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二十三話 みんなでお耳を掃除して

 のっぴきならない事態と言うことで、ラビとシノを抱えて逃げたはいいが、このまま飛び続けるのはやはりしんどく、とても疲れるのでシノには猫の姿に戻ってもらった。


「にゃーん」


 しかし、このまま城なしに戻るのは不安だな。小動物には、極寒の上空を突き進むのは辛いだろう。また、凍えてしまうかも知れない。


 それに酸素も薄いし辛いだろう。


「どうしたもんかなあ……」


「わぁなら大丈夫にゃのじゃ。その辺の猫と一緒にするでない」


「しかし……」


 シノは大丈夫と言い張るが、不安は晴れない。


 可能な限り出来ることはしてやりたいな。何かシノを苦しませない為のアイディアはないものか。


 そんな事を考えて頭を悩ませていると、ラビが声を上げた。


「ご主人さま! ラビは思い付いたのです!」


「うん? なにを思い付いたんだい?」


「むっふっふー。おシノちゃんが、アイスになってしまうのが不安なら、おシノちゃんをココにしまえば良いのです!」


 なにやらラビは自信満々の様子で、ウエストポーチをバシバシと叩いて見せる。

 

 マジックアイテムにシノをしまう、だと? 確かにシノの体なら、ここに収まるし、この中なら寒さも息苦しさも感じる事なく、入れた時の状態が維持される。


 実際タコとかナマコとか生きたまま突っ込んでも、なんの問題も無く取り出せたしな。


「なるほど、確かにそれは名案だ。よし、シノ、すまんがしばらくこの中に入っていておくれ」


「い、いや、待つのじゃ! わ、わぁは嫌じゃ。そんな所に入りとうない」


「おシノちゃん。ワガママはするとご主人さまが困ってしまうのです」


 いやいや、二人とも素直で良い子だから多少のワガママは大歓迎だ。らしくて良いじゃないか。だが、嫌がる理由ぐらいは知っておきたいところだ。


「それならそれで良いんだが、何だってそこまで嫌がるんだ?」 


「嫌で無い者がおるわけ無いのじゃ。中に入れば時は止まり、忘れられれば死んだも同然なのじゃ」


「あー。そう言うことね」


 そりゃ、おっかないわ。


「それにその魔法の道具はな、日出国では妖怪退治の道具としても使われておる」


「これをか? とてもそうは思えないんだが」


「なに、難しい話ではない。妖怪を捕まえてポンと放り込むだけなのじゃ」


 なーるほど。妖怪はやたらしぶとくて、執念深そうだもんな。これに突っ込んで封印するのか。よく考えついたもんだ。


 そんな使われ方をしている道具にそりゃあ入りたくはないわ。シノも妖怪だし。


「それに、暖をとるだけなら道具は要らないのじゃ」


 そう言ってシノは俺の腕から逃れると、腕を伝って首もとから服の中に入ってきた。ちょっとくすぐったい。


「俺で暖まるより、胸のあるラビの方が、温かくていいんじゃないか?」


「ラビはぺったんこじゃ。主さまとかわらん。でも、主さまには翼があるしのう」


「あっ、ちょっと、服のなかで動いたらくすぐったいって……」


 シノは胸元から、ワキを抜け、翼と翼の間に収まった。


「まあ、これなら寒くは無いか」


「ふう。落ち着くのじゃ」


 どうやら、気に入って、ご機嫌の様子だ。猫は狭くて体がちょうど収まるところが好きなんだっけか。


「ぺっ、ぺったんこ……。ラビのお胸はぺったんこ……。むう。おシノちゃんも変わらないのにぺったんこ言われたのです……」


 そんなシノとは対照的に、ラビはシノの言葉がショックだったらしく、何やらぶつぶつと呟いている。


「わぁは、化けて胸を自在に盛れるからラビとは違うのじゃ」


「むむむ……」


 おっとラビがむくれてしまった。どうせまだ成長の余地なんていくらでもあるだろうに。とはいえ、気にしてしまうか。


 えーっと確か、胸を大きくするには、揉めば良いんだったかな。


 そんな、曖昧な知識を思いだし、ラビに伝えようとするも、直前で思い直す。


 待てよ? これをラビに伝えてしまったら「さすがご主人さま物知りなのです。それじゃあご主人さま! 城なしに戻ったら早速、ラビの胸を揉んで欲しいのです!」などと言い出すんじゃなかろうか?


 いかんいかん。そんなのはダメだ。ここは、黙ってそっとしておこう。


 そう、考えたのだが。


「あっ、そうじゃ! ラビよ。胸は揉むと大きくなるそうじゃぞ?」


「ちょっ、シノ!?」


「さすがおシノちゃん! 物知りなのです。それじゃあご主人さま! 城なしに戻ったら早速、ラビの胸を揉んで欲しいのです!」


 おおう。回避したはずのトラップを、わざわざ拾って足元に設置するような真似をしおってからに。仕方がないなあ……。


「あー。それは残念だなあ。ご主人さまは、胸の小さい女の子の方が好みだし、素敵だと思うんだけどなあ。そっかあ。ラビはおっきくしたいのかあ」


「ちっ、ちっちゃい方が素敵なのです?」


「そりゃあ、そうさ。胸の大きな女性は世に溢れているけれど、ちっちゃいのは子どもの間だけ。なんたって稀少価値が違う!」


「き、キショウカチが違うのです!? なんだか、このままで良い気がしてきたのです!」


「そうだろう、そうだろう」


 やれやれ、納得してくれたか。


「にゃんと! 主さまは幼女趣味であったか」


 そう言うだろうと思ったわ。だが、これ以上この話題を続けられたか叶わんから、黙って幼女趣味のレッテルを頂戴しておこう。


 そんなやり取りをしながらも、俺たちは空を進み城なしへとたどり着く。そして、城なしに着けばパタパタが迎えにやって来る。


「ツバサお帰り! 大変だったね。ぐるぐる回って地上に落ちていくんだもん。心配したんだよ?」


「ああ、見てたのか。あれぐらいなら心配はいらないさ」


「うむ。主さまは不思議なほど丈夫じゃのう」


 おや。シノには俺の体の事を話していなかったか。


「あ、シノも大変な事になってたね。あんまりな姿だったから、ボク途中から見ていられなかったよ」


「ヨダレだばだば、目はあさってで、とても酷い顔になっていたのです」


「わ、わぁは、そんなに酷かったのか!? な、なんたる不覚……」


 ラビもパタパタも容赦ないな。そんなに言ってやりなさんな。よし、ここは、俺が主さまらしくシノにフォローを入れてやろう。


「まあ、そこまで酷くは無かったさ。ちょっと酔っ払った様な感じになっただけだ。落ち込む程じゃあない」


「あああ。慰めの言葉が染みるのじゃあー……!」


 あらら。逆効果だったか。顔を真っ赤にして地面を転げ回り始めてしまった。


「す、すまん悪かった。庭に植えようと持ってきたけど、全部処分するよ」


 サルナシは廃棄して無かったことにしよう。そして、全てを忘れよう。それが、一番の慰めになるだろう。


 そう考えたのだが。


「まてまて、それはそれ、これはこれ、捨ててしまう何てとんでも無いのじゃ」


「またでろでろになるのです?」


「せ、節度をもって楽しめば大丈夫だと思うのじゃが」


 気に入ったのか。娯楽はまだ少ないし、こっそり、ちょっぴり使うぐらいならよかろう。ネコなら普通だし。


 ん? そうだよ。


「なあ、人じゃなくてネコの姿で楽しめば、でろでろになっても気にならないんじゃあないか?」


「おおっ! それは名案じゃ。次からはそうさせてもらうのじゃ」


 そんなこんなで、サルナシ事件に決着は付いたので、ひとまずマイホームで休む事にした。


 そして、マイホームに向かえば、行きには無かった屋根がのっているのが見えた。


「みんなが出掛けている間に城なしが屋根を作ってくれたよ」


「何かモコモコしてて、とげとげしてて、不思議な屋根なのです」


「これは、かやぶき屋根じゃな」


「おお、囲炉裏には、かやぶきだよな。石だけど」


 そりゃ、石が足りなくなるわけだわ。石で、かやぶき屋根作るとはなあ。だが、これで安心出来る。明日からは海に出るから、石を拾ってこれない。


 間に合って良かった。


「あっ、おうちに池が出来ているのです」


「縁側の下に池を這わせるとは風流じゃな。わぁが捕まえたヤマメも泳いでおる」


「こう来たか!」


 庭にちょこんとあっただけの池が、まるで風情溢れる日本庭園に化けた。


 結局、水源からトイレまで繋がったけど、魚が流れていかないように工夫されているし。実は城なし俺より賢かったりするのか? いや、ズレてるけどさ。


 しかし、これは都合が良い。シイタケ増やすのに湿っぽい場所ほしかった。シイタケの原木は縁の下に置いておこう。


 今生えているのは全部むしって晩めしだ。


「おっきくて、醜いのです……」


「スンスン……。うん。毒はない。これは食べても大丈夫だよ」


「シイタケか。ちと育ちすぎじゃのう」


「まあ、山のなかにひっそり生えていたやつだからね。次はこんなんなる前にむしってやればいい」


 シイタケ、昆布、ヤマメで鍋。なんて、心引かれる料理を思い付いたが、ヤマメは増やしたい。


 海の魚は蛍光色で、キラキラ色鮮やかだ。食いたくはない。あれは、観賞用よな。すずめを鍋にするのは論外だし、今は我慢しよう。


「塩ふって串焼きにして頂こうか。出来るまで遊んでていいよ」


「ラビはお手伝いするのです!」


「わぁは串を作るかのう」


 何て良い子達何だろう。進んでお手伝いするなんて! しかし、聞き分けの無いクソガキも割りと好きなので少し寂しい。


 もう少し子供らしくワガママで自由に生きておくれ。


 前世の世界と違って、空の上に隔離された世界だ。誰かの迷惑考える必要もない。でも、『マジきもいんですけどー?』とか言うような子に育ったら切腹する。


「じゃあ、以前のボロ住居をばらして薪や串にしておくれ。もうあれは必要ないからね」


「分かったのです」


「任せるのじゃ」


「えー。せっかく建て直したのにー」


 パタパタは不満そうだ。しかし、あんなボロをいつまでも残しておいても仕方がないので、リサイクルする。


 囲炉裏を使ってみたいところだが、テントの残骸を燃やす必要がある。細かい枝や葉っぱばかりだから、囲炉裏は不向きかな。


 よし、それじゃあ、俺はこのお化けシイタケを切り分けますかね。シイタケ洗って棒をとって切るだけ。簡単なことのはずなんだが、厚さがまばらになってしまった。


 結構ながく料理していたんだが、美しく切る技術は進歩しなかったなあ。


「ほい、串ができたのじゃ」


「器用なもんだな。流石忍者か。あっ、耳掻き作れる?」


「に、忍者に耳掻き求めるのかのう。わぁは、ふびんすぎるのじゃなかろうか」


 とかなんとか言いながら、シノは耳掻きを作り始めた。それはそれとして、串が出来たから後は刺して焼くだけだ。


「かまどの準備が出来たのです」


「スタイリッシュ着火!」


 しかし、シイタケのみの串焼きでも、それなりの代物に見えるもんだ。


「ご主人さま、まだなのです?」


「もう、いいかな。シノ、耳掻きはあとで良いからご飯にしよう」


「ん。今良いとこなんじゃが致し方ないのう」


 既に耳掻きの部分は既に出来ていて、耳掻きのおしりの装飾に凝っていたようだ。


 短刀一つでよくやる。

 と言うか最初はぶつぶつと物申していたのにノリノリじゃないか。


「さあ、お食べ」


「くにゅくにゅしていて肉厚でおいひいのれふ」


「まごうことなきシイタケじゃな! 塩も良いが、醤油が欲しくなるのじゃ」


 ああ。それを言ってしまうのか。やっぱり、醤油が欲しくなるよなあ。


「しょうゆってなあに?」


「赤くて、しょっぱい調味料だよ。なあシノ、醤油作れるか?」


「む、無理なのじゃ」


「だよなあ。大豆は目処がたつけどそこから先がなあ」


 さっぱり分からん。


 味噌も、豆腐もつくってみたいところだが、知識が足りない。醤油はともかく、味噌は手前味噌などと言うぐらいだから、自作出来そうな気もするのだが。


 そんな食事を終えると、シノの作った耳掻きを使って耳掻きをする事にした。


「まだ出来ていないんじゃがのう」


「使ってみて具合を確めていこう。あ、ひとり一本は欲しいから、あと二本作ってよ」


「やれやれ、仕方がないのう」


 やはり、ぶつぶつと言いながらもノリノリで、枝を削り始めた。


 工作するのが好きなのだろうか。忍者だけにな。


「ミミカキとは何なのです?」


「耳掻きを知らないとは凄い事になってそうなのじゃ」


「おいで、ラビから耳掻きしてやろう」


 ラビの頭を膝にのせる。目と目が合う。


「ご主人さまあ?」


 ウサギ獣人だからね。耳が前向いてるからこうなるわな。しかし、膝枕が気に入ったのか。甘っころい声を出しおって。


「この棒を耳に突っ込むから動くんじゃあないぞ?」


「ぼ、棒を耳に突っ込むのです!?」


 耳掻きの存在を知らずに育てばそりゃ怖いか。ぷるぷる震えとる。優しくしてあげなくてはいかんな。にしてもやはり汚れている。


 構造的欠陥だろうか。人の耳なら、自然に外にこぼれ落ちるのだが、この耳ではなあ。


「ぼぼぼぼぼって凄い音がするのです!」


「ちょっとの間だから我慢しようね。それコリコリコリー」


「ひあああああ」


 たんまりとれた。


 しかし、知らせずにそっと処分するのが優しさよ。


「よし、次はシノだな」


「わぁは、人間とは違うでな。耳垢は貯まらないのじゃ」


「なんて便利な」


 いやしかし、ネコになったりするしな。耳垢どこいくのって話だわな。どこにいくんだろう……。


「今度はラビがご主人さまの耳掻きをするのです!」


「えっ、お、俺は良いよ」


「ラビ、障子の時みたいにぷすっとしてはいかんぞ? 取り返しがつかなくなるのじゃ」


 それが怖い。ぷすっとされそうで怖い。


「優しくするので大丈夫なのです。それにご主人さまは凄いから多分ぷすっとしてもへっちゃらなのです」


「そ、それはどうだろうな」


 試したい気もするのだが、ダメだった時は大惨事だ。


 しかし、ラビは耳掻きをすると言って引いてはくれない。


 ああ、去らば俺の鼓膜ちゃん……。

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