十七話 シノの全てと打ち解けた
「見える!」
その後、城なしに着いた俺は真っ先に【風見鶏】による臨戦態勢をとった。
くっくっく。わかってる。わかっているさ。
今度もまたパタパタは「女の子を眠らせてナニするつもりなの?」とか言って襲い掛かってくるんだろう?
あるいは、シノの姿を見て「その子人間じゃない! そんなの城なしに置いては置けないよ」などと言い、やはり襲い掛かってくるのだ。
俺は学習した。そう何度も何度もどつかれてたまるか。華麗なステップでかわしてくれる。
「ツバサー!」
そら来た。全力疾走でこちらに向かってくる。さあ、いつでもかかって来い!
「ツバサお疲れ様! その子たちボクが運ぶよ!」
あれ? なにもしてこない……。だと……?
「ただいま。今度は襲いかかって来ないんだな」
「うん。今度は隅々まで見てたよ?」
「お。おう。そうか、見ていたのか」
相変わらず、ストーカーチックな物言いだ。
「シノは人じゃないんだが、ここに置いていいのか?」
「え? なんでそんなこと聞くの? シノはまものじゃないし、悪さもしない。だから酷いことしないよ? ボクも似たようなモノだし」
そうか。身構える必要は無かったか。なんだか拍子抜けしてしまった。
「まあでも、もう臭いとか言ってやるなよ?」
「うん!」
ラビとシノを運んでもらい、椅子で一休みする事にした。
「なかなか、目を覚まさないね」
「おいおい。あんまり顔を近づけるなよ? お前の顔のアップは心臓に悪い」
「えー?」
相変わらずパタパタは人懐っこいやつだ。
しかし、シノ。今日一日で目まぐるしく、色々な顔を見せてくれたもんだな。巫女に始まり、忍術使って、最後はネコに。
しかも、ただのネコじゃあない。ネコマタと来たもんだ。
鼻の先から尻尾の先まで真っ黒で、尻尾は三本ある。そして、その尻尾はシノの髪型と同じ三つ編みになっている。
「ふむ……。オシャレだな」
「えっ? わかる? 毛ヅヤがいいでしょう? えへへ。ボクこう見えて毎日毛繕いしているんだ。褒められて嬉しい!」
「そうか。そりゃ良かった」
だがお前じゃあない。
「ねえ、それより、この子たちずいぶん冷たくなってるよ? 温めなくていいの?」
「げっ、そりゃまずい!」
慌てて二人の体に触れてみると確かに冷えていた。
これはいったい……。気を失ったまま極寒の空を突き抜けて来たからか? しまった。これは、考えが足りなかったな。
慌てても仕方がない。とにかく二人の体を温めないと。
「パタパタ。ちょっとそこに伏せてくれ」
「はい伏せたよ。何するの?」
「お前の毛だまりで二人を温めてやって欲しい」
「えっ! いいの!?」
嬉しそうだな。目を輝かせおって。
「ただし、じっとして、顔を覗き込んだりするなよ?」
「うん!」
そうして、パタパタの一番暖かそうな、腹の辺りに二人を沈めると俺はかまどに向かう。そして、目を冷ましたら、直ぐに温かいものをとれる様にホットバナナジュースを作った。
このまま弱火に掛けておこうか。
そう考え、壺を火から少し離れた位置に移す。つまみひとつで火の強弱を調節できなくても、こうすることで、代用できるのだ。
パチパチ……。
かまどの火が音をたてて燃える。
ストーブがあれば良いんだが……。二人をここに連れてくるか? いや、パタパタの腹の方が寝心地は良いか。
パタパタを火に近づけると焦げそうだし。
「チュンチュン?」
すずめが、少し離れたところにおいた巣から顔を覗かせこちらを伺っていた。
「おや、お前たちそこにいたのか」
そう言えば、こいつらには焼いた石を布で包んであげたんだっけかな。よし、パタパタの体温だけじゃ足りないかも知れない、また用意しますか。
さっそく、焼いた石を布で包んだモノ。焼き石湯タンポを作り、二人に添えてやった。
「ふにゃあ……」
ふむ。やはり、猫は温かいのが好きか。とろけるような目をしおって。
「むふぅ……」
ラビも怖い思いをいっぱいさせたから、疲れちゃったかな。まあ、その内、目をさますだろう。
「どう? 二人は大丈夫そう?」
「ああ。これだけ、幸せそうな顔をしていれば大丈夫だろう」
「むー。見られないのが残念だなあ」
たしかにこれを見られないのは可愛そうだ。ちょっとぐらいなら……。いや待てよ? パタパタには離れていても俺たちの様子が見えるんだよな。
「パタパタのストーカー能力【見てるよ】で見ればいいじゃないか」
「な、なにそのジメジメした能力……。ボクストーカーじゃないし。でも、それは良い案だ。ふふふっ。早速覗いちゃおう」
やっぱり、ストーカーじゃないか。
「むっ。ムムム……。白い毛むくじゃらしか見えない。近すぎて調節がむずかしいなあ」
「まあ、頑張ってくれ。俺は今日の成果を植えてくる。二人が起きたらホットバナナジュースを用意したから……」
「うん。わかった! ツバサの代わりに二人に出しておくね! いってらっしゃい」
呼びに来てくれれば良いんだが。と言うか、ホットバナナジュースを二人に出せるんかい。そういや、テント組み立てていたっけか……。
なんだ構えて嬉しそうだし、パタパタに任せて見るか。
そして、俺は一人空き地へ向かう。
「チチ、チュンチュン」
あっ。お前ら食われるなよ? シノに近づいちゃあダメだぞ。
海に力を入れすぎたもので、よくよく考えれば結構なアンバランスな地形になっている城なし。そんな海のちょうど対面の空き地にやって来た。
ここを栗林にするのだ。
「ふむ。手抜きでいこうか」
なんて一人ごちて、ウエストポーチをひっくり返し、だばだばと辺りに土を振り撒く。
うーん、土はこんなものか。木の根は深く回りそうだから、ちょくちょく持ってきて増やさないとな。さて、次は木を植えるわけだが、ここで、未来を練り込もうと思う。
城なしには、陽をさえぎるモノがない。
だから、ここで、将来ひと休み出来るように、真ん中だけ木を植えずに、空き地にする。木が成長したら、ベンチやテーブルを置きたい。
午後の温かな一時をここで二人の女の子と過ごす。
すばらしいじゃないか!
その光景を想像するだけで思わず口が緩んでしまう。
「主さま。ちょっと話をしてもよいかのう?」
「うおおおお!? いつから背後に!? 流石忍者、足音も気配もない!」
「ニヤニヤしながら、木を植えていたところからじゃ」
こりゃ、恥ずかしいところを見られてしまった。シノの主さまとして、なんたる醜態! いや、それよりも。
「シノ。体におかしなところは無いか? 空の上がとてつもなく寒いのを忘れて、だいぶ体を冷やしてしまったんだが……」
「わぁなら、大丈夫なのじゃ。ああ、そうじゃ、ラビも元気にばななじゅーすをすすっておったぞ」
「そうか。それなら良かった」
ここは異世界。転生前の世界とは違うのだ。風邪でも驚異になりうる。大事なさそうで本当に良かった。
「それより九尾はどうなったのじゃ?」
「ああ、あれは……」
ふむ。うっかり、二人を凍えさせたうえ、シノにはニヤニヤしていたところまで見られた。ここはちょっと話を盛って威厳を取り戻そうか。
「はっはっはー。あんなヤツ楽勝でやっつけてやったぜ。シノの主さまは凄いんだぞ? べらぼうに凄いんだぞ?」
「なんと! き、九尾をやっつけてしまったじゃと!?」
「ああ、くるっと背後に回ってドーンだ……。あれ? やっつけたら不味かったか?」
何やら目を見開き大口開いて固まるシノ。
なんだろうこの驚き様は。雲行きが怪しくなってきた。実は仲間だったとか? いやあ、ないわあ。あのキツネの目は殺しに来てたわ。
「くるっと……? 神に最も近いと詠われた大妖怪をくるっと!?」
「あ、いや、すまん、格好を付けたくて少し話を盛った」
何だかとんでもない強さだと勘違いされそうなので、慎重に言葉を選んで詳しく説明した。
「なるほどのう。いや、くるっと背後に回ってどーんで大体あっとるし、盛らなくても大して変わらないのじゃ!」
「そ、そうか?」
「はあ。主さまは不思議な方なのじゃ。それだけの事をなし得たのに、おちゃらけて見せるしのう」
いつだって自分に正直に本気で生きているんだが。そもそも、自己紹介せずに襲ってきたキツネが悪いのだ。
だがそれよりも、シノの評価が高まりすぎている気がして怖い。
期待されても、主さまはそんなに強くないぞ。
そんな困惑する俺をよそに、シノは何やら一度目を閉じ、口をきゅっと結び、なにやら覚悟を決めたような真剣な顔つきで迫り、そして口を開いた。
「のう。主さまは、わぁが猫又でもよいのかのう?」
正体が人間にバレて、追いかけ回されたんだっけか。それが、トラウマになって不安なのか?
じっとシノを見やれば、瞳を揺らし、唇も震えている。
ああ、やってしまった。長いことニートしていたせいで、人と目を合わせたままでいるなんて、とてもじゃないが出来やしない。だが、俺にもわかる。
ここは、決して目を逸らしてはいけない場面だ。
ええい。仕方ない。これはやるっきゃないな! より大きなショックでトラウマを上書きする!
「前にも言ったじゃないか。そうかそうか、そんなに信じられないか。よーし、わかったぞお。行動で示してやろう。そりゃあ!」
「ああっ、そんにゃ明るいうちから頭ナデナデしたらダメなのじゃあ!」
あっ。猫耳生えてきた。油断すると出ちゃうのか?
だかやめない。
「んー! 主さま! それ以上は……」
「良いではないか! 良いではないか!」
尚も、しつようにナデ回すと、とうとう煙を立てて猫の姿にもどってしまった。
だがやめない!
むしろナデ回すチャンスだ。だんだん、シノの反応が良くなってくる。
「あっ、主さまあ。良いのにゃ。もっとナデナデしてほしいのじゃ」
「ここか? 顎の下をナデナデするのがええのんか?」
ごろごろ良い始めたか。これは勝ったな。とどめにもっと激しくナデてやろう。
「うりゃうりゃうりゃ」
「いいにゃ。いいにゃ。たまらんのじゃあ……」
とうとう、耐えられなくなったのか、そのまま呆けて、眠ってしまった。
ふぅ……。本気で愛ですぎてしまった。ちょっと疲れたな。
そんなわけで、少し休もうと、その場に腰をおろそうとするしたのだが。
「じぃーっ……」
ラビが咎めるような瞳で、じっと俺を見つめているではないか。
「ラビっ? いつからそこに?」
そんなラビと目が合う。な、なんだ? 俺は何か悪いことをしてしまったのか? と言うか、また目が離せないじゃないか。
辛いのだよこれ。
しかし、視線をそらす事を許してはくれない。
「じぃーっ……」
「あっ! ラビもか! ラビもナデて欲しいのか。 構わないさ! ほらおいで」
ラビは俺の前に背を向けてちょこんと座ると、耳をぱたぱたしながら待機する。 どうやら、ラビの心を察することが出来たようだ。
ねっぷりとシノをナデ回したので、ラビは趣向を変えて、ちょっぴりクールな大人さん頭ナデナデで攻めてみよう。
連戦はキツいが女の子に寂しい思いをさせて良いわけがないのだ!
「そらっ、ナーデナーデ……」
「ん、何だか少しだけお姉さんになった気分なのです」
「そうだろう。そうだろう。きっと、ラビは大人の階段を一つ登ったのさ」
女の子をちょっぴり大人にする。そんな魔法のようなナデナデなのだ。
「でも、ラビももっと構ってほしいのです! もっともっと構ってほしいのです……」
あれ? 物足りなかったのか? ああっ、これがヤキモチと言うヤツなのか! モジモジしちゃってカワイイじゃないか。
「任せろ! おりゃあああ。わしわしわしわしー!」
「ひあああああ。やさしく、やさしくしてほしいのですー!」
陽が傾くまでしこたまラビの頭をナデてやった。そして、夕食の準備に取り掛かろうかと言う頃。
「チ、チチ、チュン?」
「んなあああお!」
ひよこを見つけたシノは、突如荒ぶり、猫の姿でひよこと睨み合う。
いや、ひよこは睨んでないな……。何が起こるのか分からず、興味津々でシノを見とる。
いかん、これが、あったのを忘れていた。ひよこがシノの夕飯になってしまう。
「待つんだ、シノ。そのひよこは俺たちの仲間なんだ。食べちゃあだめだ」
「おシノちゃんの目が座ってるのです」
「まさか、わぁが、主さまのすずめを食べるわけがにゃいじゃろう。人馴れしすぎているから、教育をほどこしておるのじゃ」
嘘こけ! お目めまん丸に見開いて、腰をくねらせるそれは、ガチで狩るときのヤツじゃないか。
「そりゃあ!」
「おいー!? 本気で飛びかかったらいかん!」
「ひよこたち、早く逃げるのです!」
慌てて止めようとするも──。
バシッ!
それより早くシノの手がヒヨコに触れた。
舞うヒヨコ。訪れる静寂。そして、ヒヨコは城なしに落ち、転々と転がるばかり。
なんてことだ。やってしまったのか……。こんな時、俺はどうすれば良い? ラビに掛ける言葉も思い付かない。
「チチ? チチチチ? チュン」
転がったまま、微動だにしないひよこを心配そうに、残りの三匹が見守る。
とにかく、脈を……。ひよこの脈ってどこだよ。いや、落ち着け。胸でいいじゃないか。
動揺しつつも、そっと転がるひよこを拾い上げ、その胸に指をあて、耳を澄ます。
トクン……。
あっ、生きてるわ。ビックリして気を失っただけか。シノも本気じゃあなかったんだな。
ヒヨコの頭を小突いてやると、目を開いた。
「チ? チュン!」
「ふー。良かった。驚かしおってからに。ラビ、ひよこはなんとも……。ラビ?」
安心させようと声を描けようとするも、ラビは無表情で瞳を曇らせ鋭利な凶器を手にシノと相対しているではないか。
「す、すまぬ。ちょいとした出来心での……」
「……」
シノが弁解を図るが応じず、凶器を構えて、一歩、また一歩と距離を縮めていく。
ラビは本気で怒ると無口になるようだ。ほんわかした普段の雰囲気とはまったく違い、そのギャップが怖い。
なんにせよ止めなくては。
「ラビ。よせ、やめるんだ……!」
二人の間に割って入ろうと俺は駆けた。しかし、それよりも早く、凶器が振り上げられる。シノも負い目を感じてか、避ける気配を見せない。
くそっ。このままじゃシノが!
だがその時。
「チチチチ……」
奇跡が起きた。
今まで、ぴょこぴょこ跳ねるだけのひよこたちが空を飛んだのだ。
「えっ……? ひよこたち……。空を飛べるようになったのです!?」
どうやら、ラビも我に返ったようだ。これでひとまず安心か。ふう……。一時はどうなることかと思ったわ。
「巣立ちだな。ひよこも大人になったんだ」
「これが……。巣立ち。なのです?」
「そうだ。空を飛べるようになったし、もう、自分たちで危険を感じて逃げることも出来る。たがら、その、手に持った凶器。“いがぐり”を降ろすんだ」
「いがぐり? あれ? ラビはなんでこんなものを手に持っているのです!? いったいラビは何を……?」
どうやら、無意識でシノに迫っていたようだ。
超無我というやつか? 哲学者も驚きの心情の変化だ。しかし、ほんとうにいつの間にいがくりなんぞ手に入れ隠し持っていたことやら。
「シノ。冗談でも、もうひよこに酷いことはしちゃダメだぞ?」
「あ、ああ。もう、ひよこに酷いことは絶対にしない。すまなかったのじゃ」
さしものシノもラビの変化には驚いたようで腰を抜かしていた。
ごめんなさいして一件落着。でも、これでひよこに手を出すこともないだろうし良かったのかも知れないな。
「チュンチュン!」




