十三話「来訪者の憂鬱」
はてさて?
逸る気持ちが足を急がせる。
校門を早足で通り抜けていく最中、悔んでも仕方ないと分かりつつも和佐は繰り返し心中で悔み続けていた。
最近様子がおかしかった恭一。それに加えて昨日の怪しい光でその翌日に昼休みのあれ。勘繰るな、と言う方が無理と言うもの。
ちょっとした先約を済ませた後に向かった教室に恭一の姿は無かった。萌がいる手前待っているだろうと高をくくっていたのが悪かったのか。
それともちょっとした先約――部紹介に参加した時間が拙かったか。だがあれは春休み前からの約束であってあの頃に今の事を察するなんて神業できるはずもない。
なら萌が見に来ていると知って張り切りすぎたのがいけなかったのか。いや、あれも時間は喰ったが問題となるほどではない、はず。それに新入生の受けもすこぶる良かった。
などと延々と思考が巡っていたが結論が出るはずもない。問題はもう動いてしまっているのだから。
恭一と凪の間に何があったのかは知らないが目を離すべきではなかった、と早足で進みながら和佐はつくづく感じた。
先ず昨夜のあの光。恭一は気付いている様子は無かったがそれはあくまで表層だけ。
時折神掛かっているほどの直感を見せる恭一ならアレに気付かずとも他の何かに釣られる事は無きにしもあらず、なのだ。
あんな事があった翌日に、こうも油断してしまうとは。
だが悔いても仕方ないものはもう仕方ない。下手な被害者が出る前に恭一を見つけなければいけないだろう。仮にそんな事がおきてしまえば彼女が悲しむ。
――だからこそ
何よりも避けるべきもの、守るべき事があるのだから。
足は急ぎ、もう早足ではなく全力に近い駆け足に変わっている。
滅多に働かない嫌な予感だけが膨らんでいた。
「十一年・・・十一年だぞ」
我知らず口から零れ落ちる言葉。
十一年前にあった事、和佐自身忘れたわけでは決してない。いや、幼かったとはいえ殺されかけた記憶を忘れるなんて出来るはずもない。生憎と恭一にあった事を知っているわけではなかったが、和佐自身特に知りたいとも思った事はなかった。
だが自身が殺されかけた事よりも更に鮮明に記憶に残っている、今も寝るたびに耳に響いてくるようなあの泣き声。十年以上経った今でも彼女の表情は今見ているかのように全く色褪せる事無く思い出すことが出来る。
和佐自身にもこびりついて癒える事ない心の傷。
「くそっ・・・」
嫌な光景、十一年前、当初の事が嫌でも頭にちらつく。
昔の光景が繰り返される事、それだけは避けなければならない。たとえ親友を半殺しにして自分が彼女に恨まれる目にあっても、である。
それでもまだあの頃のように誰もが生きた屍、人形よりも性質の悪いあの状態になるよりは遥かにましだと言えた。
今現在の救いと言えば最悪の起こる場所を昨日の内に確かめて置けた事、だろうか。凪の姿を部紹介の場で見つけたのはありがたかった、と思う。
何よりも古い付き合いだ。もし知っているならば恭一の性格上見逃すはずがないのは明白。知らないとしてもあそこに居ないのなら心配は杞憂だったと言う事。
だがそれはないと直感が言っている。
足取りは当の昔に目的地、この近辺唯一である公園へと向かっている。
「頼むぞ、恭一・・・俺が行くまで、手遅れになるなよっ」
言って無駄だろう事は重々承知の上。それでも言わないわけには不安を拭えず。
和佐は最早全速力で目的地へと快走を続けていた。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
「誰だ?」
凪はその言葉を聞いて、それを語った少女を睨みながら静かに臨戦体勢にはいった。
事の起こりは学校の帰り道。
一人の少女が凪の事を待っていたように道端にいた。そして凪の顔を見るなり嬉々として顔を上げて、こう言った。
「ミツキさん? もしくはサラシマさんですよね。取引をしましょうか」
その言葉の真意がわかりかねたのだが次の言葉が凪を瞬時に臨戦体勢に入らせたのだ。
「剣か、もしくは珠。七宝を持ってますね」
七宝とは――家に古くから伝わっている剣と珠の対の事。そしてその存在は凪が育った里の中でも凪の一族にのみ知られている極秘中の極秘。里の・・いや、組織の者達でも誰が持っている、と言うよりも名前すらも知らないだろう。
そんな存在が、例え姿が少女であれ現れたのだ。警戒の理由はそれだけで十分事足る。
「たははっ、そんなに緊張しないでくださいよ。ほら、りら〜くす、りら〜くすぅ」
見本を見せているつもりなのか少女は奇妙な動作で肩を上下に揺らしている。
次第に、見るからに少女の全身から力が抜けていった。その姿は臨戦態勢の凪とは違いそれこそ自然体、そこいらの娘とこれからお茶しにいくと言えば誰もが信じるだろう程にありふれた自然だった。
「何故七宝の存在を知っている?」
少女は不思議がるように少しだけ首を傾げてみせる。顎下に乗せた人差し指が小憎たらしい。
――嫉妬もばかばかしいほどに似合っていて愛らしい姿だった。
「不思議な事を言いますね。なら逆に問いますが、あなたはどうして七宝の存在を知っているんですか?」
「それは私が・・・」
言いかけて、ある答えが思い浮かんで詰まる。それを肯定するように少女はにっこりと微笑んでいた。
「ええ、そうですね。あなたの家に七宝が存在しているから、ですね。まさにわたしの答えがそれですよ」
「嘘だ!!」
間おかず、気が付くと凪は叫んでいた。
少女の言葉は嘘のはずだった。何故なら七宝を所持していた家は三つのはずだから。そして、今は水月と渫槁の二つ。そのどちらもがこんな回りくどい事などする必要はない。
だが、
「どうしてわたしが嘘を言う必要があるんです?」
その問いは心底不思議そうに。少女は再び小首を傾げてみせる。本当に嘘を言う必要などないかのように。
「貴様が私を騙そうとしているから・・・だ」
「可笑しな事ですね。これは親切心からの忠告ですけど、自分の信じられないものほど他人に信用されないものはありませんよ」
「・・・・黙れ」
そう言う凪の言葉に力はない。その忠告を凪自身も痛感しているのか僅かに俯いてそれっきり沈黙を守った。
「仕方ありませんね、なら少し言い方を変えましょうか。わたしが七宝の存在を知っている可能性は大きく分けて四つあります。一つ、現存する二家どちらかからの刺客である」
すぐさま凪が首を振ってそれを否定する。
「ありえない」
「そうですね。ではありえそうなのから行きましょうか。二つ、七宝の存在を知っている者達が家族以外に存在している。これは流石に否定できませんよね?」
凪は答えない。
満足そうに少女は微笑みながら頷いてみせる。
「ふふ、では三つ、終滅した最後の一家もしくはその分家の生き残り、またはそのときの賊である。これもどうですかね、中々ありそうな理由だと思いますけど?」
「それもない・・・はずだ。私と同年代がいると聞いた事はないし、賊だとすれば年齢が若すぎる」
「賊説は否定ですか。でも生き残り説は知らなかっただけかも知れませんよ。はい、これでまた可能性が一つ残りましたね。では最後に、現存二家のどちらかの一族に裏切り者が出た」
瞬間、反射的に凪は抜いていた。
手にした短剣の剣先を少女へと向ける。
「兄さんを・・・渫槁涼を知っているのか?」
少女は笑顔のままの自然体に変わりない。しかし何処かほっとしたように僅かに胸を下ろした。
「よかったです。どれか、と言うよりも四つ目に心当たりがあるみたいですね。ならもうわたしが七宝の存在を知っている事に納得程度はできますよね?」
「貴様・・・・一体何者だ?」
「わたし? あれ、まだ名乗ってませんでしたか?」
凪はじっと少女を睨みつける。
会ってからずっと、少女の姿は凪の琴線に触れるものがあった。どこかで見た事があるはずなのだ。だが後一歩、と言うところでどうしても少女を何処で見たのかが思い出せなかった。
「わたしの名前は弧月真衣って言います。いい名前でしょ、えへへ・・・真衣ちゃんって呼んでくれると嬉しいな」
少しだけ恥かしそうに、自分が『誰』なのかを名乗った。
聞いた事はない名前だった。だが、と言うところで凪が何処で彼女を見たのかを思い出せないのに変わりはない。
とにかく少女、真衣には緊張感がなかった。凪の方は明らかに殺気立っていると言うのに全く気にする様子がない。
考えうる理由は二つ。場の空気が読めないほど鈍感か、余程の修羅場をくぐってきているのか、である。そして凪は躊躇いなく後者だと感じとっていた。
「では取引を・・・って、そんなに緊張しないでくださいよ〜。ほら、その危ないモノもしまっちゃいましょう。わたしはやり合う気は全くないんですよ、ねね?」
言葉程度で緊張を抜けるはずもないが、こんな公道でいつまでも短剣を抜いているわけにも行かず凪は目の前の少女と周囲に気を配りながらも短剣をしまいこんだ。
「・・・何が目的だ?」
「言ったとおりです。取引をしましょう」
「取引に対する私の利点は?」
「そうですね、その渫槁涼さんの行方とか言えば凄く食いつきがよさそうですけど、生憎と違いましてね。人を一人、えっと昨夜一緒にいた人・・・を預かっています。名前は・・・・分かります?」
彼女の像が浮かび上がるのと同時に凪は目の前にいる女をはっきりと敵だと認識した。それに個人的にも逃がすわけにはいかなかった。
可能性がある以上聞かなければいけない事が、ある。
「彼女の身の安全だけは絶対ですから、心配は要りません」
その言葉に、改めて凪は苦々しげに真衣を睨みつけると口を開いた。
「私が要求に従う限りは、と言うわけか」
「そうなりますね」
睨みつけながら、凪は何故だか同時に真衣の事が信頼できてしまった。少なくとも言葉に嘘はないと感じてしまう。
そう思わせる何かがあった。
「それで、要求は何?」
「あ、はい。町外れの廃工場・・・・あそこに見えるんですけど分かりますか?」
真衣が指した先、塀や家の先に煙の出ていない煙突が一本見えた。その存在のなさに内心驚く。越してきたなり町並みは一通り把握したはずだったが、今の今まで気がつけなかったのだ。
「わたしと彼女はあそこにいますので、あなたは七宝・・・昨夜使った宝具を持ってきてください。それと彼女を交換したいと思います」
「昨夜使った宝具だと・・・?」
「はい。あ、でも出来るだけ早くにお願いしますね。ほら、そろそろ日も暮れてきましたし早く家に帰って夕食を食べたいですから」
凪の内心の揺らぎに真衣は気づいていないらしく、自分の言葉を証明するようにわざとらしい動作でお腹に手を当てて見せた。
一度にっこりと微笑んでから、用件が済んだのか真衣は実に無防備に背中を見せると鼻歌交じりに歩き出した。
相手の目が逸れるなり凪は我知らず胸元にある首飾りへと手を伸ばしていた。それは祖父から里を出る間際に渡された、餞別。
そう、あくまで選別。決して家宝などではない。ないはず・・・だった。
「あ、そうだ」
振り向いた真衣の姿に思わず固まる。出来るだけ自然に見えるように、ゆっくりと胸元から手を引いた。
凪の怪しい動作を真衣が気づいたかどうか、少なくとも真衣の素振りには一切変化はなかった。
「わたし、戦いって好きじゃないんです。あなたの判断がどうなるかは分かりませんけど・・・・わたしは出来るだけ穏便に済ませたいと思っている事を覚えて置いてください・・・・・って、わわっ」
真衣が慌てたように両手を振った一瞬、向けられた視線に凪は違う意味で固まってしまった。今までおどけていた少女が見せた一瞬の本気、と言えばいいのか。
一度だけ彼女が頭を下げる。
もうさっき感じた威圧感は全くなかった。だがそれでも動けず、凪はそのまま真衣の姿が曲がり角に消えるまで後姿を見送っていた。
「兄さん・・・・・・あなたの仕業、なの?」
困惑気味に呟いた後、凪は我に返ると慌てて駆け出した。攫われたと言う、彼女の身を確認するために。
七宝殿〜居間で興っている事?〜
じいさんが「来訪者はU2?」
萌 本当にごめんなさい〜、前回最後に言った題名、違う話のものでした、うぅ…
凪 根本…話の世界から違っていたからな、ちなみにあれは〜星の舞降りる夜に〜の物だ
萌 と、一区切りついたところで話しに内容に入ります
凪 もう反省終わりなのか?
萌 では、今回のお客様は今回の話しの中心でもある渫槁先輩に来てもらいました
凪 ど、どうも(照)
萌 紅くなっちゃって可愛いです、渫槁先輩
凪 そ、そんな事…
萌 そんな事有りますよ、渫槁先輩は元も(、)良いんですから
凪 ぞくっ …!? そ、それよりも早く解説をしなくてはいけないのでは?(焦)
萌 あ、そうですよね〜、わたしってばいつも忘れちゃって、ダメだな〜
凪 はい、それでは今回の解説です、……よかった
萌 始めは前回の予告通り和ちゃんがちょこっとだけ出てて…
凪 後は私、だな
萌 はい、それに今回も新キャラ…って呼んでいいのかな、真衣さんは?
凪 多分……良いかと
萌 それでは……今回も新キャラが出てきてますます賑やかになってくるね
凪 そうだな、それに私達の所属する組織…蓮華の人も出て来て人数はより増えるはずだ
萌 わー楽しみ…って言いたい所なんだけど、多分わたしの出番って減っていくんだよね
凪 そうなのか?
萌 うん、でも渫槁先輩はある意味(、、、、)では割と中心人物だから出番は増えてくるんだよね
凪 そ、そんなことは…
萌 謙遜しなくても良いよ、それにわたしは気にしてないから
凪 ……申し訳ない
萌 では、真衣さんの紹介を簡単ですけどしようと思います
凪 え?
萌 今回から入ったんです、では…
姓名、弧月真衣、年は16歳位で女の子、家族構成その他もろもろ不明
萌 と、以上です
凪 …大して参考にならない、と言うよりも歳が分かったところで意味がないな
萌 それはそうかな〜、だって結局はこんなところで出せる程度だからね〜
凪 それもそうか
萌 はい、ではここで今回は終わっちゃいまーす
凪 そうか
萌 はい…と、言う訳で皆さん、次回、十四話で遇いましょう〜 (…誰かいたような?)