六話 悪いやつらをぶっ飛ばし
ご主人さまが出来て嬉しそうなラビだが、崖から滑り落ちたということもあり、大事をもって川辺で少し休憩をとることにした。
「水が気持ち良いのです!」
「そうか。でも、足を川に突っ込んでバシャバシャしていたら、体はやすまらないぞ」
「ラビはどこも悪くないから心配いらないのです。あっ、あそこにお魚が……!」
聞いちゃいない。落ち着きが無いから目を離したら危いな。
「川の中は、一部だけ深いところがあったりするから気をつけるんだよ?」
「ラビはそんなにおドジじゃないので──」
トプン……。
ラビが川に沈んだ。
「おおう。言ってる側からか! ほらっ、掴まって」
「ううっ、お耳に水が入ってしまったのです……」
ああ、頭の上に耳が生えてるから水も入りやすそうだ。綿棒なんてないし困ったな。逆さにして振ってみるか?
「ワンピースの端をしっかりと押さえているんだぞ? 今からラビをひっくり返して振るからな」
「えっ? 振る!? あっ、ちょっとま、ちょっとまって欲しいのです……。あっ、あっ、ひやああああ!?」
ラビの両足を掴んで、体をタテに振った。髪がぼっさぼっさになったが、すぐにさらさらと戻っていく。
これが若さってヤツか。
「お耳の水は出たかい?」
「はい。でも、ちょっとヒドイのです!」
「そうだな。たしかに乱暴だった気がする。次はもっと優しく振るよ」
「違うのです。逆さにしなくても、下向いて頭を振るえば出てくのです……」
あっ、そうか。入りやすいって事は出ていきやすいって事か。焦るとつい変なことしてしまう。悪いクセだ。
「すまん……」
「気にしていないから元気出して欲しいのです」
そうは言っても申し訳ない気持ちは残る。ラビのご主人さまになると決めた手前、ラビの期待するご主人さま像に近付かなければならん。
ラビにとってご主人さまはすごい人なのだ。
パシャッ!
「あっ、お魚が跳ねたのです」
「お魚か……。よしっ、捕まえてみようか」
ちょっと良いとこ見せて名誉挽回だ。さて、どうやって捕まえたものか。網でもあればいいんだが。
バサっ。
そんなことを考えていると何処からともなく網が飛んできた。
「なんだ? なんで網が飛んできた? いや、そりゃ、網が欲しいと考えたが……。ぬう、うまく剥がせん」
「あっ、召し使いたちなのです!」
「召し使い?」
網の被害を逃れたラビの指し示す先を見ると三人の男がいた。
召し使いするには腹がつかえて差し支えそうな男を中心に柄の悪い男が二人。一人は腰に剣を下げて武装している。
「ん? 召し使い?」
思わず二度見した。
どう見ても召し使いには見えん。もちろん、こいつらが召し使いだとラビに吹き込んで騙しているというのは察しがつく。
ふむ。ラビを見失って探していたとかそんなところか。
「ふひぇひぇ。その稀少なブラウンラビッ種はとあるお方にお届けしなければならない大切な品。返して頂けませんかねえ?」
「言うこと聞いた方が身の為だぜえ? おれぁ、バカだからよ、すぐキレちまう。ぺっ!」
「チッ、俺は喧嘩で負けたことがないんだゼエエエ? お前も顔面パンチで沈めてやんよ」
うわっ。聞いてて恥ずかしくなるような連中だ。本当にどの辺りが召し使いなんだ。
「なあラビ。ラビの目にはコイツらどんな風に映ってるんだ?」
「えっ? とてもけなげな召し使いと護衛なのです」
ラビは「なんか変なのです?」と言わんばかりに首を傾げた。
なるほど。柄の悪いのは護衛か。それなら納得がいかんでもないが……。盗賊とか山賊にしか見えないぞ。
人を見た目で判断しないラビは良い子だ。しかしそれにも限度というものがある。
「ちょっと行ってごめんなさいしてくるのです!」
「あっ、ラビ。待つんだ……」
慌てて止めようとするも、聞かずに行ってしまった。
「ごめんなさい。ラビはご主人さまを自分でみつけたから、召し使いも護衛も、もう必要ないのです。だからここでお別れなのです」
「ふひぇひぇ。困るですよねえ。そう言うの。先にお金は頂いていますし、ハイそうですかとは言えないんですよ」
汚なく、醜く、いやらしい笑みを浮かべながら、男は言葉を続ける。
「力ずくとは趣味じゃないんですけどねえ……。お前たち、やっておしまいなさい」
「ふええええ!?」
どうやら、ごめんなさいではすまなかったようだ。
親玉っぽい男の指示を受けた男二人が襲い掛かってきた。びっくりしてアワアワするラビを庇うように俺は前に出る。
まさかいきなり襲いかかってくるとは。しかし困ったな。対人戦なんかしたことがない。
隙を見てとっととお空に逃げるか?
だが、網が絡まってこのままじゃ飛べない。とりあえず、話し合いから始めてみるか。
「まて! まずは落ち着いて話し……」
「はあああ? 天使さまがナイト気取りかよ! 生憎おれぁ、神さまなんてのは信じてないんだわぁ。しねえぇぇ! ぺっ!」
「チッ、奥歯に指突っ込んで、ケツの穴ガタガタ言わせてヤリャアアアア!」
ダメだこいつら。話し合い不可能過ぎる!
そもそも、話し合いどころか支離滅裂でなにを言っているのかわからん。チンパンジーでも驚くほどに賢さが足りない。良くこんなの従えられるな。
こうなったらやるしかないか。
俺は【風見鶏】を使って風を見た。
「見える!」
発動と同時に視界が広がり、死角が無くなる。
「なっ! 剣が当たらねえ!」
「おい、俺のパンチ避けんなよ!」
「ご主人さますごいのです! ビュンビュン避けているのです!」
「空を飛べればこれぐらい普通だよ」
風が見えると言うことは相手の動きが見える。剣が風を切り、拳が風を押し出せば、次にどう動くのかわかるので避けるのは容易い。
でも避けてばかりでも仕方がないな。攻撃に移らないといかん。しかし、魔法はなあ……。
「あっ! おれぁ良いこと思い付いた! 避けたら後ろの女が死ぬところに剣を振るえばいいんだ。ぺっ」
「チッ、天才かよ! なら俺は見てるわ」
なにが天才だ。ラビを傷つけたら本末転倒じゃないのか。
「ご、ご、ご、ご主人さま……」
「大丈夫だ。奴隷のご主人さまはすごいんだろう?」
ゲスが。ラビがぷるぷる震えちゃってるじゃないか。
迫る剣。俺はぎゅっとラビを抱き締めて庇うと、体にそれを受けた。
パキン……!
「はああああああ? 剣が折れただとおお!?」
「てめえ! いったいなにもんだ!?」
問われて名乗る筋合いなんてあるものか。
「翼が生えただけの、空を飛ぶしか能がない人間だ」
「はー。ご主人さますごいのです!」
【落下耐性】で、はるか上空から岩の上に落下しても、ミンチにならない俺の体が、剣で叩かれたぐらいで傷つくわけがない。
コイツら手加減しようとしたら、早速付け上がってきた。もう容赦はしない。
スキルのお陰で体は丈夫だ。そんなものだから、どうしても危機感が薄れて油断が出来る。感情的にもなかなか熱くなれない。
だが今は熱くならなきゃダメだろう。
怒れ。そして、熱くなれ。俺はもう容赦なんてしてはならない。
「ラビ。良いと言うまで目をつむってるんだ」
「ご主人さま? なぜなのです?」
「お子さまには見せられない光景が広がるからだ」
ラビにそう告げると俺は二人の男を睨みつける。
「なあああに、ガンくれてやがるうう? ぺっ」
「チッ、イキがってんじゃねえええぞお?」
相変わらずなにを言っているのかわからん。そしてなによりキモチワルイ。早く終わらせてしまおう。幸い、剣を体に受けた時に網は断ち切れた。
今なら翼を自由に振るうことが出来る!
俺は怒りを翼にのせて、下から上へと振り上げた。
風を切り、唸りを上げて男の股に翼が迫る──。
俺は武器を持たない。武器というのは努力と熟練があって初めて使い物になるからだ。俺にはその為の時間が無かったし、事実、半端なモノでは魔物にまったく通用しなかった。
しかし、俺には【有翼飛行】があった。羽ばたけば少しの間なら体を浮かせる程度には筋力がある。そして、当然【落下耐性】で翼も強化されている。
そんな俺の翼から繰り出される一撃は。
「ギャアアアアアア!?」
「ギョエエエエエエ!?」
岩をも砕く!
男というのは、その象徴を失うと大人しくなるらしいからな。お股の粉砕骨折ぐらいで許してやる。
さて、残るは……。
「ふひぇひぇ!? 降伏します! このメキシカル王国大金貨10枚で、そちらのブラウンラビッ種を買い取るというのはいかがでしょうか?」
俺が視線を向けると悪の親玉は瞬時にひれ伏し、金貨を差し出して来た。
「金貨か……。価値がさっぱりわからん」
これ一枚にどれだけの価値があるのだろう。しかし、何枚重ねても、ラビの価値に釣り合うようには思えない。
ついでにこの男を許してしまえばまた女の子が騙される。
俺の正義は至ってシンプル。
俺が得をするなら正義。
俺が損をするなら悪だ。
それに大正義女の子が加わるだけ。
そういうわけだから、俺はこの男を許さない。
俺はなにも言わず、ただ無慈悲に翼を振り上げた。
「ミギャアアアアア!?」
さて。不愉快な奴らは成敗したし、後は金品強奪だな。半端に残せばまた女の子を拐いに行くだろう。だから使えそうなモノは何でも奪う。
まあ、意識のないコイツらをここに放置するだけでくたばる気もしないでもないが……。
知らん!
「ラビ。何か欲しいものがあれば遠慮なく奪うんだ」
「わかったのです! 身ぐるみ剥ぐのです!」
「い、いや服は剥がさんで良い」
なんだかんだで、コイツらが悪者だったとは理解してくれたみたいだ。その内、騙されていたことも理解してくれるだろう。
奴隷がなんなのか正しく理解する日まで、俺はラビのすごいご主人さまであり続けよう。
男たちの持ち物はラビに漁らせて、俺は離れたところに置かれた馬車を漁ることにした。
他に騙された女の子はいないみたいだ。食料と水。む、小さなタマゴもあるな。
悪いやつの持っていた食料を口にするのは、なんか嫌だな。タマゴだけ持っていくか。他にめぼしい物は見当たらないし……。
ん? 隅の方になにか落ちているな。
なんだろうかと拾い上げてみれば、食べかけの赤い実。トマトだ。落っことしてそのまま放置したのか。ちょっと傷み始めてるが腐ってはいない。
ふむ……。トマトか……。さすがにこんなの食う気はしないが──。
城なしにどれだけの間暮らす事になるのかわからない。であれば、食料も自給したいところ。ならこれを育ててみようか。
トマトと言うのは赤く熟した時点で種は完成している。だから、こんなゴミみたいなトマトからでも、増やすことが出来る。
城なしに畑を作ってみるか。
そう思い立ち、ウエストポーチにトマトを摘まんで放った。
まあ、とりあえずこんなモノか。後は、馬車を壊せば布と薪にはなりそうだ。馬車自体が一番価値がありそうだが、バラバラにしなきゃウエストポーチに入らん。
馬にも興味はある。
「フガっ、ふごご?」
でも育て方を知らんし重すぎる。あと、啼き方がなんか嫌だ。
馬車から馬を逃がすと、幌を切り裂き布にして、荷台を翼で粉砕して薪にした。
これだけあれば薪には困らなそうだ。後は入るだけ土をウエストポーチに入れよう。あっ、城なしに石を持っていってあげなくちゃ。
石ぐらいで仲良くなれるかわからんが、なにもないよりは良いだろう。
「ご主人さま! 金貨がいっぱいあったのです!」
「そうかぁ。おはじきにして遊んでいいぞ」
「お、オモチャにするのです!?」
人里に出られないから使い道がない。人の多いとこに出るとビョウキが出てしまう。
何より、アイツらが女の子を拐って稼いだ金だ。それを使ってしまったら、俺も同類だろう。
そんなわけで、金貨も銀貨もラビのオモチャだ。
「さて、ラビ。そろそろ帰ろうか?」
「どこに帰るのです?」
「それは、ほらっ。あそこに雲が見えるだろう? あれがご主人さまのおうちだ」
「はー。お空の上なのです?」
信じられるわけがないか。お空を見上げてポカンとしている。
「行けばわかるさ。おいで」
そんなラビを背中から強く抱き締めると、空へ舞った。
「ひええええ! 高いのです高いのです!」
「まだまだ高いところまで行くぞ!」
「ひええええ!」
ラビはガタガタ震えて絶叫しっぱなしだ。そら怖いわなあ。普通なら絶対こんなとこ来ないもんな。
「ごごご、ご主人さま。鼻水が凍ってるのです」
「空の上は寒いからね。ほら、見えてきたよ。もう少しの辛抱だ」
「でも、おしっこしたいのです……」
あらら。お腹冷えちゃったか? 城なしについたらまずはトイレだな。
ん? トイレ? トイレなんて無いぞ!?
どうするかしばらく悩んだが、とりあえずはたちしょんを覚えて貰うことにした。