五話「ある一日の平和な夕食」
もう書くのも面倒だ…。詳しくは二話あたりのまえがきを。
「今日はご馳走だよ。期待しててね、お兄ちゃん」
両手一杯に買い物袋を下げて家に帰ってきたなり、笑顔で発した萌の第一声がこれ。
精一杯笑顔を作ったつもりだろうが恭一からしてみればそれは何処かぎこちない作り物の笑みだった。
何も言わずにじっと見つめ続けると萌は顔を少し赤らめて恥ずかしそうに心なし目線を下に俯けた。
「なに・・・かな、お兄ちゃん?」
「無理は、するな」
少しだけ顔を上げた萌は笑顔で、
「学校でも同じ事言ったよ。わたしは大丈夫だよ、だってもう小さな子供じゃないんだから」
そこまで笑顔で、耐え切った。
堪え切れず恭一に飛び掛ると萌は抱きつくようにその胸に顔を埋めた。
「でも、お兄ちゃんが心配してくれるのは嬉しいかな・・・」
言葉は決して全てを語らない。
抱き留めるように手を当てた肩は小刻みに震えていて、服を掴む両手は皺に残るほど強く握られていた。顔が埋められた胸も微かだが服を通して湿り気が伝わり始める。
「・・・そうか」
片手は肩に。もう片手は軽く頭に乗せて、その指で何度も髪を梳くように撫で下ろした。
いつもと同じ温もりを感じ合える、零れ落ちた何かが胸の中に還って来るように錯覚できる瞬間。
しばらくして、埋まっていた胸を軽く押すと萌は身体を少しだけ離した。
見上げてくる瞳は潤み頬も紅潮して、それでも何処か晴れ晴れとしているようだった。
「ありがと・・・・」
聴き間違いと、消え入りそうなほど小さな声。
もう一度恭一の胸を押して、手を完全に伸ばして萌が身体を離す。
落ちていた袋を両手で拾い、萌は恥ずかしそうに恭一から視線を逸らすと駆け足で居間の方へと去っていった。
引っ込んだ、と思ったらもう一度萌が顔を覗かせる。
「夕食の支度、急いでするからちょっとだけ待っててね」
本物の笑顔を残して今度こそ萌が居間へと完全に身体を引っ込めた。
「「お邪魔します」」
見事に重なった二つの声と共に二人が恭一の脇を通り過ぎて萌と同様、居間へと入っていった。
変な幻覚を見たと恭一が僅かに顔を顰めて足元を見ると、
見慣れない靴が二つあった。
先ほどの二人を幻覚から妄想へと格上げすると恭一は靴を揃えて脱いで、階段の脇にあった萌の鞄もついでに手に取って階段を上り自室へと向かった。
鞄を置いて自室で制服から軽装に着替えた後、隣の部屋にもう片方の鞄を置いて一階へと戻る。
居間に入るとある顔が二つあった。
「よ、遅かったな」とふんぞり返っているのは和佐。
「どうも、お兄さん。今日はご馳走になります」と軽く頭を下げたのは舞。
恭一は二人をいないものとして自分の椅子へと腰を下ろした。
「あの・・お兄さん。迷惑、でしたか?」
ちらりと視線を向けると、舞が潤んだ瞳に上目遣い、祈るように両手を胸の前で組んでいた。
「気色悪いからやめろ」
もう一方から心底嫌そうな声が聞こえたが、どちらもよくある事なので恭一はそのまま視線を戻した。
「迷惑なら迷惑と言ってください。そのときは私、涙を呑んで出て行きます」
「うぇ、マジ止めろ。鳥肌が立ってきたぞ」
「ぁ、でも萌ちゃんのお誘いは断れないわ。どうしよう・・?」
「初めから出て行く気もないくせによく言うぜ、この女狐」
「・・・さっきから黙って聞いてれば随分と好き勝手言ってくれるわね」
「好き勝手? 俺は事実以外を言った憶えはないぞ」
「可哀想に、遂に頭をやられたのね。でも同情はしないわよ」
「お前からの同情なんて・・いや待て。遂に、って何だ。手前常日頃からそんな事考えてやがったのか!?」
「冗談は寝てから言いなさいよ。あ、でも今も寝ているようなものよね、ごめんなさい」
「こ、の・・・」
いつもどおりの騒がしくなりだすが態々何をしても無駄な事を知っているので無視。
微かに届く台所からの鼻歌交じりのまな板を叩く音を耳にしながら恭一は騒音から意識を遮った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すぐ傍で食器の擦れ合う音が聞こえてきて恭一は再び目を開けた。
目の前の机に並んでいた料理は宣言どおりいつもよりも少しだけ豪華のような気もする。
向かいに座った萌に視線を向けると照れたような微笑を返されただけだった。
心なしいつもよりも機嫌がよさそうな気はするが思い返してみても今日は入学式以外に思いあがるものはない。その入学式にしてもあれでは逆に気持ちが沈みそうなものである。
恭一は思考を巡らせていたが事実は実に単純なものであった。久しぶりに登下校を一緒できた、単にそれだけだというのに。
「だめっ!!」
突然上がった怒鳴り声に恭一は考えを止めて意識を戻した。
見ると萌が和佐を睨みつけ、睨まれた和佐は実に済まなそうに身を縮こませていた。
舞は萌の隣でいい気味とばかりに忍び笑いをしていたが恭一の視線に気が付くと取り繕うような微笑みと共に手を振ってくる。
察するに、和佐が料理を食べようとして萌がそれを止めた、とそんな所か。
日頃から誰よりも先に恭一に食べさせたがるのを考えるとある意味当然の成り行きだろう。
ふと視線を感じて隣を見ると実に恨めしそうな和佐がいた。どうやら早く萌の作った料理を食べたいようだ。
「あの、お兄さん・・・?」
どこか乞うような声に顔を向けると、和佐の向かいで舞が潤んだ視線で見つめていた。こちらもやはり早く食べたいのだろう。
二人とも家に来る事はよくあるのだが、食事時となるとそうあるものでもないのだ。つまりは萌の手料理にありつける機会はそうあるものでもないという事。
一つ、僅かに息を吐いてから恭一は持った箸を両手で合わせた。
「頂きます」
小声で呟き、箸を伸ばす。
各皿から少量ずつご飯に取り、それらを口に運びよく味わってから咀嚼する。
恭一が食べている間誰一人として料理に手を伸ばすものはおらず、固唾を呑むようにして全員が見守っていた。特に不安と期待に揺れているような萌の視線が一番強く気に入る。
見られる事を気にするでもなく、恭一は一通り食べ終わると顔を上げて正面の不安そうにしている顔を見返した。
「美味い」
ほっ、と萌の表情が安堵と共に満面の笑みになる。
「頂きます」
恭一がしたように手を合わせてから茶碗を手に取る。そして箸を伸ばしかけて、萌は不思議そうに凝固していたその二人を見る。
「ごめんね、わたしの我侭で。でも舞ちゃんに和ちゃん、もう食べてもいいよ?」
掛け声に、笑顔にやられて惚けていた二人が我に返った。
そうして、ようやく千里家の食事が始まった。
料理はどれも美味しく感じられた。
少々五月蝿い和佐や舞の話す声。それと、萌の笑い声。
二人の萌を褒め称える言葉や談笑など。それは千里家にとって久しぶりに二人のみ以外でとった賑やかで騒がしい、そして笑い声のある食卓だった。
いつにない萌の笑顔を眺めつつ、
――これは何と無駄な事だろうか
何処からともなく浮かんでくる考えを恭一は軽く頭を振って頭の中から追い出した。
七宝殿〜居間で興っている事?〜
五把「在る一に血の平和な憂色」
ふふふふ、復活! ついにやりましたよ、皆さん、還って来ました、作者です
萌 わっ、本当に久しぶりだよ、作者さん
そう、長かった、あの忌々しい岩のせいで……ご丁寧に封印の印まで結んでいやがって
萌 "ふういんのいん"ってファンタジーみたいな響きだけど…何なの、作者さん?
む、それを知るのはまだ早い、お前なら後で分かるから気にするな(キリッ)
萌 ぅ、うん(何か、真面目になった…のかな)
では今回の話をする…食卓、以上
萌 …えっ!? そ、そんな〜、せっかく一生懸命作ったんだよ、料理、もっと説明してよ
そうは言ってもこれ以上説明する事はない、残念だがさっぱりと諦めろ
萌 うぅ、そんなぁ………あっ、そういえば
うん? 何だ、萌
萌 なんで作者さんはわたしの幸せを壊しちゃうような事を平気でしちゃうのかな?
はぁ? 何の事だかさっぱりですね
萌 お兄ちゃんとの二人きりの食事…新婚さん……夫婦、新妻………それに
なに赤くなっている、つーか何考えてる、いや言わんでもいいけどなむしろ言うな
萌 作者さんって何だかわたしには冷たいよね、どうして?
ふんっ、単なる展開上の都合だ……いや、これ位で冷たくされたといい気になるなよっ
萌 怒られても困るけど……なに、その不穏な台詞、ちょっとしたお茶目さんだよね? ね?
ふふふっ、それは見てのお楽しみってね
舞 あら? 何、綺麗っぽい事を言って私の大切な萌ちゃんを不安にしているのかしらね(チャキ)
ぬぅ!?(振り向く)
チンッ ズバッ ヅシャ ズババババ シュ シュ チンッ
舞 …後はこの霊験があるっぽいお札で封印すれは…完了ね
ぐっ、舞、貴…さ……ま………
舞 萌ちゃん…はい、さようなら(笑顔)
ぺたんこ
………
(この間一秒弱、しかも萌が瞬きをしている間)
萌 あれ? 舞ちゃん、いつからいたの? それに…
舞 ちょっと前からよ、萌ちゃん、それと何? それに…って
萌 それにその手に持ってる紅い液体が点々と滴ってる刀って…
舞 ああ、これ、玩具よ、何でもないの、萌ちゃん、気にしなくていいから(ぽいっ)
萌 あ、……うん(いいのかなぁ)
舞 それより作者はもういなくなったわ、これから楽しくやりましょう、萌ちゃん♥
萌 は? ぇ、舞ちゃん、ちょっと、まって、何? 急に…ゃん、そんな、所…んっ、さわっ…
………ロク…ワデ……アイ…マ…ショウ…