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五十五話 釣りをして、いや釣りをされ

 翌日にはラビも釣りに着いてきた。

 混ざりたかったらしい。


 しかし、直ぐに飽きて穴を堀始めた。お城を作ったり、砂に埋まったりするわけでもなく穴を掘る。


 ザザザザザザザっ……。


 それはもう、華奢な体にはとても似つかわしくない速さで掘っていく。


 魚が驚いて逃げたりしないだろうか。


「むむむ。水が出てくるのです」


「そりゃ、海の近くで砂を掘れば水が出るよ。砂の目は粗いから沁みてくるんだ」


「これじゃ中に入れないのです……」


 穴のなかに入ってどうするんだろう。


 良く分からないが、ガッカリした顔を見ていたくはない。


 シノに竿を預けると、大きめの壺を持ってきて穴に入れてやる。するとラビはいそいそと壺のなかに入り込み、そこに収まった。

 

 壺の縁に手を掛けて海を覗き見する格好でお耳をぴくぴくさせて満足げだ。


 更に座れるように小さな壺も取り出して中に入れてやる。


「なんだか落ち着くのです」


「そうかい」


 どうやら、遮蔽物の無いところでは落ち着かないらしい。野生的な部分が、ここは危険だとラビを突き動かそうとするのだろう。


 ラビッ種ってのはいったいどんな暮らしを送っているものなんだか。



 釣りを終えると氷を作るパタパタの様子を見て、そしてまた城なしから飛び下りて一日が終わる。



 そんな日々を繰返し、遂に作戦決行の日が訪れる。


 しかし、その前にちょっとしたトラブルが起きた。


「むぅ。ラビはお留守番は嫌なのです」


 ラビが一緒に来たいと言い出したのだ。


「そうはいってもなぁ。危険だし、ラビは連れていけないよ。前に怖い思いもしたじゃないか」


「それは……。でもでも、ご主人さまと飛ぶのはラビじゃなきゃダメなのです!」


「あー。それは……」


 なるほど。思い返せば、空を飛ぶときは常にラビを抱えていた。いつの間にやらラビの中では、それがラビのポジションになっていたのだろう。


 それでシノにこの役割は譲りたくないと。


 ふむ。それならば……。


「ラビ。俺は空を飛ぶ訳じゃあない。言うなればこれは落下だ!」


「ら、落下なのです?」


「そうだ。だから、空を飛ぶのとは違うんだ。空を飛ぶ事と、ただ落下することには大きな隔たりがあり更にはその崇高さもまるで違う。一緒に飛ぶラビにも俺は崇高であって欲しいんだ!」


 何やら物言いたげな視線をシノが送ってくるが、俺は無視した。


「す、スウコウなのです!?」


「そう。故に今回は、シノに譲ってやって欲しい。ラビは崇高だから、落下させるわけにはいかないんだ」


「わ、分かったのです! ラビはスウコウだから、おシノちゃんに落下は任せるのです!」


 よしよし。良い子だ撫でてあげよう。


「さあ、これで万事解決だ。行くぞシノ」


「これでよいのかのう……」


 なにやら、言いたそうなシノを尚も無視して、俺はシノを背中に背負って城なしから飛び下りた。




 相変わらず、鎖の長さは同じで以前と同じところで止まる。


 しかし今回は、その位置に達すると釣竿を握り、そして構えた。


「いいかシノ。失敗すれば、物凄い力で城なしに振り回されるから、覚悟してくれ」


「主さま。心配には及ばないのじゃ。それを見越して背には大凧を背負っておる」


「そうか。しかし、怪我だけはしないでくれよ」


 俺たちは城なしが動くのを待った。


 これで城なしは鎖を伸ばすハズなんだ。頼む。上手くいってくれ……!


 やがて……。


「おお! 城なしが鎖を伸ばし始めたぞ」


「どうやら、何をしたいのか理解した見たいじゃのう」


「ああ。これならいける!」


 全てはこの為。シノに釣りを教わり、釣りをしていたのも、城なしに俺たちが釣りをしているのを理解してもらうため。更に釣りその物を理解してもらうためだ。


 そして、俺たちが釣りをするには海面にまでたどり着かないといけないと城なしは考え、鎖を伸ばしたハズなのだ。


 俺は空を再び飛べる。計画は上手くいったんだ。


 しかし、その考えは甘かった。後に城なしの賢さを見謝っていたと、文字どおり身をもって思い知らされる事になる。




 それは海面に無事到着し、城なしに正しく意図を汲めた事を理解してもらうため、釣りをしていた時の事だ。


 キラキラとお日さまを反射して眩しい海。体を撫でる潮風。360度どこを見ても海が続き、厚かましくも海を支配した様な気分になる。


 ちょっと伸ばしすぎた鎖のせいで足が海水に漬かっていたりするのはご愛敬だ。


 誰かが俺たちの姿を見たらどう思うんだろうな。船もなしに釣りをしているんだ。さぞ、ぶったまげてくれるだろう。


 そんな事を考えていると、思い出したかのようにシノが口を開いた。


「しかし、釣りをする必要はあるのかのう?」


 シノの言葉はもっともで、このまま帰ると言う選択肢もあった。


 取り合えず、空を飛べることは分かったのだ。後は俺が空を飛べるんだという事をパタパタに伝えるだけで良い。


「でも、それだと、城なしが混乱しちゃうだろ? だから城なしには今回の事は、釣りのためだったって思ってもらった方が良い」


 より拗れそうな憂いは残したくはなかった。


「そう言うものかのう。わぁは、趣味の釣りが出来るし構わないのじゃが」


「それに海の魚は助かるよ。特にカツオだ。カツオを釣り上げてくれたのはありがたい。良い出汁が取れる」


「出汁にするには少し勿体ない気もするのじゃ」


 確かに、シノの釣り上げたカツオは良いもので、そのまま食べても良さそうだ。


 でも、カツオ……。

 料理したこと無いんだが。

 大体が加工されていたし、生なら叩きになっていたし。


 シノならどう調理すればいいのか知ってるだろうか。


「なあシノ。シノはカツオの食べ方知っているか?」


「主さま。その話は後じゃ。少し不味いことになった。下を見るのじゃ」


「下?」


 言われて下を見れば海面から突き出るヒレ。


 その正体に気づき、はっとした時には足にかじりつかれていた。


 更に身を捻り、ブンブンと俺を振り回してくる。


 水の中に引きずり込もうとしているのだ。


「イテテテ……。サメかよ! 魔物じゃないのに、デカいな! こんなのどうにもならんぞ」


 俺は鎖に吊られて直立した状態だ。足元までは手が伸ばせない。だから魔法は使えない。翼もシノを背負っているから振るえない。


 万事休す。困ったな。


 そんな悠長な事をしている間にも、二度噛み、三度噛みとされ、腹のところまで飲み込まれた。このままでは、背中にいるシノまで危ない。


「くそっ、絶対これお腹にぱんつのゴムみいにサメの歯の痕が出来てるよ……」


「いや、主さま。もう、手が届く距離にサメがおるのじゃが……」


「あっ、気づかなかったわ!」


 どうやら、俺は混乱していたようだ。


 そりゃ、腹まで飲み込まれれば、手も届く。


 しかし、魔法を使うとなればサメだけでなく、自分にも被害がありそうだ。けど、他に方法がないからそれは仕方がない。


 やるしかないか。


 俺は意を決した。


 ところが、魔法を使うため、手の平をサメに向かってかざしたとき、再び城なしが動いた。


 サメが食らいついたままの俺をズルズルと引き揚げ始めたのだ。


「ぐふっ。水から上がった分のサメの体重が、噛む力に加わって、とてもお腹に食い込む」


「ふう……。主さま。城なしが、引き揚げてくれて助かったのじゃ」


「えっ、助かったのか!? かじり付かれたままなんだけど……」


 どう見ても、助かった様には見えない。


「水から上がった鮫なんぞ他愛もないもの。いずれ自ずから主さまを開放するじゃろう」


「それなら良いんだが……。しかし、これはアレだよな」


 不自然に海に浸けられた足。かじり付くサメ。引き揚げられる鎖。


 そこから導き出される答え。


「そうじゃな。主さまが考えている通りなのじゃ」


「やっぱりそう思うか?」


「うむ。これは間違いなく、城なしが釣りをしているのじゃ!」


 釣りをしているところを見せて、釣りに行きたいのだと理解してもらったつもりだったんだが。


 やれやれ、まさか釣り餌にされるとは。


 城なしにしてやられたな。


 でもせめて、餌や針ではなく、浮きの位置に収まりたいとは思う。




 城なしに戻った俺たちは、さっそくパタパタのところへと向かった。


 今回の作戦はパタパタに見えない鎖が十分な長さがあると理解してもらい、城なしとの喧嘩の原因である俺が空を飛べなくなった事を否定する事で完了する。


 俺が空を飛べるのであれば喧嘩をする理由なんて無いのだ。


 しかし。


「パタパタ。見ていてくれただろう? 俺は空を飛べなくなった訳じゃあないんだ!」


「えっ、あっ、ごめん。見てなかった」


「そうか」


 見てなかったかぁ……。


「ば、バカな。見ていなかっただと?」


「氷が出来るまでの時間を計るのに夢中だったんだよ。なんだか良く分からないけど……。ゴメンね?」


 そんな訳で、俺はシノを連れて再び、城なしから飛び下りるハメになった。


 もちろん、今度はちゃんと見ておくようにと釘をさすのも忘れない。


 そして、再び俺の足は海に浸かる。


「主さま……」


「言うな。考えが足りなかったってのは、俺も良く分かってるんだ」


「いや、そうではなく、釣ったものを見せればパタパタにも理解してもらえたんじゃないかと思うのじゃ」


 あっ……。


「もう、帰ろうか……」


「そ、それでも良いが、まだ主さまがサメに喰われてはおらぬのじゃ」


「いやいやいや、まさか、城なしに戻るために毎回サメに喰われる気はないわ! まあ、見てろって!」


 俺は遥か上空にいる城なしを見詰め、足の裏と足の裏とをくっ付け、腕を天高く突き出すと、パチンパチンと打ち付けた。


「あ、主さまがご乱心なのじゃ!」


「違う。これは城なしに引き揚げてもらう為の……」


 合図なんだと言い終わる前に俺たちはバンジージャンプの張詰めたゴムに引っ張られるかの如く、空高くぶっ飛んだ。

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