広がる闇
つまりごく小さな星にものすごい速度で衝突してそのまま死亡、ということだ。アラームが故障していたのだろうか。それとも、意図的なのか。
ああ、まさかこんなものを目撃するとは。だれかが死んだ証拠を。
震える手で無線機のスイッチを入れる。
「こちら管制室。ナンバーを」
無機質な声が応対する。冷たい女の声。
「010089」
パイロット登録番号を告げると、しばらく間があった。次に対応した声はよく知っている声だった。
「ハヤトどうした?」
コウだ。息せき切って言われ、やや言葉につまる。
「大丈夫、コウだ。どうした?」
コウだから大丈夫ってこともないだろうに。しかもなんでコウが管制室にいるんだ。仕事はほかにあるはずだ。心のなかで突っ込みをいれ、息を吸った。その息と一緒に言葉も吐きだす。
「Sの37の星がない」
簡潔に言う。続きを言う勇気がない。
「Sの37だな。ちょっと待て」
コウの声が聞こえる。バラバラと素早く乱暴に紙をめくる音が聞こえてくる。地図を探しているのだろう。
「……だれかが、衝突したみたいだ」
ふわふわと浮いている部品。それを呆然と見つめながら言葉を絞り出す。星がないことが言いたいのはでない。
「つまり、自殺した後ということか」
コウは冷静に聞いてくる。
ああ、なんでこの人はこんなに落ち着いていられるんだ。
オチツケ、おちつけ、落ち着け。
心のなかで何度も自分に言い聞かせながら、残骸に混じって粉々になっている機体に目をやる。
「……事故か自殺かわかりません。数年前のものだと思われます」
かろうじて機体に刻まれたナンバーを読み取ることができた。1000番代。少し前に作られた番号だ。
「そうか。ご苦労」
後に言葉が続くのかと思ってしばらく待ったが、なにもない。
ご苦労? それで終わりなのか?
「……コウさん?」
「それだったらすでに報告を受けているものだ。飛行を続けろ。意味ならそのうちわかる。ああ、それからハヤトの飛行が終わるまで、おれは管制室につめることになった。いつでも呼んでくれてかまわないからな」
「よけいに身構えます」
思わず本音が出ると、無線の向こうでコウが笑った気配がした。やや声を低くして、ぼそりとつぶやかれた。
「おまえは戻ってこないかもな」
「え?」
プツ。
謎の言葉とともに、一方的に無線が終わる。
「……また思わせぶりな発言を」
脱力してため息をつく。
ああ、まったく。粉々になっている機体から離れ、本来の進路に戻る。
……ん? なぜコウが管制室にこもるんだ?
いまさらながら疑問がわいてきた。本当なら彼も飛行するはずだ。仕事があるのだから。
「……ぼくのため?」
ハヤトの飛行が終わるまで、と言っていた。それはつまりぼくと関係があるということだ。
「戻ってこないと思っているからか……」
戻るだの戻らないだの、考えることが面倒になってきた。戻らないとしたら、それは星の海のなかに消えるということだろうか。
自殺か、あるいは事故か。
ふとさっき見た残骸を思い出す。あれはどちらだろう。自殺か事故か。けれどその違いは見た目だけではわからない。報告を聞いたものでないと。
コウのやけに冷静な声を思い出す。「自殺した後」と彼は言っていた。知っているのだ。理由を。
だが、理由を知っていてどうなるというのだろうか。飛ぶのには理由が必要なのだろうか。
しばしの黙とうを捧げ、その場を去った。急ぐこともないのに、速度を上げたのは、ただ自分が離れたかったからだ。逃げたかった。
闇に飲まれそうで、こわい。
あれから目立った異変もなく、順調な飛行だ。なにもない。
喜ばしいことなのだが、あれだけおどされた後だ。逆になにかありそうで身構えてしまう。
「……なにをどう理解しろと?」
このなにもない状況をどう解釈したらよいのか、理解に苦しむ。あれだけ「賛同しない」だの「戻ってこない」だの言っていたくせに。
イライラしてきたところで、断続的に光るなにかが目に飛び込んできた。
さきほども見た白銀のかけらと、さらにその後ろにある星もまた光っている。
近づくにつれ、さっきと似たような機体の残骸がはっきりと見えてきた。
「またか。このエリアは飛行機乗りの墓場なのか?」
さきほども見たものなので、そこまでショックを受けなかった。つまり、慣れたということだろう。冷静に自分で分析しながら、自嘲の笑みを浮かべる。
「……ぼくも薄情だな」
言いながら、残骸をよく見て進路をとる。広がった破片に機体がぶつかるととんでもない。傷がつく、という程度ならかまわないのだろうが、問題は傷がつく場所だ。エンジンが損傷したら、自分もまたこの海のなかに消える。
地図を広げて、現在位置に丸をつけ、そこにザンと書きこむ。ついでにさきほどのナシと書かれたところにもザンと書いた。残骸のザン。わざわざ画数の多い字を書くこともない。後で自分がわかれば問題ないからだ。
すぐに正面に目を向ける。機体の残骸はすでになかった。
「……雷か?」
たまにだが、その星で起きている大気現象で光っているのを目撃することがある。そう、雷だ。雷は宇宙から見ると、空をふたつに切り裂くようなものではない。雲全体が光るから、実際にぼくたちが見ている剣のような鋭さはない。
近づいてよくよく見ると、雷にしては広範囲のような気がする。ではなんだ、と問われると説明できない。すると、無線が入った。だれだ?
「はい、010089」
「こちら、007056です。あなたもこの星の任務ですか?」
落ち着いた声が響く。ぼくよりも番号が若い。つまり、先輩だ。
「いいえ、ぼくは夜間飛行です。星の任務、ということは調査任務ですか?」
見回りだけではない任務もあるのかと勝手に自己完結して話しかけると、相手はなぜか黙った。
「……ということは、エース候補生?」
「はい、そうです」
相手は考え込んでいるらしい。沈黙が返ってきた。たまりかねて、こちらから問いを投げかける。
「あなたはエースなんですね?」
「あ、ええそうです。……候補生なら、いずれ知ることかな」
断続的にあちこちが光る星。近づいていくと、水があることがわかる。要するに海だ。そして、緑。人類が住めるような好条件の星があるのは滅多にないことだ。エースはこの星に降りて実際に住めるかどうか調査でもするのだろか。
「調査、と言ったね? そう、たしかに調査したよ。この星に人類が住めるかどうかね。ただし、先住民がいる場合はどうなる?」
またもアラームが鳴り響く。辺りを見回し、気がつく。
飛行機が数機、目の前の星に向かっている。