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五十七話 ラビッ種

 それから三日。


 追跡者にこれと言った変化は見られず、対応については、近付いてきてからでも良しと結論付け、ツバーシャの同類では無いかと考えたその正体は。


「竜があんなに遅いわけ無いじゃない」


 と、一言で否定され、竜以外の何かと言うことで落ち着いた。


 そんなわけで、いつものようにラビに起こされ壺畑に水やりをし、朝食をとると今日は地上の様子を空から見に来た。


「ご主人さま! 島が見えるのです!」


「おー。久しぶりの陸だ」


 島は陸に含めていいものか? まあ、それは考えなくてもいいな。今の俺に確かめるすべはないし。


 やや大きめの島で森や川、小さな山なんかも見受けられて、島にしては中々豊かなとのころの様だ。


「やっぱり、海ばかりじゃ退屈だからな。降り立つ場所があると嬉しいしどこかホッとする」


 大分馴れてきたとはいえ、海が続くと不安になる。

 もっとも、一時は城なしに縛り付けられてもう空を飛ぶことも諦めたモノではあるのだが。


「さて、どこか降りやすそうなところは無いかな」


「困ったのです。崖が見つからないのです」


「いやいや、ションボリしなくとも大丈夫だ。崖じゃなくても平気だからね」


 今までは地上に降りるとき、飛び立てる場所を探す必要があったが、見えない鎖で繋がれているので、どこに降りても引っ張りあげて貰える。


 そんなわけで、平らな開けたところに当てを付けて着地を試みたのだが……。


 ズボッ……!


「んなっ!?」


 地に足つけた途端に穴が開いた。


「ひええええ!?」


 完全に着地体制を取っていたため、再浮上はできずにそのまま穴の中へと吸い込まれる。


 深い。底が見えない。城なしに頼んで見えない鎖を引っ張ってもらうか? いや間に合わないな。


 ならば。


 俺はそうそうに落下を受け入れると、ラビを抱きしめ、底に背を向けて庇う。


 そして、やがてやってくるハズの衝撃に身構えた。


 が。


 バッシャーン!


「水……!」


 そう、穴の底には水がたまっていた。


 これはマズい。他の奴なら助かったって言うんだろうが俺は泳げないから、むしろ助からない。


「こぼぼっ、ご主人さま!」


 いかん。

 ラビを抱きしめたままだった。

 せめて、ラビだけでも……。


 ラビを遠ざけるように押し出すと、その体から手を離した。


「ご、ご主人さま! ご主人さま!」


「ごぼっ、ラビ! 俺は泳げない! 巻き込んでしまうから近付いちゃダメだ!」


「で、でも、ここ足が底に付くのです!」


「えっ!?」


 そんな馬鹿な。


 言われて足を伸ばしてみれば確かに底に付く。


 これは恥ずかしい。


「いや、知ってたし! ちょっとふざけてみただけだし」


「は、迫真の演技だったのです!?」


「そうだろう、そうだろう」


 適当に誤魔化し、ご主人さまとしての威厳を守ると辺りを見回し状況を確認する。


 ふむ。


 穴の底に貯まった水はラビのお顔がちょうど水面に出るぐらいで、穴の深さは到底よじ登って脱出出来そうに無いぐらい深い。


 穴の広さはパタパタと飛竜の姿に戻ったツバーシャを一緒に押し込めても十二分に余裕がありそうだ。


「これはちょっと自力でどうにか出来そうにない。城なしになんとかしてもらうか」


「ご、ご、ご、ご主人さま。それどころじゃないのです! 後ろ、後ろ……!」


「えっ? 後ろ?」


 ラビは長いお耳をフルフル震わせ、俺の背後を指差す。


 さっと振り返ると、そこにはずぶ濡れになった獣が一匹。俺の目と鼻の先にソイツはいた。


 わあ。

 俺の頭をまるごと一口で食べられそうなぐらいでっかいお顔でやんの。


「ゴアオオオオォォォン……!」


 空気を割るような低く低く、それでいて耳がいたいぐらいの爆音。


 ライオンの魔物かよ……。

 水に濡れて毛がぺったり体に張り付いてるから、何だか弱そうだ。


「いや、そうじゃあない。普通こんなとこにいるような奴じゃないだろ! 水があるんだから出てくるのは魚類とか両生類とかじゃあ無いんかい!」


「ご主人さま! そんな事言っている場合じゃないのです!」


「あ、ああ。そうだな。とっとと魔法でぶっ飛ばしてしまおう【放……】」


「ゴアオオオオォォォン……!」


 でっかい鼻先に向かって手をかざし、魔法を放とうとするも、再び上がった咆哮で遮られる。


 ぬおっ。吠えられると集中出来ん。頭の中が真っ白になっちまう。


 当然そうなると隙ができ。


「ぬおおおおっ……!」


 魔物はまるで、差し出された餌を奪い取るようにして俺の腕に食らい付き、そして、ブンブンと頭を振るう。


 幸い、【落下耐性】のおかげで、噛み千切られたり噛み砕かれたりすることは無さそうだが、痛いもんは痛いし、肩が外れそうだ。


「ご主人さま……」


「そんな哀しい声を出さないでおくれ。大丈夫だよ」


 俺の腕は魔物の口の中。そして、その口は閉じているから咆哮によって邪魔をされることもない。


 だから既に決着はついている。


「【放て】」


 最大出力の魔法を受けたライオンはビクンっと一度体を震わせると白目をむいて崩れ落ち、水の中へと消えていく。


「ふぅ。何とかなった。地上に降りてそうそうに切り札切ることになるとは思わなかった」


「次から次へとさんざんなのです……」


「まったくだよ。折角久しぶりに地上におりられたのに……。ん?」


 ふと、視線を感じた。

 上からだ。

 誰かに見られている?


 視線を感じた方に顔を向ける。


「なっ、なんだよこれ……!?」


 よく見れば、いくつも開いた横穴から無数の瞳が俺を見下ろしている。しかもその姿は。


「ラビがたくさんいるだと!?」


 そう。ラビッ種だ。ラビとはお耳の色と肌の色が違うが間違いない。


 ここはラビの国なのか?

 ラビの家族やお友だちもいるのかな。

 だとしたら、一度ちゃんと話をしないと。

 きっとラビがいなくなって深い悲しみに暮れている事だろう。

 そしたら……。

 もしラビがここに残ると言うのなら……。


 チャプン……!


 俺が考えにふけっていると、一番下段の穴に縄ばしごが掛かった。


 それを伝ってラビッ種たちが、ぞろぞろ、ぞろぞろ降りてくる。


 手には槍。矛先は俺たち……。いや、俺だけか。


 この距離まで近づいてこられると


 それを見たラビが俺の服の端を引き、不安そうな顔をこちらに向けた。


「ご主人さま……」


「ラビの仲間だろ? 槍を向けているのはきっと、突然現れた俺たちにビックリしちゃっただけだよ」


「でもラビはこの人たち知らないのです」


 おや。てっきりここはラビの元いた国かと思ったが違うようだ。まあ、人間だってたくさん国を作って色んなところに住んでいるしな。


 でも、ラビの出身地についての情報ぐらいは手にはいるだろう。 


 仲良くして、色々聞き出してみよう。それにはまずは挨拶だよな。


 他のラビッ種より、一歩だけ前に出た代表者らしきラビッ種の目をじっと見る。


 緊張しきっているのか、その目付きは鋭い。


 これは、挨拶に失敗したら危険だな。何をしでかすか分からない。慎重にいこう。そっと、優しく撫で上げる様に挨拶だ。


「こんにちは」


 よし、近年稀に見る爽やかさだ。これなら警戒も溶けるだろう。


「死ねば良い……!」


 しかし、返ってきた言葉は。


 なっ、何故だ!? たったひと事で殺意まで引き出しただと?


 しかも、言葉と同時に槍まで突き出してくる。


 でも、槍は木の棒の先っちょを削っただけの代物だから俺の体に刺さる前に折れた。


 それを見たラビッ種たちは目を見開いて一歩下がった。


「手強い」


「待ってくれ。俺は荒そうつもりはない。君たちとちょっと、仲よくしたいだけなんだ」


「そういって、お前たちは私たちを奴隷にする」


「いや、そんな事はしないよ!?」


「なら、それは何?」


 ラビッ種の代表者は冷ややかな目をしながらラビの首輪を指差す。


 あっ、忘れてた。


「こ、この首輪はだな……」


 何て言い訳しようかと言い淀んでいると、ラビがずいっと前に出る。


 そして、のたまった。


「この首輪は奴隷の証なのです!」


 ここぞとばかりに胸を張っちゃてまあ。でも、これで仲よくなる為の難易度が格段に跳ね上がった。もうこっから挽回なんて出来る気がしない。


 どうしてくれよう。眩しいばかりのラビの笑顔とは対照的に鋭く尖った視線をぶつけてくるラビッ種代表。


 考えろ閃け。このままたくさんのラビッ種たちに嫌われるだなんてのは悲しすぎる。


 俺は必死に考え悩み抜く。


「ところでご主人さま。いっぱい見られているけど大丈夫なのです?」


「ん? そりゃ、これだけ人がいるんだ。見られもするだろうさ。それがどうかしたのか?」


 ラビは何を言ってるんだろう。服は着ているし見られたって別に構わない。ん? 見られる……? 視線……。


 ゾワッ……。


 視線に気がついた背中を嫌なモノが駆け抜け、力が抜けてその場に崩れ落ちる。


「あっ、あああ……!」


「ご主人さま!」

 

 ダメだった。ラビがたくさんいるようなもんだから大丈夫。なんて事もなかった。もはや立つことすらままならない。


 突然の変化に驚いたラビッ種だったが、これ幸いと取り囲み、ロープをぐるぐると巻き付け、俺を捕縛した。


「何でご主人さまにこんな事するのです!?」


「コイツは悪いやつ。だから、放って置くわけにはいかない」


「ご主人さまは悪いことなんてしてないのです!」


 ラビが俺を庇ってくれるが、ラビッ種たちは気にも止めない。


「立て」


 そして、俺を無理やり立たせると、数にものを言わせて担ぎ上げた。

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