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夜間飛行  作者: 鈴木美月
8/13

異変

 第二の惑星。通称、第二。

 窓の外を眺めると、木やむき出しの地面が広がっていた。整備されていないのだから、建物はもちろん、畑もなにもない。

「……第三の惑星もこうなのか?」

 エースにしか行けない星。もちろん、整備係もいるが簡単には行けない星だ。

「ま、関係ないか」

 考えていてもしかたがない。

いまの自分ができることはただひとつ。夜間飛行を終えることだ。

 窓の外を眺めるのをやめて、移動する。あの整備係が待っているはずだ。

 行く途中でほかのパイロットとすれ違う。「お疲れさまです」、「お疲れ」と顔も知らない相手と交わすあいさつ。いつもの風景。変わらぬ世界。

 今回は新人が多いらしい。妙にそわそわしたやつらが目につく。疲れと、自分が思い描いていた飛行と違った落胆と孤独感、飛行を一時中断できたという安堵、勝手がわからない居心地の悪さが混じっている。

「複雑だよな」

 数年前の自分はどうだったのだろうか。もう忘れてしまった。忘れる。それが生きていく方法のひとつだ。

 もっとも、そんなことをわざわざ教える気はない。これは自分で気づかなければいけない。

 考えながら、自分の機体に近づく。すると、パッと顔をあげてうれしそうに走ってくる人間がいた。

「お疲れさまです! 整備終わりました」

 なぜか顔をかがやかせて言う彼に、苦笑する。

「お疲れ。元気だな」

 顔をオイルで黒くさせている彼は、そうですか? と笑う。

「で、どうだった? エンジンは平気そうか?」

「エンジンというより、機体の方に問題がありました。飛行中に部品がゆるんだみたいですね。新しいのに取り替えました。長い間これで飛んでいるみたいですから、それが原因ですね」

 そうか、と言って改めて宇宙飛行機を眺める。こいつも六年になる。

「それにしてもよく気づきましたね。エンジン音聞いていないパイロットが多いのに。音楽を聞いているから気づかない人多くて。それでこっちの責任にされても……って、すみません」

「そういうこともあるのか。くだらないパイロットばかりだな」

 言いながら、なぜか仮眠前にエレベーターで会ったパイロットを思い出した。エース候補のひとり。やたらと騒いでいたやつ。

 第一印象で判断するのもよくないが、彼ならそういうことも言うかもしれない。

 同時に新人に間違えられたことも思い出して、一瞬いらついた。

「変わっていますね」

「そうか? くだらないだろ、そういう責任転嫁」

 ハッキリ言うと、よけいに驚いたらしい。目を見開き、やや感激したように言った。

「……パイロットの人からそう言ってもらえるとうれしいです」

 よっぽど理不尽な目にあっていたらしい。一度パイロット教育を見直す機会が必要そうだ。採用といい教育といい、なにからなにまで見直さなくてはいけない部分が多い。

「あ、そうだ。もしかしたら、惑星が増えるかもしれないそうですよ。まだ正式発表されていませんが」

 第四惑星。

「そうすると、第二に移住が始まりそうだな。放射能次第になるけど」

「そうですね。まあ、エースの人たちの話をちらっとしか聞いてないのでわかりませんが」

 ふうん、と生返事をして時計を見る。そろそろ出発したほうがいいかもしれない。

 とくに時間制限がついているわけではないが、先延ばしにしておくとろくなことがない。

「じゃあ、そろそろ行くから。世話になったな」

「いえ。お気をつけて」

 一歩踏み出して、気づく。

 そうだ、これだけは聞かないと。

「……ぼく、新人に見えるか?」

 まさかそんな質問が最後にくるとは思っていなかったのだろう。一瞬きょとんとした顔をしてから笑った。

「新人は言いすぎですけど、若く見えますよ。とりあえず、ぼくって言わない方がいいですよ」

 ありがとうと軽く礼を言ってからその場を離れる。

そうか、ぼくはやめたほうがよいのか。



 なんだ、これは?

 その異変に気がついたのは、あれから数時間後。やけに星の残骸が多い。

「……星同士の衝突か?」

 そういうこともたまにはある。地図にない残骸。これを報告すべきかどうか迷いながら無線を見る。どういう場合だったら連絡をとってよいのかわからない。

 しばらく様子を見ることにして飛行を続ける。

 実際に無線を使ったことなんて数えるほどしかない。新人のときには使ったが、それからは使う場面がなかった。コウいわく、「ハヤトは安全飛行だから」らしいが。

 星の報告のほかにも、緊急事態のときに指示をあおぐために無線は使われる。

 たとえば、進路を大幅に間違えてどこをどういう風に進めばいいのかわからないとき、機体になにか損傷があるときなどだ。

 運がよいのか、コウが言うように安全飛行だからなのかわからないが、そういう事態で無線を使ったことはない。

いつだったか、同期に「ハヤトはなんで迷わないんだ?」と聞かれたことがある。目印が少ない飛行のときでもぼくは迷わなかった。理由は自分でもよくわからない。方向感覚の問題なのだろうか。「居眠り運転も、音楽も聞かないからじゃないか?」と冗談めかして答えると、「音楽聞かないと、気が狂わないか?」と返された。

 ひとりで孤独に耐えるには音楽が必要だ、と曲を聞きながら飛行をする人間が多い。ぼくもたまには聞くが、どうしもなく不安定になったときと、長い飛行のときにだけにしている。

 エンジン音や機械音が聞こえないから。

 機体の不調はそのまま自分の死につながる。しょっちゅう音楽を聞いていたら、自分の死期を早めるだけだと考えているからだ。そこまで考えて、ふと気がつく。

 ああ、そうか。あいつももういないのか。

 ひとり、またひとりと少しずつ人数が減っていく。あいつはロマンチストじゃなかったのに。あいつよりぼくが先に消えると思っていたのに、予想を裏切って彼が先だった。

 思えば、彼が死んだときからだった。コウがやたらと自分をかまうようになったのは。

 コウは新人時代のころ、偶然廊下ですれ違った。年齢制限ギリギリの年で入り、さらに童顔のせいもあってぼくはだいぶ目立っていた。だから視界に入ったのかもしれない。少し会話をして、ぼくの性格を気に入ったらしい。それから何度か会話をして、親しくなった。

思ったことはすぐに口にだす、正直なやつだなとあきれながらも口元は笑っていた。「でも、きらいじゃない」と続けるコウに「素直に言えばいいじゃないですか」とぼくもあきれた。

 同期が死んでから、それとなくコウが様子を見るように話しかけてくる回数が増えた。心配してくれていたのだろう。

「まさかぼくが生き残って、エース候補になるとはね……」

 つぶやきながら、周りを見る。相変わらず星の残骸が漂っている。

なにがあったんだ?

 残骸があるということは、どこかの星が壊れたということだ。地図にあって、実際にはない星を探す。もしあった場合は今度こそ確実に無線を使うことになる。

「……んー」

 進路を微調整して、地図を見る。いまいる場所の近くの星の位置を頭のなかに叩きこむ。しばらくしてから、広がる闇に眼を向けた。

「……この広がり具合から見るとそこまで大きな星じゃないよな」

 星、星とぶつぶつ言いながら目をこらす。相変わらず目に悪い色彩がところどころに散っている。暗闇に慣れた目には、鮮やかな色は目に毒だ。

「……これか?」

 ごく小さな星が地図にはあったが、実際にはない。この星がなくなったのだろう。寿命なのか、流星にぶつかったのかは判断つかないが。

 報告するべきなのか。自力で調査してからの方がよいだろうが、この時点でないということはどういうことなのか。

 迷っているうちにも先に進む。地図に書かれている星にバツ印をつけて、ナシと汚い字で書きこむ。どんなに汚くても、乱れた字でも、自分がわかれば問題ない。

 そのとき、甲高い音が鳴り響いた。ハッとして、目を宇宙に向けるとなにかが目の前に迫っていた。

「うわっ!」

 あわてて左に避ける。距離と速度を見誤っていたらしい。

「……寿命が縮んだ」

 それにしても、今日ほど宇宙での衝突事故防止のためのアラームがあってよかったと思ったことはない。こんなことはあまりない。

 息を吐いて、気分を落ち着かせようとする。しかし、心臓がうるさい。いまのは星の残骸というよりは……。

「機体?」

 まさか。

 くるり、と機体を反転させて振り向かせる。進むことをやめて、まじまじとそれを見つめる。

 見慣れたモノ。いつも自分が乗っているそれ。

「まさか……」

 いままでこれを見たことはなかった。それなのに、どうしてこれが浮かんでいる?

 白銀の無機質な物体のかけら。

「まさか」

 まさか、しか言葉が出てこない。なんでこんなところに宇宙飛行機があるんだ。

 散らばった星の残骸。機体のかけら。

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