二話 その上さらに寝過ごして
城なしは、殺風景なところだった。城があればしっくりくるのだが、中心がフジ壷の様に盛り上り、中に水が貯まっているぐらいで他には何もない。
広さは結構なもので、自分の体を定規がわりに直径を測ってみれば、200人の俺を縦に並べた長さだった。
地面はほぼ円形なので、半径×半径×およそ3して俺30000人の面積だ。
俺はいったい何をしているのだと、疑問を感じたがそれもつかの間の話。
うっ……。何だか目の前がキラキラする。貧血? いかん。疲れたのに阿呆なことして体力失いすぎたんだ。ぐぐぐ……。もう、立ってられん。
俺はその場に倒れこみ、そのまま眠ってしまう。
そして。
ああ……。やってしまった。身体中が痛いし、ダルい。喉も乾いた。特に喉の痛みとダルさが酷い。
太陽の下、延々と陽の光に晒されていた俺は、眠りから覚醒しつつあるも、更に体力を失ってしまった為朦朧とする事になる。
起きて水飲まなきゃ、干からびて死ぬ。幸い水は城なしにある。開け、俺のまぶた。
「ガブガブ……。ムムっ。この魔物いくら噛んでも牙が通らないぞ。仕方ない、引きずって地上に落っことそうかな」
なんとか気合いを入れてまぶたをこじ開けると、白く巨大な獣が俺の喉に食らい付いているではないか。
「ぐっ、魔物がいたのか……! そんなの見当たらなかったのに……。と言うか魔物が喋ってるだと!?」
「うわっ。目をさました! しかも喋ったぞ!? こんなの気持ち悪くて食べられないよ!」
「「えっ!?」」
なんだこれは。なんで魔物が驚いているんだ。目を丸くしてポカンとした姿は、魔物どころか動物にすら見えない。
「しかし、この犬っころみたいな姿。そしてイヤらしい……。いや、エロさを感じさえするその瞳はオオカミの魔物か」
「ボク魔物じゃないからね? 人畜無害なワンコだから。それに、エロさを感じる瞳って……。そんなの魔物に言われるなんて夢にも思わなかったよ!」
「俺だって魔物じゃないわ。どっからどうみても翼が生えただけの人間だろう?」
「羽の生えた人間なんて、見たことも聞いたこともない。ここから人間が生まれてから眠りゆく様をずっと何度も見て来たんだ。君の方こそ魔物だよ!」
そういって、器用にも人差し指を俺に向けてビシッと指し向けた。
ぐっ。どうみてもコイツの方が魔物なのに……。だが、たしかに他に俺の様な姿をした人間なんていないな。断言できるしこれは確実だ。
何故ならこの体は転生する時にオーダーメイドしている。
「まあ、落ち着いてくれ。ほっ、ほら。長い間地上の様子を見て来たんだろう? 喋る魔物なんて見たことあるのか?」
「見えても声まで聞こえる訳じゃないから分からないよ」
「じゃあ、狂暴性はどうだ? 俺は知的で理性的で魔物っぽくはないだろう?」
「どうだろう。しまりのない顔で、いつもエロい事を考えてそう」
さっきの仕返しか。そのギョロりと上目遣いにこっちみるお前のが絶対エロいし。
まあ、それは良い。
「それよりどうする? 俺はお前が魔物とは思えないから、争うつもりはないぞ? 一応魔法が使えるから今の状況もひっくり返せる」
これはハッタリ。魔法が使えたところで、どうにかなる相手ではないのはこれだけの会話をこなすだけの知能があることから明らかだ。
何とかして戦いを避けなければヤられるのは俺だ。
「うーん。ボクも戦意は削げちゃったんだけど、ここを守るのが使命だから、そう簡単には信じてあげられないんだよね」
「誠意を見せろって事か。あっ、魔物の肉なら持ってるぞ?」
「食べ物で釣ろうだなんて! 悪くは無いけど魔物のお肉は汚れそうだから嫌」
「悪くはないのか! ん? 汚れそう? じゃあ何で俺を食おうとしたんだ?」
「真っ先に思い付いたからだよ。それに殺すなら食べないと倫理に反すると思うんだ」
「倫理って……。ずいぶんと野性味の無いオオカミだな」
「だから最初に言ったじゃないか。人畜無害なワンコだって。ボクは人に飼い慣らされた誇りなきオオカミなんだ。誇りの無いオオカミなんて、そんなのもうワンコだよね?」
自虐なんだろうか? でも首を持ち上げ、胸を張って、俺を見下ろす様子はどこか誇らしげだ。
「人に飼い慣らされるのが好きなのか?」
「ソレ、なんだかボクが変なヤツみたいに聞こえるよね。せめて人間が好きなのかって言って欲しい……」
「まあ、それはいいから。どうするか早く決めておくれよ。うっかり眠り込んでしまったから喉が乾いて辛いんだ」
「ムムムっ。じゃあそうだね。三回まわってワンって言ったら放してあげるよ」
あっ、コイツはやっぱりイヤらしいわ。言葉とイヤらしい瞳がぴったり合う。しっかり報復でワンコにワンコさせらるとは。
まあ、そんなんで済むならいくらでもやってやるけどな。
三回まわって……。
クルクルクル。
あっ、鳴き声はポメラニアンチックにいってみようか。
「キャンキャン! ヘッヘッヘッヘッ……」
「ほっ、本気でワンコしてる! 君には誇りがないの!?」
「いやお前がそれを言うの? 誇りなんてモノは他人に期待され、応え続ける努力をし、結果を出しているヤツが持てばいいんだよ」
誇りで喉の乾きは潤わない。
「わかったよ。君は魔物じゃない。こんなおかしな魔物はいないと思うんだ。そのしょうもなさもまた人間だよね……」
眉間にシワよせ軽蔑の瞳を向けられるも、解放はされたので水場に走った。
「ぐっ、げほっげほっ。喉に引っ掛かる感じで入ってかない」
「慌てて飲むからだよ。ゆっくり飲めば?」
なんだか言葉にトゲが。
でも肉球でバシバシと背中を叩いてくれた。
「ふう……。潤ったー!」
「それは良かったね」
「うむ。じゃあ帰るわ。またな」
「ええっ!? もう帰っちゃうの?」
あれ、何で名残惜しそうなんだ? 自分でも怪しいと思うし、さっさといなくなった方がありがたそうなもんだ。
「仲間が森にいる。はぐれてしまったんだ。探して合流しないといけない」
森は広い。だから、仲間を探すのは難しいし、時間も掛かる。それでも探さないわけにはいかない。仲間も心配して探しているはずだから。
俺は仲間との再会を果たす必要がある。
「そうなんだ。でも……!」
「すまんな。これだけは譲れないんだ。もしかしたら仲間が狼煙を上げてくれているかも知れないし」
と言うか、慌てて高度を上げたのは失敗だった。移動せず、その場でぐるぐる飛んで狼煙が上がるのを待つだけで良かった気がしてならない。
「うん。仲間は大切だと思うしボクもそうするべきだと思うよ? でもね……」
「もしかして寂しいのか? 人間に飼い慣らされたいぐらいだもんな。そうだ。仲間を見付けたらここに連れてくるよ。魔物っぽいヤツもいるけど今度は襲わないでおくれよ?」
「寂しいし、人間も好きだけど……」
「そんな不安な顔をしなくても戻ってくるよ。だから、待ってて……」
「もうっ! ボクの話を聞いてってば!」
なんだか痺れを切らした感じでそう叫ぶと、俺のみぞおちに頭突きをくれてきた。
「ぐふっ……。何をする……?」
「あのね。この島は空を飛んでいるの! しかも、かなりの速さでね? 君が眠りこけてどのぐらいの時間が経ったと思う?」
「日が傾いているな……。そんなに経ってたのか。夜が来そうだ」
なら、尚のこと早く地上に戻らないと。夜になったら狼煙は見えなくなってしまう。
「そう。もうすぐ夜だ。君はこれを聞いて直ぐにでも地上に降りたくて焦っていると思う。だから、結論から言うよ? 落ち着いて聞いて欲しい」
「わっ、わかった」
まっすぐ俺の目を見て真剣に訴えるものだから、思わずたじろいでしまう。
元ニートなので視線に弱い。
「いいかい? 君は仲間のところへは戻れない」
「なっ!? 急げばまだ仲間と合流出来るはずだ!」
「もう既に森を過ぎて海をわたり、今は別の島にいるよ」
「何を言ってるんだ? 俺の仲間がか? そんなのはムリだ」
あり得ない。こんな短時間であの出口の見えない森を抜けるなんて不可能だ。いくら優れた仲間でもそんな手段は持ち得ていない。
ましてや海を越えるなんてのは絶対にあり得ない。
「ボクは言ったよ。この島はかなりの速さで飛んでいるって」
「あっ、まさか……」
「そう。移動したのは君の仲間じゃない……」
そういって目をつむり、一呼吸置いてから再び目を開くとはっきりと俺の胸の奥まで届きそうな声色で言い放つ。
「君なんだ!」
その事実を理解したとき頭が真っ白になり、口を閉じるのも忘れて、しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。