十九話「物事とは常に交換なり」
「・・・・・・・・」
無言のまま振り向いた千代を睨み付ける恭一。
恭一達が連れてこられたのは家の奥にあった道場と思われる建物だった。
「お主らの力量を知りたい。話すかを決めるのはそれからじゃ」
「何をする・・・」
恭一の言葉に千代はその後ろへと視線を向けた。それに恭一も後ろを振り返る。
「そうじゃな・・・上柳のは鼎、お前さんには佐久弥にそれぞれ相手をやってもらおうか」
千代の言葉に、和佐はどこか呆れた表情を浮かべ、鼎は不適に笑みを漏らしていた。凪は少しだけ眉を寄せ、佐久弥は驚きの表情で固まっていた。
「千代様、ここは私が・・・」
「いや、凪殿はそこで見ているとよい」
「しかし・・・」
「それに久しぶりに孫たちの成長も見てみたい」
そう言われると凪としては黙るしかなかった。素直に一歩下がり引き下がった。
「・・・分かりました」
下がった凪を見てから改めて千代は残りに視線をめぐらせた。
「それではまず・・・」
千代がそこまで言いかけて前に出た者がいた。
「はい、先にやらせてください」
鼎だった。声を上げて手をあげている。それに千代はチラリと恭一の様子を一度伺ってから頷いた。
「ふむ、まあいいじゃろ。上柳のも準備を」
「わりぃな、恭一。さっさと済ませるからちょっとだけ我慢してくれ」
睨む恭一に詫びを一つ入れてから和佐も前に出た。それに恭一は何も言わず道場の端で腰を下ろすとそのまま目を瞑った。残りの、和佐と鼎以外も近くに腰を下ろす。
鼎は早速練習用である木製の槍を取りにいっていた。
「木刀、普通のと小太刀有るか?」
和佐のその問いに千代が頷く。それを確認して和佐も木刀を取りにいく。
しばらくしてから二人は道場に向かい合って並んだ。
「ふん、いい気になれるのも今のうちだよ」
聞こえるか聞こえないか位の声で鼎が和佐に向かって囁く。それが聞こえていた和佐も見下しながら応えた。
「口だけが一丁前だな」
「な・・・!」
「いいかい?」
タイミングよく千代の声が入る。
「取り決め無用。勝負は相手が動けなくなるか負けを認めるまで。双方構え・・・」
それに従って二人が持っている武器を構えた。
「・・・・・・始め!」
掛け声と共に鼎が一直線に和佐へ向かっていく。
「莫迦か?」
槍というのは要は突くのが主な用途である。つまりは正面から向かってくるのならその軌道は呆れるほどに限られてくる。
和佐は莫迦にする呟きと共にその正直な一撃を楽々と避けた。そして片方の刀で鑓を押さえ込みながら小太刀で側面へと一撃を放った。
「はっ、莫迦はお前だ・・・よ!」
鼎はいともあっさりと槍を手放して下がり斬撃をかわすと、和佐に向かって両手をあわせて突き出した。普通ならそれは決して届く位置ではなかった。
それでも和佐は表情を曇らせた。
一瞬の判断。
次の瞬間には派手な打撃音がしたと思うと和佐が文字通り、吹き飛んだ。その拍子に和佐は片手の木刀が落ちる。そして今度も派手な音がして壁にぶつかり、ようやく和佐の動きが止まった。
「・・・・・・・くっ」
鼎の悔しげな呟きが漏れ、それから場にしばらく静寂が訪れた。
「まあ・・・・・・少しはやるみたいだな、坊ちゃん?」
あれだけ派手にぶつかっておきながら特にダメージを受けた様子でもなく和佐が余裕の表情で壁際から立ち上がった。そして肩を振ってその調子を確かめるようにしながら中心へと戻ってきた。
それを鼎は足元に落ちた槍を拾いながら憎たらしげに睨む。
「ま、その程度じゃ俺に勝てるにはまだまだみたいだけどな」
逆に和佐は余裕綽々で笑みを浮かべていた。
「で、まだやるつもりか?」
言うと和佐は鼎ではなく正面、千代へと視線を向けた。
「あ、当たり前・・・」
「そうじゃな・・・」
叫ぼうとした鼎の声と千代の声が重なった。それに驚いて鼎が千代の方を向く。
「そんな、僕はまだ・・・・・!」
「強がりはしない方がいいぞ。言っとくが上柳の業はどれも一撃必殺が基本なんだ。まともにくらったら――お前程度だと手加減は出来るけど、それでも――ただじゃすまないぞ。ただでさえ不利なのにダメージあるお前じゃまず当たる。ちなみに俺の方は今のでも殆どダメージないんだがな」
何か言おうとした鼎に割って入るように和佐が忠告と取れる言葉を余裕の笑みを浮かべながら発した。
「ふむ・・・」
千代が少しだけ唸って沈黙が訪れた。
和佐の一撃は鼎に当たっていた。ただそれが完全ではなく衝撃は完全には伝わらなかったのだ。ただ、それでもダメージは残る。一方和佐の方は鼎の攻撃が当たると思った瞬間自ら後方に飛んで衝撃を和らげ、しかもわざと刀を捨てて片手を空にして壁にぶつかる衝撃もその手と足の受身で殆ど吸収していたので先ほど言ったとおり殆どといっていいほど身体にダメージはなかった。つまり、態と派手に吹き飛んだからダメージは微少だったのだ。
しばらくしてその沈黙を破ったのは凪だった。
「千代様、私が上柳の相手をします」
そう言って凪が立ち上がった。
「凪さ・・・」
「・・・・・・いいじゃろ」
鼎が何かを言う前に千代がそれを認める。それを聞き凪が試合場へと上がった。
鼎はその場で一度和佐を睨んでから悔しそうにしながらも腹部を押さえて凪のすれ違いに試合場を出ていった。そして変わりに凪が試合場に立つ。
「私はこれを使う。お前も背中のそれを使った方がいいぞ」
腰から抜いて、凪が手に持っていたのは短剣。古そうな、一目で使い込まれたと分かるものだった。殺傷能力はそれほど高くないもののもちろん刃はついていた。
軽く、挑発程度に凪がそれを前に出して構える。
「あぶねえな」
それを見て漏らしつつも和佐は笑みのまま足元に転がっていた木刀を蹴って場の外に出した。それから手にしていた小太刀も投げ捨てると背中に手を回した。そして抜き出したときには両手に小太刀が一本ずつ握られていた。もちろん、これも刃が付いているものだった。
「女相手だと気が引けるんだけどなぁ」
そうぼやきつつ、和佐も構えを取った。
「その余裕、いつまで持つかな?」
「さぁて・・・・・な!」
応えるが早いか、和佐が凪と距離を詰めた。当然その間に前回のような開始の合図はなかった。が、凪も当然のようにその状況を受け入れていた。
そもそも稽古には開始と終了がはっきりとあるのだが、たとえ殺意がなくても双方が真剣を持った死合いともいえる今では開始は相手が武器を持ったときであり、終了は相手が動けなくなるか真に負けを認めたときだけなのである。それが互いの認識であり、そこに相違は無かった。
間合いに入るなり和佐は踏み込んですかさず抜き身の右の小太刀を右下方へと斬り下ろした。
ガキッ
金属の重なる音がなり、凪が手に持っていた短刀がその斬撃を受け止める。
「言葉で言った割には手加減がないように感じたぞ」
「気が引けるだけで手加減するとは言ってないだろ?」
「それもそうだな・・・・」
その密着状態でおかしそうに凪が笑った。
和佐もそれに笑みで返すと左手で重ねて斬り上げて十字を斬った。
力負けして凪の持っていた短刀が弾かれる。そこへ和佐は更に右の小太刀で左へと薙いだ。
凪は一歩前に詰めて和佐との間合いを外しその一撃を無効化、そのまま和佐の胸へ向かって短剣を突き立てた。
それに和佐はそれを左の小太刀で払ってそのまま左へと跳んで距離を離した。
「手加減できる相手でもないからな・・・って、あぁ〜せっかくの二帳刀なのに。一つでも高いんだぞ、これ。弁償してくれるのか?」
口惜しそうに言った和佐の左の小太刀は途中の刃の部分が溶けたようにへこんでいた。
「お前が未熟なだけだろう」
そう言って再度構えた凪の短剣の周りにはいつの間にか火のような紅い靄がかかっていてそれは既に短刀の長さではなくなっていた。それはもはや靄の部分を含めると普通の剣と同じほどの長さだった。
「はぁ・・・・・・厳しいねぇ」
チラリと道場の正面を見てから和佐は左の小太刀を前方に出してその後方に右手を重ねた衝きの構えをとった。
「あんま、時間もないみたいだし・・・これ一発で終らせてもらうぞ」
凪も同じように道場の正面へと少し視線を向けると同じように頷いた。
「そのようだな」
同意して、凪の方はその剣を自分を中心にして円を描いて回した。そして改めて構えを取る。そのときにはその円の軌道上には幾つもの火の玉が浮かんでいた。
「いくぞ・・・・・」
囁き、和佐がその場から前の小太刀を手首と後ろの衝きを使って飛ばして投げた。それと同時に片足を少し踏み出す。更にその瞬間に身体のスイッチを入れた。そして右手を再び後方へと少しだけ引く。
凪の周りにあった火の玉はその円の中心へと集まっていった。高熱、高密度の炎弾が凪の正面に出来上がる。そのとき投げられた小太刀を避けた際に、それは火の玉の一つに当たってそれ共々蒸発した。
「させるかよ・・・・・・くらえ、弐輝!」
既に加速を果たしていた和佐は投げられた小太刀に殆ど遅れることなく、方向修正をさせる間もほとんどなく避けた凪に向かって衝きを放っていた。
「くっ・・・・羅生蓮!!」
凪の方もそれに殆ど遅れることなく集まっていた火の円盤の中心を赤の剣で衝いた。
和佐の小太刀と凪の火の円が両者の間を交差した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
突き出した和佐の小太刀は凪の喉に当たる数ミリ前で止まっていた。一方凪の出した火の円は和佐の目の前にあり、繰り出した衝きはその円に当たる数ミリ前で止まっていた。ほんの少しだけ和佐の髪の毛から焦げたにおいが漂っていた。
双方が双方一瞬でも動けばどちらか、もしくはどちらも命はない状況である。
「・・・・それまで」
それを見届けて千代は終了の合図をならした。
同時に凪の火の玉が消える。そして和佐も小太刀を凪の喉元から退くと最初と同じように背中に回した。次の瞬間には和佐の手には何も握られていなかった。
凪の傍から数歩離れてから突然和佐がその場へと膝を折り身体を倒すと、息を切らしながらも嘆き出した。
「あ・・・はぁは・・・俺・・の小太刀・・・・かっは、は・・・・が・・・・・・」
息を切らしながら和佐が何とか嘆いたとおり最初に投げた小太刀は跡形もなく蒸発していた。見る影すらも無い。
「ふぅ・・・・・」
一方凪の方も一息ついてから短剣を腰にあった鞘にしまった。
「「す・・・・・」」
「すっげー。凪さんってこんなにすごかったんだ!!」
「すごいです、凪さんも上柳さんも!」
それを見届けて一気に鼎と佐久弥の二人が歓声を上げた。ただし鼎の方は凪のみに、だが。当然ながら恭一はそれに参加していない。そこでようやく瞑っていた目を開けたくらいだ。
「ふむ・・・・上柳の跡取り実力は大体分かったわい。ちなみに凪殿のも、な。双方中々、かのぅ・・・」
千代の感想も終るか終わらぬかの内に音もなく恭一が立ち上がった。
「・・・・・・」
無言のまま試合場の中へと向かっていく。それを鼎も佐久弥もただ呆けて見ていた。
「あー、わりぃわりぃ。ちょっと・・・ふぅ・・・遅れたわ」
ようやく息が整って身を引きずるようにして歩いて来た和佐とすれ違って中へと入る。凪も和佐と同じように元の場所へと戻って行っていた。
「・・・・・・・・」
恭一が試合場の中心へと立つ。そして千代の方を睨んだ。
それを受け取って千代が隣を見る。
「・・・佐久弥」
千代にそういわれてようやく佐久弥の恭一に固まっていた視点が動きだした。
「あ・・・はい」
「・・・・・どうしたんだい?」
「いえ、何でもありません」
「それなら、いいね」
そんなやり取りの後、佐久弥は立ち上がると練習用の槍が並べてある棚へと少しふらふらとしながら向かっていった。
七宝殿〜居間で興っている事?〜
「未来とか、この亡霊達」
萌;はい、今回のゲストは洸さんです
洸;はい〜、それにしても僕、いつになったらもう一度本編に出てこれるんでしょう?
萌;ありゃりゃ、出てくるなり愚痴さんだよ
洸;あ、すみませんね、そんなつもりでいったのではないですから、お気になさらず
萌;はぁ・・・・でも作者さんの言い分だと少なくともこの章に出番はないんだって
洸;題名が仲間、なのにですか
萌;もしかして洸さんってお兄ちゃんの敵さん?
洸;それは・・・・本編でのお楽しみということでとっておきましょう、とりあえず今の所は
萌;・・・それもそうだね、今気まずくなったら嫌だものね
洸;はい、そうですよ・・・・・・・それでは話の説明に入りましょうか
萌;あ、そうだね
洸;今回の話は・・・・おや、和佐君が活躍してますね、もう一人は・・・あれが凪さんですか
萌;あ、そういえば和ちゃんとは前に一度会ってるみたいなんだよね
洸;はい、あの時僕がぼろぼろで油断、と多少の焦り・・・・・ですかね、正直助かりましたよ
萌;え、それじゃあ洸さんがずば抜けて強いってわけじゃないんだ?
洸;それはそうですよ、和佐君だって相当のものですよ、それよりも圧倒的だなんて・・・
萌;ふぅん、そうだったんだ・・・・・で、そういえばどうしてその時ぼろぼろだったの?
洸;・・・・逃げてきたもので
萌;逃げてきた?
洸;はい、あんなのとなんて正面から戦えませんよ、少なくとも僕は
萌;? 話がよく見えないけど・・・・とりあえず今は関係ないから次に行くね
洸;はい、そうしてくださると助かります
萌;それにしても・・・・凪さんや和ちゃん、人間離れしてるよ・・・
洸;そうですか?
萌;だって人は火の玉を出したり見えない速度で動いたりなんてできないよ
洸;人には隠された力があるんです、きっと
萌;そ、それは・・・?
洸;後は次第に新しくなっていく用語説明でも見ましょうね
萌;ヨウゴセツメイ? 何それ
洸;そこな辺は割愛です、大人の事情で
萌;大人の事情?
洸;そうです、大人の事情です
萌;それなら仕方ないね
洸;仕方ないんです、ついでに言うと大人の事情でもう時間が迫ってますんで僕帰ります
萌;え、いきなり、ってほんとに時間無いよぅ・・・あわわわ、に、二十話でまたね〜