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十九話 皆で温泉に入って温まり

 温泉は湯が流れる小さな川に支流を作り、池にしたような形をしている。その不自然さから、誰かが、ここを見つけたときに手を加えたように見受けられる。


 折角なのでこのまま恩恵に預からせてもらおう。これに浸ればちょっとは俺の翼も綺麗になるはず。ちょうど城なしに石を運んだから汗もかいている。


 むふふ。楽しみで仕方がない。きっと気持ちが良いぞ。


「ご主人さま。良いものって何なのです? ラビはなんとしても石を集めなきゃいけないのです。邪魔をしては、ダメなのです」


 理由も告げずに連れてきたものだから、ラビはややご立腹。石集めにそこまで本気になるとは、ちょっと使命感を煽りすぎてしまったかも知れない。


「それにこの辺はなんだか、暑くてジメジメしててなんだか変な感じなのです」


「ラビよ。この池はのう、おんせ……」


「まあ良いから良いから! まずはこの池に手を突っ込んでみてよ」


 貴重な初めてだ。なんも知らん状態で体感して欲しい。だから、言葉を遮らせてもらった。


 すまんなシノ。


「んー。手を突っ込めば何かわかるのです? えいっ……!」


 パシャン……。


 ラビは特に警戒する事もなく、池に肘まで突っ込んだ。


 すると、冷たいと思った水が熱かったという、予想外の事態に、肘から順に、胴、頭、お耳の順に震わせ悲鳴をあげる。


「ぴっ……! な、な、な、なんなのです!? この池熱いのです! 煮えてるのです! ご主人さまはラビを茹でて食べるつもりなのです!?」


「まさか。これはラビを茹でて食べる為のものじゃあないよ。シノ、説明してあげてくれ」


「うむ。これは温泉といってのう。体の汚れを落とし、体の芯まで温め、病気や怪我に良いとされ、日出国にではとても人気な療養地なのじゃ」


「はー。それはなんだか、体に良さそうな気がするのです!」


 そうだろう、そうだろう。温泉は良いものだ。なかなか見られない反応を見られたし、これは良い思い出になる。


「天然の温泉なんて滅多に入れないぞ? でも、ちょっと熱いな。温度を下げるからまだ入っちゃあだめだよ」


 とは言え水がないからなあ。飲み水ぐらいはウエストポーチに入れてあるが足らんわな。あ、別に水で冷まさなくてもいいのか。


「ご主人さま、なぜ、お湯をせき止めて、池に石を放り込むのです?」


「ちょっと熱いから、こうする事で温度を調節してるんだ」


「ほうほう。主さまは知恵が回るのう。水がなければ、石で冷やすとはなかなか思い付ける事じゃないのじゃ」


 買いかぶりすぎる。大したことじゃあない。

 

『プロのニートであるなら節制は息を吐くように行えなければならない』


 これは偉大な先輩ニートの残した言葉である。俺はこの言葉に貫禄を受け、節制を心掛けていた。その一つに、風呂の水を冷めにくくするために河石を入れるというのがある。


 たが、沸かしたあとに入れてしまって、逆に温度を下げてしまった。


 そんな失敗を思い出しただけだ。


「ところでご主人さまは、なぜ目隠しをしているのです?」


「俺が昔住んでいた世界では、ラビやシノの体を見ると社会的に抹殺されて生きてはいけなくなるほどの大罪だったんだ」


「し、社会的に抹殺なのです?」


「照れ隠しかのう? 別に男女が同じ風呂に入るなんておかしいことはないじゃろうに」


 正直どうしたら良いのかわからんというのが、本心だ。しかし、男女が一緒に入ってもおかしくないと言う考えは不思議だな。


 いや、そうでもないか。昔は川ですっぽんぽんとかで泳いだりした記憶があるわ。変に意識させるような教育で、刷り込まれちまったのかもなあ。


 まあ、目隠ししても【風見鶏】で見えたりもするが、野暮な事はやめておこう。


「良いかラビよ。ラビは温泉は初めてじゃろう? わぁが入りかたを教えてやるでの。まずは、こうやって、かけ湯をじっくりしてから入るのじゃ」


「ああ、温泉の中でおしっこしたりはダメだよ?」


「分かったのです!」


 シノが先輩風吹かせて色々教えてやってくれるのでありがたい。


 ふぅ……。久し振りの風呂だ。体に染み渡る。やはり、風呂には入りたいな。決めた。城なしにも風呂を作ろう。


 ラビもすっごい、はしゃいでるし。


「ぶぉぶぉぶぉぶぉぶぉぶぉ……」


「これラビよ。ブクブクして遊んだらいかん……。いや、まあ良いかの。初めての風呂で説教ばかりするものでもないかのう」


「あっ! ラビに凄いモノを見せてやろう」


 ラビが温泉に顔突っ込んでブクブクしているのを見て、小さい頃、よくやっていた遊びを思い出した。


 布をラビの前に浮かべてと……。上手くいくかなあ。これをてるてる坊主のようにして、下に引っ張るのだが……。


 しゅわわわわ……。


「凄いのです! なんか出てきたのです! しゅわしゅわしてるのです!」


「不思議じゃなー。なんでしゅわしゅわするんじゃろなあ」


「さあ、何でだろうね」


 多分、布の繊維のすき間をデカイ空気が通るときに細かくされてしゅわしゅわするんだと思う。が、言っても分からんだろうし、不思議のままにした方が楽しかろう。


 興味深々で見詰めるラビとシノに布を出して遊ばせてあげた。


「さて、体も温まったし垢を落とそうか」


「ご主人さまの翼はおっきくて洗いにくそうなのです」


「そうじゃな。一人で洗うのは辛かろう。ラビよ。わぁと一緒に主さまを洗濯するのじゃ!」


「おおっ! それはありがたいな。一人じゃどうにもならないんだよコレ」


 いつも川に突っ込んでバシャバシャするだけの、ある意味正しいカラスの行水で済ませていた。手が回らないのでどうにもならないのだ。


 人が空を飛ぶとなると大きな翼が必要になるため仕方がないと諦めるしかない。


 ニオイが気になるしな。二人とも獣っ娘だし。鼻は良かろうて。


「遠目に見ると分からぬが、間近で見ると薄汚れているのう」


「付け根のとこ、こすってもこすっても垢が出てくるのです!」


「あっ、ちょっ、くすぐったい。いかん、思ったより翼は敏感だわ」


 翼の付け根の内側が、ワキよりも敏感でくすぐったい。


 いかん。失敗した。過剰に反応したせいでくすぐったいポイントがばれた。イタズラごころを刺激されたのか重点的に狙ってくる!

 

「あは、あっはっはっは! ま、まって、くすぐったくて死んでしまう!」


「いつもたっぷり、くすぐってくれるお詫びなのです! ほぉら、ここがイイのです? ここがたまらんのです?」


 俺の口マネかよ。ありだな。ちょっと不自然な感じが凄く良い。


「ラビは、主さまの良いツボを見つけたようじゃのう。しかし、同じことをしても芸がないのう。そうじゃ! 翼の先っちょのところを攻めてみるかのう。そりゃ、こちょこちょこちょ」


「ひぁ!?」


「はー。ご主人さま、女の子見たいな声をあげちゃってるのです!」


 おのれ、好き勝手やってくれる。このままやられっぱなしで終わると思うなよ? しばらく、くすぐられ続け、ラビとシノが飽きたところで反撃を決行した。


「よーし、二人のお陰できれいになったわ! お返しに二人の髪を洗ってやろう。そりゃ、わしわしわしわしー!」


「ひあああああ! またそうやって乱暴にするのですー!?」


「あああっ! わぁの髪は繊細なのじゃ、荒っぽくしたらだめなのじゃあ!」


 なんてじゃれあいもほどほどに、キチンと体を洗う運びになった。


 今度は普通に背中を流してもらった。


 これだよこれ。俺はこれをやって欲しかった。女の子に背中を流して貰う。なかなか、叶うものじゃあない。


「あー。いいわあ。こう言うの憧れてたんだわあ」


「ジジ臭いのう。別に父の背中を娘が流すようなことはあたりまえに行われておるのじゃ」


 なんだと!? 異世界すばらしいな。日出国最高じゃないか。


「キレイになってさっぱりしたのです。あっ、おシノちゃん耳が出ちゃってるのです」


「にゃんと。いかんのう。つい、気が緩むと耳が出てしまうのじゃ」


「出したままでいいんじゃないか? 別にもう見られても困らないし、気を張っていると疲れるだろう」


「ぬ? それもそうなのじゃ」


 さて、たっぷり温泉を楽しんだあとは、冷たいバナナジュースでシメる。ウエストポーチの中は温度も保持されるのだ。


「くっはー。生き返るのですー」


「ふむ。こう言うのも悪くないのう。しかし、いたせりつくせり。これではどっちが主か分からんのう」


「どっちだっていいさ。ユルく生きよう」


 そんな主従関係なんてどうだっていい。俺は二人がしあわせならそれで良いのだ。


 しかし、こうやって、世界中の観光地を巡るのも良いかもしれないな。まずは仲間と再会だが、その後はそうやって、毎日を楽しんで生きて行こうか。


 そう、今日はまた一つ、城なしとの生活に楽しみが出来た。

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