四話「ある一日の下校」
以下同文。
急いだので誤文があるかもしれません。
屋上から街を見つめていた恭一はふと気づいたように視線を足元、校庭へと下げた。
いつの間にか放課後になっていたらしく下校しようとする人影が幾重も見て取れた。結局恭一があの場から去った直後に掛かった放送で、緊急の会議があるとかで生徒会に始まり果てはPTA会長や理事長までがずっと会議室に篭りっぱなしだったらしく授業は始まらなかったようだ。もっともそんな細事恭一にはどうでもいい事ではあったが。
校門のところへ視線を向けるとそこには何故だか人だかりが出来上がっていた。何気なくそこを見ているとふと逆に見られている気がした。
「・・・・・・」
よくよく見るとわらわらといる人の中、ほぼ中央部でたった一人だけがこちらを見上げて向かって大きく手を振っていた。一度気づいてみるとその姿はかなり目立つ。そしてその隣にあった身を縮めるような姿を見て、恭一はその場から身を翻した。
心ならずも早足で教室へ戻るなり本日開く事のなかった鞄を手に取って廊下に出る。
「お、恭一。今から迎えにいこうと・・・・・・って、おいおい無視するなよな」
階段を下りて正面玄関へ足を進める。後から誰かが付いてきたようだが恭一は振り返る素振りも見せなかった。
正門には屋上から見たままの光景がまだ広がっていた。人が蟻のように何かに群がっていたが構わず足を進める。
「待ちなさい」
目の前に立ちはだかったものに恭一は足を止めた。見渡すと軽く二十程度の男子生徒が恭一の周りに群がっていた。しかも何故だか皆が皆体育会系だったりする。
男達の中でも正面にいた一際むさくるしそうな男が一人恭一の前に一歩進み出る。
「ちょっと、付き合ってもらおうか」
恭一は目の前の男に興味を持つでもなくもう一度自分の周りを見渡して。
「邪魔するのか・・・」
「ん? 今なんて」
ポツリと零した恭一の声に男が怪訝そうに眉を寄せたのに恭一は僅かに息を吸い込みかけ、
「新藤先輩、いたいけな後輩を虐めるのはよくありませんよ?」
少しだけ慌てたように和佐が恭一と男の間に割り込んできた。
「・・・上柳か、今はお前に用はない。俺達は後ろの彼に用事があるんだ」
間に割って出た和佐を避けて恭一を見ようと男が動くがそれをすかさず和佐は遮る。
「俺は先輩達のために言っているんですよ。それに先輩達の知りたいことなら多分俺でも答えられるだろうし・・・その用事、何なら俺にしません?」
「俺達の総意は初めから決まっている。お前に用はない。それに、荒事が本望とは言わんが流石にお前でもこの人数を相手にすること出来んだろう?」
言外に『だから後ろの彼を俺達に渡せ』というものを含ませつつ男が一歩にじり寄る。
「だから・・・っ」
言いかけた和佐の身体がびくりと一度震える。だがそれは、決して囲んでいる男達に対してではない。
実にへらへらした笑みを浮かべて後ろを振り返り、
「あ〜、恭一・・・頑張って説得してみせるからできるなら後ちょっと我慢して欲しいな、なんて・・・・」
「邪魔だ」
一言で一蹴された。
気圧されるように和佐は恭一に道を空ける。恭一を正面にして男も気圧されたのか数歩下がり、それでも何かの意地なのかその場に留まった。が、愚かとしか言いようがない。
「し、仕方ないな。急ぐのなら場所はここで我慢してやろう」
何が仕方ないかは知らないがそれでも恭一は足を進めて、額に汗を滲ませつつも男は蛇に睨まれた蛙の如く身を竦めたように動かない。周りを取り囲んでいたはずの男達もそれは同様で、囲む意味は既になかった。
「おま・・お前と彼女は一体どういう関け」
「邪魔だ」
無造作に、それこそ道端の石ころを蹴り飛ばすような仕草で恭一は腕を払った。
その軽く見える動作の何処にそれほどの力が篭っていたのか、全く反応出来ずに殴られ男は軽く吹き飛んで少しだけ地面を転がっていく。
「あちゃ〜・・」
後ろから届いたその声に男の呪縛がようやく解けたようで、自分が殴られたのを初めて知ったように顔を歪めながら緩慢な動作で起き上がった。頭を揺さ振られているのか最中、度々男の身体が揺れる。
「ゃ、やってくれたな・・・」
掠れながらも声からは怒気が垣間見られる。男からしてみれば理不尽に殴られて怒り心頭といったところか。
それを期に囲んでいた男達もようやく認識が現実に追いついたのか夢から醒めたような表情を一瞬浮かべた後に一斉に恭一を鋭く睨みつけた。
恭一は改めて自分の周りを一度だけ見渡してから最後に正面に向き直りかけて、ふと視線を巡らせた。
「あ、やっぱり居ました。お兄さーん」
一瞬、場の空気が霧散する。
その場に居た全員の視線が例外なく一斉に声の主、の隣へと移っていた。
「ほらね、萌ちゃん。お兄さんがもうじき来るって、言ったとおりだったでしょ?」
「ぅ、うん」
朗らかに笑みを浮かべている舞とその後ろに隠れがちになりながら手を引っ張ってもらう形の萌、二人の姿が人垣を割るようにして寄って来る。
恭一の前まで来て、舞が一度だけ恭一に微笑みかけて半歩後ろへと下がる。自然と萌が一人だけ前に出たように錯覚する。
「お兄ちゃん、帰ろう」
その言葉に恭一は周りをもう一度見渡しなおす。萌もそれにつられる形で周りを見渡した。いつの間にか先ほどまで感じていた敵意は微塵も残らず消え去っていた。だが代わりに全員の顔が熱に浮かされたように赤みを増している。
何はともあれ、誰も邪魔する気はないようで恭一は言葉の代わりに一度だけ頷いた。
周りの視線の所為か少しだけ表情を翳らせながら萌が腕にしがみ付き、恭一は然して気にした様子もなく歩き出す。
「ま、待てっ!!」
後ろから声が聞こえたが当然立ち止まる事もない。何しろ相手は後ろにいるのだから通行の邪魔になるはずがない。
「お前と彼女の関係は・・・」
ぱんっ、と手の平を叩いた音が響き渡った。然して大きな音でもないはずなのに不思議と注意を引く。その場にいた全員、萌と恭一さえも足を止めて振り返っていた。
全員の注目を一心に集めて手を叩いた彼女、舞はにっこりと微笑んで見せる。そして次の瞬間、ある意味ではとんでもない事を叫んだ。
「二人は両親公認の仲よっ」
一瞬でどこか血走った視線が舞から恭一と萌に、形的に腕を組んでいた二人へと移る。その姿は誰が見ても兄妹というよりは恋人同士といった方が納得できる仲むつまじさであった。
「ま、舞ちゃん・・・」
困ったようで恥ずかしそうにしながら萌が戸惑いの声を上げる。それに舞は作り物でない本当の笑顔を向けて、静かに首を横に振った。
「駄目よ、萌ちゃん。ここまで注目されたら萌ちゃんが誰のものかをはっきりとさせておく必要があるわ」
『誰のもの』という部分に反応して周りの視線がもう一度舞へと集中して、満足げに集まった視線を舞は頷きで受けた。
「お兄さんは萌ちゃんを護る騎士様なの。それも二人だけの秘密や他人には言えないあんな事やこんな事まで知り尽くした仲よ。更に同じ屋根の下で朝は布団の中でおはように始まり手作りご飯は勿論の事、登下校にお弁当、日用品の買い物や仲睦まじく夕食のお買い物。そしてお風呂上りの濡れ姿に最後はおやすみのキス・・・はしてないけど、そうっ・・・・割くに割けない関係とはまさにこの事を置いて他にはないわ」
感極まったように舞が演説(?)を続ける。周りはどんな事を想像しているのか顔色を赤や青にしながら呆然と立ち尽くしている。もっともその中で「そりゃ血の繋がった兄妹だから割けない関係だろうな・・・」などと冷めた様子の輩も一人だけいたが、誰も気にしていない。
「だからっ・・・もしも萌ちゃんと話したいなら先ずお兄さんを打ち倒して見せなさい!!」
鋭く舞の指先が恭一を指し示す。
血走った目が一斉に恭一へと向かった。
「・・・あら?」
が、その場所には既に誰もいなかった。少し先に校門に向かって歩いていく二人の姿が見える。
「み、見なさいあの余裕。あなた達なんて邪魔にもならないと背中で語っているのよ。出来るものならあの自信を打ち砕いて見せなさい」
怒り、嫉妬、殺意まで混在した視線が背後から恭一を貫く。ただ、諦めだけは一つもなかった。
向けられた本人は視線だけの相手など気にも入れない。ただ無いがの如く萌と連れ立って歩いていき、校門を出た道を曲がって姿を消した。
「そして最後に、これが一番重要な事なの。聴きなさい」
視線がもう一度舞へと集中する。
「萌ちゃんは私のものよっ!!」
場の空気が一気に冷めた。最後の言葉、誰も信じてないのは明白であった。あの二人の仕草と置いていかれた舞を見比べれば一目両全だろう。恭一のものと言うのならまだ分かる気もするが、第一今までの言葉との関連性が一切抜けている。ただ舞は言い終えた事に満足したらしく浅く息を吐いてかいてもいない汗を拭う仕草をしてみせていた。
一呼吸の後、舞は「萌ちゃん待って〜」などと言いながら短距離走の選手並みの速さで恭一たちの後を追って行き、その場から消えた。
その場に群がっていた人達も、何処か血走った目を保ちながら、明日に向けて散り散りに散っていく。
「・・・なんだかなぁ」
熱に浮かされていなかったただ一人、複雑な表情をしながら場に残っていた和佐は諦めともとれるため息の後に少しだけ早足で三人の後を追って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
恭一たちが去ってしばらく、一人の少女が息を切らせながら走ってきた。
「はぁはぁ・・・まさか今日掃除当番が回ってくるなんて・・・こんな事なら鼎に任せればよかった、かな?」
制服が違う事からして少女はこの学校の生徒ではない。
目的の相手を探すために息を整えながら周囲を見渡して、とんとんと後ろから肩を叩かれて少女は一瞬身を硬くした。恐る恐るといった感じに振り返る。
振り向いた先にいたのは少女と同い年ほどの、これまた少女。綺麗な黒髪と射る様に鋭い眼差しが特徴的な美しい少女だった。着ている制服は新調されたのか一目見て分かるほどに綺麗で、しかし少女に似合っていた。
「あなたは水月家の人か?」
少女の肩から力が幾分か抜ける。どうやらかの有名な『ナンパ』という類のものではなかったらしい。
「は、はい。そうです。そちらはさらし」
「ああそうだ」
言い終えないうちに少女が頷いてみせる。
素っ気無い態度と険しくなりがちな瞳に待ち合わせ時間に遅刻した事に怒っているのでは、と感じた少女は慌てて頭を下げた。
「あ、あの、ごめんなさい。此度はちょっと用事が出来て遅れてしまって、いえ、言い訳するつもりは無いのですけど・・・その、ごめんなさい」
「い、いや。そんな事は然して気にしていない。おかげで興味深いものも見られたからな」
少しだけ慌てたように首を横に振って、少女は今一度険しい視線を学校の中へと向けた。その様子に少女が困惑を見せるが口を開くより先に少女は視線を戻していた。
「さて、では行こ・・・どうした、私の顔に何か付いているのか?」
不思議そうに自らの顔を触って探ってみせる。
初めて相手の顔を凝視していた事に気づいた少女は慌てて首を振った。
こほん、と仕切りなおしに息を吐いて少女はまだぎこちない表情に笑みを浮かべてみせる。
「でっ、では家に案内しますね。ついてきてください」
「ああ、頼んだ」
他校の制服を着た少女を先頭にして、二人は連れ立って歩いていった。
「手と足が同時に出ているが歩きにくくないのか?」
「あっ・・・は、はい。ど、道理で歩きにくかったわけですね・・・」
目的地に着くまで途中、何度か同じような事があった。ただそれだけの事。
七宝殿〜居間で興っている事?〜
四羽「或いは血糊の下戸」
凪 失礼します、誰かいるか?
………
凪 何だ、誰もいないのか……ふうん…
凪 それでは…恐縮ながら、私が今回の司会をさせていただきます(赤面)
凪 …、今回のはある意味全部ぎゃぐ? ですね、現実じゃ有り得ない、こんな学校崩壊
舞 そうねぇ、まあ、萌ちゃんの魅力なら世界を堕とすことも可能でしょうけど
凪 それはそれで…すごい様な気が……
舞 そんなの萌ちゃんにとっては晩飯前よ
凪 ………
舞 …
凪 ……(汗)
舞 …?
凪 って、わぁ! 何時からそこに? と言うか、あなた誰?
舞 あら? ここには始めからいたわよ、ついでに言うと、私は舞ちゃんです♪
凪 舞? はて、どっかでその名前を聞いた様な。どこだったか……う〜ん
舞 そうなの? 私は渫槁先輩とは逢っていない筈だけど
凪 えっと、確か…そうだ! 今回の『暴走』のもう一人の当事者!
舞 その嫌な言い方は止めて欲しいです、渫槁先輩、私達が何かした訳じゃないんだから
凪 …そういえば私の名前、なんで知ってる? 私たちってまだ会ってないはずって…
舞 そうですねぇ〜、では、乙女の秘密ってことで(笑顔)
凪 えっ!………(汗)
舞 …(ニコ)
凪 まっ、まあいいか、そんな事があっても
舞 もちろんですよ、渫槁先輩、乙女は秘密を持っていた方がいいんです
凪 でっ、では気を取り直して話の内容を、ということで
舞 ええ
凪 ………あの演説は何だ?
舞 全て私の本心です、それ以外はありません
凪 そ、そうか、しかしするとどうしてお前はそこまで細かく二人の生活、を…
舞 (ニコ)
凪 まあ…知らない方がいい事もあるか
舞 まったくその通りです……っと、あら、もう時間の様ですね。終わりにしましょうか
萌 あわわわ、遅刻しちゃったよう。あれから和ちゃん起こしてくれないんだもん
舞&凪;では、五話で会えることを祈って、さよなら〜
萌 え! ちょっと待ってよぅ〜…そっ、そんなぁ〜