五十三話 城なしにブンブンと振り回され
あれから幾日が過ぎ。
トマトはちらほらと完熟して真っ赤に色づき、収穫出来そうだ。水没させてしまった株は、根に近い部分の色がちょっぴり黄色に変わったが枯れはしなかった。
城なしに新たな彩りが加わり、俺も気持ちを新に生活を見直し、その改善に力を注ぐ。
というのも、見えない鎖で縛られたと言っても実感が無く、もしかしたら、何かの間違いや俺には効果の無いものだったんじゃあないかと思い、空を飛んでみたりもした。
しかし結果は散々で、僅かな距離を飛行したのち引かれるように失速して、城なしの側面に叩きつけられたのだ。
確かに見えない鎖で縛られていた。
しかもその後が大変だったのだ。見えない鎖は見えないだけでなく触れることも出来ない。
その為、鎖を掴んで這い上がることも出来ず、上に上がるまで、何時間と試行錯誤を繰り返すはめになった。
そんなわけで、もう空を飛べない。その事実を身をもって良く知った。ならせめて今の生活を良くしようと考えたのだ。
まず取り掛かったのは布団とまくらだ。何時だったか手に入れた鳥の羽を布に包んで縫うだけのもの。
しかしながら、夜ふわふわに包まれて寝るのはとても心地のよいものだった。
ラビにも気に入ってもらえたようで、今はまだ昼間だってのに布団にくるまっている。
喜んで貰えて悪い気はせず。いや、むしろ興が乗り新たな喜び求めて俺は針を握る。
チクチクチクチクチク……。
「よし、出来た!」
「ご主人さま。今度は何を作ったのです?」
「ん。これか? これはな……」
俺は出来上がった帯状の布を掲げて見せる。
「これはぱんつだ!」
「ぱ、はんつなのです!?」
ぱんつは裁縫が上手くなってからと考えていたのだが、なんのけなしにチラリと見えたシノの下着がその考えを覆した。
ぱんつじゃなくても良いでは無いかと。そう。褌でも良いでは無いかと。
因みにシノの褌は黒だった。
「早速はいてみるのです!」
こちらも喜んで貰えた様で、ラビは目を輝かせて早速衣服に手を掛ける。
「うんうん。それが良い。うん……? 待て! 待った! ここで脱ぐんじゃあない! はき方もわからないだろう? おーい! シノ! ちょっと、ラビに褌のはき方を教えてやってくれ!」
慌てて、マイホームから逃げるように飛び出すと後をシノに任せた。
やれやれ。相変わらず恥じらいが足りない。恥じらいってどうすれば身に付くんだろう。
そんなとりとめのない事を考えながら、近くで下着を着けるのを待つのも野暮な気がして、どこへ行くでもなく歩き出す。
すると程なくして、栗林の手前にあるいまだにまっ更な竹林の方からアノ音がしてくる。
ボコォ……。
カランカラン……。
アノ音がするって事は、今日のパタパタはあそこにいるのかな。
パタパタはあの一件で大層腹をたて、城なしと喧嘩してしまった。折角念願叶ってようやく話せるようになったのにまったく口を利こうとしない。
喧嘩と言っても一方的で、城なしの方はパタパタと仲良くしたいらしく、パタパタの姿を形どった石像を作り出して気を惹こうとする。
でもパタパタはそれに応えない。なんだか、今までと逆の立場だ。
だが、そうなると城なしはどうでるのか。
ボコォ……。
カランカラン……。
答えは、地面から延々と生え続け、山となり、新たなパタパタ像か作り出される度にてっぺんのパタパタ像が転がり落ちるこの様子を見れば明らかだ。
愚直にパタパタが応えてくれるまで作り続けるつもりなのだろう。
しっかし、これどうしよう。捨てるなんてとても出来ない。古墳を作ってハニワがわりに埋めたら良いのだろうか。
ひとつ手に取り優しく振ってみる。
カランカラン……。
石像の中は空洞で、中に玉が入っているようで音がする。無駄に芸が細かい。石像ひとつひとつが違った格好や表情をとっている辺りにこだわりも感じる。
ふむ。これだけ近くでぽこじゃが石像を毎日近くで作られたら気が滅入りそうだ。どれ、パタパタの様子を見て見ようか。
背後に立ったところで俺の気配に気づいたパタパタは振り返り向き直った。
「あっ。ツバサ! どうしたの? もう縫い物は終った?」
「ぱんつを作ったら、ラビがおもむろに服を脱ぎ出すから逃げてきたんだよ。 しかし、凄いなお前は。この状況で何とも無いのか」
話始めるとぱたりと、石像が山から転がり落ちる音が消えた。俺とはいつも通りに話すパタパタを見て城なしは居たたまれなくなったのかも知れない。
「んー……。何とも無いって事は無いけど城なしがツバサを解放するまでボクは城なしに応えてあげるつもりは無いよ」
「パタパタは本当にそれで良いのか? 原因の一端は俺にあるし、パタパタと城なしがそんな感じだと責任を感じるんだが」
「ツバサが気に病む事じゃないよ。無理を言って城なしに残ってもらい、無茶を言って城なしと仲良くして欲しいって言ったのはボクだ」
力強く良い放ち、凛とした瞳でパタパタに見詰められて、何とか言葉を紡ぎだそうとするも上手くいかない。
「それに……。長い間ボクを放置してくれたんだ。少しぐらい城なしにはボクの気持ちを知って欲しい」
しっかり応酬するつもりの様だ。そう言えば、パタパタはこういう奴だったな。
「ご主人さまー! ちゃんとはけたのですー! どこにいるのですー?」
「ほら、ラビがツバサを探しているみたいだよ。行ってあげたら?」
「あ、ああ、そうだな」
これ以上口を挟めそうにないな。
パタパタの態度に気後れし、俺がすごすごとその場を後にすると。
ボコォ……。
カランカラン……。
背後からまたアノ音が響きはじめた。
本当に恥じらいって言うのはどうすれば身に付くんだろう。
マイホームに戻ると、ワンピースの裾を広げて仁王立ちするラビが待ち構えていた。
「ご主人さま。ちゃんと似合ってるか見て欲しいのです」
ラビは下着が気に入ったのかやたら見せたがる。
服じゃ無いんだから……。まあでも、褌なら見られても構わんのかな。女性が褌するお祭りとかあるし。
とは言うものの、ラビの褌は尻尾があるので腰よりやや下の方に締める。
ちょっと、普通の褌姿よりも過激かもしれない。
「なあ、シノ……。ラビをもう少しおしとやかになるよう教育してくれないか」
「子供何てこんなものじゃないかの。なあに、時期が来れば自ずから恥じらうようになるのじゃ」
「そういうもんかい」
シノはこう言うのに厳しいそうなもんだと思ったがこれについては放任らしい。
俺がどうにかしないとなあ。しかし、どうしたもんか……。ラビのご主人さまとして、このままの状況は許せん。
ラビが誰彼かまわず褌を見せ付けるようになったら卒倒してしまう。
そこでふと、ラビのまん丸尻尾が目についた。
「あっ、そうだ。アレがあったんだ」
俺はウエストポーチから尻尾ぶくろを取り出すとラビの尻尾を摘まんで被せた。以前のものに手を加えてお顔とお耳が新しくついている。
これなら褌見せてもまったく色気が無いので極めて健全だ。
「よーしよーし。良く似合ってるぞ」
「えへへ。やっぱりご主人さまは、ご主人さまなのです。お腹いっぱい食べさせてくれて、きれいなおよう服を用意してくれて、ナデナデしてくれるのです」
「そう。だな……」
はたして褌をきれいなおよう服と言っても良いものなのだろうか。これは、早急にお裁縫の腕を上げる必要がありそうだ。
「しかし、主さまは褌まで知っているとはのう」
「おシノちゃんとお揃いなのです!」
「まあ、ラビのはシノとは色違いだけどな」
何て、ラビの言葉に付け加えた途端、シノは目を細め、口の端を上げる。
「ほぅ……? 色違いとな?」
ん? なんだ? 何でそんな目で俺を見る?
「何故、主さまがそれを知っておるのじゃ?」
「あっ……」
その後、俺は執拗にシノの尋問を受け、こっぴどくからかわれた。
「ふぅ……」
なんとなく城なしの縁に座って俺は一人一息付く。
空はたそがれ、眼下に広がる雲を染める。そんな雲を掻き分けるように城なしは進む。
その光景を目に焼き付けてからそっと目をつむる。
肌に触れる風を想像し、自分が空を飛んでいる光景を思い描く。
最近はこの時間になるとここへ来てはそんな事をしている。
未練がましい。
構うもんか。頭んなかで一人夢想するぐらい誰かにとやかく言われる筋合いは無いだろう。
「ご主人さま……」
「ん。ラビか」
この時間は一人にして欲しい。瞬時に気持ちを切り替える何て出来やしない。
「ご主人さまは寂しいのです?」
「そんな事は無いよ……。ラビやシノ。ツバーシャにパタパタ。そして、城なしだっているからな」
「でも、ご主人さまのお目めは寂しそうなのです」
いつもはホンワカしているのに変なところで鋭い。
さて、どうやって誤魔化したもんか。少し頭を働かせようとするも上手くいかんと来たもんだ。まあ、いいや。正直に言ってしまおう。
「ラビ。俺は空を飛べなくなって寂しいんだよ」
「やっぱり、ご主人さまは空を飛べなくなって落ち込んでいたのです」
「そりゃあ、何より望んで手にした翼だからな」
俺は空を飛ぶために生まれてきたのだ。それが飛べなくなったとなれば、俺に何が残るって言うんだ。
「飛べなくてもご主人さまはご主人さまなのです!」
「そうか?」
「ご主人さまは何も変わってないのです」
変わってないか。言われて振り替えってみれば、飛べなくなる前と後で特に変化はないか。新しい物が増えないぐらいで不便があるわけでもない。
「そうだな。でも、こう言う落ち込んだ気分は、直ぐにどうにかなるもんじゃないさ」
「むむむ。それなら、ラビが元気付けなきゃいけないのです。これも奴隷の立派なつとめなのです!」
「なんだそりゃ。いったいどんなつとめだよ」
ラビの中では、奴隷=お姫さま。俺の立場はイマイチ掴めないが凄い人。そのお姫さまが、凄い人を元気付けるとなるとますます分からなくなる。
「あれれ? 何にもしてないのにご主人さまがちょっと元気になったのです?」
言われて、口元が緩んでいるのに気付く。
「そうかもな。ラビを見ていたらあんまり難しく考えなくても良いんじゃないかって思えてくる」
「なんだかバカにされてる気がするのです!」
「いやいや、元気になったのは本当だし!」
そこで会話は一度とまり、ラビが一歩足を踏み出した。
「ご主人さま。ちょっと脇に避けて欲しいのです。ラビは隣に座るのです」
「いや、ラビはおドジだから危ないよ」
「ご主人さまは心配しすぎなのです! ラビだっていつまでもおドジじゃないのです……。あっ……!」
言ってる側から、さつま芋の壺畑に足を引っ掻けて転び、城なしから転げ落ちる。
「ラビぃぃぃ!」
慌てて手を伸ばすも空を切る。躊躇せず、俺も飛び降りて後を追う。
間に合え、間に合え! 城なしに繋がれているから、長くは追えない。 だからその前に捕まえないと!
くそっ、こんなアホな死なせ方させてたまるか!
しかし、無情にも距離は中々縮まらない。
そうこうしている内に、前に試した鎖の限界点が迫る。
間に合わない……!
俺は思わず歯を食い縛り、目をつむる。
しかし……。
いつまでたっても、俺の落下は止まらなかった。
「あれ……? 何で……?」
いや、それよりもラビだ。
精いっぱい、ラビに向かって手を伸ばし、雲の中へと入り込む直前でラビを受け止めた。
それと同時にピタッと落下も止まる。
「鎖が伸びたのか? 何にせよ助かったな。ラビ大丈夫か?」
俺の言葉に返事はない。
ラビは気を失っていて、揺すってもかくんかくんと人形の様に揺れるだけだ。目頭にはうっすら涙が浮かんでいて、ふとした拍子にツーっとこぼれる。
俺が飛べないって分かっていたから怖かったんだろうな……。でもどうしよう。流石にこの距離まで落ちると自力で戻れないんだが。
城なしは、大雑把に言えばひっくりがえした山みたいなもんだ。つまり、そこにへばりついて登ろうにも距離がありすぎる。
空を飛ぼうにも落下速度がゼロになったのでそれも叶わない。ダメもとで羽ばたいてみるも多少揺れる程度。
万事休すか。誰か気付いてツバーシャを呼んでくれるのを待つしかないな。
そんな事を考えた時だ。
「おわあああ!?」
突如、結構な速度で体が上昇し、不可思議な力がブルンブルンと俺を乱暴に振り回す。
そして、途中何度もバシバシと城なしに体を打ち付けるもラビを庇い続けると、とどめに地上部分に叩きつけられた。
俺はこの光景を知っている。掃除機の電源コードを巻き取るときのアレだ。
「ふう。ひどい目にあった……」
もっと、優しく引っ張りあげておくれよ城なし。
「いっ、いったい主さまはラビに何をしたのじゃ?」
気を失ったラビをお姫さま抱っこしてマイホームに戻るとシノが顔をひきつらせて出迎えてくれた。
「いや、ち、違うぞ? お、俺は悪くない」
慌てて言い訳しようとして、なんだか余計に怪しくなってしまった。
そんな中、ラビの顔に残る涙の後を見つけたシノは更に目を細める。
「さあ、洗いざらい全て吐くのじゃ!」
そして、本日二度目の尋問が始まる。
と、思いきや、ラビが足を滑らせて城なしから落ちたと説明すると。
「まあ、ラビだしそう言うこともありそうなのじゃ」
ラビのおドジここに極まれり。
あっさりと信じてくれた。
それよりもシノは別のところに興味を持った様でラビを羽毛布団に寝かせると、更に詳しい話を求めて来る。
「ふむ。見えない鎖が伸びたとな?」
「ああ。間違いない。絶対に自力で這い上がれないところまで落ちたからな」
「とすると……」
シノは、軽く握った拳にそっと口に当てると何やら思案しはじめた。
「主さま。わぁが思うに、主さまはひょっとすると空を飛べないようになった訳では無いのでは無いかと思うのじゃ」
「いやいや。それは無いだろう。あの程度伸びたぐらいじゃあ空を飛ぶことは出来ないぞ?」
「む、いや、そうではない。恐らく鎖が伸びたのは城なしがラビを助けられるようにと鎖の長さを変えたからじゃろう?」
それはそうだ。城なし以外に鎖の長さを変えれる訳がない。しかし、だからどうしたと言うんだろうか。
「長さを自由に変えられるのであれば、主さまが空を飛べるだけの長さに変えることが出来るのかも知れないのじゃ」
「それは……」
いささか都合の良すぎる考え方じゃないだろうか。
いや……。
ロクに調べも試しもせずに答えを出す必要性もないか? 別に失うものは無いじゃないか。
「なるほど……。考えて見る価値はありそうだ」
しかし、そうするとパタパタと城なしには仲直りしてもらわないといけない。城なしと話ができるのはパタパタだけなのだから。
空を飛ぶための糸口は見えてきたは良いのだが、これはちょっと骨が折れそうだ。




