四十三話 しあわせの四葉を探した
数日後。
「あっ! ご主人さま! お豆にお花が咲いているのです!」
「花が咲いてからまた少し時間が掛かるけど、この調子なら順調だね」
「小さな花ね……」
何時もの様に水やりをしているとそんな小さな成長を見付けた。
「さて水やりも終ったし、今日も地上に降りようか」
「私は残るわ……」
「ん。そうか。じゃあ、留守を頼むよ」
気分が乗らないなら仕方がない。それに今はちょっとした懸念があるから、ツバーシャは外にでないほうが良い。
城なしが街の上空から動いてくれないのだ。
どうしてしまったんだろう。かなり大きな街だから、街の人がここの存在に気が付いてしまうかも知れない。
ツバーシャはでかいし、空を飛んでいるところを見られると監視されたりしそうだ。地上で待ち伏せて討伐とかあるかもしれん。
街には大きくて立派な城もあるし、立派な軍隊もいるだろうさ。
ん? 大きくて立派な城? そう言えば城なしは城を欲しそうにしていたな……。
まさか、城なしは城に見とれているのか!?
「ご主人さまが、また何か考え事をしているのです」
「私が行かないと言ったのが気にさわったかしら……」
「いや、城なしについて考えていたんだ。ツバーシャは目立つから、残った方が良さそうだ」
「そう……」
ガッカリしたかな? 実は頼りにされたいとかだったかな?
でもないわ。
表面には出ないけど、繋いだ手から安心した感じが伝わってきた。むしろ、ちょっと嬉しそうだ。どうどうと引きこもれる理由がついたからか。
「まあ、どうしても地上に降りたくなったら、ツバーシャを抱き抱えて降りるよ」
人のままなら騒ぎになるまい。
「遠慮しておくわ。今日は私が火を吹きながら空を飛んで、あらゆる生き物が私にひれ伏す所を想像して楽しむの……」
「変な趣味に目覚めてた!」
ツバーシャなら、実際に出来ちゃいそうだから困る。そう言うのは内向的でいいな。
「そろそろ、地上に降りよう。しかし、シノはどこに行ったんだろう?」
「探してくるのです!」
言うが早い。そして、駆けていったと思ったら、すぐに帰ってきた。
「おシノちゃん、今日は一日中日向ぼっこしたいからお休みしたいて言っていたのです」
「シノがそんな事を?」
「こうすれば、ラビが今日主さまとずっと二人きりになれるのじゃって、言ってたのです!」
ああ、うん。気を使ってくれたんだな。ラビはご主人さま独占率が低下してどうにかしようと躍起だったし。
たまにはそう言うのも良いだろう。
「それじゃあ、二人で行ってみようか」
そんなこんなで空に飛び立った。
もしかしたら、城なしが動いているかなあ。何て思ったけど全然動いてないな。見つかる訳にはいかないから、遠くまで行かないといけない。
ずっとこのままだと面倒だ。
「ご主人さま。翼の調子は良いのです?」
「ああ、思ったより鈍っていないよ。これなら問題ない」
「ラビはツバーシャちゃんよりご主人さまの方が安心するのです」
おや、嬉しいことを言ってくれる。
「俺も自分で空を飛ぶ方が落ち着くわ。でも。ツバーシャには内緒だよ? 傷ついちゃうからね」
「分かったのです」
ツバーシャのスピード感や迫力は悪くないんだが、自分で飛ぶ方が良い。そうでなきゃ、空を飛びたいなんて願わないさ。
さてどこに降りようか。
ご主人さまを独占したいと思ってくれるのだ。少しサービスしてあげようか。ラビはお花が好きだよな。あの花の咲く丘の辺りに降りてみよう。
シートを敷いて弁当でも広げれば、ピクニックが出来そうな、そんな低めの丘に俺たちは降りた。
飛び立てそうなところまではやや遠いが、今日はこれで良い。
「丸っこくて、可愛いお花なのです!」
「シロツメクサかな。ラビ、このお花の周りには三枚の葉っぱが生えているだろう? たまーに、四枚の葉っぱのやつがあるんだ」
「はー。四枚の葉っぱのやつは何なのです?」
「四つ葉のクローバーといって見付けられると幸せになれるらしいぞ」
「凄いのです! 絶対に見付けるのです!」
見付からなくとも、それを探すこの瞬間がもう既に幸せなんじゃないだろうか。
おおう。ぞわぞわと鳥肌が。キザな考えは性に合わないな。
それにしてもシロツメクサか。家畜の餌になるし、刈り取って土に埋めて置けば肥料になる。芝がわりに植える人もいたっけな。
これも強烈に根付いて根絶するのが大変だから嫌いな人は嫌いな一品だ。生前ウチの庭でアスパラガスとシロツメクサが死闘を繰り広げてたわ。
おや。
ラビより先に四つ葉のクローバーを見付けてしまった。こっそり、隠しておいてラビが見付けられなければ出してやろう。
俺はそっと四つ葉のクローバーをウエストポーチの中に放った。
「ご主人さまー! でっかい四つ葉のクローバー見付けたのです! でっかいしあわせなのですー!?」
不要な心配だったようだ。
ラビが俺の手を引きぐいぐいと引っ張り、近くの林に向かって歩いていく。
しかし、でっかい? いや、肥えた土地だとやたらとでかいクローバーが出来た事があったけな。多分それだろう。
「ギザギザした歯が生えてて、今にも噛みつかれそうなのです!」
「そんなクローバーはないよ!?」
「あれ? これは違うのです?」
そもそも歯の生えた植物などあるものか。
なんて思ったりしたのだが、ラビの指差す先には歯の生えた植物が鎮座していた。
あったのか歯の生えた植物。何か本当に触ると噛みつかれそうだな。しかし、何だっけな? このギザギザした歯には見覚えがある。
確か──。
「ご主人さま、この葉っぱよくみると表面にヒラヒラした細いのが生えているのです」
「ヒラヒラ細いの? あ……!」
食虫植物だ! 四つ葉の食虫植物何て知らんから気が付かなった。しかし、このサイズはヤバイ。
「つんつんしたら食べられてしまいそうなのです」
「いかん、本当に食われるぞ!」
「えっ?」
ぴとっ。
「お、おう。触っちゃったか。食虫植物ってのは二回触らなければ大丈夫。でも、二回目は不味い。その手を直ぐに放すんだ」
食中植物が葉を閉じるにはかなりのエネルギーを必要とする。虫まで食べてエネルギーにしようと言うのに落ち葉や雨に反応すると、食べる意味が無くなってしまう。
そうならないように、表面にある小さな突起に触れないと閉じないようになっているのだ。
まあ、そんな仕組みがあっても、好奇心旺盛だった若かりしころの俺は、つつきまわして枯らせたが。
ぷーん。ぷぷーん。
いかんハエだ! あれがもう一度表面に生えたヒラヒラに触れたら、多分ラビのお手てが食われてしまう!
ラビは鈍いから間に合わん。
やるしかない。今こそ三日でやめた柔道部の実力を見せるときだ!
俺はラビの腕を手を取り背負い上げる。
「一本背負いぜよおおおお!」
「ひえええええ!」
バクンッ……!
ふう、危ない危ない。なんとかラビのお手てを守ることが出来た。虫対策に食虫植物育てた事があって良かった。
しかし、デカいな。ラビも一口で収まりそうだ。多分これも魔物の類いだなんだろうな。ここまでの大きさになるともはや食肉植物。食物連鎖が逆転するわ。
「ラビ。怪我はないかい?」
「大丈夫なのです。お腹に巻いたタマゴも無事なのです」
「そうか。あんまり変なモノにさわっちゃあ、ダメだよ?」
一本背負いでよかった。巴投げならタマゴ割れてた。しかし、せっかくの空気がぶち壊しだな。
「投げてすまなかったな。お詫びと言っては何なんだが……。ほらっ」
「あっ、四つ葉のクローバーなのです!」
「うん。多分良いことあるぞ」
「はー」
キラキラした目で見とる。
不思議だよなあ。俺も四つ葉のクローバーを初めて探したときはラビみたいに感動したもんだ。なんで、感動したんだろう。
きっとこれがロマンとか言うやつなんだろうな。
なんて、センチメンタルな事を俺が考えていると。
ぱくっ。
ラビが四つ葉のクローバーを口にいれた。
「えっ? 食べちゃうの!?」
「ふふっ。ほっといたら枯れてしまうけど、食べれば一つになって、ずっとしあわせなのです」
「そ、そうだな」
そんな考え方もあるのかなあ。
でも、危ない発想だ。
ご主人さまも食べてしまえば良いのですとか言い出さないことを祈る。
そしてその帰り。
ふと、城なしの真下にある街の様子に目を惹かれた。
「やっぱりこの国はそれなりに栄えているな。この高さを飛んでいても建物が見えると言うのはけっこうなもんだ」
「はー。こんなにたくさんすごい建物をつくれる何て信じられないのです」
「そうだなあ。俺にも出来ないわ。ラビはもっと近くで見たいかい?」
「ここから眺めるだけで十分なのです! ラビは人がたくさんいるところはお耳がうるさくなるから嫌なのです」
ああ、耳が良いからか。でも助かったな。人混みは持病の発作を起こすから「街に行ってみたいのです!」と、言われたら覚悟を決める必要がある。
「あっ、ご主人さま。何か飛んでるのです」
「うん? 鳥かな……。にしては不自然だな。整列して動きに統率があるような感じだ」
「じーっと、よく見ても小さ過ぎて見えないのです」
遠すぎてありんこみたいだもんな。でも魔物が街を襲っている訳ではなさそうだ。
ふむそうだな。街がもし魔物に襲われているのを見付けたらどうしよう。
助けちゃったりしたら、チヤホヤされたりするんだろうか。
「ご主人さま何を考えているのです?」
「んー。ラビはさ。あの街が魔物に襲われていたらどうする?」
「ご主人さまなら、魔物が“ひゃくおくまんびき”いても楽勝なのです!」
ラビは真っ先に俺だのみか! しかも、多すぎるだろう。俺は真っ先に逃げを選択するわ。
それに“ひゃくおくまんびき”も魔物がいたらほっとけば酸欠で自滅しそうだ。
しかし、そうだなあ。
継続した戦闘能力が無いから相手の数次第だし、そもそも、あの街にも軍隊がいるだろう。軍隊がどうにもならんなら俺にもどうにもならんな。
でも、こう言う妄想は好きだ。俺もツバーシャの事を言えないな。
そんな阿呆な事を考えながら城なしに戻った。
そろそろ、良い時間だ。夕飯にしよう。
はて、夕飯は何にするか。バナナはもう食べ尽くしてしまったし、毎日芋と鍋ばかりでは芸がない。
「めんどくさくて、先のばしにしていた鮭のタマゴを加工してイクラにしようかな。ほっといたら、生まれてしまう」
なんて思い立ったのだが。
「ラビはたくさん増えた方が嬉しいのです」
「わぁも、鮭がたくさん食べられた方がうれしいのじゃ」
「ボクも食べるより増やして欲しいかな」
「私はそんなのどうでもいい……」
おおう。不人気だしやめちゃおうかな。面倒だしそれでもいいや。
「イクラ美味しいけど、米が無いしなあ。イクラだけモシャモシャ食うのは辛い。でも、イクラ美味しいんだけどなあ。イクラ美味しいんだけどなあ。イクラ美味しいんだけどなあ……」
「そ、そんなに美味しいのです?」
「見た目は美しく、食感はぷちぷちとろーり。味も濃厚かな」
ゴクリッ。
おや、ラビが食べたそうだ。まあ、言ってて俺も食べたくなってきたし、作ろうかな。
「メスの鮭はまだまだ大量にいるし、一匹ぐらい食べても大丈夫さ。タマゴも一匹から大量に取れるし」
「それもそうかのう。ならば、わぁは鮭を持ってくるのじゃ」
「ラビはかまどの準備をするのです!」
乗り気になってくれたか。しかし、随分とお手伝いもこなれてきたな。いや、もうお手伝い何て言い方は失礼なのかな?
もう二人とも自分達で生活を支えているんだ。
「私は何をすればいいのかしら……?」
「おっ、ツバーシャも何かしたいのか?」
「別に……。やっぱりいいわ……」
いかん失敗した。
問いかける感じじゃなくて自然に役割を振ってあげるべきだったか。諦めよう。引きこもりは、ここで押すのをもっとも嫌うはずだ。
俺自身にもそんな時期があった。引きこもりは何かしようという気になるまで放って置いてやるに限る。
「鮭を持って来たのじゃ。わぁが捌いた方が良いかのう?」
「ああ、頼む。イクラだけじゃ辛いから、メインは鍋にしよう。そのつもりで捌いて欲しい」
「かまどの用意が出来たのです!」
「お湯を沸かすのは大変だろうから、俺がやる。ラビは囲炉裏の方にも炭を入れておくれ」
あまり熱くしすぎると失敗するんだよな。生前沸騰させたお湯で作って真っ白になってしまった。しかし、温度が低いと寄生虫が心配だ。
「このタマゴをそこに入れればよいのかのう?」
「うん。でも待って、塩を先にいれないと……。こんなもんかな。よし、塩を入れたしタマゴを入れていいぞ」
イクラは高かったんだよなあ。ひと手間掛かってるから、仕方がないと言えば仕方がないんだが。
そんな訳で生前はイクラではなく、加工前のタマゴ、つまり、筋子を買って来てイクラにして食ってた。
何でか筋子はやたら安かったし。
「このまま放っておけば完成かのう?」
「いや、箸でグリグリしてほぐすんだ」
「ラビがやるのです!」
「じゃあ、任せる。丁寧にやるんだよ?」
赤黒かったタマゴがオレンジ色になって美味しそうだ。ちょっとオレンジ通り越して白くなってきたがこれでよい。
冷ませば綺麗になる。
根気のいる作業だけど頑張っておくれ。
「ほ、ほぐし尽くしたのです」
「量が量だから、ちょっと大変だったね。後は布でお湯だけ捨てて熱を飛ばせば完成だ。あっ皮は取り除いてね」
冷ましている間に鍋の方にも取り掛かる。
そして、鍋が完成する頃には熱も飛んで食べられる様になったので、囲炉裏を囲んで頂くことにした。
「んー。ぷちぷちして堪らないのです!」
「悪くないわ……」
「うむ。しかし、確かにこれだけだと辛いのう。米が欲しいのじゃ」
ああ。懐かしい味だ。最後に食べたのは何時だったか。 あまりイクラは食えなかったからなあ。
それにしてもシノの言う通りやはり米が欲しい。米も順調に育ってはいる。だいぶ伸びてきたから水を張ったし米が食べられる日も遠くない。
しかし悲しいかな、米が食べられる頃には、鮭のタマゴがとれなくなる。
残念だがイクラとごはんを一緒に食べられる日はまだ遠い。
いつかは手巻き寿司とかやりたいな。ちょっと難易度高そうだけど。
でもきっと。みんなでやったら楽しいだろうな。
「ん? どうしたパタパタ。なんだか難しい顔になってるぞ?」
「んー。イクラが小さすぎて噛めないんだ」
ああ、なるほど。
デカいとそんな事もあるんだな。




