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七宝伝〜今起こったこと〜  作者: nyao
二章 ~仲間~
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休章「兄妹の休日」



「萌」


夢心地。

呼ぶ声に、瞼が上がった。


「大丈夫か」


目前まで迫っていたのは恭一の顔。

頬がほんの少し熱を持つのを感じながら浮かべたのは多分、苦笑。


「ちょっと風邪を引いただけだよ、お兄ちゃん。そんなに心配しなくても、わたしは大丈夫」


起き上がり、途中で身体を支えられる。


薄着の上から伝わる温もりに体中が熱くなっていくのを感じて、恐らくは今鏡を見たら顔が真赤になっているだろう。

それをどう見入ったのか、恭一の表情は僅かに曇った。それを見て同様に悲しくなる。


大丈夫だよ、とは伝わらないものなのか。


「こんなものしか作れなかった」


言葉の後に出されたのは一つの茶碗。お盆の上に乗ったそれは熱そうに湯気を発している。


中身は、粥。

単純なものだがあちらこちらに工夫、苦労とも言うが、の痕が見えて萌は知らずのうちに僅かに苦笑していた。


「ううん、わたしはお兄ちゃんが作ってくれたものなら何でも嬉しいよ」


心からの本心だった。


「悪い」


その事が粥の出来の悪さを言っているのでない事はすぐに察せる。そんな事で謝るような人ではないから。


「ううん、過ぎた事なんてどうでもいいの」


まだ何か言いたそうに恭一の口が開きかけ、


聞きたくない。

それを遮るように萌は気持ちを吐いていた。


「わたしはね、お兄ちゃんが傍に居てくれる、それだけで十分なの。それ以外は何一つ望むものなんてない。だから、だから・・ね」


それ以上は言えなかった。

言葉に出すのが怖く、万が一にも言葉が真実になってしまえば耐えられないと、分かるから。


涙腺が緩むのを感じ、それを恭一にだけは見られまいと、それを見れば絶対に自分を責める事を知っているからと、萌は隠すように顔を俯かせた。


ぽん、と温かなものが髪の上に乗った。


「もう、大丈夫だ」


それが何かは見ずとも判る。恭一の手の平。


「絶対に、萌を置いていかない」


乗せられた手の平に自らの両手を添えて、ほんの少しだけ耐えるように、沈黙。


その言葉が何よりの嘘だと分かってしまうから。


今は本心だとしても、その言葉だけは絶対の嘘だから。


でも今だけは、真実になる。


口元が綻ぶのを感じて萌は顔を上げた。


「うん、お兄ちゃんはわたしを置いて往ったりしない。そう」


口元が震える。それ以上の言葉を出せない。

けど、言わない事はありえない。


「・・・だよね?」


「ああ、そうだ」


普段と全く変わりない姿。無表情、無感情。それが今の恭一。


だけどそれでもいいと思う。

居なくなる事に比べれば、自分を見てくれなくなる事に比べればそんな事は本当に細事。目の前に在ればこそ、その優しさと温もりに変わりは一つもない。


「食べて、ゆっくり休め」


「うん」


茶碗が出されたそれを、ふと思いついた事に手を伸ばすことはできなかった。

恥ずかしい、恥ずかしいけどそれ以上に望んでいる事が分かる。


「あの、ね。お兄ちゃん?」


言う一言だけでも震える。


不思議に思ったのか、俯いた顔を覗き見るように下から恭一の顔が迫っていた。


かっ、と身体の心から熱が出る。


何を思ったか、恭一は茶碗を傍に置いた。

そのまま、両頬を挟まれて無理矢理顔を上げられる。


「お、お兄ちゃん?」


顔が、近づいてきた。


まるでキスするような。


ああ、いつものだと思いつつも鼓動は一層早打ちを続ける。


コツ、と互いのおでこが当たった。


「んっ」


目を開いてその顔を見るのも恥ずかしく、目を力一杯に瞑る。

一秒、二秒、三秒・・・一体どれだけ経ったのか。


「少し、熱いな」


恭一の顔が遠のいていく。


少なくとも心臓がその鼓動に破裂するより先だったらしく、全身の力が抜けてそのまま萌は恭一の手に支えられながら少しだけ身体を傾けた。


「お兄ちゃん、気持ち良いね」


自分でも何を言ったか分からず、まるで今も夢の世界にいるかのよう。緩やかになっていく心音が現実を彷徨わせる。


恭一が茶碗とさじを手にして、傍に腰を下ろした。


「ほら」


碗の中から掬われた一尺の粥が口元に差し出されて。


何が起きたのか分からない。それともまだ夢の中にいるのかどうか。

これが現実と言う答えはすぐに返ってきた。

泣き出しそうになるのを堪えて、口を開く。


粥が口の中に入ってきて、適温のそれを数度かんでから喉に通した。


「熱い、か」


心配そうに聞いてきた恭一に、


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」


もし熱くてもきっと答えは同じ。

どんな事があろうと大丈夫でないはずがない。たとえ毒でも笑顔で同じ事を言える確信がある。


再び、恭一は粥をよそって、それは萌の口元へと運ばれた。


口を開く。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆






恭一は空になった茶碗と盆を手に、最後に一度だけ眠った萌の姿を見てから部屋を後にした。萌の寝顔はとても幸せそうに見えた。


そんなはず、ないのに。


階段を下りて台所へと向かう。


「っ」


眩暈と、吐気。

汗が出るのに寒気がする。全身が震えるその身体を気力だけで押さえ込み無視した。


やっとの事で台所に辿り着き、その惨状は出て行ったときとやはり変わりなかった。

料理器具は散乱して酷いもの。何に使ったのかまるで憶えのない鍋やフライパンまである。

何とかできた成功作は先ほど萌の食べさせた一杯のみ。


恭一は全くの無表情で数秒間それを眺め。


「ふぅ」


腕を捲り上げて意を決し、惨状を片付けるべくそれに向かい合っていった。




心が欠けます。

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