二十一話『過去と今の心』
とんとことん
視界に映っている色は赤、あか、アカ。
辺り一面が火の海だった。いや、火のためだけに赤に見えるのではない。そこら中に血が飛び散っていた、真っ赤な血が。足元には元々人の形をしていたであろう赤黒い肉塊もいくつか転がっている。
赤い世界の中、一人の女性が立っていた。表情は背を向けていて見えない。だがその手にはつい先ほど空気に触れたかのような鮮やかな赤い血を吸った一振りの刀が握られていた。
異常であるはずなのに、その中に見た僅かな日常に澱んだ思考はよろりよろりと不安定な足を運ばせて女性へと向かわせた。
「ぉね・・・・ちゃ・・?」
どうして怖がっているのかも分からぬまま彼女に手を伸ばす。
「・・・ぇ?」
彼女に触れようとした瞬間、伸ばしていた手が何かに弾かれるように火花を散らして弾かれた。
驚きのまま数歩下がる。
「な、なに?」
分かっていた。この場に在るものは全てが自分の日常とはかけ離れているのだという事が。
だが、それでも。
周りの状況が理解できなかった。したく、なかった。
「・・・・・・・・ふふふ」
突然その女性が笑い出す。其れは明らかに狂気を含んだ笑い。
「ど、どうしたの?」
言葉でそう言いながらも自らの足は狂気に震え、今にも崩れ落ちそうになる。
「あははははは」
「どう・・・・」
そして彼女が振り向いた。
その顔が、その表情が見えると思った瞬間。
視界は暗転した。
「あっ・・・」
恭一はなんとも言えず不快な気分で目を覚ました。全身が嫌な汗でびっしょり湿っている。
「こんな夢を見るなんて、な・・・・・・」
夢の内容ははっきりと覚えていた。いや、忘れられるわけはないのだ。それにただの夢でもない、あの出来事は・・・・・・
「最近は見てなかったのに、な」
そこで漸く心に周囲の風景に気を向ける余裕が出来た。
映ったのは見た事の無い風景だった。少なくとも自宅ではない。
「あっ!」
声が上がる。
いつもなら考えられない事であり恭一自身でも驚きだったが、そのときまで傍に人がいることに気がついていなかった。その事実に内心驚愕しながらその方向を見るとそこには佐久弥がいた。それで気を失う前の状況を思い出す。
(確か攻撃を受け止めて、その瞬間・・・・・・)
そこまで思い出して思考にヒビがはいった。もっとも深いところの無意識、本能が自己防衛のためにそれ以上の事を拒絶する。
「恭一さん、大丈夫ですか?」
聞こえて改めてそちらに意識を向けると佐久弥の手には水の入った桶があった。そしてさらに布団の上に落ちているタオルを見て恐らく自分の額に濡れたタオルが置かれていただろう事にも気がつく。
「此処は・・・」
「あ、はい。ここはまだ私の家です。わたしとの立ち合いの最中に突然倒れられたんですけど・・・覚えていますか?」
「・・・ああ」
正確には倒れた事は覚えていなかったが記憶がぷつりと途切れていたので恐らくはそこだろうと判断する。
「ん、千里・・・起きたのか」
再び同じ方向から声が上がった。そちらに視線を移すと入り口付近に凪の姿があった。
恭一が見返したのを見て取って凪が部屋に入ってくる。
「それなら単刀直入に言うが、千代様が言うには今のお前に話せる事は何もない、だそうだ。後、上柳の方は用事ができたようで先に帰った。お前によろしく、と言っていたぞ」
後半部は蔑ろにそれを聞いて恭一は布団から飛び出ようとする。しかし腹部に奔った鈍痛に、手を当ててその場にうずくまる事になった。
思わず手を当てたそこは周りよりも少し熱を持っていた。この感触からして少し酷い打ち身であると推測。そこを殴打された記憶が無いのは恐らく記憶が途切れた後に受けた物だったからであろう。
それでも動けないほどの痛みでもなかった。
「どういう、事だ」
その場から凪の事を睨み上げる。それをそのまま受け流して凪はさらりと応えた。
「一度お前は倒れた。そして戦場ではそれは死を意味する。つまりお前はどんな理由が在るにせよ負けて、敗者に弁は無い。そして、それだけの事・・・・という事だ」
それを聞いて恭一は下半身にかかっている布団を跳ね除けて今度こそ起き上がった。腹部に痛みはあるものの抑えられないほどではないのだ。そして無言のままその部屋を出て行く。
出た後の廊下は見覚えがあった。来るときに通った道だ。それを恭一は迷わず奥への道へと歩いていった。
「そっちは出口じゃないぞ。どこへいくつもりだ?」
後ろから声がする。しかしそれに答えずに恭一は先へと進んだ。
「あ、きょう・・・」
「誰に会いに行くのかは知らぬが、その先には誰も居らんぞ」
続いて上がったその声に恭一は振り返った。そこには凪、佐久弥、そして恭一が探そうとしていた千代の姿があった。
「・・・・・・言え」
千代を睨み今にも飛び掛るような勢いで言う。それに凪が前に出て何か言おうとしたがそれを千代が手で制す。それに凪は少し複雑な顔をしたが素直に従い後ろに引いた。
千代は恭一を軽く見返すと、明らかに大振りに首を横に振った。
「やれやれ・・・今聞いた事をもう忘れたのか? それとも覚える事も出来ぬか?」
明らかに挑発を含む口調であった。
もちろん恭一は迷わずその挑発に乗った。
「関係ない」
その行動は今までの経緯からしても見通せた事だったがそれでも三人の中で佐久弥は息を呑んだ。
恭一は千代に向かっていく。このまま殴りこむ予定だった。
「ふん・・・」
しかしそれに廻りの誰も動こうとせず恭一の行動を見る。そして恭一が殴りにかかったところで千代がチラリと恭一の腕へと視線を送った。
「・・・・ぐっ」
たったそれだけで恭一の拳は千代に当たる前に完全に止められていた。しかもそこに見えない何かが当たったように、では無く体全体がそれ以上動けなく何か縄のようなものに縛られてしまっているようだった。そのため腕以外の部位も動いていない。
「これが見えんようでは・・・・例え素質があろうとわしに勝とうなんぞあと最低五年は早いわ。それにわしにすら勝てんようでは到底・・・」
少し顎で指すように首を上げる。すると止まっていた拳は、今度は恭一自らの方へと向かっていった。そしてその拳は動けなかった恭一へと当たる。
恭一は自らの一撃を痛めていた腹部に再びくらってその場に膝を付いた。
「お婆様っ!!」
何か言いたげにして佐久弥が叫ぶ。
「何だい、佐久弥?」
振り向いて、千代が逆に佐久弥の方を少し見るとバツの悪そうな表情をして佐久弥は顔を俯かせて沈黙を守った。
それから思い出したようにして蹲っている恭一の方へと駆け寄っていく。
「この程度では返り討ちもいい所じゃて・・・。先刻申したことに変更は無い。それだけなら即刻、この場から居ねい」
言葉に反応するように、恭一は佐久弥が支えようとした手を振り払いゆらりとだが腹部に手を当てて起き上がった。が、ダメージがあるのだろう。そこで少しよろめく。
「きょ、恭一さん、大丈夫で・・・・」
「・・・・・」
それを見て再び支えようとした佐久弥の手を改めて振り払うと、無言のままゆっくりと歩いて千代達の方へと向かっていく。その瞳の色はもはや怒り一色に染められていた。それ以外は何も感じられない。まさに狂人のそれだった。
「・・・千代様」
凪が何かを言おうとし踏み出そうとしたがまたもや千代はそれを途中でさえぎる。そして千代は次に佐久弥へと視線を向けた。それにつられて凪もそちらへ視線を向ける。
佐久弥は困ったような、それでいて心配しているような、複雑な顔を恭一と千代の間で彷徨わせていた。
その表情を見てから凪が再び千代の方に視線を向けると先ほどよりも一歩前、つまり凪の前に出ていた。
恭一はそのゆったりとしたままの動きで再び近寄っていく。それに対して千代の方も先ほどからなんら変わりはなく、あえて言うならば少し呆れている感じがするくらいだった。
ある一定の距離、つまり自分の間合いに入るなり恭一はその緩慢な動きから踏み込み、一瞬にしてその間を詰めた。同じようにそのまま殴りかかる。
しかしやはり先ほどと同じように恭一の体は拳を繰り出したその場で停止してしまっていた。
「身の程も判らんのか?」
そう言った千代をさらに強い殺気を発してにらむ恭一。その瞳の中にはもはや理性というものは感じられなかった。おそらくすでに話を聞きだすという本来の目的すら忘れているだろう。
膨れ上がった殺気はすぐさま弾け跳び、恭一はその場から無言のままその腕を振り上げた。体が動かなかったはずなのに、である。
「むっ!」
千代が目を見張る。そこで今度こそ凪が千代の前に立った。その手にはすでに腰から抜かれた短剣が握られていた。
「千里、叩き出されたくなかったら退け」
「・・・・・・・」
それに恭一は無言の行動で指し示した。
何かが切れる様な、弾けたような音が響いて恭一の振り上げていた腕が一気に加速に入る。
「ちっ」
凪もその音を聞き短剣を構えてそれに対抗する。
「駄目っ!!」
大きな声がして恭一の腰の辺りが重くなった。
拳を下ろすのを中断し後ろを振り向く。そこには佐久弥がしがみついていた。
恭一が振り返り、見上げていた佐久弥と目が合う。
その瞳は何かにすがるような、とても見慣れたものによく似ていた。
その瞳の意味は当時の恭一には理解できないものだった。それでも何故か胸が締め付けられるように感じていたのは確かであった。
そして今、それは何一つ変わらない。恭一にはその意味を理解する事はできなかった。
それでもやはり何も変わっていたものはなく、その瞳を見た瞬間かすかな胸の痛みと共に頭の中にあった靄が晴れてきた。
振り下ろしかけていた手をその場に下ろしていた。
「放せ」
次に発せられたその一言でその場に漂っていた緊迫感がほとんど一気に散った。凪はやや緊張しながらもその構えを解く。
「あ・・・・・はい」
その拍子抜けした態度に佐久弥は素直にその言葉に従った。手を離してから何故だかその場で顔を俯かせる。
そんな佐久弥の態度には見向きもせずに恭一は再び千代へと向き直った。
「殺してみろ」
何の高揚もなく恭一が言う。
その場にいた三人は耳を疑った。その言葉にではなく、感情を失ったその音に対して、である。
しかしその後に同じ音が続く。
「まだ動き生きている。停めたければ殺せ」
「ぁ・・・」
後ろで何か動く気配がして恭一は反射的に振り返っていた。そして振り返りざま飛んできたそれを見極めると自らの手で掴んで停める。
「なん・・・」
「そんな事、いわないで下さい」
恭一の言葉の前にそれが入る。
佐久弥はまだ俯いていた。しかし先ほど掴んだもの、佐久弥の腕が小刻みに震えていた。
「自分の事を殺せ、なんてそんな悲しい事いわないで下さい!!」
そして顔を上げる。その両の瞳からは涙が溢れていた。
見て、訳も分からぬ憤りに襲われた。
「・・・がわかる」
恭一は再び沸きあがってきた衝動の赴くままに空いていたもう片手で佐久弥の首をつかんだ。そしてそのまま力任せに壁に叩き付ける。
「佐久弥!」
凪が叫んでいたが恭一にはすでにその存在は入っていない。一方で佐久弥の方も二人の事を気にする余裕などないのか見向きもしなかった。
「貴様に何が解る」
言葉と共に手の力が強まり、それに佐久弥が苦しさのため顔をしかめた。それにかまわず恭一は佐久弥の眼前まで迫った。
互いに目をそらす事のできない、これ以上近づくと触れ合ってしまうほど近い距離。
それに佐久弥も口から息を洩らし、目を潤ませながらも逸らさなかった。
「分かり・・・・・・ません。・・・けど!」
そして震えながらではあるが佐久弥は自分の首を握っている恭一の手の上に自分の両手を重ねた。それは無理に引き剥がそうとするものでなく、ただ置いた、そっと包み込むだけのものだった。
「・・・・・・・だからと、いって・・・放って、もおけ・・・ませ・・・・・・ん」
次第に息が詰まりながらも佐久弥はそうして意思のこもった強い瞳で恭一の事を見つめ続けていた。
果たしてそれと同じような瞳を見たのはどれほど前のことだったろうか?
いつの間にか逸らせなくなっていたその瞳を見続ける恭一。そしてその目の前でその瞳がゆっくりと閉じられた。それと同時に恭一の手を覆っていた両手が静かに落ちる。
その全てが恭一の瞳にスローモーションで映っていた。そしてそれはどこか現実味に乏しいものに思えた、そうまるであの夢のように。
残っている現実の感覚は自らが握り締めた相手との接点から伝わってくる人のぬくもりと力の抜けた重さ、それだけ。
「佐久弥!!」
「佐久弥ぁ!?」
二つの叫び声を聞いて不意にすべての現実感が一瞬にして戻ってきた。それと同時に手の力が抜けおちる。
「ぁ・・・・・・」
恭一の手から解放されて重力のままにその場に崩れ落ちる佐久弥。
力なく身体が地面に倒れこむ。
呆けている恭一の目の前で駆け寄ってきた凪が佐久弥の事を抱き起こしていた。そして仰向けにしてそっと自らの膝の上へと乗せる。
それから首に手をやって、命ある事を確かめたのかほっとため息を一つついていた。
一連中、恭一はそれをただぼっと見ていただけだった。
「千里・・・・・・お前・・・・・・」
下方から聞こえてくる凪の声がどこか遠くから聞こえるように思えた。すぐ近くから言っているはずなのに・・・・・
それに何故だか視界に歪みが生まれていた。
「・・・・・・きょ・・いち・・・さ、ん」
その声はすぐ近くから聞こえてきた。そう、この距離が正しいはずである。
声の聞こえた処に視線がいくと佐久弥がうっすらとだが眼を開けていた。しかしその垣間見える瞳はまだ明らかに焦点が合っていなかった。
「佐久弥、大丈夫!?」
佐久弥は凪の方を見て微かに頷くと、再び恭一の方角へと視線を向けた。だがそれも微妙に位置がずれている。まだ酸素が十分に送られていないのだろう。
「だい・・・じょうぶ、ですよ」
そう弱々しく微笑んでから佐久弥は再びその瞳をゆっくりと閉じた。もう一度開かれる様子は、なかった。
――どうしたの?
嬉しそうな笑顔。何がそんなに嬉しいんだろうと不思議に思った。
――どうだ、参ったか
誇ったような笑顔。子供相手に大人気ないと、子供ながらにそう思った。
――何がそんなに嫌なのかな?
困ったような笑顔。それでもやっぱり笑顔だった。
――大丈夫、だよ。あなたは一人じゃない。だから、そんなに頑張らなくていいのよ
泣き出しそうな笑顔。その涙を見たのはそのときが初めてだった。
――大丈夫、大丈夫だから、ね?
焼き付いて決して離れない。
それから、それから・・・・・
「ぅ・・・ぁ・・っぁ、ぁ・・あ、ぁぁぁ・・・」
言葉にならない声。周囲が滲んでいく。
そしてその意識は浸蝕する闇へと堕ちていった。
絞り出された声が途切れた時、恭一のその瞳に映るものは何一つなくなっていた。ただそこに在るのは一枚の絵としての風景だけ。
虚像の現実。それ以外、何も在りはしない。
恭一は全てのものがはっきりしないままふらりとおぼつかない足取りで凪と佐久弥へと一歩、また一歩と近づいていった。その恭一に警戒を強める凪。
しかしいつもの恭一ならすぐさま反応していたであろうその空気の変化も、凪の臨戦の姿も今の恭一にとっては何一つ心に映ってはいなかった。
そのままふらりと二人に近づいて、その場に跪いた。
正体の分からないあまりの異様さに凪は咄嗟に動けなかった。同様に後ろにいる千代も動く様子はない。
それに、誰もが、恭一が何を考えているのかが分からなかった。
――――当たり前、何も考えてなどいないのだから
恭一は二人の傍で跪くと手を差し出してそのまま下へとおろした。そしてそれは倒れこみ凪の膝の中にいる佐久弥の胸へと収まる。
「なっ・・!」
「っ・・!」
その恭一の行為に凪と千代は思わず息をのんでその目を疑った。しかしその驚きに恭一が反応する事は無い。恭一にはそれが映らないどころか彼女らは居ない、のだから。
それがどのくらい続いたのか、恭一は何かを探すような仕草をした後、佐久弥の胸の中から手を離した。
「傷、塞がっている・・・」
そしてポツリと、本当に小さな声で恭一はその言葉を洩らしていた。
近くでその言葉が聞こえていた凪は首を傾げる。もとより佐久弥の胸の辺りに傷などついていないのだから。仮にあったとしてもどうして恭一がそれを知る事が出来ようか?
恭一は次にそっとまるで大切なものを慈しむような感じで恐る恐ると佐久弥の顔の方へと手を差し出した。
しかし、それが触れる直前で止まる。そしてそれはそのままその頬に触ることなく恭一の下へと戻っていった。
「・・・・・違う」
再び言葉を洩らすと恭一はふらり、とその場から立ち上がった。
次の動作に咄嗟に緊張を高めた凪だったが恭一はそのまま方向を百八十度変えた。
そして今度はその千代の方へとふらついている足取りのまま向かっていった。
全く真意が掴めず、再び警戒を強める千代と凪。
だがしかし、何故か千代は恭一を正面から見るなりその警戒を一切解いていた。そして少し身体をずらして道を開けるようにする。それに凪が驚きを表す間もない。恭一はそのままよろり、よろりとその方向へと向かっていった。
そして、そのまま恭一はそこを通り過ぎた。
その後ろでは凪が驚いた表情をしていたがそれは恭一は知らない。もとより今はその存在すら気づいていなかった。千代の事ですら道を明けていなかったらぶつかってしまっていただろう。
何も、見えない。
恭一はそのままそこを後にしていた。
そう、今の恭一に映っているのはただの一枚の絵、ただそれだけ。例外は、ただ一人の彼女だけ。
そしてその絵の中を何かを求めて彷徨った。
何をしても現実からは、過去からは逃げ出せはしないのに。それを分かっているはずなのに。
今はその現実さえないものだった。
◆◆◇◇◇
「あ・・・れ?」
気がついたときそこは自分の部屋だった。しかしそこに至るまでの記憶があやふやでどうもはっきりとしない。戻ってきた記憶もなかった。
「佐久弥、大丈夫だったかい?」
すぐ目の前にたたずんでいた千代がいつもより表情をこわばらせながらも普通の口調で聞いてきた。そしてその口調の中に心配が含まれているのは明らかだった。
改めてわたしは気を失う直前の行動が思い出した。そしてその心配の意味を知った。
「あ、あれは・・・・・・・すみません、お婆様」
後悔、するはずもないが心配をかけた事をとても済まなく思い、顔を俯かせて何も言えなかった。それ以外いいようがない。今思えばあれは無茶以外の何ものでもないのだから。
その様子を見て千代は何かあきらめたようにため息をついた。
この状態になればもはやよほどのことが無い限りは千代の負けであった。なんだかんだいってもやはり孫には甘くなってしまうのが人の子というものなのである。
「別にいいよ、無事ならそれ以上何もいう気はない。それよりも・・・・」
「・・・はい」
いつもよりも真剣で滅多に見せない千代のその口調に自然と緊張がはしった。しかし言葉を出す直前、千代は顔を綻ばせてとても優しい表情になった。
「もしかして・・・・・あの子に惚れているのかい?」
そう言った口元にはまだ少しの微笑み。
「そそそ・・・お祖母ちゃん!」
それを聞くなり顔を真っ赤にさせて叫んでいた。言葉も思わず崩れる。
目の前の千代はそれを見ておかしそうに笑った。学校自体も女学校であるしこういった話題は慣れていない。漸くからかわれた事に気がついた。
少しだけ怒ったような表情に笑っていたが改めて、千代の顔にいよいよ真剣な表情に変わった。それに膨れっ面を止めて表情に緊張を戻す。
その様子を見て取ってから、千代は口を開いた。
「佐久弥、あれにどうしてそこまで必死になる?」
「それは・・・・」
真剣な口調だった。今まで感じた事も無いくらい。よほど切羽詰まったことがあるのか、無いのか。判断はしかねた。
それに、うまく説明をする自信がなかった。
口篭っている事を悪い方向に取ったのか千代の口調が厳しくなった。
「それは、なんだい?」
「・・分かり、ません。ただ、何も・・・見えなかったから」
重く、とても辛そうにして俯きながらそれを言い切る。
そう、本当にそれだけだった。底が無いのにどこまでも吸い込もうとする壺のようなもの。少し、怖くなった。
千代が残念そうに溜息を一つつく。
「そうかい・・・」
その姿に不安がよぎる。
「お祖母ちゃん・・・・どうか、したの?」
「いいや、何でもないよ」
そうは言ったもののその表情は明らかに心配しないでいれるものではなかった。それでも浮かべられた表面上の笑みにわたしは言葉をそれ以上出せなかった。
千代はそれから静かに部屋から出て行った。その後から凪が入ってきた。
「佐久弥、大丈夫なのか?」
起き上がっているわたしを見て一言。心配が伺えた。
「まだちょっと身体だるいけど・・・・」
力なく言って笑みを浮かべる。
「千里の奴・・・・・」
凪さんが思い出したようにその言葉を呟く。
その言葉に改めて、気を失う瞬間の事が思い浮かんだ。
「あの、恭一さんは・・・・?」
「千里? いや、あの後出て行ったが・・・」
それ以上は知らないようで戸惑ったように言葉を発する凪。それも当然だった。わたしが心配だったからずっと家にいたのは明白なのだから。
あの、瞳が思い浮かんだ。
気を失う僅かに前、わたしの方に向けられていた、あれ。
暗い瞳、なんて物は生易しすぎる。あれが本当の、色のない瞳。
自分の事のようで胸が締め付けられるように痛んだ。
七宝殿〜居間で興っている事?〜
二重の一重「格好と今野心」
萌 こほん、まずは前回の最後は取り乱しちゃって失礼しました
萌 って、そんなに落ち着いてるばあいじゃないんだよ〜
萌 まさか前回思ってた事態が本当になっちゃうなんて……わ、わた、どう…どうしよ…
おろおろ、おろろお、おろおろおろおろ
真衣 まあまあ、落ち着いてください
萌 で、でもこのままじゃ本当にお兄ちゃんが…
真衣 大丈夫、大丈夫ですから
萌 でもでもでも…
真衣 ああ、もう、話が進みません!! 大変申し訳ないのですが、萌さん退場ー!!
萌 おろおろおろおろ…
…―――――――――――…
真衣 それでは改めて、あとがきコーナーに入りたいと思います
真衣 はい、今回の話はですね……ふむ、ふむふむ、フムム〜
洸 なにやら本編は大変みたいですね
真衣 そうみたいですねぇ…って貴方、誰ですか!?
洸 いやいや、自己紹介が遅れて申し訳ありません、僕は神谷洸というものです
真衣 あ、これはどうもご丁寧に、わたしは弧月真衣です、よろしくお願いします
洸 はい、真衣さんですね、今後ともどうぞよろしくお願いします
真衣 はい〜……ってそうじゃありません!! 違うでしょっ
洸 まあまあ、そう熱くならずに…これは仕方ない事なんですよ
真衣 仕方ない?
洸 はい、舞さんも和佐君も色々と忙しいみたいですから…
真衣 ああ、ぶっちゃけ言っちゃえば暇なのがわたしたちくらいしかいないって事ですね
洸 ずばりその通りです
真衣 ………切なくなるのでこの話は止めましょう
洸 そうですね、時間もありませんし…では早速ですがこの話の感想をどうぞ
真衣 …まあ、今のところ年長である千代さんも大変そうですね〜、て所ですか
洸 ええ・・・あ、それと重要な所はこの話では恭一君の回想に出てきた女性、ですね
真衣 誰なんでしょうね〜、気になります…恭一さんの傷痕、っぽいですからね〜
洸 ま、気にせずともそのうち分かるでしょう、恭一君の成長と共に
真衣 恭一さんが成長なされば…ですけど?
洸 まあ、……それこそ今後の展開に期待、という事でまとめた方が良さ気ですね
真衣 ………と、いうのがいい所でしょうか、それでは突然ですがさよならです
洸 はい今回はこれで、僕に次回があるかは分かりませんが、皆様はまた二十二話で…
萌 ………どうして皆お兄ちゃんの心配してくれないの〜!!??