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十四話 崖から落ちた巫女を拾い

 仲間とはぐれ、城なしで暮らすようになってからひと月が過ぎたある日の朝。


「チ、チ、チュ、チン」


 マイハウスから漏れてこぼれる陽の光と、下手くそなヒヨコの鳴き声が俺を起こしに来る。ヒヨコはだいぶ成長し、それなりに鳴けるようになってきたが、まだまだだ。


 毛並みが生え揃ってきたけど、まだもっこもこのふわっふわで、とてつもなく可愛いのよな。多分世界で一番可愛い。


 すずめだとわかった時は驚きもしたが。


「チュ、チュ、チッ」


 俺を起こそうっていうのか? だが起きぬ。起きぬぞ。俺を起こして良いのは女の子だけなのだ。お前たちのさえずりなど子守唄に過ぎない。


 寝る。


「ぐぅ……」


「ご主人さま。朝なのです。起きるのです!」


「んあー……? ラビか……」


 むう……。ラビに起こされたのなら起きなきゃな。しかし、この起きなきゃなならんと思っている時の二度寝の誘惑。


 もうちょっと、もうちょっとと先伸ばしにしたくなる。


 たまらんのよなあコレ。ずっとこうしていたいな。ん? 別に誘惑に負けてしまっても良い気がする。誰かに責められるわけでもなし、俺は自由人だ。


「むう。やっぱりご主人さまは起きないのです。朝はいっつもなのです」


「うん。ツバサはいっつもだね。で、今日はどうやって起こすの?」


「パタパタ、ラビはどうやったら起きてもらえるのか考えたのです。こんなに朝は弱いご主人さまだけど、ごはんを食べた頃にはシャキッとしてる──」


 ほほう……。そんなところまで見ているもんなんだな。


「だから、ごはんを食べてもらえば目が覚めるのです!」


 これは、もしかしてラビがごはんを作ってくれる流れか? 女の子にごはんなんて作ってもらった事なんてないので、もしそうなら嬉しいな。


「さあ、ご主人さま食べるのです!」


 あれ? もう、ごはん出来ているのか? しかし、なにを作ったんだろう。ラビに料理なんて教えた覚えは無いが……。


 まあ、とにかく起きないとな。せっかくラビがごはんを作ってくれたのだ。寝てる場合じゃない。


 しかし、起きようとするも──。


「それえっ!」


 ズボッ。


 それより早く、ラビの元気なかけ声共に口の中に何かが詰め込まれた。


「もがっ。もごご……!?」


 ちょっと。「それえっ!」って、人にごはんを食べさせる時のかけ声じゃないよね! けっこう深くかまで押し込むからとても苦しい。


 それになんだこれは。表面がつるつるしていて味がない……。でも、バナナの香りがするような?


「ラビとくせい、皮ごとバナナなのです!」


 なるほど、剥く前のバナナか。あえて常に捨ててしまう部分を残す。その着眼点と発想、そして、その試みは悪くない。


 悪くないわけがない!


 バナナの皮を剥くレベルの調理すら放棄されたこれは、もはや料理ですらない。素材の味を大事にするなどという話ではなく、これは素材だ。


「ラビ。まっふぇっ、ふかひ、ふかひ」


「あ、もっと、たくさん、深く、深くなのです?」


「ひがっ。ごふっ」


 待ってだし、もっとじゃないし! 深くでもないし! たくさんはどこから出てきた!?


 しかし、ラビの行為を無下には出来ない。多分ラビはヒヨコにエサをやれなくて寂しいのだ。口にエサを突っ込んでやる必要が無いほど成長してしまったから。


 だから、俺は次々と詰め込まれる皮ごとバナナを何とかすべて平らげなけねばならない。


 うおおおお……。


 ゴックン。


「ご主人さま。目は覚めたのです?」


「ああ、バッチリだ。でも次からはバナナの皮を剥いておくれ。とても噛みづらい」


「ものぐさだね。ツバサが自分で起きられるようになればいいと思うよ」


 それは出来ない相談だな。ラビに起こしてもらうのも楽しみのひとつなのだ。自分で起きてしまうなんてもったいない。


「チュ? チ、チ、チュンチュン」


 ラビのお陰で目は覚めた。先ずは壺畑に水をやりにでも行くとしますか。


 まだまだ、明るくなりきっていないが、植物に水をやるのにはちょうど良い。真っ昼間にお水をあげると湯だってしまうんだそうな。


 だから、朝方か夕方にやるのがよろしい。


「壺畑が、いっぱい増えたのです!」


「城なしが毎日壺畑用の壺を作ってくれるからな」


「ふふっ。さつま芋の壺畑なんて、このまま城なしのまわりを一周しそうだね」


 そう、俺はこれがやりたかった。 高いところで育てて、上からずらーっと、さつま芋のツルを垂らしたいなと、前世の頃に考えていたものだ。


 緑のカーテンなんて、このさつま芋たちにくらべたら可愛すぎる代物よ。俺のは緑のオーロラになるのだ。


 きっと壮観になる。


「お芋楽しみなのです」


「そうだね。ツルも順調に伸びてきたから、あと三、四ヶ月もすれば採れるよ」


「ふーん。それなら一瞬だね」


 なわけあるか。三、四ヶ月が一瞬なのは、パタパタぐらいだろう。人類にはそれなりに先の事になる。 


「トマトは、一緒に並べないのです?」


「アレ嫌いだから雑で良いよ」 


「ふえええ!? ならなぜ楽しそうに植えてたのです!?」


 別にトマトを食べるのが嫌いなわけじゃあない。育てるのが嫌いなのだ。過去に何度か育てた事があるけれど、安定して収穫出来た試しがない。


 芋虫に喰われたり、天候不順であっさり枯れたり、実が破裂したり……。と、手間と苦労が掛かるので好きにはなれない。


 その点、さつま芋は素晴らしい。植えときゃ育つ。


「さあ、水やりも終わったし、地上の様子を見に行って見よう」


「わざわざ、毎回飛んで確認しなくてもボクが地上の様子を伝えてあげるのに」


「パタパタはわかってないのです。お空を飛んで、今日は海を抜けたかな? ってするのがいいのです!」


 なにやらラビには、そんなこだわりがあるらしい。


 まあ、毎日空飛んでないと、その内空を飛べなくなってしまうかも知れないしな。太ったり、筋力が落ちてしまうのは怖い。


 健康な老後の為にも飛ぶのが良かろう。


 そんなわけで、ラビと二人空を飛ぶ。


「ご主人さま。陸なのです! あと青くてでっかいお山があるのです!」


「ああ、久しぶりの陸だな……。青いお山は富士山だよ。ん……? バカな! なぜにマウントフジ!?」


「ら、ラビはおバカじゃないのです……」


「いや、ラビの話じゃないよ。お山の話だ」


 ちょっと控えめに抗議するラビが可愛い。


 いやいやいや。それどころではない。何故この世界に富士山があるのか。いや……。別に富士山とは限らないよな。


 俺が日本人だからこの山が富士山に見えたのだろう。


「はー。このお山がおバカなのです?」


「い、いや、そう言う意味で言ったんじゃ無いよ。俺のよく知る山に似ててな」


 富士山をバカにしてはいけない。


 しかし、瓜二つだな。この世界に日本、それに富士山がある可能性はないこともない。世界の真理を知るかつての仲間が、転生前のあの地球を参考にこの世界は創られたと言っていたし。


「むっ? 人がいるな。あんまり人前には出たくないんだが……」


「でも、ご主人さま。女の子が追いかけ回されているのです!」


「なんだと? 人前に出たくないとか言ってる場合じゃあない。助けるぞ!」


 女の子の為なら行かねばなるまい。


 ああ、本当だ。出合え出合えとか、言いそうな奴らに追われているわ。


 女の子の逃げる先には崖、その下は荒波。追い詰められるのは時間の問題だ。しかし、崖に出るなら都合が良い。颯爽と登場して助けたらすぐに離脱しよう。


「ラビ。急降下するぞ! しっかり捕まっているんだ!」


「ふぇっ!? ひ、ひゃあああああ!?」


 心の準備が追い付かなかったのか、ラビが悲鳴をあげる。


 そら怖いよな。ものっそい早さで、地上のあらゆるモノがでっかくなっていくもんな。だが、女の子の為だ。我慢しておくれ。


 地上の様子が鮮明に捉えられる頃には、予想通り、女の子が崖に追い詰められていた。


 よしよし、このまま割って入れば……。


 しかし、そこで予想外の事が起きる。


「ご主人さま! 女の子が飛び降りたのです!」


「げっ! いさぎよすぎるだろう!」


 慌てて進路を変え、墜ちる女の子を目指す。


 死なせてなるものか。俺の目の前で女の子が死ぬなんてあってはならん。間に合え!


 絶え間なく向かい来る風の壁を切り裂き、速度に変えて加速する。


 そして──。


 ドサッ……!


「いよっし! 捕まえたぞ!」


 なんとか女の子をキャッチ、そして海面スレスレの所で切り返し、今度は落下速度をフルに高度へと変えた。


 あっぶな。心臓が、ドッキンコ、ドッキンコ騒いどる。しかも、二人抱えるとなると結構しんどいぞ。


「やっぱりご主人さまはすごいのです! でも、この子元気が無いのです……」


「気を失っているな。そりゃ、大人でも飛び降りを図れば気絶するし、ましてや女の子だ。仕方がないさ」


 今日はもう城なしに戻った方が良さそうだ。思いのほかこの国は開拓され、発展しているようで人目に付きやすい。


 それに、この子は追われていたんだ。そして自殺まで図った。なら、連れ去っても構わないだろう。


 しかし、この赤と白のヒラヒラしたこれは──。巫女なのか? まあ、起きたら詳しい話を聞いてみよう。


 聞けるのに邪推じゃすいする必要もあるまい。


 やはり、二人抱えての飛行は無理があるようで、とんでもなく消耗したが、それでも城なしにたどり着けた。


「はあはあ……。もう無理、疲れた。一歩も歩けない」


「お疲れさまなのです!」


 ひとまずその場に二人を下ろし、しばし休憩。


 このままこの子をここに置いておくのは気が引けるが、なに、直ぐに迎えが来るさ。


「ツバサー!」


 ほら、パタパタが駆けてきた。


 あれっ? でもなんだか様子がおかしいな。まったく減速しないし、どことなく怒っているような……?


「ばかー!」


 突然の罵倒。続く、怒濤の回し蹴り。それは、両前足を軸に、駆けた速度を回転にのせ、後ろ足を振るう凶悪なモノ。


 立っているのもやっとだったので、避けることも叶わず、必然、それを体で受けるしかない。


「げっぱっ……!」


 宙に舞い、城なしに叩きつけられる俺。


 いったい、俺がなにしたってんだ……。


「女の子を拐って、しかも、眠らせて! ナニする気なの!?」


「なんもせんわ……」


 どうやらまた勘違いしたらしい。俺のスネに噛み付いて、ぶんぶんと振り回してくれるもんだから、説得するのに苦労した。


「ごめんよツバサ……」


「いや良いよ……。その女の子を大切に思う気持ちは忘れないでおくれ。そんな事より──」


 女の子をいつまでも、放ってて置くわけにはいかないので、パタパタの背中にのせて、寝床まで運んで貰った。


「起きるのです!」


 ラビが女の子の頬をぺちぺちと叩く。


 目覚めたときに男の顔が飛び込んできたら、驚かせてしまうと考えて、ラビに任せた。


「ねえ、ボクもそばにいてあげたい」


「ダメだって。お前じゃなおのこと驚かせるわ」


 なにやら、パタパタが構いたがるので、抑えるのが大変だ。


 もっと、離れたところに行けばよい話だが、一度自殺しようとした人間ってのは、目覚めたときに再び自殺しようとする。


 そんな話を聞いたことがあるので、あまり離れず見守っている。


 しかし、露出が多くてよろしくないな。なんだって、ヘソ出し、生足出しの格好なんだ。


「うぅっ……。ここは……?」


「お空の上なのです!」


「空の上……。わぁは死んだのか……」


 わぁは津軽弁で、私の意味だったかな。転生前に一度だけ、自分をわぁと呼ぶ奴に会ったことがある。なんでも、都会の男にはウケが良いそうな。


「死んでないのです。ご主人さまが、助けたのです!」


「ご主人さま? こちらのお方かのう。しかし、首輪と鎖でおなごを繋ぐ男とは……。わぁは助かってないんじゃないかのう……」


 ああ、忘れてた。ラビには首輪と鎖があったんだ。まだ奴隷=お姫さまだと思っているのか外させてくれない。そりゃ、不安になるわな。


 女の子はまじまじと、俺を観察する。そして、しとしきり、それを続けたところで、視線をパタパタに移し、驚愕した。


「ま、魔物じゃと!?」


「あ、いや、コイツは魔物じゃないし、悪いやつじゃないから、安心してくれ」


「魔物に良いも悪いも無いのじゃ!」


 言うが早い。女の子は飛び起きると、どこからか、太刀を取りだし、パタパタに向ける。


 ほら、言わんこっちゃない。


 太刀とパタパタのどちらが強いのか興味が湧くが、流血沙汰はごめんだ。魔物は人類共通の敵。絶対悪。この子の反応はまちがっていない。


 こんな時は……。


「パタパタお座り! お手! ちんちん!」


「ワン! ワンワン! わっ……、ワンワンワン!」


 芸をする魔物なんぞおらんだろう。きっとわかってくれたハズだ。


 まだパタパタは抵抗が残るのか、若干の躊躇ためらいを見せたがやりとげた。


「なっ、なんじゃと!? 確かにこれは魔物ではないのかも知れん……。なんと珍妙な……」


 よしよし、女の子から殺気が消えたぞ。


 いきなり太刀なんて抜くからびっくりしたわ。あんなでかいモノどこに隠し持っていたんだか。


 ともかく、落ち着いてはくれたみたいなので、お話し合いをしてみよう。

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