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七宝伝〜今起こったこと〜  作者: nyao
三章 ~意味~
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休章「ありがとう」






あれからしばらく、和佐は家に帰り恭一は自分の部屋へと引っ込んだ。部屋で何をしているのか、もう寝ているのかもしれないが何をしているのかは問題ではない。

すぐ近くにいる事、そう分かる事、それだけで十分。

だからだと言える、恭一の後に二人で一緒にお風呂に入った時には普段どおりの振舞ってくれていた事。


「・・・・・」


数分前の事を思い出して口元が緩むのを止められなかった。


白い肌、タオル越しに伝わる餅みたいな弾力と体温、水の滴るうなじに髪の毛、それと時々洩らしてくれる甘い吐息。


「舞ちゃん」


ふと、“妄想”と髪を弄っていた手を止めた。でもまだ望まれていないから振り返らない。


「今日は・・・ありがとうね」


言いたい事は分かる、けど礼を言われる筋合いはない。誰もが皆、自分の為に行動をしているに過ぎない。

振り向く、そして少しだけ首を傾げた。


「何の事?」


「学校の帰り。それとさっきの事」


ああ、やっぱり。でも、ね・・・


「何、そんな事?」


「うん。わたしはとっても嬉しかったから。お礼を言いたかったの」


「そう? でも気にする事もないわよ。放課後の事は単に私がパフェを食べたくなっただけよ。あと噂に聞いて実物も見たかったからもあるわね。まあ、結局三人がかりでやっと一つ食べられたんだけど」


「うん、容器だけで三十センチはあったもんね。凄かったよ」


その時の事を思い出したのか二人して思わず笑ってしまっていた。


「確かミックスフルーツジャンボ・・・なんだったかしら? まあ、あれが売れているとは思えないわね。きっと客引きの単なる見世物よ」


「・・・うん、そうだね」


苦笑。でもすぐにその顔色が曇った。慌てて、もう一つの方も本音を言う。


「今私がいる事だって偶々よ。急に萌ちゃんに会いたくなっただけなの。むしろ私の方こそ行き成りお泊りだなんて、迷惑じゃなかった?」


「ううん。舞ちゃんだったらわたし、いつだって歓迎だよ」


きっと何気なく言ったのだろう。そうと分かっていても押さえつけられないものがあった。

自分でも気がつくと傍まで迫っていて、


「ほんと?」


「ぁ、う、うん。ほんと、だよ?」


頷いてくれた。それはきっと本心で、決して気圧されるように思わず頷いてしまったのではない・・・・・・・・・・そう思う事にした、多分。


嬉しさが溢れ出した所為だと思う、次につい失言をしてしまったのは。


「ならいっその事この家の住む、なんて事は―」


「駄目っ!!」


慌てて口を押さえても、遅い。だから違う行動に移ることにした。

とびっきりの笑顔を浮かべて、だけどこれもれっきとした本心。


「ほんの冗談で、ちゃんと分かってるわよ。それに稀に来るから楽しいのよね、きっと」


絶対に表情には出さないけど毎日、それこそずっと眺めていても飽きる事はないって言うのは判っている。でも、だから、それが許されるのはただ一人だという事も知っている。


残酷だとは、思わない。近くにいられるだけで幸せだから。でも、そうじゃない人もいる。


せめて、少しの間は忘れられますようにと。

意地の悪い笑みを浮かべる事にした。


「それにお兄さんとの二人の時間の邪魔はしないわよ?」


「ま、舞ちゃん!!」


からかっていると思ってくれたのだろう。頬を赤く染めて、それは本当に抱き締めたくなるほど可愛らしい。

ちょっとだけ怒ったようなその表情に、小さく舌を出してわざと逃げてみせる。


「ごめん、ごめん。だって萌ちゃんが余りにも可愛らしいんだもの。思わずからかいたくなっちゃのよ~」


「む~、舞ちゃんっ?」


「あはははは」


「う~~」


狭い部屋の中を追いかけっこする。これで中々、とっても楽しい。


ちょっと息が切れたくらいで止めておいた。お風呂上りに態々汗をかく必要もないと思う。

振り返って、ベッドに向けて飛び掛る。


「きゃっ!?」


「・・わふっ」


「もう、舞ちゃん」


すぐ間近にある顔が愛しくて、だからこそ“とても哀しくなる”。


「・・・萌ちゃん」


「ん、何、舞ちゃん?」


「――――」


“違う”。今はいい。きっと時間で解決させるから。

出かけた言葉を飲み込んで、代わりの言葉。でもこれも言いたかった事に変わりはない。


「今日はもう寝ましょう。私、ちょっと疲れちゃった」


「え、でも・・・?」


言いたい事は分かる。まだ時間的に寝るには早過ぎるから。でも、


指をそっと唇に添えてそれ以上を遮る。


「いいの。私が眠いの、ね?」


「ぅ、うん」


萌をベッドの中に押し付けてから、部屋の入り口付近まで行ってそこのスイッチに手を伸ばす。


「じゃ、電気消すわよ?」


「うん、お願い」


ぱち、と。


部屋の中が暗闇に覆われた。


「舞ちゃん、こっちこっち」


暗いとは言っても相手の姿が全く見えなくなるほどではなく、薄っすらとだがその姿も見えた。それでも呼びかけてくる姿が本当に愛しく思える。

半分ほど冗談で、手探りでベッドへと向かう事にした。


ぎゅっと伸ばした手に温もりが伝わる。


「お帰り、舞ちゃん」


「ええ、ただいま、萌ちゃん」


ベッドの大きさはセミダブル。少し狭いけど二人で寝られないほどでもない。半分空けてくれた場所に、互いに身を寄せ合って布団の中に身を沈めた。


「それじゃ、お休みなさい。舞ちゃん」


「ええ」


隣からの寝息は本当にすぐに聞こえてきた。

やっぱり疲れていたんだろう。それも主に精神面で。本当にこんな時は何も出来ない自分が恨めしくなる。


音を立てないように半身だけを起こす。

思い浮かんだのは今日この家に来た時の萌の姿。居間の椅子の上で動く事無く、ただひたすらに涙を流していた。声をかけるとすぐに取り繕いはしてくれたけど、それだけの事。


「今日は一杯、疲れたのよね。ご苦労様」


そっと、手を伸ばして綺麗な髪の毛を指で梳きながら、思わず頭を撫でていた。

どんな夢を見ているのか、起きている時には絶対見られない幸せそうな寝顔。


「んっ、ぃちゃん・・・」


その夢の内容に想像がつき、出ているのが自分ではないと分かってほんのちょっとだけ悔しかった。でもそれ以上にこの安らぎを浮かべてくれるのを嬉しく思う。


くすり、と自然に微笑が漏れていた。


本当に心が安らぐ。


「お休みなさい、萌ちゃん」


耳元でそっと、それから一度だけ、掬った髪に唇を当てる。また身を倒して隣の温もりを感じながら瞳を閉じた。


どうか、“いい夢がみられますように”。




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