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四話 城なしにおいていかれた

「ふふっ、君は城なし、ボクはパタパタ……」


 これからの生活を憂いる俺をよそに、パタパタは伏せをしながら、顔を足に乗せてニヤけながらぶつぶつと呟いている。


 嬉しそうだな。だが不気味だ。別の意味でこれからの生活が不安になってくるわ。


 しかし、それよりもだ。


 ここで、暮らすとなると日よけぐらいは欲しいところだ。それに夜になれば冷え込むかも知れない。ならばなんとか寝床を確保したい。


 そう考えて、なにか無いかと辺りを見回すも、相変わらずむき出しの岩肌しかない。


「なあパタパタ。ここには昔、人がいたんだろう? なら、どうして廃墟や瓦礫が無いんだ?」 


「わぁっ! 名前呼んでくれた! 名前呼んでくれた!」


「ちょっ、のし掛かったら、潰れるっ!」


 よほど嬉しかったのか、胸に飛び込んで押し倒してきた。でもって、胸に鼻っ面をぐりぐりと押し付けてくる。


 やっぱりその辺のワンコと変わらないな。凄まじくデカくて重たいぐらいだ。しかし、こんだけじゃれつかれたら、撫でてやりたくなるもんで。


「そーらそーら、撫でてやろうか。うりゃうりゃうりゃっ……!」


「ひやああああ!? 撫でられた! 嬉しい嬉しい嬉しい!」


「うわっ、なんて声だしおる!」


 少し前まで捻くれていたのに、甘ったれになりおってからに。


「へへ。こんなの一体どれぐらいぶりなのかな!?」


「うっ……」


 すっげぇ嬉しそうに、すっげぇ重ったい言葉を吐きよる。幾千幾万年ぶりか。そりゃ、犬らしからかぬ奇声をあげて喜びもするわ。人間が好きだとも言っていたしな。


 どれ、もちっと撫でてやるか……。


「ふー。満足。ボクもう死んでもいいや」


「おいおい。大げさだな。これからは毎日撫でてやるさ」


「エヘヘ。あっ、ところで、なにか聞かれた気がしたけどなんの話?」


 ああ、そうだ。なにか聞こうとしたんだが、なんだったけっか。


「むう思い出せん」


「あっ、夜はここ結構冷え込むけど大丈夫?」


「ああ、それだよそれ。ちょっと地上降りて寝床の材料でも集めてくるわ」


 あれ? 何か違うような……? まあいいか。


「なら早くしないとね。空が赤くなってるよ」


「うおっ、こうしちゃおれんな。ちょっと行ってすぐ戻ってくる!」


「あっ……。うん。気を付けてね」


 パタパタはハッとして、瞳を揺らしながら気遣う。


「あー。しょげるな、しょげるな。俺はお前を忘れてほかしたりしないよ」


「ん……。見てるからっ!」


「お、おう」


 最後の言葉がなんだか怖い。そういや、見えるとか言ってたな。どんなんだか知らんがスキルかなんかだろう。


 そうやって適当に納得すると、尾を引き追いすがる様な視線から逃れる様に俺は空へと舞った。


 そして、直ぐに旋回すると、まずは、城なしが乗ってる雲の回りをぐるぐると回り形を覚えた。


 こうしておかないと、どの雲だかわからなくなる。

 それじゃあ急降下ってヤツをやってみるか。ちょいと不安だが時間が惜しい。


 俺は体を傾けると頭から落下した。登りは辛いが降りは最速。両手を広げた程度だった島が瞬く間に大きくなっていく。


 さて、どこに降りようか。俺の体は羽ばたいて飛び上がるように出来ちゃいないからな。崖から飛び降りて勢いつけなきゃならん。


 よし、あそこにするか。


 島の中ほどにある山。その一端をゴリゴリ削って出来たような崖の上に目星をつけると、一度ツバメのように切り返し、速度を殺してから降りたった。


 崖の上からは海が見える。海は陽に染まり、美しくも夜の危険を予感させる。そして、どこからか動物や魔物鳴き声が上がり不安を誘う。


 何だか怖くなってきた。早く用を済ませて帰ろう。


 色々拾って帰りたいところだが、寝床は手頃な枝と枝を縛れそうなツルがあれば良い。


 急いでそれらをかき集め、次々とウエストポーチに突っ込む。


 マジックアイテムのウエストポーチなので、見た目よりずっと多くの物を入れる事が出来る。仲間たちと一緒にダンジョンを冒険したときに手に入れた物だ。


 もっとも、戦いの際は前に出てもっぱら囮や壁役していたので、ウエストポーチが壊れるのを見越していくらでも手に入る魔物の肉と少しのアイテムしか入っていない。


 あっ、そうだよ。肉があるんだ。焼くのにかまども必要になる。手頃な石も持っていこう。


 そうやって必要最小限の材料を集めると再び空を飛んだ。


 だが、城なしへと向かうところで問題が起きた。飛んでも飛んでも城なしとの距離が縮まらないのだ。


「うーん」


 これはどういうことだ? 最初に城なしを見付けたときはこんな事はなかったのに。というか、その辺に浮かんでる雲にすら追いつけん。


 そりゃ、城なしも雲も空を飛んで移動しているけど俺のが速く飛べるはずだ。


 計算してみるか。


 俺が時速60キロメートル、城なしが時速50キロメートル、城なしとの距離が10キロメートルと仮定しよう。


 問題。

 翼くんは時速60キロメートルで空を飛び、10キロメートル先に浮かぶ、時速50キロメートルで移動している城なしを追いかけています。

 この時、翼くんが城なしに追い付くにはどれだけの時間がかかるのか答えなさい。


 こんな感じか? 懐かしい。文章問題は苦手だったけなあ。なんで問題ごときが命令系で指図してくるのかとシャクだった。


 ともかく、解いてみるか。子供の頃の俺とは違うのだよ。子供の頃の俺とは……。あれ? まったく解き方がわからんぞ?


 バカな。進歩していないだと? あるいは退化、衰え……。認めん。異世界では計算など必要が無いんだ。だから、これは進化だ。


 しかし、目をつむれば思い浮かぶ通知表。


『もう少し頑張りましょう』


 余計なお世話だよ……。


 まあ多分一時間で差し引き10キロメートルの差が出来るから、一時間もあれば追い付くんだろう。


 もう一時間は飛んでるけどな。おかげで辺りは真っ暗だ。月明かりがなければ城なしを見失ってる。


 答えを出しても解決しないじゃないか。


 おっといかん高度と速度が落ちている。下から吹き上げる風、上昇気流を探さないと……。おっ、あったあった。しかし、ちと進路から反れるな。


 旋回して……。


「ああ! これか!」


 問題の翼くんは直進していたが、現実の俺は蛇行していた。だからなかなか距離が縮まらなかったのだ。


 そんなのどうにもならないぞ。少しでも近付いていると信じてこのまま飛ぶか? いやいやいや。現実的じゃあない。


 いっそ、諦めて……。


『へへ。こんなの一体どれぐらいぶりなのかな!?』


 さっきの島に引き返す……。


『ん……。見てるからっ!』


 なんて選択肢は存在しないわな。


 くそっ。なんで出会って一日も満たないのに、どうしてあの毛むくじゃらはこんなにも。


 こんなにも俺を惑わせる!


 覚悟を決め、体の奥からやってくる熱い衝動を翼に乗せて、俺は城なしへ向かって突き進んだ。


 それから、辺りが明るくなり始め、太陽が顔を出す頃にはなんとか、城なしとの距離を三分の一程度にまで縮めることができた。


 しかし。


「あ、あぁ……。目の前がボヤけてる……」


 体力の限界なんてとうに超え、寒さと息苦しさで息も絶え絶え。さらには同じ姿勢を続けて体はガチガチ翼の付け根もなんか痛い。


 下海だし落ちたら死ぬよなあ。


 体の構造からどうしても水に入ると翼が水面に浮かぶ。翼が浮けば他は沈む。だから、顔は水中に突っ込んだままになる。


 うむ。確実に死ぬな。運良く漂流とかならんわあ。


 惰性で飛び続けるも、精神にも限界が来ているようで、暗い未来しか浮かんでこない。


「せめて、もう少しパタパタを撫でてやれば良かったなあ……。ん?」


 そんな言葉を図らずも漏らすと、城なしとの距離がぐっと近付いた気がした。


 城なしが速度を落とした?


 今までの途方もない追いかけっこが嘘だったかの様に、みるみる城なしとの距離が近づいた。


 しかし足りない。


「ツバサ! あと少しだよ! 頑張って!」


 俺を見付けたパタパタが、身を乗り出して声を掛けてきた。


 わかってる。でも無理なんだ。


「ツバサ? どうしたの?」


 応えられない。


「ねえ! なんで下を向いて黙ったままなのさ!?」


 顔も見たくない。でも、最後ぐらいちゃんとしないとダメか。


 俺は決意してパタパタと視線を交わし、つとめて微笑みながら口を開いた。


「すまん……。届かないんだ……」


 そう、城なしの地面は見上げた先にあり、距離が縮まったところでたどり着けない。


 今はもう、体を傾けただけで落ちかねない。だから上昇気流を拾って戻ることなど不可能だ。


「バカー! ダメそうならそう言ってよ!」


 俺を叱責すると、躊躇ためらわずにパタパタは跳んだ。


「なっ……! 飛び降りただと!? そんなことをしたらお前まで……!」


「あのね!? ひとがボクの期待に応えてくれるなら……!」


 叫びながら獲物を獲んとする大狼のごとく俺に向かって飛びこんでくる。


「ボク……。いや、オオカミだって……!」


 そして、大口開けると。


「空を飛んでみせるんだ!」


 俺の横っ腹に食らい付いた。


 それから俺は信じられない光景を目にした。パタパタは俺もろとも姿勢を変えず、また、落下する事もなく、物理法則を無視して後退したのだ。


 少なくとも俺の目にはそう映った。


「お前……、魔法が使えたのか?」


「使えないよ?」


「ならスキルか?」


「ううん。ボクは飼い慣らされたワンコだから……」


 飼い慣らされたワンコがなんだって言うんだ。


 俺の困惑をよそにパタパタは城なしの底面にたどり着いた後ろ足を曲げ、それを渾身の力で蹴りあげる。


「飼い犬は鎖で繋ぐよね? 逃げないように。ボクも繋がれているんだ」


 その姿は獲物を得た大狼が、それを見せつけんと空を駆け宙を舞い、誇るが如く。


「見えない鎖で城なしにね!」


 そして、俺たちは城なしの上に投げ出された。


 格好つけおってからに。しかし、見えない鎖。そんなモノでパタパタは縛り付けてられていたのか。そして、それを利用して振り子に見立て振り上げたと。


 そんな方法で窮地を脱っするとは……。


「ふー。たすかったね!」


「ああ、ほんとに助かったよ。ありがとう」


「へへっ、ツバサはボクが救った最初の人間だ。羽付いてるけどね。やっと役目を果たせたよ!」


 そう言って笑うパタパタは、とても誇らしげに見えた。



 それから少し休むと──。


「ねえ、こんなの作らなくても、ボクが横たわる君の上に四つ足立ちすれば良くないかな?」


「名付けてワンコテージ。多分それ落ち着かない」


「じゃあそのまま君の上にのって掛け布団になる!」


「おいおいおい。お前牛より重いんだぞ? 寝苦しいわ。あと暑苦しい」


「わー。ひっどーい」


 俺たちは早速寝床を作っていた。パタパタが俺の体をねぎらって手伝ってくれている。


「ここはこんな感じでいいの?」


「ああ、ちゃんと縛れてる。そしたら、次はこの枝を立て掛けていくんだ」


「はーい」


 俺が指示して、毛むくじゃらが二本の前足で、ちゃくちゃくと簡易テントを組み上げる。


「いや、おかしいから! なんでお前そんなに器用なの? ふつう、ワンコのお手伝いって、口でくわえてやるだろ」


「えー……。口でやるの? よだれついちゃっても知らないよ?」


 不服そうな声をあげるも、足を使うのをやめて口だけで作業を進めていく。


 いや、これもおかしいだろう……。


 ともあれ簡素だが十二分に機能を果たすテントが完成した。それは、二本の柱に一本枝を渡し、そこにたくさん枝を立て掛けただけのモノだ。


 仲間と森をさ迷っていた時は宿なんて無かったので大抵はダンジョンの入り口に寝泊まりするか、これをこしらえた。


 森には魔物がたくさんいた。いつ遭遇していつ戦闘になるかわからない。 そして、どこが戦場になるのかもわからない。


 立派なテント建てても、そこが戦場になったら壊されてしまう。なにより、夜襲を受けてもこれならむしろ、テントをはね除けて対応できるので都合が良かった。


 それにしても……。


「なあお前、やっぱり中に人が入ってない?」


 完成して細かな部分まで調節しているコイツをみると、そんな風に思えて仕方ない。


「えっ!? 人間を食べたことなんてないし、絶対に食べようだなんて思わないよ?」


「腹のなかに入ってないかって意味じゃないわ!」


 それにお前との出会いは、俺が食われるところから始まったぞ。人間を食べようとしてたじゃないか。


 なんて、突っ込みを入れようとするも、体力の限界にあるようで、座っているにも関わらず、立ちくらみに襲われる。


「うっ……。ちょっとしんどいな。さっそく寝るか」


「ねえねえ、床がゴツゴツして君には寝づらいんじゃない?」


「上着を敷いて、ウエストポーチを枕にするさ」


「寒くなーい?」


「そんなに心配しなくても俺には自前の掛け布団があるから大丈夫だよ。ほらっ……」


 言いながら翼を振って見せた。というか、もう朝だから寒さの心配は無いんだが。


「ふーん?」


 むう。相変わらずわかりやすいやつだなあ。


「そんなに一緒に寝たいのか?」


「うん!」


 あっ、聞き方悪かったか。これ“一緒に寝る?”と、勘違いしてるわ。しっぽ、ぶんぶんしてるもん。


 まあ、助けてもらったし、それぐらいはいいか。


「今日だけだし、寝苦しかったらテントで寝るからな?」


「うんうん!」


 仕方のないやつだ。


 パタパタは寝ころがると、「この辺この辺」と言わんばかりに鼻で腹を指し示す。


「ノミは……。いないみたいだな」


「えー。なんでそう言うこと言うのー?」


「痒くなったら嫌だからな」


 嘘だ。なんだか照れ臭いからなんて言えるか。


 パタパタの腹に背をかけると、ずっぽりと埋もれた。


 思ったより身が少なくて深い。


「どう? 悪くないでしょ?」


「ああ、悪くないな。こんなフカフカしたベッドは久しぶりだ」


「へへー。誉められた!」


 果たして本当に誉め言葉なんだろうか。それにしても──。


「なあパタパタ、さっき城なしが速度を落としてくれたよな? もしかして、これで城なしと少しは仲良くなれたのか?」


「うーん。どうだろね。“なんか飛んでる! なんだこれ? ちょっと近づいて見てみようかな”ぐらいなんじゃないかな?」


「そ、その程度なのか?」


 結構いい線行ってて、もしかしたら仲間のところへ戻るかと期待したんだがまだまだか。


「僕が語りかけても答えてはくれなくなったから、その程度でも妬けちゃうけどね!」


「そうか……」


 それは……。むう……。ダメだ眠い。もう頭働かない。何て返したら良いのか分からん。寝よう。


 俺は渦に飲まれるように深い眠りへといざなわれた。

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