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七宝伝〜今起こったこと〜  作者: nyao
三章 ~意味~
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三十九話「時には歩く、事もある」





帰りのHR、珍しくそれが終わると同時に恭一は鞄を手に立ち上がる。それは別にここ十日ほど傍から離れようとしない萌が煩わしいなどとから来る行動ではなかった。

ただ何気なしに立ち上がった、理由などありはしない。

強いてあげるのならば無意識の内に鬱憤が溜まっていたのかもしれないが、それすらも確かなわけでもない。


「・・・・」


脳裏に「また放課後にね」との姿が浮かんだが結局は一度立ったのだから、と。

これから迎えに来るだろう二人を気に留める事もなく恭一はそのまま教室を出て廊下へ、そのまま正面玄関から外へと出た。生憎とその間に二人に会うことはなかった。何より一年生は二年よりも教室が一階、会えるはずもない。


久しぶりの一人となったが、だからと言ってこれからの行動が変わるというわけでもない。足はそのまま家路へと向かう。


「・・・・・」


ふと、恭一は道の先に見覚えのある人影を認めた。まあだからと言って足を止めたりする事もないのだが。

距離にして一町(約100m)、ようやく気付いたらしく一瞬人影の足取りが留まる、が取り繕うようにすぐに歩みは再開された。


もう互いに顔を認められる距離になってその相手、鼎は足を止めた。そして物言いたげな鋭い視線を恭一へと向けてくる。


「お前・・・って、おい!! 僕を無視するな!!!」


単に見覚えがあるだけで興味もないのでそのまま素通りしたのだが、背後から叫びに近い怒鳴り声が聞こえた。それでも呼びかけ程度で恭一の気を引けるはずもなく、全くの無関心のまま。


「おい、聞こえてるだろっ、何か言えよ!!」


だが流石に迫ってきた気配に恭一は駆除に移っていた。


肩に伸びてきた手を攫み取り手前に引っ張り、前のめりになった相手の背後に回り込むと同時に取った腕を捻り上げる。

止めに膝裏を突いて地面に押し倒した。


「ぇ、あ・・ぐぅ」


この間一秒にも満たない。


ちなみに周囲の帰宅途中生徒達多数は見事に全員が我関せず、まさに『触らぬ神に祟りなし』の精神だった。よくよく恭一の学校での行動が響いている所為だろう。


ほとんど反射的に行っていた動きだったので組み敷いた状態でやっと恭一は鼎の存在を認めた。


「何の用だ」


「何のって・・・お前こそ行き成り何ぃたた」


暴れ出そうとする兆候に先立って腕を更に捻り上げる。

抵抗する力が緩んだ時点で、力を元に戻すと改めて口を開いた。


「何の用だ、と聞いている」


「そんな事僕が聞きた、痛た、痛い、痛い・・」


「言え・・、」


更に腕を締め上げかけて、微かに耳に届いた声と足音に恭一はふと言葉を切ると鼎から視線を外して顔を上げた。

あるはずのその姿を探し・・・その際、腕に籠める力が緩んだ所為か鼎が再び脱走を果たそうとしたので止む無く再び腕に力を込めた。


「ぁっ・・」


今度こそ間違いはなかった。もう探す必要もない。聞き間違い、も絶対にありえない。

背後から駆けて来る足音に振り返るより先、それは飛び込んできた。


「お兄ちゃん、大丈夫!?」


腕に力を込めたまま声の方へと顔を向け、そこに萌の姿を見止める。その後に続く舞の姿も視界に入ったがそれは大して意味は無い。


「だ、大丈夫?」


何を指して言っているのかは解らなかったが、普段と何ら変わりはなかったので一応頷き答えておく。

目に見えて萌は安心を浮かべた。


「そう、うん、よかったよ・・・・・、その子誰?」


死角にあったのか今まで気付いていなかっただけなのか、動いた萌の視線が不思議そうに恭一の下に組み敷かれた鼎へと向いていた。


「・・・・・・」


数秒の間無言で見下ろしてから、恭一は鼎を突き飛ばすように解放した。


腕を押さえながら立ち上がった鼎が恭一を睨みながら口を開きかけた所で、まるで狙っていたように息を切らせて追いついた舞の言葉がそれを遮った。


「萌ちゃ・・・ちょっ・・と、速過ぎ・・よ、もぅ」


「あ、舞ちゃん・・・ご、ごめんね。つい・・」


「はっ、ふぅ・・・いいえ、お兄さんが道端で跪いていたら誰だって心配する、でしょ?」


「う、ぅん」


どうやら恭一が鼎を組み敷いていたのが後ろから見たら単に恭一が跪いていたように見えたらしい。事実はそうでないのだが、態々恭一に訂正しようなどと言う気は無い。

一方で鼎の方はその会話の最中、丁度文句を言い損なったようでただ口をぱくぱくとさせていた。


そうして萌へと微笑みを浮かべてようやく恭一たちの方へと視線を向けたところで、舞も萌と同様不思議そうに鼎を見つめた。


「誰、この子?」


そこで会話は舞が追いつく直前へと戻る。


ずっと睨みつけてきていた鼎へと一瞥をくれて、恭一は実に何でもないかのように言葉を漏らした。


「名前は水月鼎、他人だ」


「な・・何だよ、その紹介の仕方はっ!!」


「そっか、よかった」


「あんたもこれで何納得してんだよっ!?」


「じゃあ、お兄さんも無事だった事だし行きましょうか?」


「無事って何だ!! あんたらちゃんと状況見てたのかっ!?」


萌と舞の二人はその言葉だけで事情らしきものを察した――と、言うよりも感心が失せた――ようなので鼎の叫びはことごとくあっさりと無視された。


「・・お兄ちゃん?」


促すように制服の袖口が引っ張られた事に恭一は一度萌へと視線を向けてから歩き出した。

鼎の体が緊張するようにびくりと一度跳ねたがそのときには既に恭一の意識に鼎の事は入っていない。


今度は後ろから呼び止められる事はなかった。尤も今呼び止められたところで恭一が応える事は無かっただろうとは言える。


二人も恭一の後に続いて、何かを思い出したように舞だけが足をふと止めた。


「あ、そうそう。えっと・・水月鼎くん?」


一人で鼎の元へと引き返していったのだが態々立ち止まり待っている事も気にする事も、恭一は一切をしない。その必要を感じない。


半歩ほど後ろについてきていた萌がいつものようにほんの少し頬を赤らめながら腕を絡ませてくる。歩くのには多少邪魔だがそれでも浮かべる萌の表情を見ると恭一には振り払う気にはならなかった。


少し遅れて、後ろから軽い足取りが追いついてきた。それは恭一から半歩遅れるほど、萌の隣でこちらの歩みに合わせて緩やかな足取りへと変わる。


くいっ、と僅かに腕を引かれる気配に恭一はふと視線を横へと落とすと見事にぴたりと顔を上げた萌の視線とかち合った。

ちょっとだけ視線を逸らされて、次第に表情が俯きがちに翳っていく。


「・・・お兄ちゃん」


「何だ」


恭一が応えると自分が漏らした言葉を自覚していなかったのか萌の全身が怖がるように一度だけ小さく震えた。

意識せずとも言葉を発していた。


「どうした」


一度だけ泣き出しそうな瞳を上げて、すぐに元に戻される。


「・・・・・わたし、邪魔?」


「邪魔じゃない」


即答した。

言葉の意味は恭一には解らなかった。ただはっきりと言える事、これだけは確かな事、絶対に変わらない事。


まだ俯いている萌へと向かい、もう一度同じ言葉を繰り返す。


「邪魔じゃない」


怖々と、上げられた瞳がゆっくりと細まっていった。

儚く見え、優しく見え、弱々しく見える、微笑みに変わる。


「うん」


一瞬、その一瞬に酷く大きな距離を感じた。


まるでその存在を確かめるように、気付く事もなく恭一は絡んだ腕の手の平に自分の掌を、逃がさぬよう握っていた。

萌の顔が一瞬大きく驚いたように変わり、だがすぐに満面の笑みに満たされる。


「ね、お兄ちゃん」


「何だ」


「夕食の材料を買いたいから商店街に寄っていこう。今日の夕食はお兄ちゃんの好きなものにするね♪」


「そうか」


「うん」


片腕に萌を付けながらふと恭一は自分の好きな食べ物は、と考えかけてすぐさま止めた。考えるまでもなく、そんなものは無い。

第一この思考が不毛と言うもの。今の全てはこの傍に感じられる温もりだけで十分。


「・・・・・・・・」


それ以上思考するのを止めた恭一は萌に引かれるまま、商店街への道程を進んでいった。二人の少し後、全く以って忘れ去られていたはずの一人の少女はしかし口元を僅かに綻ばせながら次第に離れていく背中を見つめていた。

だがその姿が曲がり角に消えかかってようやく、夢から覚めたように瞬きを一度。駆け足で追い始めた。


「萌ちゃん、待って・・お兄さんも、待って下さいよー」


極当然の事だがその叫びは叶わなかった。





◆ ◇ ◇ ◇ ◇





日は傾き空が茜色に染まり出した頃。


恭一の両手には鞄に加えて今夜の食材があった。ちなみに買い物前までは恭一の腕に抱きついていた萌だが、流石にこの状況では抵抗を覚えるらしく隣に並んでいるだけである。

舞は、と言うと何でも召使共に餌を与える必要ゆうしょくのじゅんびがあるとかで泣く泣く――現実として泣いていた――買い物の途中で別れてしまっていた。


伸びる影は二つだけ。そして萌の様子が舞と一緒だった時より僅かだが嬉しそうなのは恐らく勘違いではないだろう。


「ありがとうね、お兄ちゃん」


「構わない」


答えてから、ふと感じた事を口にする。


「何に対する礼だ」


「色々、だよ。いっぱいの事、今日の事、昨日の事、今までの事、今の事。後・・・これからのお願い」


「そうか」


「うん、そうだよ。だから、ありがと・・お兄、ちゃん?」


「・・・・」


ふと、気付いた。

萌は恭一の異変に気付いたようで恭一を見る瞳に若干の不安を内包させていた。だが恭一はそれを気に掛けなかった。一気に他が全てを埋める。


探すまでもない。方向を見つけるのは容易かった。いや、むしろ・・


「ね、お兄ちゃん。どうかし、お兄ちゃん!?」


誘われるが儘、恭一は駆け出す。


視線が在った。其れは精確に表すなら視線とは言えないかもしれない。だが確かに見つめるそれを感じた、確固たる害意、殺意の塊を。


両手の荷物ががさがさと煩いが奇跡的にも、と言うべきか袋の中から零れ落ちるものは一つもなかった。


「お兄ちゃん、待って・・・っ」


まるで今の恭一を嘲笑うような視線に周りの音はもう殆ど聞こえていなかった。後ろからの足音や呼び声も霞んだ雑音程度にしか聞こえない。

誘う其れは恭一が全力で走っているにも係わらず一向に距離が縮まらなかった。いや、それどころか離れる事さえなかった。


「お兄、ちゃ・・ね、待・・って」


幾つ角を曲がったか、どれだけ追いかけたかさえ定かではなく、だが次第に、そして確実に人影が減っていく。恭一が足を止めた場所には人っ子一人、動物一匹居はしなかった。


両手に持っていた重荷をその場に落す。


身に突き刺さるような空気には覚えがあった。否、覚えがあるなどではない。

これは狩りの雰囲気。そして潜む狩人が狙っているのは明らかに目の前の相手、恭一だった。


恭一はじっと目の前を睨みつける。


「・・・誰だ」


目先に在るのは、いや誰もいはしない。恭一の視線の先はただの壁があるだけ。左右も正面同様に無骨な石造りの壁で誰か、何かが潜む場所などありはしなかった。

強いて言えば三方に囲まれた空間の陰、か。


慎重に、周囲にも気配を探りながらゆっくりと行き止まりににじり寄る。


「っ!!」


「・・・はぁ、はぁはぁ」


背後からのその洗い呼吸が前触れだった。視線が突如として完全に消失した。


「はぁ・・・お兄、ちゃん?」


周囲を見遣り今一度視線の有無を確かめて、それから恭一は声に応えて振り向いた。


「何だ」


「何だ、じゃないよ。行き成り走り出したのはお兄ちゃんで」


言葉が止まる。そして見る見るうちにその表情に曇りが、影が差していく。仕舞いには泣き出しそうな程に悲しげなものへとなって、潤んだ瞳で見つめてきた。


「・・・また、往っちゃうの?」


「何処に行く気だ」


「ぇ、あ・・・・な、何が?」


聞こえた言葉に応えたつもりだったがどうやら半ば無意識に漏らしていたようで萌の表情にあるのは突然の恭一の言葉に対するただの戸惑い、それだけだった。


あの哀しげな表情がまるで幻だったかのよう。


「いや、いい。何でもない」


瞳に焼きついたその幻を掻き消すように恭一は身を翻し、地面に落としていた荷物を再び手に取った。そして早足で歩き出す。


「あ、お兄ちゃんっ」


すれ違い少しだけ遅れて、当然のように萌も駆け足で追いかけてきて恭一の隣へと並んだ。


「もう、お兄ちゃん。びっくりするんだから、急に走り出さないでよ」


「ああ」


「あ、でも別にそれが悪いって言ってはないよ?」


「ああ」


「だから、その・・ね」


「ああ」


視線に晒されていた間は感じなかったが向けられていた視線を思い出すたび、奇妙な不快感が湧き上がってくるのを止められなかった。

掻き消す事も出来ない、考えを止める事も出来ない。わけも分からずに何処か苛立ちを覚えて、その所為で隣で萌が離している言葉も全部右から左へとすり抜けてしまっていた。


「今度走り出す時はわたしも連れて行って・・・絶対に離さ、ないで・・・」


触れるか触れないか、躊躇うように掠めた手を恭一は反射的に握っていた。


握った手の平から震えが伝わる。


不意に感じていたはずの不快感が和らぎ、堂々巡りだった思考が止まった。

感じる温もりに安堵して、だからか不思議と考えていたはずの答がすっと脳裏に浮かび上がってくる。


最後に感じたもの。あれだけが違っていた。

殺意ではない。害意ではない。純粋な、恭一に対する敵意。敵愾心。あれは言葉で表すならどれが一番、適格か。




嫉妬?





◆ ◆ ◆ ◇ ◇





二人の姿が場から消えてからどれだけ経った程か。

まるで周囲の影から浮かび上がるように一つ、いや一人の塊が剥離した。


其れは人型であり、だからこそ人ではありえない。尤も何を人とするか、その定義には些か疑問がもてるのだが。


其れは何処にでも居るような男だった。特徴と言う特徴のない、だがだからこそこの場においてはそれが最も足る特徴になり得る。その異様さが浮き立つ。


「つけられているとは思っていましたがまさか彼とは・・・。それともこれはあなたの仕業、ですか?」


男は今しがた自分が剥離した壁へと視線を向ける。決して険しくはない、かといって穏やかでもない瞳。

微かに口元が歪むのは笑み、だろうか。


「まあ、どちらでもいい。何、責めはしませんよ。いえ、そうでなくては面白くもない」


当然ならが男に答えるものはない。


男は気にする様子もなく、一度だけ二人が去った方向へと視線を遣った。


「・・・・・くくっ」


姿が霞む。


もうその場には何もなかった。







七宝殿~居間で興っている事?~



ありがとうは「時にはあったりなかったり」




真衣:……驚きです


萌:? 何が?


真衣:恭一さんにも好きな食べ物、というものが存在していたのですね


和佐:俺も初耳だな、それは


舞:…私も


萌:………むぅ


和佐:で、さ、萌ちゃん、結局恭一の好物って一体何だったんだ?


真衣:あ、それわたしも知りたいで~す


舞:あら、二人とも、そんな事も分からないの?


和佐:って、お前は分かるとでも言いたい口調だな、舞、さっきは初耳って言ってた癖に


舞:当然よ、萌ちゃんの思考を逆探査すればすぐに分かるわよ


萌:ぎゃく…たんさ?


和佐:……お前一体何者だよ?


舞:あら、前回も言ったけど改めて聞きたいの、私の事?


和佐:………いや、やっぱいいわ


萌:ねえ、舞ちゃん


舞:何、萌ちゃん?


萌:ぎゃくたんさ、って何?


舞:それはね、萌ちゃんの考えている事は私にも分かるって事よ~


萌:え?


真衣:ぷらいばしーも何もあったものじゃありませんね


萌:ま、舞ちゃんわたしの思っていること分かるの? え、えすぱー?


舞:違うわよ、そうじゃなくって、以心伝心、相思相愛って事


萌:あ、そうなんだ


和佐:お前、ドサクサにまぎれて一体なんて事を…


真衣:でも萌さんは納得していますね


和佐:さほど気にしてないだけだろ、恭一同様萌ちゃんも興味ない事には素っ気無いから


真衣:はぁ、そういうところは兄妹って感じですね


和佐:ああ……って、結局恭一の好物ってなんだったんだ?


真衣:そうですよ……舞さん?


舞:それはね…


和&真:それは…?


舞:ずばり、食後の饅頭と昆布茶だったりするのよ…ね、萌ちゃん?


萌:う、うん、そう………すごいよ、舞ちゃん…でも、どうして…?


舞:それは後で、ね、今はひとまず…皆さん四十話までさよならよ…でね、萌ちゃん…?



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