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コーヒー牛乳  作者: ふーちゃん
2/2

後編

 コーヒー牛乳のパックに刺さるストーローを咥えたままの大柴先輩は、ゴクリと喉を鳴らしたと同時に脚を止めた。丁度、 楓の枝が頭上に差し掛かる頃である。

「理穂、今、聞こえなかった?」

 先輩の声が震えている。

 先輩と腕を組んでいた私は、彼女に引き留めらえる格好となり、仰け反りながら長身の先輩を見上げる。

 私が手に持った小さなライトの光が、先輩の顔を下から照らしてしまい、不気味に青白く浮かび上がる。

「キャーっ!」

 その顔に思わず、奇声を上げる私。

 下から光を当てた私も悪いが、先輩の顔に正気が感じられなかったのも、一方的な言い分かもしれないが悪いと思う。

 先輩は泳いだ目で、余計な言葉を繰り返す。

「今、聞こえたよね」

「えっ、何も聞こえませんでしたけど?」

 でも、私には本当に何も聞こえなてはいなかった。

「空耳だったのかぁ?鈴の音が聞こえた気がしたんだけど」

 そう言って、真面目な先輩はコーヒー牛乳のパックに刺さるストローに再度口を付ける。 

「先輩、止めましょうって」

「だ、だ、大丈夫。大丈夫なはず、ず」

 声が震えている。

「はずって・・・(何?)」

 再び歩を進めようと、留まる先輩の手を渾身の力で引く私。この時、先輩は今まで虚勢を張っていたと知る。

 そして、何処からともなく「チリン、チリン」と鈴の音が・・・。

「き、聞こえた。先輩聞こえちゃいましたぁ~」

「ど、どうしよう理穂」

「先輩、そ、それがいけないんですよ」

 と先輩が手に持つコーヒー牛乳を半泣きでガン見。

「ちよっ、待って理穂。これコーヒー牛乳じゃないんだけど。色は似てるけど中身はカルアミルク。夜に皆での飲もうと内緒で持って来たアルコールなんだよ」

 泣きが入る大柴先輩。

「あ~もう、見た目で寄ってきたんですよ。なんてことするんですか~」

 見た目がパックも中身もコーヒー牛乳と同じじゃん。猫ってそんなに鼻が利の? それに、生きてないから匂いなんて関係ないかもしれないし。

 先輩の短絡的思考にも愕然とする私。

「ごめん、理穂を怖がらそうってことになって、コーヒー牛乳を持つことになったんだけど、危ないからって中身は入れ替えたんだけど、もう、どうなってるんだろ」

「そんな、イベントいりませんよぉ~」

 鈴の音は次第に大きく響いて来る。そして、雑草をワサワサと踏み分ける音が・・・。

「何、何、なんか来た~」

「にゃん」と、普段は可愛らしく聞こえる鳴き声でも、こんな時は不気味以外の何物でも無かったりする。

 泣き声と共にこちらに向かって来る気配が次第に大きくなる。

「来たぁ、きたあー」

「あー、あー、ギャー」

 取り乱す先輩は「ねこ、ねこ」と叫びながら腰を抜かす。本当に頼りにならない見掛け倒し。

 むしろ私の方が落ち着いていると言っても過言じゃないかも。いや、五十歩百歩、目くそ鼻くそ、色んなくそってところ。

 震える脚をつねって先輩を抱えるのが精一杯。重くてつぶれそう。

「チリン、チリン」

 また鈴の音が鳴る。

 おぼろげに黄金色光るものが、こちらに向かって来る。

 鈴だ、きっとあの伝説の子猫の首輪に付けられていた鈴だあ~!

 鈴の音は、次第に大きくなり耳にこだまの様に鳴り響く。

 藪からいくつかの物体が姿を現した。

 私は先輩を支えていた手を離しすと、二人でその場にしゃがみ込む格好に。

 空いた手で耳を塞ぎ、思いっ切り両目を瞑る。そして、叫べる限りの声を恐怖にぶつける。

 パニック!


 ・・・・・・空白の時間が過ぎる。


 目を瞑る私の顔を照らす光が眩しい。私は、そこでパニックから解き放たれた。 

 耳を塞いでいた手を離し、その手で光を遮り恐る恐る目を開ける。

 光の向こうに、ぼんやりと幾つもの顔が私前に現れた。一瞬ハッとするが、大丈夫。生きた人間であることは認識が出来た。

 眩しそうする私から、光が少しずつ離れて行く。

 幾つもの懐中電灯で私を照らしていたのは、順次肝試しをしていたはずの科学部の面々だった。

 そこには、いつの間にか科学部員全員が集まっていた。

「理穂、大丈夫?」

 仲の良い同学年の柚葉ゆずはが、心配そうに私の顔を覗き込む。私は、思わず柚葉にしがみ付く。

 元気を取り戻した大柴先輩は、コーヒー牛乳ならぬカルアミルクで恐怖で乾ききった口の中を潤している。

 その姿がとっても頼りない。しかも、まだ飲むのか!って感じ。

 大柴先輩もそんな私の目に気付いているのか、若干前かがみに小さくなっている。

 一方、他の先輩達は、人の気も知らずに笑いやがっている。お腹を抱えて爆笑している先輩までいる。2年生の先輩達も3匹の子猫を抱いてニッタニタだ。

 それで、すべてを理解した大柴先輩と私。すっかり皆に引っ掛かってしまったことを知る。

 部長も笑いを堪えながら、手にしていた大きな袋から、恐れも知らずに皆にコーヒー牛乳を皆に配りだしている。


「ごめん、ごめん、学校の怪談なんてある訳無いってことを科学部として、皆に言いたかったのよ。

 だから、その証明として、皆でこのコーヒー牛乳を此処で飲もうか。ちゃんと冷えてるから」


 部長はそう言うが、そんなのは後付けの大義名分に決まっている。先輩には私を怖がらすためと言いって大柴先輩を乗せといて、その実は怖がりな先輩で楽しむつもりだったのだのに違いない。それは、先輩皆の顔が物語っている。

 後で聞いた話だが、全ては大柴先輩を除く3年生での仕込みだったのだ。

 3匹の猫は、2年生の先輩の家で飼っている猫で、その首輪に付いているのは、鈴でなくLEDライトであった。私が手にしたお守りの中身はまたたびが仕込まれていて、猫たちは私をめがけてまっしぐら。

 ちょっと頭に来るけど良くで出来ている。

 そこで怒ると言う手もあったんだけど、部長が配るコーヒー牛乳を拒否することは私には出来ない。何せ喉はからっから。この時、恐怖から解放された私はコーヒー牛乳がただの冷たい飲み物以外の何物でも無くなっていた。そんなことで、ここは大人になるしかあるまい。

 

「鈴の音まで仕込むから怖かったですよ~、もう、耳に響いちゃって」

 私の言葉に、猫を抱く2年生の先輩は不思議そうな顔を向ける。

「鈴の音何て鳴らしてないと思うけど」

 いやいや、それはないでしょ?

 もしかして聞こえなかったってこと?


「ねえ、誰か鈴を鳴らしました?」

 2年生の先輩の問いかけに誰も頷くものはいない。

「気のせいじゃない。鈴の代わりにLEDライトを使ったんだから。音はしないよ」

 抱きかかえた子猫の首輪を見せそんなことを言うが、そう言えば、大柴先輩が先に鈴の音を聞いたはずだ。そう思い起こし、

「でも大柴先輩も聞きましたよね」

 そう尋ねるも、

「私が聞こえたのは猫の泣き声だけど?」

 期待の応えは返って来なかった。

「えっ、鈴の音じゃないんですか?」

「鈴の音って・・・ ・・・理穂、もう止めようよ」

 大柴先輩は身震いしながら、疲れ切った顔でそう返して来る。

 ほんと?ホントなの?この場で嘘を吐ける余裕が先輩にあるとは思えないし、そもそも嘘ついている様にも全く見えない。ってことは、私にだけ聞こえたってこと?

 私にだけ?

 私にだけ何かを・・・訴えているとか?そんなことないよね~。

 私の頭は再び一杯一杯になり、眩暈がしそうになる。

 そんな私の状況にはお構いなく、部長から私に最後の一個のコーヒー牛乳が渡される。

「お疲れ!」

「すいません」

 やっと出した平静を装う、精一杯の小声。

 と、丁度その時である。首筋に気候とは似合わない冷たい風と言うより空気が触れた。

 皆の話し声が止まり、急に静寂が訪れる。

 同時に、不気味に震える声が不幸にも私の耳に届いた。


「子猫にもお願い・・・」

 小さな、おぼろげな声なのに、何故かハッキリと聞き取れてしまう。


「ごめん、もうないんだ」

 部長がコーヒー牛乳を渡したのは私が最後。もう一個も残っていない。部長は反射的にその声にそう応えたが、直ぐに何かに気付き、手にしていた自分の分のコーヒー牛乳を地面に落としてしまった。

 部長の手は小刻みに震えている。

 声のした方向を皆が一斉に向く。誰もいないはずの楓の木の方を。

 今度は私だけでは無い。皆が聞こえたのだった。

 皆が聞こえて振り向いたのだ。

 でも、そこには誰もいない。

 何もなかった。

 悪寒が走った。それは、多分全員が感じたと思う。そして、


「チリン」

 鈴の音が、寂しそうに一度だけ響く。部長の言葉に返事をする様に。


「鈴の音?」

 大柴先輩が無表情にそう口にした。 


<おしまい>




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