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七宝伝〜今起こったこと〜  作者: nyao
二章 ~仲間~
35/51

二十八話「老人の実力」






家の奥にあったただ広いだけの一室。柱や畳、天井に至るまで所々に荒れが見えた。


この場所に来たのは久しぶりだった。遠くない昔、恭一たちがこの老人に教えを乞うていた場所。


「さて、此処なら十分に広いだろう」


一室の中央部、経と凪が互いに向かい合う。残りの四人は部屋の隅で待機、の状態である。

経の手には部屋の入り口に置いてあった木刀、木小太刀が一本ずつ。凪も持って来ていた鞄の中からいつもの短剣を取り出し、抜いていた。


「準備はいいか?」


「はい」


向かい合った者、互いに構えを取る。


「撃つのは一度だけだ。しっかりと・・・受け止めよ」


瞬間、空気が一変した。

恭一を捌いた時にも見せなかった闘気、それが今は経の全身から発せられていた。


赤牙せきが


呟きに、凪の手にあった短剣が淡い赤の衣を纏う。そして次の瞬間には燃え上がり、同時に其処に在ったのは既に焔の剣だった。

赤き剣を眼前に、盾にするようにかざされる。


僅かに口元が綻び、経の身体が浅く沈んだ。刀を前へ、小太刀は添えるように後ろへ。


眼に映る光景に、恭一は軽い吐気を憶えた。それが何であるかを知ろうとせず、更に食い入るように見詰める。


じわりじわりと其処に在るものを侵蝕していく。


構わない。嘔吐感、眩暈、歯を食いしばって全てを無視する。

不意に、頬を撫でるものに気が付いた。


風が巻く。


初めは微風、次に暴風。その全てが経の構えた刀へと吸込まれるように流れていた。だが荒れ狂う風は経の髪一つ、服の袖も巻き上げる事はない。まるでその風自体が現実ではないようにさえ感じさせる。


最後に、無風。


「往くぞ」


一陣の風が流れた。はたまたそれは勘違いか。


経が後ろの小太刀を突いた。合わせるように刀が動き、二丈を乗せた何かが穂先から噴出される。

左右から溢れた右巻き、左巻きの風の渦。それが互いに消し合う事無く、逆に互いを相乗させながら凪へと向かった。


「っ・・!」


息を呑むのが伝わった。


不可視のものに、朱色の焔が火花を散すように激しく閃光を放つ。その飛び火に不可視だった空気の渦が僅かに姿を現した。


垣間見えたのはあぎとを開く双龍の牙。

空気が朱に染まり、ぶつかり合う所々で小さな爆発が幾つも起こり始める。


「くっ・・!」


僅かに後退り初め片手だったそれにもう片手が添えられて、朱の色はより激しく鮮やかに、一気に膨れ上がった。


視界に広がる赤い世界に、何と恐怖する事か。それは本人さえ無自覚に、恭一は動いていた。


所々で起こっていた小さな爆発が、一つ大きな光を伴い弾け飛んだ。


「やばっ」


焦燥に似た声を掻き消しての爆音。満ちる光と共に衝撃波がその部屋全体に奔っていた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




満ちていた光は一時の幻だったように、何事も無く静寂が訪れた。

恭一は光を遮っていた瞼を開き、いつから自覚したのか抱きかかえるようにして胸の内にいた相手を気遣うように覗き見た。


「大丈夫か、萌」


掛けた声に瞳が開かれて、初めに浮かんだのは驚き。次いで喜び。


「うん、お兄ちゃんが庇ってくれたから、大丈夫だよ」


「そうか」


無事を確認した萌から身を離して、恭一は改めて今は治まった光と爆発の元へと視線を向けた。

爆音の割には被害が小さかったのか、それとも別の要因か、少々畳が焦げているだけでそれと言った被害は見られなかった。焦げも元より荒れている場所、気になる程度でもない。


吹き飛ばされたらしく、爆心地から少し離れた場所に凪の姿はあった。


「っっ、・・・?」


何かに気付いたように、凪がきつく閉じていた瞳を開いた。そして周囲を見渡して、また不思議そうに眉を寄せる。


「な、凪ちゃん。早く退いて、くれ」


「か、上柳!?」


飛び上がる、と表しても良いだろう勢いで凪がその場から退いた。その下に、無様な恰好で潰れていた和佐の姿があった。

身体を慣らしながら大した怪我もない様子で身を起こす。


「あー、痛てぇな、くそ。じいさんももう歳なんだしもうちょっと位手加減しろよな、おい」


「十二分に手は抜いた」


平然と一人、木刀を下の場所に戻していた経は実にしれっとした態度でそう言い放った。

呟きを聞かれた和佐は居心地が悪そうに、視線を逸らして肩を落す仕草をする。


「あれの何処が、だよ・・・」


身体をほぐし始めた和佐の傍を通り、経はまだ畳の上に座り込んでいた凪へと手を伸ばした。その表情は先刻までのものとはまるで違う、柔らかい微笑だった。


「あれで五分程度だと言えば、分かってもらえるかな?」


「五分・・・あれで半分、ですか」


「そうだ」


出された手を取って、凪が身を起こす。身を起こすのを手伝ってからその視線は和佐、そして恭一の方へと向いた。


「如何だ、和佐、恭一。何か分かったか?」


「ああ、何となく・・はな」


「・・・・・・・・」


頷いた和佐に対し、恭一は何も応えず、ただじっと経を見ていた。


先ほどまで感じていた嘔吐、眩暈、その類の焦燥に似た恐怖は微塵もなくなっていた。気持ちが滞る事もなく、不意に込み上げてくるものがあった。

それは哀愁か、懐古か。どちらにしろ、胸の内に激しく苦しさを伴うものだった。

赤い世界と爆発、炎。だがそれは正しくない。本質は其処ではないのだと、解っている。そしてその本質こそが胸の内を焦がしている衝動に他ならない。


足が自然と前へ、経へと向かっていた。


「今の、は・・何だ」


「今のが『色』と呼ばれるものだが、詳しい事をわしは知らぬ。先ほども言ったが知りたいのなら彼女にでも聞けばよい」


「し、き」


言葉に聞き憶えはない。だがそれでも、その言葉が内の何かを刺激する。いや、もしかすると何処か何時かに聞いた事があったのかもしれない。それこそ、あの瞬間に。


足は止まる事はなく、経へと向かう。その歩みは端から見ても危なげで、まるで何かに取り憑かれているようですらある。


「お兄、ちゃん?」


戸惑い交じりの一声。

ただそれだけの事が酷く遠く感じ、だがその声に恭一は立ち止まり我に返ったように呆けた表情で振り返った。


「何だ」


一瞬後にはまるで何もなかったかのように。

其処に在る事。萌は何処かほっとしたように、首を横に振った。


「ううん、なんでもないよ。お兄ちゃん」


「そうか」


再び経を見た時には先ほどまで溢れる程に在った衝動は、憑かれるような必死さは、嘘幻であったかのように霧散していた。

同時に聞こうとしていた事まで如何でもいいように、何を言おうとしていたのかも解らなくなって恭一は経を一瞥するだけでそのまま部屋を出て行こうとした。当然、萌も駆け寄って、腕に縋りついてきた。


「待て、恭一」


背後からの一声に、足を止めた。


「お前に言う事が出来た。少し残れ」


振り返り此処に来て初めて見せる厳しい瞳を受けて、恭一は黙って睨み返した。

しばらくして応えは返ってこない事に、引き返し部屋の奥へと戻る。何処か不安そうな瞳で見上げてくる傍らの存在を、恭一は敢えて気にしない事にする。


「じいさん、それって俺等が聞いても大丈夫な内容か?」


少しの間を置いて、首は横に振られた。


「いや、席を外せ」


「・・・・りょーかい」


受ける言葉は軽い調子に、和佐の視線は恭一の隣、萌へと移った。


「それじゃ、萌ちゃ・・ん・・・・」


言葉と身体が同時に固まる。ついでに笑顔も凍り、ひくっ、と僅かな痙攣が頬を伝った。


「――何、和ちゃん?」


遠目にも解るほどに和佐の肩がびくりと震える。

言葉はなかった。替わりにぎこちない動きで首だけが凪へと向かった。


不気味なほどに爽やかな笑顔が浮かぶ。


「それじゃ、凪ちゃん。ちょっと話をしようぜ」


「は? 一体何の話を・・・」


「ほら、あの事だよ。いいから、いいから」


「あ、ああ。いや、待ておい、上柳。引っ張るな」


凪の手を取ってかなり強引に、かくかくの動きで殆ど引き摺りながらその足を出口へと向けていた。


「うぅ、誰も私の事なんて気にしてくれないのね」


ただ一人、誰に庇われるでもなく正面から爆風を食らい壁に激突、器用に力なく丸まりながら倒れこんでいた舞の悲しげな声が響く。


「ああ、そういえばお前もいたな」


ついで、とばかりに和佐は出掛け際にその首元も掴んで凪と一緒に引き摺っていく。


「ちょ、痛い。和、離せ、離しなさいってば。私は萌ちゃんと、痛い、こら、引き摺るな。痛い、痛いってば!!」


「じゃ、俺等は外させてもらうわ」


襖が閉められる。


廊下から届く喚き声は次第に小さく、そして聞こえなくなった。


「萌、お前も出て」


「嫌、です」


掛かる声に間入れず、はっきりとした拒絶が吐かれる。

じっと見詰めてくる視線に怯えるように、或いは奮い立たせるように、腕に絡まった力が強くなった。


「・・ふぅ」


ため息一つと共に経の視線が萌から逸らされて、同時に腕に掛かっていた力も和らいだ。

次にその瞳は恭一に、先ほどまで浮かんでいた鋭いものでも願うようなものでもなく、ただ真っ直ぐな視線だった。


「恭一」


恭一は応えない。これは、相手がそれを必要としていないと判っているから。


今度は場の雰囲気にか、腕に絡まる力と萌が身体を強張らせたのが伝わってきた。半ば無意識に、安心させるように腰に手を当てた。それだけでふっと強張りが落ちる。


「お前は・・・あの時と何一つ変わっていなかったようだな。このまま進めば先に在るのは自壊だけ、遠くないいずれに死ぬぞ」


発せられた『死』という言葉に、別の意味で萌の身体が強張る。恭一は視線を向けて、不安そうに向けられたそれに何も返さずに再び経へと向けた。


「だからどうした」


こちらも無意識に、萌の腰に当てていた手を引き寄せた。

恭一の瞳には今までで一番の、怒気が(、、、)籠められていた。だがそれも経はないかのように受け流し、気に入れはしない。


小さなため息が経の口から漏れた。向けられたそれは哀れみにも似た視線。


「予め言っておく。お前は強い、十年前と比べても十分なほどに力をつけた。それは間違いない。もし実力のみで勝負が決まるのならわしは間違いなくお前に負けるだろうよ」


「だからどうした」


そんな事は関係ない。目の前の老人を倒せた所で恭一に何ら利はありえない。もし邪魔するのなら排除するのみだが、恐らくそれはない。


だから、関係はない。


伝わらない事にか、今一度力なく経の首が横に振られた。


「違う、恭一。そういう事ではない。だから、お前はいまだわしに勝てぬ。何度やっても、今のままでは何も変わらぬ」


「構わない」


「いや、構うのだよ。みすみす、お前を無駄死にさせるわけにはいかん」


「な、に」


「だから、無駄死にだ。このまま計略に乗り続ければお前に待つのは惨めな最後しかないぞ。貴様、同じ過ちを繰り返す気か?」


ただ一言に思考が、理性が、感情が、衝動が、弾け飛んだ。


それは有り得ない。


それは認めない。


それは絶対、拒絶する。


一歩、前に出た。

腕にしがみついた萌も離れずに寄り添い一歩進む。


一歩、前に出た。

萌も離れないように、付いて来る。


一歩、前に出る。

萌が少し遅れて、付いて来た。


足を出す速度が早くなるにつれ、萌は間に合わずに遅れていった。前提として歩幅が違う。

そしてそれは遠くない、今に起こる。


「ぁ、お兄ちゃ・・・」


振った手に、別離した萌から僅かな呟きが漏れる。だが恭一が其処に留まることはなかった。

声どころか、存在にすら気付いていないように経の元へと歩んで往く。


「恭一、まだ認められぬか? まだあの女にほだされ続けるか?」


「師匠それはっ!!」


「黙れ!!!」


萌の絶叫と、それを掻き消す更に大きな恭一の咆哮。


許さない。例え誰であろうと、穢す事は、さげずむ事は、罵る事は、赦さない。


その瞬間、恭一の中の何かが今度こそ、完全に切れた。

地を踏む足は音もなく、身が弾け跳んだ。

二丈ほどあった間も今はない。


「むっ」


浮かんでいた経の目の色が変わる。が、関係ない。

左拳を下顎目掛けて放つ。


沈んだ体勢に、五寸ほど先でそれは見切られて空振り。


続いて下段に蹴りを放つが弾けるようにして後ろへ跳ばれて、また空振り。二人の距離が開く。


開いた間を、だが恭一は驚異的な瞬発力で再び一拍も置かずに詰めた。

身体を捻って放つは回し蹴り。


あれだけで目が慣れたのか、今度は余裕で半歩下がるだけで悠々と避けられた。それでも構わず、恭一は更に間を零距離まで詰めて拳を叩き込む。

払われ、捌かれ、避けられ、どれ一つとして受け止められる事すらない。


「言ったはずだ。お前の攻撃はどれも単調すぎる」


構わない。当たらないというのなら、当たるまで繰り返すだけ。

続けざまに、今度は足も織り交ぜた連撃を放つ。左右上下、八方に至るまでのそれらは、当たればただでは済まない鋭さを持ちはするも一発として当たる事はなかった。


「だから無駄だと、っ?」


ちっ、と微かな音。

今まで完全に流せていたはずの、経の手元に出来た小さな切れ目から血が滲み出た。


「ほぅ、少しはやるな」


感心するように、止まった一瞬の隙を恭一が逃すはずもなかった。零距離よりも更に近く、相手の懐まで踏み込んで、全力で拳を放つ。

が、初めて、経の拳によってそれは受け止められて止まった。拳を引こうとするも、しっかりと掴まれていて離れられない。


「だが、まぐれはまぐれだ。事の心髄が視えてないお前ではそれ以上は望めない」


応えず放った上段蹴りに、易々とかわされるだけでなく残った軸足を払われた。


「っ」


宙で身体を捻り、抑え付けようと下ろされた足を間一髪でかわす。

転がる勢いのままに経と距離を取り、身を起こして相手を睨んだ。どうやら初めから追い討ちの気はなかったようで経はただその場に立っていた。それが余裕に見える。


ただいつの間にか、経の手の内に一本の短刀があった。何処に忍ばせていたのか。出かけた足が寸前で止まる。


「恭一、一つ聞こう」


「何だ」


「仇が取りたいと言うお前。ならば何故、何故お前は刃を捨てた? 仇を殺す気なら、そうでなくとも無力化させるには刃物を用いた方がより確実なのは確かであろう」


恭一は何も応えない。

その答は確かに恭一の胸の内に存在している。しているが、それは。


「それとも、その覚悟がないか?」


淡々と述べられた後、手に有った短刀が恭一に向けて投げられた。だがそれは避けるまでもなく、恭一の足元へと浅く突き刺さった。

それは初めから当てる気はなく、渡すのが目的だからか。


「武器を取れ、恭一。覚悟があるなら手段を取るな。目的のために手段を選べば、少なくとも今のお前の往く先にあるのは死のみと知れ」


先に死が在るのは構わない。そして奴を殺すためにその手段が必要ならば、それを得るだけの事。それは当たり前の事で、悩む必要すらありはしない。


恭一は、足元にある短刀へと手を伸ばす。


「お兄ちゃ・・」


身を屈めて手で攫み取り、畳から引き抜く。元々浅かった所為でそれは軽く抜けた。恭一はそれをしっかりと握り締めて屈めた身を起こした。


“さく”、と。


足元に再び突き刺さったのは恭一がしっかりと手に持っていたはずの短刀だった。


「・・・・・・・」


零れ落ちた短刀と自分の手の平を交互に見る。だが何も変わらない。掌に短刀は存在せず、それは畳に再び突き刺さっている。

どうして、と自身に問うてみるも答すら必要としない。それは千里恭一と言う人物にとって十一年前から有る当然の事象だから。


ありありと蘇る恐怖に、恭一の身体は震えていた。止まらない、治まらない。


「恭一、何があったかは聞かぬ。だがな、仇を討つのならそんな事は忘れてしまえ。でなくば、お前は死ぬ。今ここにある現実が、語る全てだ」


睨みつけるも一瞬に、恭一は一気に経へと駆けた。当然短刀は畳の上に落ちたまま。恭一の両手は徒手である。

僅かに首を振り、経は構える事も動く事もしなかった。その必要すらないという事か。


後一歩で経に届く。その腕が


「だめぇぇ!!!」


止まった。

言葉ではない。恭一の胸を貫いた何かが、恭一を止めて振り向かせた。


「駄目、だよ。お兄ちゃん。師匠に今そんな事をしても意味がない。それは、違うよ」


其処に在るはずの萌の姿がどうしてか、いつもよりも小さく見えた。泣き出しそうに、胸が苦しい。


「・・・萌」


いつにも増して鋭いその視線は、恭一を通り越してその向こう側を見ていた。


「お兄ちゃんは、死なない。わたしが死なせない、もん」


その声を受けてなのか、経の身体から出ていた闘気が完全になくなった。


「恭一、それと萌」


呼ばれた声に萌を見てその瞳の内に、振り返る。


「わしも死んで結構と思うわけではない。ただ年寄りの戯言、“経験者として”語っただけの事だ。その上で一つだけ忠告しておくぞ。お前の今生きている価値は何だ?」


今生きている価値。それを問われて出る答は単純だった。奴を殺す事。殺して、殺して、殺して、この世から存在を微塵も残さずに消し尽くす事。

だから、他にはありえない。


見透かしたように、経は首を振る、横に。


「過去ではない。今在る理由、その答が今のお前に必要なものだ」


恭一と萌が黙っている中、経はしっかりとした足取りで二人を通り越して部屋から出て行った。向けられた瞳が、懐かしんで見えたのはどうしてか。


「お兄ちゃん・・!!」


駆け寄ってくる萌を他所に、考える事はただの一つ。

首を横に振ったという事は否定に他ならない。だがそれでも、今の恭一にとって生きている意味など、意味などは


「お兄ちゃん、大丈夫? 何処か痛い所ない?」


「・・・・・・・」


「お兄ちゃん?」


心配そうな、今にも泣き出しそうな萌の顔が目の前にあった。そこに先ほど見せた鋭さや悲しみはない。


ふと何の訳も唐突もなく、恭一は思い出していた。


――約束、だぞ?


それは、


――絶対、破ったら私が赦さないわよ


あの時の約束ねがいか。

だがそれは言葉だけで、一体何を誓約けついしたかが思い出せない。ただ激しく胸が痛みを訴えるだけ。


「何もない」


心の何処かで引き留められるように、恭一はその瞳から顔を背けていた。

萌は何も言わない。だから、いつもと違う兄の態度に不安を覚えた事も、苦しんだ事も、何一つ伝わる事はない。


痛みが引き始めた胸の内で恭一は再び想いを巡らせる。


決意はただ一つ。奴を、殺す事。


まだ震えの治まらない拳を強く握り締め、恭一はその部屋を後にした。

決して離れまいと、寄り添うように、萌も恭一の背中に追い縋っていく。すれ違うのか、重なり合う事はないのか、二人はただ願うだけ。








七宝殿〜居間で興っている事?〜


二十八派「老齢の力量」




萌 えっと、先ずはごめんなさい、大変恥ずかしいところを見せてしまいました


真衣 そんな縮こまって赤くなっている萌さんもグー!


萌 ……


真衣 ? 何ですか?


萌 その発言、舞ちゃんにそっくりだね、もしかして似てきた?


真衣 ………実に心外な物言いですね、それは


萌 あ、その…ごめんなさい


真衣 いえ、あの発言はわたしも問題があったので、取敢えずは放ってくれると吉です


萌 あ、そうなの?


真衣 はい、そうです


萌 真衣さんがそういうなら…うん


真衣 助かります……さて、それなら早速今回の話の説明に入りましょうか


萌 あ、うん、そうだね


真衣 さて、今回の話ですが、これは…恭一さんがまた見事にやられちゃっていますね


萌 ………うん


真衣 しかし凪さんを圧倒する様子と言い、ちょっと恭一さんたち置いてかれ気味ですね


萌 …お兄ちゃんは強くなるもん


真衣 萌さんを守るために、ですか?


萌 え………うん、だと良いな(真っ赤)


真衣 はい、お約束ありがとうございました、と、言う訳で、次行ってみましょう


萌 次は…え? お兄ちゃんとわたしの会話?


真衣 ちょっと違いますけど、まあ……そうです、ここで注目が一つあります


萌 …?


真衣 この会話からすると、経さんの過去が随分と複雑なもののようですね


萌 あ、うん、和ちゃんのおじいちゃん、若い頃バリバリやっていたって言ってたよ


真衣 バリバリとは……また古い言い回しで


萌 …ねえ、真衣さん?


真衣 はい?


萌 バリバリって、具体的にはどういう意味なのかな?


真衣 ………


萌 ねえ?


真衣 あ〜……もうそろそろ終了時刻も迫ってきましたか


萌 ねえ、ってば


真衣 ほら、という事で今回は終了です、次回が在れば、二十九話で巡り会いを…


萌 ねえってば〜〜……ぶう、誰も教えてくれないのってどうしてだろ?




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