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十二話 俺とラビの子が産まれた

 城なしに海を作り上げると、前生で貯めに貯めた明日から頑張るポイントを使い果たしたのか、2日ほどダラダラとして過ごした。


 そして、俺が八度寝を決め込んだお昼ごろ。ラビが俺を起こしにやって来る。


「ご主人さま起きるのです「ひよひよ」」


「んあー……?」


 なんだ? 語尾にひよひよつけてぶりっ娘な気分なのか? ちょっと可愛いけど起きたくない。もう一生分働いたのだ。後は人生消化試合。


 寝られるだけ寝ていたい。


「ラビ。お昼はまたバナナをお食べ。ご主人さまは、あと、三度寝ぐらいしたら起きるから……」


「もうごはんは食べたのです。もうずっとひとりバナナなのです! でも、それより、たいへんなことが起きたのです「ひよひよ」」


 バナナは不満なのか、ちょっぴり責め立てるような口調だ。


 んー。バナナで誤魔化し過ぎたか。楽で良かったんだが……。しかし、そうかあ。たいへんなのかあ……。


 って、ラビが大変!?


「何があった!? 怪我した? それとも病気か?」


「産まれたのです! でも、どうやっておっぱいあげたら良いのかわからないのです」


「うっ、産まれただと? バカな! ラビは妊娠していただと!? 相手は誰だ? 潰してくれるわ」


 絶対に許さない。地の果てまで追いかけて潰す。潰れるモノが無くなっても潰す。こんなん戦争だろうが!


「相手? パパの事なのです? それならご主人さまなのです」


 えっ?


「待つんだラビ。俺にはまったく身に覚えがない。そ、そうだ。まずは話し合おうじゃないか。きっとなにかの間違いだ」


「寝ぼけてるのです? とにかく赤ちゃんを見てほしいのです」


 そう言ってラビは我が子を抱き上げて俺に見せてきた。


 産まれたばかりで毛はぽさぽさ。背には翼があって俺っぽい。体は全体的に茶色でラビっぽい。目は開いてなくて、ちょっと目付きが悪い。


 割りと不細工だ。


「ひよひよ」


「いや、ひよこじゃないか!」


「はい。タマゴからヒナがかえったのです」


 ああ、そうか。タマゴなんてモノがあったな。起きたばかりで頭が回ってなかった。しかし、良かった。四個あったタマゴは全部かえったんだな。


「でもこの子たちおっぱい飲んでくれないのです。近づけても、つついたり、ついばんだりだけで飲んでくれないのです。ほらっ……」


「ちょっ、ダメだ! お乳めくるのダメ! ラビはおっぱい出ないんだ」


「えっ!? ラビのからだおかしいのです? 何でおっぱい出ないのです? ちゃんと見て欲しいのです……」


 そんなつぶらな瞳を潤ませて悲しまないでおくれ。


 あれ? 俺が間違ってる? 女の子っていつでもどこでも、おっぱい出せるもんだったっけ? いやいや、確か牛とかは、妊娠しないと出なかったハズだ。


 きっと人間も同じだろう。


「良いかいラビ。おっぱいって言うのは妊娠しないと出てくる様にならないんだよ」


「さすがご主人さま物知りなのです! それならラビがおっぱいだせるように、ご主人さまがラビを妊「言わせない!」」


 どうも生命の神秘性となると危険な方向に話が進んでいけない。延長線にある事なので仕方がない事なんだが……。さて、どうやって説明したものか。


 いやそもそも──。


「ヒヨコは、おっぱい飲まないんだよ。おっぱい飲んだら哺乳類じゃないか」


「ほにゅうるい? じゃあ、この子たちは何を食べるのです?」


「んー?」


 考えてなかった。


 ヒヨコって、何を食べるんだ? 虫か? 芋虫とかその辺りか? ツバメは虫を運んでいたような。


「虫だと思う。でも、産まれたばかりで食べるモノなのかな。もう少し様子をみよう」


「あ、虫を食べるのです? 探してくるのです」


 話聞いてないし。まあいいか……。好きにさせてあげよう。俺は巣作りから始めるかな。


 城なしの作った一番小さな壺の底に布をひいた。人肌を保てるよう、焼いた石を布でくるんだものをあてがってやる。


「ひよひよひよひよ」


 うむ、カワイイな。取り合えずはこれで良いだろう。構いすぎないように注意しないといけない。


 特にラビだ。子供と言うのは、何かしたくなっていろいろやって殺してしまうのよな。よく見張っておこう。


「そんな事しなくてもボクが温めるのに」


「パタパタはデカいから、うっかりプチってしそう」


「えー……?」


 そんな不服そうな声を出してもダメだ。産まれたばかりのヒヨコは大事に扱わねば。


 さて、次は俺たちの飯だ。昼飯はバナナにひと手間加えてみる。


 まずはバナナを布で絞ってと。4本ぐらいで良いかな。これはバナナジュースだ。冷やしてこのまま飲むのも良いが、それではごはんとは言えまい。


 だからこれを火にかける。


 鍋は壺で代用する。城なしは壺作りにハマった様で壺ばかり作る。


 この壺なんて、翼の生えた人間と、ウサギ人間がなかむつまじくバナナを食べているところが、壁画チックに彫られている。


 人間味溢れる城なしだ。


 それはともかく今はバナナだ。更にバナナを取り出すと、一口サイズに切り揃え、葉っぱに載せた。


 スプーンが欲しいが、俺は器用じゃあない。木片削って、四角い板状にしたもので代用することにしよう。


 そして、スプーンが完成する頃には、火にかけたバナナジュースから甘い香りが漂い、食欲を刺激してくる。


「なんだか良いにおいがするね」


「お前も食べるだろう?」


「うん。ちょうだい」


 犬にバナナを食べさせて良いのかと、わずかながらの心配はあるが、パタパタなら何を食べさせても大丈夫だろう。


「ご主人さま。良いニオイなのです」


 ラビも香りにつられてラビもやって来たか。 この食いしん坊さんめ。ただ、その手に持っている虫はよろしくない。


「今日のお昼ごはんだよ。お手て洗っておいで。あと、虫は食卓に持ってきちゃあダメだ」


「わかったのです。でも、虫は子供たちのご飯なのです」


 なるほど、確かに虫もご飯だ。食卓に並んでいてもおかしくはあるまい。


 そんなわけがあるか!


 しかし、なんと言えば良いんだろ。子供をさとすと言うのは難しいな。


「逃げないように壺に入れてフタをして置くんだ。日差しの強いところに置くと死んでしまうから、日陰に置いてくるといい」


「なるほどわかったのです!」


 ダメだと直接言うより、別の角度から切り込んだ方がいいのかあ。勉強になった。


 ラビの駆け行く姿を見送ると、俺は鍋の様子を見た。


 ふむ。良い感じに出来たかな。あつあつのバナナジュースを一口サイズに切ったバナナにかければ完成だ。


 バナナオンバナナと名付けよう。


「手を洗って来たのです!」


「よーしよーし。ならおたべ。このスプーンですくって食べるんだ。熱いから気を付けてね」


「ふはっ、あつあつでとろとろなのです!」


 うむ。舌に絡み付く濃厚な甘さ。しかし、もとは甘さ控えめのバナナだ。


 濃いホットバナナジュースが、ぶつ切りにしたバナナと複雑なハーモニーをかもしだし、しつこい甘さを抑えている。


 これは旨い。


「くふぅ。しあわせなのですー」


「それは良かった。ラビがしあわせなら俺もしあわせだよ」


 満面の笑顔でお腹をさすりながら、余韻に浸るラビを見ると作ったかいが、あったと思えるものだ。


 今度はデザートにあれを作ってみようかな。それともおやつにあれかな? なーんて、ぽこぽこアイデアも沸いてくる。


「ご主人さま大好きなのです」


「そうかそうか。なら愛でてやろう」


 お腹に頭をぐりぐりして甘えてくるラビの頭をそっとナデてやった。


 甘いもの一つで甘ったれになるとは現金なやつめ。そうかあ。甘いもの大好きか。


「へへっ。ボクもボクも!」


 俺とラビの間に強引に割り込むとパタパタもまた鼻先を押し付けてきた。


「ぐふっ。ちょっ、パタパタ。食ったばかりでお前の体を胃で受け止めたら中身出ちゃう!」


 パタパタも満足か。砂糖が手に入らないし、砂糖の作り方も知らない。ハードモードだなあ。しかし、俺は元ニートだ。


 地味系のおやつならいくつか作れる。異世界とニートの親和性の高さを見せてやるぜ。


 昼下がりの平和なひとときをそんな風に楽しみながら、次なる幸せに野望を抱く。


 そして食事を終えると、さつま芋の状態を見てみる事にした。


 葉とつるの間から、更につるが出て伸びている。葉が7枚か。そろそろ切り取って植えつけかな。


 さつま芋というのは、葉の脇から生えてくるので、土に植えた葉っぱの数だけさつま芋ができる。


 だからと言って、モリモリ植えたらいいと言うもんじゃないしこんなもんでいいかな。


「ご主人さま。今日は地上に降りないのですか?」


「もちろん降りるさ。支度しておいで」


「はいなのです」


 ラビの支度を待って城なしから飛び立った。


「また海がしばらく続くみたいだな」


「いっぱいごはんを集めたので大丈夫なのです!」


 地上は再び海岸だった。城なしの進行方向は海に向かっているので、明日からまた海上だ。


 しかし、食料は溜め込んだ。飢える事は無いはずだ。食料はもう要らないので、今回は陸の方を探索する。


「きっとこれをジャングルと言うんだろうな」


「ジャングルって、何なのです?」


「こんな風に暑くて湿っぽくて、植物が密集している森の事だよ」


 つるをつたって、木と木を渡りゆくとかできそうなジャングルだ。奥に進むにはナタが欲しいが……。まあ、深く進まなくていいか。


「子供たちのごはんを集めるのです」


「そうだなあ。毛虫みたいなやつや、固そうなやつはやめて、柔らかそうなの探すといい」


 俺はさつま芋畑を作るための土がほしい。あればあるほどいい。しかし、今日はすでに日が回っているので、あまり長い時間はココにいられない。


「ご主人さま。このつの生えた虫が美味しそうなのです」


「カブトムシかあ。でっかいな。でも殻がな。うーん、むき身にすれば行けるか」


 どのみち、ひよこに与えるには細かく刻んでやらないといけないから、カブトムシでもいいか。


 そのまま、食えるやつの方が、自力でエサをとる為のトレーニングになりそうだが、いまはまだいいだろう。


 しかし、美味しそうとは……。あー。ひよこになりきって見ているのかな。まあ可愛らしい。


「ほら、ラビこの壺にいれて置くんだ。よくわからない虫がいたら声をかけておくれ。毒持っているのもいるだろうし、触っただけでカユイカユイになってしまうのもいるだろうからね」


「気を付けるのです! あっ、このギチギチ言ってるのは? あっ、こっちのヌメヌメしたのは? あっちには、ヒラヒラした──」


 そんなにたくさん聞かれたら作業が手に着かない。でも、何かあったら危ないので全部一つ一つ丁寧に対応する。


 ちょっと煩わしいけど、カワイイからいいのだ。


 それに、畑を作るとなると虫を嫌がらない女の子は貴重すぎる。虫と畑は切っても切れない縁だ。やーん虫こわーいとか、そう言うの本当によろしくない。


 だが、ラビはどうだ?


「おっきい、いもむし見つけたのです」


 拳ほどもある、いもむしだってへっちゃらだ。素手で掴んで見せてくる。畑仕事するのにカワイイ女の子が、虫を恐がらずに一緒に手伝ってくれるんだ。


 前世では考えられない奇跡だ。


「いっぱいになったのです」


「じゃあ、そろそろ戻ろうか」


 俺も土をたくさん集められたので城なしに戻ることにした。


 だが、ちょっとしたアクシデントに見舞われる。空を飛ぶ為に崖に向かっていたときの事だ。ラビは急に足を止め、耳をぴくぴくさせ始めた。


 さわりたい。さわりたいがとても真剣な顔をしているので、そんなことは出来ない。ふむ。こういう、りりしい表情も良いものだ。


「ご主人さま。何かくるのです」


「ん? 人かい? 魔物かい?」


「おそらく魔物なのです」


 魔物か。どんな魔物かにもよるし、固体差もあるのだが、基本、人間を一撃で即死させる程度の力は確実に持ち合わせている。


 それは、別段驚く事じゃあない。野生動物だって、人間を一撃で即死させる奴はいくらでもいる。動物との最大の違いは──。


「フゴ! ブモオオオオオ!」


 出会い頭に絶対に襲いかかってくる事。


 って、牛だと!? 牛だよな? 角が後ろに反り返ってて何とも恐ろしい。俺の知ってる牛さんと違う。大きさ5倍。凶悪さは10倍。


 こんなん、もはや、怪獣じゃないか。


「ラビ。逃げるぞ!」


「ひっ、わわわ」


 俺はラビの返事を待たずに、脇に抱えて駆け出した。


「見える!」


 当然、【風見鶏】も発動させる。これは風を見るスキルだが、それは視覚に限らない。五感の全てを使い風を辿るので背後も見える。


 うわあ、早い。


 あんな巨体で足が早いとか嘘だろう。そりゃ盾役やってたことあるよ? 丈夫だしな。だが、この牛さんは無理だ。


 確実に人間をオーバーキルするパワーあるもん。こちとら木々の間を避けながら駆けてるのに、牛さんは、なにこの雑草と言わんばかりに一直線たぜ?


「ブモオオオオオ!」


「ひあああああ! 怖い怖い怖い! ご主人さま、すぐ後ろまで迫ってるのです!」


「なあに、ギリギリでサイドステップしてかわすさ! そら、どんなもんだい!」


 魔物の方が遥かに早いが、瞬発力にかける。一度避ければ、停止、反転、加速の手順を踏まなければならないので、逃げるのは容易い。


「ブモ! ブモ! ブモ!」


「ソイ! ソイ! ソイ!」


 華麗なる俺のステップ! いかん。ちょっと、自分に酔ってきた。なんか、脳みそから興奮する成分でも出ているんだろう。


 原始人は、マンモスを追いかけ回して疲れたところをブスりとしたんだっけかな。


 だが、牛さんに疲れる気配は微塵もないときた。やはり、逃げの一手よ。やっつけたところで、こんなん捌くの無理だわ。


「ご主人さま! 崖が見えてきたのです」


「はあ、はあ……。このまま、空飛んで逃げる! あっ……」


 だが、ここでやらかした。ちょっと調子に乗りすぎたのかも知れない。


 すんでのところで転んでしまったのだ。ラビは丁寧に庇ったので無傷だが、魔物に最大のチャンスを与えてしまう。


「ご主人さま。早く立つのです!」


「ああ。だが……」


 間に合わない。


 俺はためらわず、ラビを崖に向かって突飛ばした。


「ひやああああ!?」


「ブモオオオオオ!」


「うおおおおお!」


 全身全霊の込められた魔物の頭突き。俺のケツに頭が触れる。だが、同時に、前方へ飛び出すことで、衝撃を逃がし、ぶっ飛んだ勢いで、ラビをキャッチ。


 俺は空へと飛び立った。


「子牛なら、家畜にしても良かったんだがな。デカ過ぎて、ちょっと家畜にはできないなあ」


 だから、お逝き。


 突撃の勢いを殺せなかった牛さんは空を飛び、しかし悲しいかな、その背中に翼は無く、重力に引かれ海の中へと飲まれていった。


「ご主人さま凄いのです! おっきいのやっつけたのです! あっ、でもご主人さま大丈夫なのです?」


「俺はもうだめだ。おしりが腫れて、二つに割れ、穴が空いてしまった」


「ひえええええ!? 大変なのです! 大変なのです! おしりが腫れて……。って、もとからなのです!?」


 喜怒哀楽の変化が楽しいな。心配しなくても、あのぐらいでくたばりはしないさ。


「さあ、おうちに帰ろう。お日様が半分になっている。もうすぐ、夜がやってくる」


「はー。お日様が海に沈んでいくのです」


 最後にちょっと良いものが見られた。

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