来かねなかったからなあ。
「ご主人さま? 葉っぱを山にしてなにをしているのです?」
「これでお芋もを焼こうと思ってな。甘くてホクホクして芳ばしくて美味しいぞ」
「甘くて。ホクホクして。芳ばしい。みっつも美味しいがあるのです!?」
俺の言葉を歌うように弾ませておうむ返しすると期待に満ちた目で問うてくる。焼き芋とはかけ離れたなにか別のものを期待されている気がしてならない。
どうしよう。急きょ予定を変更して別のにする? スイートポテトなら頑張ればいける気がする。ああダメだ道具がない。
良く考えたら道具どころか、料理を載せるための器すらない。
あれ? ラビの“ご主人さま”するのは無謀だった?
「ご主人さま? なにか考えごとをしてるのです?」
「ん、ああ。がんばってラビに相応しいご主人さまにならないとなって考えていたんだ」
「えっ? ご主人さまはもう十分立派なご主人さまなのです。何度も危ないところを助けてもらったのです」
そんなどこぞのヒーローみたいなご主人さまが焼き芋か……。いや、焼き芋だって捨てたもんじゃないハズだ。
前世で今とは比べ物にならんぐらい旨いものを食っていた俺が、焼き芋を心密かに楽しみにしている。ただ焼いただけの芋でもきっと満足させてあげられるに違いない。
ん……? ただ焼いただけの芋?
「あれ? なんで焼き芋を知らないんだ? この辺に住んでたなら食べたことも──」
あっ、いかん失敗した。過去は詮索しまいと決めたのを忘れていた。
「ラビはお舟に乗って遠くからやって来たから、この辺りに住んでないのです」
「そ、そうか……」
やっぱり、色んな過去を思い起こさせてしまいそうでまずい。しかし、遠くからか……。そう言えばラビを騙した奴らがなにか言ってたな。
『ブラウンラビッ種という稀少種』
『あるお方にお届けしなければならない』
『前金は受け取っている』
依頼を受けて、ラビたちの住む土地にハンティングしにいったとかそんなところか。
まあ一日で別世界だ。考えても仕方がないか。そんな事より芋をたらふく食わせてあげよう。
「スタイリッシュ着火!」
「えええええ!? そんなので火がついちゃうのです!?」
いちいち大げさに驚いてくるラビがいとおしい。ラビが来てくれて良かった。ん……?
「魔法で火を付けたりはしないのか?」
「まほー? それはなんなのです?」
うん?
「ほら、ラビを助けるときに使ったじゃないか。これだよ【放て】」
「わあ。それがまほーなのです?」
おかしいな。魔法は誰でも使えるハズだ。
「パタパタ。これはいったいどういう事だ?」
「んー。わからない。魔法もボクや城なしみたいに忘れられちゃったんじゃない?」
「忘れるものかね?」
原始人が火を使っていたぐらいだから、忘れようが無い気がするんだが。うーん。ラビがものを知らないだけか?
「おっと焦げちゃう。ひっくり返さないと」
「ラビがやるのです!」
「んんー……」
さてどうしたもんか。火を子供に任せて良いものかと疑問がある。子供と言っても一桁では無いとはおもう。が、世間から隔離されていたため歳とか見た目じゃわからんな。
聞いてみよう。
「なあラビ。ラビは何歳なんだ?」
「えーっと、生まれてから何年たったかは、ちょっとわからないのです」
「そ、そうか……」
前世と違って数えたりもしないのかな。前世と違うなら、前世基準で考える必要もないか。しっかりと火の扱いを教えよう。
幸い城なしには、なにもない。
「いいかいラビ。火は熱い。触れば火傷するし、扱いを間違えれば大切なものまで燃えてしまう」
「大切なものも燃えちゃうのです?」
「そうだ。ラビのお耳やまあるい尻尾が、この落ち葉の燃えかすみたいになったら悲しいだろう?」
「ラビのお耳や尻尾が……」
こういうのは視覚に訴えた方がいいな。どれ、良い感じに燃えてそうな落ち葉はと──。
カサッ。
「ひええええ。ラビのお耳や尻尾がこんなになっちゃうのです!?」
つついたら、崩れ落ちる落ち葉の様子を見せるのは十分に効果があったみたいだ。まあ、ここまでなるまでなにもしないなんてあり得ないだろうけど……。
怖がらせておいたままの方がいいかな。
「そうだ。火はとてもおっかないものなんだ。だから火を扱うときは慎重にね。俺がいないところで火をつけたり、火の付いた棒を振り回して遊んだりしたらダメだよ?」
「わかったのです!」
「それじゃあ、お芋の面倒をラビに任せるね。こまめにひっくり返さないと焦げちゃうから気を付けるんだよ」
ちょっと脅かしすぎたかな。細剣振るうみたいに芋つついとる。
「良い臭いがしてきたのです」
ふふっ。俺はこれをやってみたかった。落ち葉で焚き火して棒で芋つつく。たったこれだけの事なのに、なんとロマンに溢れていることか。
ぱちぱちとやさしく燃える落ち葉。ゆるゆると登る煙。芋の焼ける芳ばしいかほり。これぞ由緒正しき焼き芋よ。
「よーし。もうそろそろ食べられそうだ。ほら、棒が芋にすっと通るだろう?」
「棒が芋に通るのが食べられる様になったしるしなのです?」
「そうだよ。柔らかくなった証拠だからね。みんなで食べよう。パタパタも食べるだろう? ん? オオカミだから食わないか?」
「ボクは魔物のお肉と人間以外ならなんでも食べるよ。例え泥だんごてもね! なにも食べなくても死なないけど……。楽しみたいから少しちょうだい」
なぜか泥だんごを食べるのくだりで嬉しそうに声色高めたが、泥だんごになにか俺の知らない魅力があると言うのだろうか。
しかし、なにも食べなくても死なないってのはすさまじいな。
そりゃ、ここで長いこと寝てたし、そうでなければ死んでるが、どんな体の作りをしていれは可能になるんだ。
「お、オオカミなのに、お芋食べるのです?」
おや、ラビがパタパタに初めて声を掛けたぞ。この一歩は大きい。
パタパタもそれが嬉しかったのか、ぐいっと体をラビに寄せる。
「うん。食べるよ! ボク怖くないよね!?」
ちょっと近い。嬉しいのはわかるががっつき過ぎだ。それじゃあまた──。
「ひえっ!?」
ほら、怯えてしまった。
どうにかしてあげたいが……。そうだな。実際に食べるところをみたら納得してくれるかも知れない。ラビがパタパタに焼き芋を食べさせるなんてどうだろうか。
母性本能とか刺激されるかも知れん。
「ラビ。パタパタは怖くない。焼き芋を食べたがる様な草食系オオカミなんぞおらんだろう? ほら、棒に芋を刺したヤツで、ラビが食べさせてあげておくれ」
「やっ、やってみるのです!」
「へへっ。なかなか楽しそうだね。あーん……」
うむ。女の子がおっかなびくりしながら、動物にエサを与える姿は絵になるなあ。こういうの好きだ。しかも、オオカミとウサギ獣人の女の子。
なかなか、深い味が出ている。
ん? 芋突き刺した棒の先が赤いな。とても熱そうだ……。あっ、これはまずい。
「ラビ! まつんだ! 棒が燃えている!」
「ふえ!?」
じゅっ……!
しまった。声をあらげたせいで、ラビの手先が狂い、棒の先がパタパタの鼻を掠めてしまった。
「んんっ……!?」
「あっ、あっ、パタパタごめんなさいなのです!」
「べ、別に全然大丈夫だよ?」
何でもないように振る舞うが目に涙が浮かんでる。
「でも、傷が……」
「こんなの唾つけておけば治るさ。さあ、早く食べさせてよ」
そういって鼻の頭を舌で舐めて見せた。
「わかったのです!」
おお。ラビから怯えた感じが無くなった。どうやら、少し仲良くなれたみたいだ。
だが、このまま“あーん!”再開じゃあダメだ。俺にも責任の一端がある。
場の空気を壊さないようにそっとパタパタに耳打ちした。
「すまんなパタパタ。俺がラビに声をかけなければ怪我しなくて済んだのに」
「口か鼻かの違いだと思うから気にしないで。むしろ、ボクをもっと傷だらけにして欲しいぐらいだよ」
「パ、パタパタは痛いのが好きなのです!?」
おや、だいぶ声を落としていたハズなんだが、聞こえていたのか。ウサギのお耳だからよく聞こえるのかも知れない。
こりゃ、ないしょ話は出来ないな。
「えっ? うん。ボクは忘れっぽいからね、痛みでもないときっと全部忘れちゃう」
「思い出が痛いのばかりとか、それはそれで嫌じゃないか?」
「なにもないより、ずっといいさ。ねえ、それより焼き芋さめちゃうよ?」
それもそうだ。焼き芋はさめたらなんともいえない残念な味になるからな。
「あーん、するのです」
「あーん……。うん。なかなかおもしろい味だね。ありがとう」
今度はパタパタの口にちゃんと芋を放り込めた。パタパタがしっぽ振ってるって事は、本当に美味しいのだろう。
いや、ラビに食べさせてもらったこと自体が嬉しいのか? ともあれ俺とラビも焼き芋を頂くとしよう。
「それじゃあ、いただきます……。あちち……。れもおいひいのれす」
「火傷しないようにね。あと、食べてるときはお口を開けたままじゃあダメだ」
期待に応えられる代物か心配したけれど、大丈夫そうだ。
さて、お味はどんなもんかね。
ふむ……。外側の皮がちょこっと炭になったがこれで良い。そんなさつま芋の皮はパリパリした歯触りで楽しませてくれる。
中の黄色い部分は、ほっこりしていて、甘すぎず、しかし、決して物足りなさを感じない甘みで食欲を掻き立てる。
旨い。もう魔物の肉なんぞ食べたくない。さつま芋がいい。気づけば全部平らげていた。
「ふう、食った食った」
「毎日でも食べたいのです!」
「そうだな。毎日食べられる様にしよう。そしたら、飽きてしまいそうだけどね」
飽きたら、別の食べ方をすればいい。時間と手間さえ惜しまなければ作れそうな料理に心当たりがる。今から収穫が楽しみだ。
さて、お腹いっぱいになったらラビとゲームして遊ぼう。
「ラビ。金貨と銀貨を貸しておくれ」
「なんに使うのです?」
「言ったろ? オモチャにするのさ」
資本主義なんざクソ食らえだ。子どものオモチャにするぐらいで丁度良い。
「まずは土を敷いて、その上に線を引いてマスを作る。タテヨコ10マス、合計100マスでいいかな」
「それでどうするのです?」
「五目並べをするんだ。こうやって、金貨と銀貨を交互に置いていき、タテ、ヨコ、ナナメに5枚先に並べた方が勝ちだ」
ラビの目の前で、まずは俺がひとりでやってみせる事でやり方を覚えてもらう。
「むむっ。難しくて良くわからないのです」
「うん? 難しいか。かなり簡単なゲームだと思うんだが」
ラビはおつむユルそうだが、これはそういう問題では無い気がする。
子供なら即座に理解して食い付くと思ったんだがな。こういったゲームに対する下地がないからか。なら、もう少し簡単なものから入ってみようかな。
「じゃあ、三目並べから始めよう。マスをタテヨコ3マス、合計9マスに変えて、今度はタテ、ヨコ、ナナメに3枚先に並べた方が勝ち」
「あっ、これなら簡単だからラビにも出来るのです」
要は○×ゲームだ。
実は五目並べよりもはるかに難しかったりする。パターン見切れちゃうからな。でも、必死に考えてるラビは楽しそうだ。
「金貨三枚ナナメ並んで勝ったのです!」
「おふ、飲み込みが早いな。もう勝てるようになったのか」
接待プレイは忘れない。
完膚なきまでに叩きのめしたら遊んでくれなくなってしまう。慣れてきたら四目並べや五目並べに変えて、ゆくゆくは将棋ぐらいはやりたいな。
「なんだか、楽しそうだね」
「パタパタも一緒に遊ぶのです!」
「じゃあ、俺は見ているよ。でもパタパタは金貨や銀貨を持てるのか?」
持てなきゃ持てないで、爪で直接土に書けば良い。
「持てるよ? ほらっ」
器用に二本の指の間に挟んでみせた。そういえば、簡易テント組み立てていたもんな。
「ラビの勝ちなのです!」
「あー。また負けちゃった。えーっと、ここがああなって……」
最初はラビが圧勝していたが──。
「またラビが負けたのです……」
「へへっ。だいぶわかってきちゃった」
すぐにパタパタが勝ち続けるようになった。
ラビはあんまり頭使わず適当に置くからなあ。頭を使うパタパタに勝てないんだ。いや、ふつう逆だろう。
なぜに人類が動物に負けておるのだ。
しかし、容赦ないな。せっかく仲良くなれたのに、遊んでくれなくなっても知らないぞ。
「えーと、次はこうして……。こうし……」
「おっと、おねむか。そろそろお休みしよう」
「そうだね。ラビ。また一緒にボクと遊んでね」
俺は今にも眠りこけそうに、うつらうつらするラビを抱えあげると、寝床まで運んだ。
「ここが寝床だ。ちょっとボロいが許しておくれ」
「りっぱなのです。こんなお家に住んだこと無いのです」
嘘だろうおい。いったいどんな生活していたんだ。棒をたくさん柱に立て掛けただけの家より酷いって想像もつかん。
まあ……。俺はラビを大切にしよう。そういえば強奪した布があったな。敷けば多少マシになるかもしれない。
「さあ、ここでお休み」
「ご主人さま。奴隷は寝るときご主人さまに気持ち良いことしてもらえるって聞いたのです」
「うん? そうか……。じゃあ、たくさん頭を撫でてあげよう」
俺はラビの髪に指を通し、髪をすくようにして頭を撫でてあげた。
「ご主人さまの手はなんだか優しい感じがするのです……。すぅ……」
眠ってくれたか。ラビが来て色々足りないことに気づかされた。りっぱなご主人さまになるために頑張らないとな。
俺はそっと翼を布団がわりにラビに掛けた。
「かわいい寝顔だね」
「しーっ……。あまり、大きな声を出すと起きちゃうぞ?」
「ん。わかった……。でも、見るだけならいいよね」
そういってパタパタは顔を近づけてくる。
どんどん近づけてくる。
どんどんどんどん……。
「おい。さすがに近すぎる……!」
「顔だけ! 顔だけだから! ね? ボクもくっついて寝たい」
「待て、落ち着け。そんなぐいぐいしたら──」
ガラガラガラ……。
築一日目にして我が家は崩壊した。