後篇
広場を後にする。先へ進む道は、どうやら町の中心部へとつながっているようだった。水晶と過去の遺物が、僕らの両脇にそびえている。倒壊しかけた家や、水晶に呑まれた家など様々だ。明らかに、ここに文明があり、人が住んでいたことを思い知らされる。
サティはずっとうつむいたまま喋らない。僕はただ彼女の手を引いて歩き続ける。視界に入ってくる遺物が、こうして世界は滅ぶのだと語りかけてくるようだ。彼女の手だけを感じて、歩き続けた。
そうして僕らはついに中心部へとたどり居ついてしまった。中心部には朽ちた井戸があった。そしてその周りに、人の丈くらいの水晶が多数生えている。人々が、水晶と化していた。
水晶に呑まれたのではなく、水晶になった人々が、静かに立っていたのである。家族で寄り添う人たちや、お互いの肩を抱く恋人たちが、透き通って、薄く光っていた。僕らは無言で彼らに近づく。表情までもが読み取れる。誰しもが、穏やかな表情で立っていた。
「町の人たちなのかな」
サティは静かにそう言った。
「多分、そうだと思う。でもなんでこんなに、幸せそうな表情なんだろう」
さすがに生きてはいなはずだ。死にゆく瞬間に、人はこれほど穏やかな表情ができるのだろうか。
「ねぇ、あっち。何か光ってる」
サティに言われて気付く。井戸の向こう、少し奥で何かが光っていた。核なのだろうか。僕らはそれに近づいた。
「アイン、ごめん、わたし、わかっちゃった」
それを見た瞬間、サティは嗚咽を漏らした。
光っていたのもまた、恋人たちの水晶だった。手をつないで、寄り添ったまま動かない。彼らだけが、強い光を放っていた。
「もしかして、これが」
そう聞くと、サティは静かに頷いた。
「そんな、人が核だったなんて」
これを壊さなければならないのか。
しかし、ここで躊躇えば、なんとために旅をして来たのかわからない。僕は深呼吸をしてから、ハンマーを鞄から取り出した。
「やめて!もういいよ、壊したくない」
止めるだろうな、とは思っていた。彼女は優しい子だ。
「でも、やらなきゃ。サティだけが犠牲になるのは間違ってる」
「いい、それでもいいよ。こうしてみんなが守ってきたんだよ。私だけわがまま、出来ないよ」
サティは僕の手からハンマーを奪おうとする。力を込める。放しはしない。けれど気になることがあった。
「みんなって、どういうこと」
「多分ね、ここにいる人たち、みんな、核だったんだよ。選ばれて、ここまで来て、核になったんだ。きっと前がこの人たちの番で、今回は私の番」
サティはすでに落ち着いてきたようだ。光る恋人たちを指しながら、ゆっくりと僕に説明した。
「でも、そうだとしても。結局サティは犠牲になるんじゃないか」
「うん。そうだね」
ごめんね、彼女が呟くのが聞こえた。
「それが嫌で、僕はここまで来た」
「分かってるよ、ありがとう」
「どうせサティが犠牲になるなら、世界が滅んでもよかった。ずっと一緒に居たかった。それなのに、最後の最後で、君は裏切るの?」
「ごめんね」
サティは優しく、寂しそうに笑う。僕の視界は滲みだした。
耐えられなくなって、膝から崩れ落ちた。声が止まらない。初めから分かっていた。人間一人の犠牲で、世界が滅ばずに済むのなら、その一人を差し出すのが正解だと。自分をだまし続けて、ここまで来た。家族や友人さえも犠牲にして、サティと最期の時を過ごすのか、それとも彼女を犠牲にするのか。眠れない夜もあった。自分は間違えているのだという結論に向き合わずに、進んできた。
けれど、あと一歩のところで、彼女に諭されてしまった。彼女は初めから、こうするつもりだったのかもしれない。僕が泣きやむまで、小さな手が、ずっと僕の頭を撫でていた。彼女の手をそっと掴んで、隣に座らせる。顔は見ない。でも、落ち着いた。大丈夫だ、話せる。
「ねえサティ、ここまで色々あったよね。村を出て、草原を抜けて」
「遺跡にも入ったなあ。私、ちょっと怖かった。山を越えて、洞窟を抜けて。さすがに疲れたよね。くたくただよ」
僕の好きな声で、彼女は笑う。
「星降り平原の夜、憶えてる?」
「うん。嬉しかった」
恥ずかしそうな声で彼女は答えた。 その声を聞いて、僕はゆっくりと立ち上がった。座ったままのサティに手を差し伸べる。
「いままでありがとう。楽しかった」
そう伝えた。僕らの最後の冒険も、そろそろ終わりだ。
星の核となって輝いている、恋人たちに目を向ける。僕らも二人で核となれたらよかったのに。そう思った瞬間、気がついた。
「サティ、やっぱり僕は、ずっと君と居たい」
彼女の顔を見て、そう伝える。
「だめだよ、分かって」
困った声で彼女は言う。
「違う。多分僕も、水晶になれる」
「え?」
「見てよ。ここの人々は、みんな昔は核となったんだよね。それなのに、一人で立ってる水晶はないんだよ」
サティが息を呑むのが分かった。
「でも、もしそうでも、多分死んじゃうってことなんだよ」
そのつもりで、ここまで来たんだよ、と僕は伝えた。
今なら人々がなぜあんなに穏やかな顔で、水晶となっているかが分かる。
みんな同じなのだ。大切な人だけが、犠牲になるのが受け入れられず、核を壊すためにここに来る。しかし、共に水晶となって、時を過ごすことができるという選択肢を知り、安堵してそれを受け入れたのだろう。誰も世界を滅ぼしたくなどないのだ。ただ、大切な人と一緒に居たかった。それだけだ。
サティの手をぎゅっと握る。この旅で、何度手を握ってきただろうか。
「わかった。ありがとう」
少し間をおいて、サティは、ゆっくりと頷いた。
僕らはそっと身を寄せ合う。最後だし肩を抱こうかとも思ったけれど、手を繋いでいたほうが僕ららしいな、と思ってやめた。
ちなみに、キスをしながら、という考えが浮かんだけれど、誰かに見られることを考えると、恥ずかしすぎて口には出せなかった。
僕らの体を、水晶の町が迎えるように、優しい青で包み込んでいく。サティの小さな手の温もりを感じながら、目を閉ざした。
僕はきっと、幸せに満ちた表情をしているのだろう。
読んでいただき、ありがとうございました。
初のファンタジー作品、至らないところばかりであったように思います。
もしご指摘やご感想があれば、お教えください。
ありがとうございました。




