休章「お・れ・い」
結局昨日は舞と和佐の二人が泊まっていく事になった。
(正確には舞は泊まったが和佐は朝まで目を覚まさなかっただけ)
翌日の朝、昨日と同じように朝食を四人で囲っていた。
夜間はずっと居間に放置、朝になれば舞のうっかり(もしくはわざと)足蹴にされて目を覚ました和佐の機嫌はまさに不機嫌の極みだった。
だがそれも朝食までで、朝食が始まるなり機嫌は即座に直った。
そして今、和佐はある決断を迫られていた。
じっと見詰める先にあるのはたった一皿。いかにも食べてください、と言わんばかりである。またこの皿のみ誰も手をつけていない。
「これ、誰が作ったんだ?」
と、聞かずにはいられなかった。
もし萌が作ったのであれば安心、というよりもむしろ喜び勇んで食べるのだが生憎と現状は違う。
今朝台所に入ったのは二人。そのうちの一人は目の前で不気味なまでにニコニコと笑みを浮かべている、つまりは舞だった。
経験からして、萌が作ったのであれば当たり、むしろ天国。逆に舞が作ったのであれば外れ、故意に中身だけを失敗させたものの可能性が大である。
ある意味究極の選択。
「・・・くっ」
もうかれこれ十数分になるか。膠着状態が解けない。
滲んだ汗が頬を伝い、落ちた。
もう決断するしかない、と和佐が祈る気持ちで箸を伸ばした矢先、隣から伸びた箸が初めてその更に手をつけた。
「・・・恭一、何ともないか?」
毒見をした恭一に小声で尋ねるが、応えはない。だが吐く様子も無いので大丈夫かと安心しかかって、
「もう、お兄ちゃん。駄目だよ、それは和ちゃんのために作ったんだから」
拗ねるような声に反射的にそちらを凝視していた。
気付いて、微笑み返してくれる。
「ほら、昨日無理言っちゃったでしょ、そのお返しだよ。それに・・・・わたしはこれくらいしか出来ないから」
悲しそうな、寂しそうな、いつもの瞳が和佐を覗く。それを見て胸が締め付けられた。毒でも良いからどうして早く食べなかったのか、と今更ながらに苦々しく思うが、それが後悔というものだ。
「ねぇ、和ちゃん、もしかして余計なお世話だったかな?」
「なっ・・・萌ちゃん、そんな事ねえよ」
「でも、ほら、さっきからずっと手つけてなかったでしょ。だから・・・・」
「そ、それは・・・」
君の隣にいる人が原因です、とは言えない。外面だけはいいのだから。
失態を埋めるように慌ててそれに箸を伸ばし、
「いらないなら私が食べるわ」
それより先に、と言うよりもまるでその瞬間を狙っていたように横から伸びた端がその皿に乗った料理の大部分をさらっていった。
「ま、舞、てめぇ・・・!!」
衝動に任せて対面の舞へと詰め寄ろうと椅子から立ち上がったところで、隣から伸びた端が残っていた全てを取っていった。
同様に反射的に隣を見ると黙々と食べている恭一の姿。そのくせ先ほどのものは殆ど食べ終えてしまっている。
「ふぅ、美味しかったわ」
その声に我に返ったがとき既に遅し。かなりの量をとったはずの舞も既に完食してしまっていた。
「和ちゃん、ごめんね。いらないならいらないって最初に言ってくれれば良いのに・・・・」
止めが悲しそうな萌の姿だった。
「ちっ、ちが・・・」
「大丈夫よ、萌ちゃん。おいしかったわ」
慌てた反論も、謀ったように舞が遮り萌の料理を褒め称える。そして、ぐぅの音も出せない和佐に最後に勝ち誇ったように余裕の笑みまで見せ付ける始末。
完敗を悟らざるを得なかった。
その場に崩れ伏して、涙ながらに呟いた。
「お、俺のメシ・・・・」
残念なことか、誰も和佐に構いはしなかった。
蛇足だが、和佐は残りの朝食を掻き込むように食べた後に三杯のおかわりをした。