五話 ウサギ獣人の奴隷を拾い
目が覚めたら明後日だった。
余程疲れていたらしい。モッサモサの毛だまりの中から脱出すると、腹の音もなる。
最後に飯を食ったのいつだったかな。ウエストポーチに入っている肉でも焼いて食べよう。でも、まずは肉を焼くかまどをつくらないとな。
あくびを殺しつつ準備をはじめると、そこでパタパタが俺の手元に興味しめした。
「ねえ、なんで、ご飯作るのに石を取り出すの? 石ころ食べるの?」
「石ころなんて食うやつおらんだろう。かまどを作ってそこで魔物の肉を焼くんだ」
「ふーん……? ふぁーあ……」
あっ。興味がないのか。そっぽ向いてあくびまでしよる。なんでだよ。サバイバルチックで楽しいじゃないか。
なんて心のなかで文句を言いつつ、視線をパタパタから石ころに戻すと──。
「えっ? あれ!?」
「なになに? 何かあったの?」
「石が消えたんだ! ここに置いたハズなのに!」
そう、まるで最初からそんなん無かったと言わんばかりに消えていた。
オバケとかいるの? いやいや、俺はオバケなんざ信じない。異世界に来た今でもそれは同じだ。しかしそうすると、これはなんて説明をつければ良いんだ。
「んー?」
パタパタはよくわかって無さそうに首を傾げる。
むう、やって見せた方が早いか。
「こうやって、石を置くだろ?」
「ふんふん?」
「そしたら、後ろを向いて……。再び振り返る!」
すると、今度は石が半分だけ城なしにめり込んでいた。
「ほ、ほら、全部消えてないけど半部消えてる! いや、半分とかなんなの?」
「フツウそうじゃない?」
「いや、フツウこうじゃないわ!」
なんで、このワンコこんなに冷静なんだ。
「城なしが食べたんだよ。城なしだってお腹ぐらい空くよ」
「そ、そうなのか?」
じゃあ、半分めり込んでるのはなんなんだい。しかし、困った。これじゃかまどを作れない。ずっと、目を背けなければいけるか?
なんて考えもしたが、それ以降城なしが石を食べることはなかった。
「変なヤツだな……」
「それ、君が言うの?」
「えっ、俺変なヤツか? と言うかそれこそお前に言われたくない」
ともかくかまどは出来たからさっさと肉を焼こう。
かまどの中に薪を組むと手頃な木片と棒をカバンからとりだした。
ふふっ。これだよこれ。これをやってみたかったんだよ。手に棒を挟んでひたすらよじる。こうやって原始人みたいに火をつけるの。
仲間といるときは魔法で火をつけていたからね。ロマンってものが足りなかった。
グリグリグリ……。
そんな様子をパタパタが、再び興味深そうに顔を近づけて見にきた。そのまま、下から見上げるようにして俺を見やると問う。
「たのしい?」
「はあはあ、たの、しい、ぞ。ん? パタパタは大昔から生きてたんだから、こうやって火をつける人々を見てきたんじゃないのか?」
「そんなおかしなことしてる人いなかったよ? 魔法で火をつけてた」
なんと原始人も魔法を使ってた。
異世界はいとも容易く夢を壊す。魔法で着火とかロマンの欠片もないわ。しかし、火がつかん。腹へったやってられん。
俺は棒で火をつけるのを諦め、腰に掛けたナイフを手に持つと、その背を石に向かって降り下ろした。
「スタイリッシュ着火!」
ガッ!
これでも火花が出るのだ。まあ原理は火打ち石と同じだったりする。この火花を使って火を起こす。
前世の幼少時、庭で草刈りしていたときに偶然石に鎌があたり火花が散ってビックリした記憶がある。そこからヒントを得てナイフで着火を試みた。
ナイフは痛むが、背に腹は変えられん。
「わあっ、そんなので火が着くんだ」
「うむ。かっこいいだろー?」
「うん。今までで最高に格好良かったよ」
素直に誉められると照れるな。最高に格好良いのがこれってのも微妙な話だが。む、これは皮肉か?
じっと、パタパタの目を見る。
「ん。にらめっこ? ボク負けないよ?」
考えすぎか。
唐突に始まったにらめっこもそこそこに、火を大きくすると、それをかまどに入れた。
そして、肉を焼き、いざ口に運んでみた。
だが、それはそれは大層ガッカリな味だった。
「食にこだわりは無いんだが、これは酷すぎるな」
「地上に降りて別なのとってくる?」
「ふむ……。地上か」
この肉だけを食べ続けるのは辛い。地上に降りるのは魅力的なんだが……。
「うーん。また置いていかれたらたまらんな」
「大丈夫じゃない? 君に興味を持ったみたいだから待っていてくれると思うよ?」
「そうかあ? まあ、ずっと一緒にいたお前の言うことだから信じられん事はないか」
不安は残るが、食卓に彩りがほしい。そんなわけで地上に降りてみることにした。
城なしから飛び立ち、雲を抜けると緑の奥に山が見えた。
今度は大陸に出たみたいだな。毎日がちょっとした世界旅行だ。さて、降りるために崖を探そう。
「崖、崖……。おっ、あったあった」
沈下か、あるいは隆起か。山をスッパっと切り落としたような崖だ。川も一緒に切れたようで滝になっている。
長い間体洗ってないから、ちょっと酸っぱい臭いがするんだよな。あそこで水浴びしていくか。
川は浅く、流れも緩やかだ。両岸に生える木々が揺れて心地いい。水は少し冷たいがここは暖かいので気にならない。
「翼の付け根が特にカユいわあ」
自慢の翼ではあるんだが、手が届かないからあんまり綺麗に出来ないのよな。空飛んでりゃ、毎度天日干しと雲の上の極寒で殺菌できてそうだが、可能ならゴシゴシしたい。
翼を洗うために悪戦苦闘していると、ふと何かの気配を感じた。
ん? 誰かに見られているような? 周りには誰もいないが……。まあ、こんなところに人がいるわけないか。
いや……。人は居なくても動物はいるようだ。木から長い耳が生えている。
あれで隠れているつもりなんだろうか。あの耳はウサギかな。おドジなウサギがいたもんだ。よし、パタパタのおみやげにしようか。
そう考えてウサギに近づいた。
こちらに気が付いたのか、はみ出た耳がピンっと伸びた。逃げるのかと思ったが、その場でぷるぷる震え始めるばかり。
それどころか、木のところにまで、俺がたどり着くと、とうとう生きるのを諦めたのか、耳が萎れてしまう。
なんだか罪悪感が半端ないが、弱肉強食。美味しく頂かれてくれ。
そう自分に言い聞かせる様にして耳に手を伸ばす。
ぷるぷるぷるぷる……。
美味しく……。
ぷるぷるぷるぷる……。
頂かれ……。
ぷるぷるぷるぷる……。
ダメだ! なんだか可哀想で捕まえるのムリだ。パタパタには申し訳ないがそっとしておこう。
そのままウサギの事は忘れ、川に戻りお股を念入りに洗った。
そして綺麗サッパリ体を洗い終え、服を着ようとぱんつに手を伸ばした時──。
「キャアアアア……!」
少女の悲鳴が辺りに響き渡る。
うおっ!? まさか少女に裸体を晒してしまったのか? 俺も悲鳴をあげた方が良いんだろうか?
だが辺りを見回しても誰もいない。【風見鶏】でも見てみたがやはり誰もいなかった。
となると……。崖か!?
俺は手に掴んだぱんつを急いで履き崖へと駆けた。
「なっ!?」
崖にたどり着くと思わず声が漏れた。女の子が首を吊ってグッタリしていたからだ。
まさか俺の裸体を見て自殺した!? 違う、首に掛けられた首輪から延びる鎖が枝に絡まっているんだ。
女の子に首輪を掛けるなんて許せん。しかし、これは──。
褐色の肌、クリーム色の髪、くりくりした真っ黒な瞳。そして、頭からはウサギの様な耳が生えている。
かわいいな。
なるほど、これが噂に聞いた獣人か。そして、あの耳。さっきはみ出していたのはもしかして……。
いや今はそんな事を考えている場合ではない。
下には芋みたいな岩がゴロゴロひしめいている。落ちたらひとたまりもない。
「今助ける! 落ち着いてジッとしているんだ!」
「はひっ」
いかん、泡吹いてる。
俺は崖を滑るようにウサギちゃんの元へと降り立つと早速絡まった鎖を外しに掛かった。
「ぐっ、ダメだ。きつく絡まってる!」
魔法を使うしかないな。
俺の使える魔法は、最も原始的な魔法で、魔力をそのまま叩き付けるだけのものだ。
火をつけたり、氷を投げつける魔法の様に熱や質量による副次的な効果が見込めないので非効率極まりない。
加えて、距離が離れると直ぐに拡散してしまうため、射程ゼロ距離という致命的な欠点がある。
たが、汎用性は高い。
小さな範囲の超火力がほしい。魔力を収束させるようにコントロールして……。よし、こんなものか。
「今、この忌々しい鎖から解き放ってやるからな」
優しくウサギちゃんに告げると鎖に手をかざした。
だが、魔法を放つ直前ウサギちゃんがその手を掴むみ、そして追いすがるように乞うた。
「こ、壊しちゃ……。ダメなのです……!」
「ええっ!?」
なぜだ? なぜ拒絶する? いや、考えるな。ならば、枝の方を壊せばいいだけの話だ。
「【放て】!」
言葉と共に高密度に収束された魔力が、不可視の衝撃波となって枝を破壊する。
おっと。反動を極力抑えたつもりだったが、手を滑らせて落下してしまった。
まあ、飛び立つから良いのだが。
「ひやあああああ!?」
ウサギちゃんは良くないらしい。安堵からの更なる危機で、変な悲鳴をあげてしまった。早く安心させてあげよう。
俺はウサギちゃんを気持ち強めに抱き締めると、両の翼を広げて空を捕らえた。
「とっ、とっ、飛んでるのです!?」
「うん。空を飛んでる。俺は空を飛べるんだ。とは言え、それしか能が無いんだけどね」
それより詳しい経緯を聞き出したい。ところが俺は半裸だ。
絵面が危険だ。首輪を掛けられた兎の少女と半裸の男。拐っているようにしか見えないだろう。とにもかくにも服を着よう。
一度大きく旋回すると、元いた崖の上に戻り服を着た。
さて、助けたは良いがどうすれば良いんだ。迷子として届けようにもお巡りさんとかいないぞ。まずは話を聞きたいところだ。
聞きたいところだが……。
首輪に鎖にブカブカでぼろっちいワンピース。
うーん……。これって、どこから来てなにがあったのか聞いていいの? ロクでもない所から必死に逃げてきた様に見えるけど。
俺が悶々として対応を考えているとウサギちゃんの方から声を掛けてきた。
「あの、ありがとうございました。助かったのです」
ペコペコと頭を下げるたび、お耳も頭を下げる。そんな姿が愛らしい。
「ん、ああ。当然の事をしただけだよ」
そう、当然の事をしただけだ。女の子がピンチなら誰だって助けに入るさ。だから礼などいらないのだ。
「当然の事!? あれを当然と言えるのは、とてもすごい人なのです! ん……。すごい人?」
なにやらウサギちゃんは、顔をぐっと近づけてじっと俺の顔を見詰める。
これはお礼のキスとかもらえる感じだったりするんだろうか。前世の日本とは違うんだ。 お礼にキスなんてあってもおかしくはない。
更に近づくウサギちゃんのお顔。
奴隷にもかかわらず、褐色のお肌はシミも吹き出物もなく、すべすべしてそうで思わず触れたくなる。それになんだか甘いお菓子の様な匂いがする。
いや、いかん。ダメだぞう。俺はヘンタイじゃあない。お礼でも女の子とキスはダメだ。
そう思って距離を取ろうとした。
すると、ウサギちゃんはなにかを思い付いたかのようにハッとして、人差し指で文字通り俺をズビシっと指差す。
そして、期待のこもったキラキラした瞳でのたまった。
「ラビのご主人さまを見付けたのです!」
キスじゃなかった。ホッとしたような、ガッカリしたような。ん? ご主人さま?
「まてまて、俺は君を知らないぞ?」
「ラビも知らないのです。でも、ラビは選ばれしブラウンラビッ種で、召し使いたちにすごい人のところへエスコートしてもらっていたところだったのです」
「うん……?」
知らないって……。これは俺を誰かと勘違いしているのか? それに召し使いのいる奴隷とはなんなんなんだ。なんだか、話がおかしいぞ?
しかし、ラビは元気いっぱいで力説を続ける。
「奴隷になればお腹いっぱい食べられて、綺麗な服を着て、いっぱい気持ち良いことしてもらえるって聞いたのです!」
騙されとる! 甘い言葉で騙されとる! 異世界は鬼ばかりかよ。
そんな言葉で騙してラビを奴隷にしたのか。
これは本当にどうにかしなきゃならんだろう。でもどうにかするったって……。このまま離れたところまで連れて解放するか?
いや、解放したところでどうなるというのか。また捕まって売り飛ばされるか、魔物のお腹に収まるのが精々だ。
それなのに放り出すのは助けたとは言わないだろう。
城なしで面倒を見るか? 俺にそんな責任能力はあるんだろうか。犬猫飼うのとわけが違うぞ。
そんな俺の気持ちは露知れず、ラビは更なる追い討ちを掛けてくる。
「お願いします! ラビをご主人さまの奴隷にしてください!」
ラビはそうは言うと一切の迷いなく、そして真摯な眼差しで俺を見詰める。
めまいがした。この子を野に放ったら絶対ダメ。明日には別のご主人さまを見付けてついてっちゃう。
なかなか返事が返ってこないので不安になったのかラビは耳を力なく垂らして返事を催促してきた。
「ダメなのです?」
もう、俺がなんとかするしかない!
「ダメじゃない。でも、奴隷は良くないな。せめて家族、娘に……」
「奴隷じゃダメなのです?」
瞳を震わせて上目使いに見られたら耐えられん。そんなに奴隷がいいのか。
前世は幼稚園時代に、先生が人の嫌がる事はしちゃダメだと言われた事がある。それが女の子なら尚更だと。
俺もそう思う。
つまり逆手にとれば、女の子が望むのであれば、奴隷にでもなんでもしてあげなさいと言うことなんだろう。
「よし、じゃあ、ラビは今日から俺の奴隷だ!」
「はー。ありがとうございます。これでラビは奴隷になれたのです!」
感嘆のため息までついて本当に嬉しそうだ。
俺がお腹いっぱい食べさせてあげよう。
綺麗な服を着せてあげよう。
いっぱい気持ち良いことしてあげよう。
大切にたくさん愛でてあげよう。
それにラビの奴隷に対する捉え方の問題で、家族と変わらん接し方をすれば良いのだ。まあ、今はまっずい魔物の肉しか無いが。
「しかし、なんでまたラビは崖から落ちたんだ?」
「崖に綺麗なお花が咲いていたのです!」
ラビの頭にもお花が咲いてそうだ。つまりそのお花を取ろうとして滑り落ちたと。こりゃ目を離したら危ないな。
「あのお花なのです!」
ラビが俺を花のところまで案内してくれた。
あの青い花か。アサガオみたいだな。いや、アサガオにしては葉っぱがデカイし花が少ないな。それにつるも太い。
んー? これはもしかして……。
「ご、ご主人さま! 身を乗り出したら危ないのです!」
「大丈夫。ラビのご主人さまは崖から落ちても死なないよ。この高さならとてつもなく痛いで済む」
「ふええええ!?」
驚いちゃってまあ。
「それより、この花。いや、この植物はな──」
俺は家庭菜園をしていた事がある。とはいえ土地を借りてやるわけではなく実家の庭でだ。ニートにとって園芸は割とメジャーな趣味で結構な人気をかもしていた。
だからと言って農家になりたいニートは皆無だったが。まあそんなわけで俺はこの植物を知っている。
「俺の予想が正しければこれは芋だ。甘くてホクホクして美味しいぞ?」
「食べられるのです?」
ん? この土地で生まれ育ったなら、俺より詳しそうなもんだが……。過去は聞くわけにはいかんし詮索するのも悪いな。
そう思い、黙々と芋掘る。
「よし、掘れた」
「紅くてまるまるした根っこなのです!」
これはさつま芋。非常に強力な植物だ。枯れた土地でも過酷な環境でも育つ。この世界に薩摩は無いだろうからさつま芋はおかしいか。
スイートポテト? ダサいし、別の食べ物想像するわ。さつま芋でよい。
ふむ、ラビと出会い、さつま芋も手に入った。これは思わぬ収穫だな。
「ところで、俺が水浴びをしている最中、ウサギの耳を見かけたんだが、あれはラビだったのか?」
「へへっ。翼が綺麗だっなって見とれてしまったのです……」
目を細め、ちょこっと照れ臭そうに答えるそれは今だかつて俺が人に向けられたことのない笑顔だった。